ランページのプロポーズ事件から数日、理事長直々の口止めが行われた。流石に事が大きくなりすぎるので直々の指示が飛んだ、口にした場合……トレセンどころか日本国そのものが揺れるという言葉も添えられている為か全員素直に従っている。
「う~ん……どったよ上ちゃん」
「いやさ、これからどうしようって思って……」
そんな渦中になっても平気そうな顔で仕事をこなすランページ、そしてそれ程ではないが普通に仕事をする上水流。矢張りあれはもう普通のトレーナーではないな……という声が出始めている。
「あの子の走りは極端な話、周囲の力に左右され過ぎないかい?それこそ地力を高めていく方向性にシフトすべきじゃないかな」
「アイツは既にその実力こそ折り紙付きだぜ、何せあのフローラが認めてやがんだ。あいつはなんだかんだで超一流よ、あいつがこれからトレーナーになったら面倒くせぇだろうなぁ……」
「そう言いながら笑ってるじゃないか」
「へへへっ強い奴が出るレースほど面白いじゃねぇか」
「君らしいなぁ……」
仲良さげな二人、あの一件以降益々仲良さそうに……なっているようには見えない。以前と変わらずの距離感が続いている、仕事にそう言う事は持ち込まないという事なのだろうか……と周囲が気になる中で東条がランページへと書類を手渡した。
「頼まれてたG2に関しての書類よ」
「あっすんませんおハナさん」
「この位いいわ、しかし貴方達一応婚約関係にはなったのよね?」
「一応は。お婆様とかに面談は済ませましたよ」
「胃が爆散するかと思ったよ……」
ゲッソリとした顔のまま溜息を吐く上水流に心から同情したくなった、分かっていたがいざ対面しなく行けなくなった時には本気で胃が死ぬかと思った程だ。
『お、お初にお目に掛かります!!私、若輩者ながら中央トレセンにてトレーナーをさせて頂いております上水流と申します!!』
『お話はランページから聞いておりましたよ、中々に素敵な事を言う方だと―――緊張などされないでください、孫が選んだ殿方に私がケチをつけるつもりなどはありません……ただ、この子の事をお願いします』
『全身全霊を尽くして……!!』
「それは大変だったわねぇ……今夜飲みに行く?奢るわよ」
「いや大変だったのはお婆様じゃねぇんですよおハナさん」
どういう事なのだろうか、メジロの当主たるメジロアサマが一番の関門だと思っていたが……寧ろアサマはランページが相手を見つけた事を甚く喜んでいた。一番問題だったのが……
『ランページちゃんが、結婚……ウチに嫁入りする訳でもなく……どぼじでなのぉぉぉぉ!!!』
ランページにとってもう一人の祖母と言っても過言ではないスーちゃんことスピードシンボリであった。スーちゃんのランページへの気に入り方は実子並で完全に溺愛している、そして野望があったのだ。ランページを本気でシンボリ家に引き入れようとしていた。
「前もそんな話はあったんすよ、嫁入りしてよ~みたいな軽いノリでしたけど」
「あら……冗談でもなんでもなくて大マジだったのね……?」
「そ、しかもスーちゃんってば自分の孫の一部にランちゃんってばどう?って推してやがったんですよ……全く何やってんだか」
「なんというかなんだかんだであの人も名家ね……」
良識やら常識的で助けになるとは思っていたが、矢張り願うのは自分の家の発展なのは変わりない。故かガチで自分は嫁入りを狙われていたらしい、まあ孫に推していたのも本当に軽くだったのでスーちゃんもスーちゃんで心配から来た行動だったのは理解している、しているのだが……。
『私ランちゃんが本当に孫になってくれることを夢見てたのにぃぃぃ!!!』
『いやそう言ってくれるのは嬉しいけど俺の人生なんだから俺が自分でケツ持つのが道理だろ?』
『そうだけど~!!』
偶然、メジロ家に打ち合わせに来たスーちゃんにも上水流との婚約話が行く事になってしまいそこでスーちゃんがマジ泣き、本気で孫娘が嫁に行くのを悲しむが如く泣いた。
『スーちゃん、結婚式には……家族として呼ぶから、子供が生まれたらスーちゃんにも会わせに行くからさ』
『うぅぅぅぅっ……分かったわ、ランちゃんが決めた事だもん応援するわ……だけど貴方!!』
『ハッハイ!!?』
『ランちゃんを幸せにしなかったらシンボリ家の総力を使って後悔させてあげるんだから覚悟しなさい、いいわね!!?』
『ああ、それについてはメジロ家も同意見ですのでご了承を』
『ア、アハハハッ……全力を尽くします……』
「って事があってな、いやぁあん時の上ちゃんの顔ったら面白かったなぁ」
「笑い事じゃないでしょうに……」
「マジで笑い事じゃないです……本当に怖かった……」
上水流からしたら日本のトップ層に入れるほどの名家からガチのプレッシャーを掛けられたのだから死を覚悟したと言っても言い過ぎでない。実際はメジロとシンボリからの支援表明のような物だとランページは理解しているので全く深刻には捉えていない。寧ろ、圧を掛けられて少しだけ後退っただけでその後は確りと踏み込んで此方を見てきた上水流を気に入ったという所だろう。
「まあ兎に角これからも宜しく頼むぜダーリン」
「アハハハ……上流階級の社交場に出なきゃいけないと思うと少しだけ気が重いよ……」
「あん?出る必要がある訳ねぇだろ、俺だって出ねぇよ」
「えっそうなの?仮にもメジロのご令嬢だよね?」
と気軽に話し合っている姿に東条は少しだけ笑いながら席へと戻っていく。何だかんだありながらもこの二人ならば上手くやっていくだろう、まあ素直な事を言えばフローラ対策込みであっさりと婚約するとか思わなかったわけだが……
「失礼します~おハナさん課題の一部終わったので来ました~」
と思っていたところにまさかのフローラ来襲、自分が出していたトレーナーに向けての課題を提出に来てくれたらしいが此処でランページに対する暴走を起こすのでは―――と警戒していたのだが
「あっランページさん、そうだご意見貰えます~?」
「あん?なんだよ」
「今度の天皇賞(秋)についてなんですよ。順位予想とかそれに至るまでの根拠とかやらないといけないんですけど……ブライアンちゃんにローレルちゃんとか有力者ばっかりだからくっそ大変なんですよぉ……現役トレーナーの人の意見下さい……上水流さんも是非……」
「俺でよければ……ってあ~これ難しく考えすぎてるよ、最初からこんなにしたら大変に決まってるじゃないか」
「いやでも後からごちゃごちゃやるより私はこっちの方が性に合ってるですよ、足し算より掛け算の方が楽じゃないですか」
「ま~こんだけの面子だからなぁ……あっおい此処間違ってんだぞ」
「えっ嫌でもこれで合ってると思いますよ?」
「ブライアンを過小評価してるって言ってんだ、あいつ短期間で進化するからな」
「えぇっ……勘弁してほしいんですけどぉ」
そこにあったのはフローラが一人のトレーナー見習いとして受け入れられているような光景だった。常に邪険に扱われ、なんだったらアイアンクローで地面に叩きつけられている姿まで見た事があるがそれとはかけ離れている。
「ほわああああっ計算ミスってるぅぅぅ!!?」
「だから積み木しろって言われるんだろうがよ」
「よし修正できたぁ!!」
「「早っ!!?」」
だが、これはこれでいい光景なのだろう……きっと。