「グラスちゃんもうちょっとペース上げてね」
「……はい」
「あのだからなんか渋々なのは勘弁してぇ……」
「知りません」
あぅ……そんな悲痛な声を上げながらも仕事を続けているのはトレーナーを目指し、現在はリギルのサブトレーナーを行っているフローラだった。何だかんだで優秀である彼女は既に研修中のサブトレーナーの中でも頭が3~4は飛び抜けているのか、サブトレーナーなら任せられないチームの運営にだって口が出せる位置に立っている。
「私の方から一言言っておきましょうか?流石にフローラさんへの態度がきつ過ぎると」
「い、いやこれは私の罪だから……」
「まあ妥当なリアクションだよなぁ……グラスの夢壊してるみたいなもんだし」
「グハァッ!!」
「吐血!!?」
「だ、大丈夫これさっき飲んでたトマトジュース……」
「またベタですねそれも!!?」
ジェニュインの辛辣な言葉にフローラは再び膝を折ってしまった。そう、グラスはフローラに憧れていた。グラスから見たフローラは何度敗北を重ねたとしても決して折れる事も諦める事もなく戦いを挑み続けた不撓不屈のウマ娘だった。そんなフローラに憧れていたのに……ランページ狂いの一面が余りにも酷すぎた為か、グラスのフローラへの尊敬の念は消し飛んだと言っても過言ではないのである。
「おい何時まで膝をついているつもりだ。次の天皇賞までもう時間もないんだから好い加減にちゃんとした指示を飛ばせ」
「……はい。えっとブライアンちゃんの次のメニューはこれね、これはローレルちゃん対策というか全体的な能力向上目的ではあるけど……」
「分かった」
ブライアンから要求されて次のメニューを出すフローラ、一応ブライアンはフローラの強さを承知しているし頼りにもしている。それは紛れもない事実、何せ凱旋門ウマ娘だ。
「ううっブライアンちゃんのぶっきらぼうですら暖かく感じられるぅ……」
「おいグラス、お前もその辺りにしておけ」
「……ブライアンさんだって結構辛辣じゃないですか」
「言っておくが私はお前程この先輩を嫌っている訳じゃない、数年間海外を相手に走り続けて数多くの勝利を手に入れてきた。その果てに凱旋門を征した、それが力になってくれている。信頼と信用を向けるに値する偉大な先輩だ」
「ブ、ブライアンちゃん……!!」
初めてと言ってもいいだろう自分をリスペクトするような言葉に思わず感動を抱く、まさかブライアンが此処まで自分の事を尊敬してくれて―――
「だが尊敬した事はない。普段の行動があれ過ぎる」
「……」
「ああっ先輩が燃え尽きたぁ!!?」
信頼と信用はあれど尊敬には値しない、中々にきつい言葉がフローラのただでさえない胸を抉る。
「グラス、尊敬するならランページさんにしておけ。なんだったらあっちに行っても構わんぞ」
「いえおハナさんにはお世話になってますのでそうするのは無礼です、私は此処で強くなります。ですので出来ればおハナさんの指導を受けたいんですけど……」
「今は我慢しておけ、今あの人は姉貴と共にオーストラリアだ」
そう、リギルのメイントレーナー事東条 ハナは現在オーストラリアにいる。先んじて現地入りして調整をしているビワハヤヒデに付き添う為に先日日本を発った。そしてそのハヤヒデが目指すはパーマー、ライス、彼女らが征した長距離レースの最高峰メルボルンカップ、日本ウマ娘によるメルボルンカップ三連覇を目指す一人として乗り込んでいった。
「でも驚いたのがオーストラリアが直々に是非日本から招待したいという声明が出た事ですよね」
「ああ、あれには驚いたな」
オーストラリアのURAは日本のURAへと是非今年も参加してほしいという打診をしてきた。今年こそ私達のウマ娘が勝つ、だがそこに二連勝した国のウマ娘がいないなんて事は許されない。
「だがそう簡単にはいかないだろうな……なにせライス先輩も行くわけだからな」
ライスもメルボルンカップへの出走を明らかにしているし、今年でドリームトロフィーリーグへの移籍を発表している。オーストラリアにとってもこの機を逃す訳にはいかないだろうし必死になる、そんな中で戦うのだからハヤヒデに掛かる重圧は相当な物だろう。
「どっちが勝つと思います?」
「う~ん……長距離っつう土台だとどっちも有利な点があるから何とも言えねぇ……ライス先輩もハヤヒデさんもすげぇステイヤーな訳だし」
「ライスは華奢で小柄だからこその小回りの良さと勝負根性の強さがある、ハヤヒデは高身長故のストライドの良さと回転の速い頭があるからな。どっちが強いってのは不毛だな、どっちも自分だけの強さって奴がある」
「ですよねぇ……って」
『ランページさん何時の間に!?』
「やっほ♪」
なんと何時の間にかやって来たランページが参加していた、だが珍しいのはランページが来ていてもフローラは反応する事もなく燃え尽きている事だ。余程突き刺さったという事だろうか……と思っている所でフローラの頭が叩かれる。
「いってぇ!!?なんですかってランページさん!?どうして此方に!!?」
「如何してじゃねぇんだよ、テメェ人に資料頼んでおきながら取りに来ねぇとは良い御身分じゃねえか、だからこうして届けに来てやったんだよ感謝しやがれ」
「ああっすいません……おハナさんの代わりにチームを纏めるのは初めてじゃないんですが今回は初めてなレベルで長いので色々緊張してて……」
メルボルンカップに望む為にオーストラリアへと向かった東条、リギルは確かに優れているチームではあるがその全てを一人で取り仕切っている為にいざ海外挑戦する時には代理を立てなければならないのが最大の欠点。が、フローラがサブに付いたお陰で東条の行動の自由度が増したので海外にも着いて行けるようになったので、今回はフローラのトレーナーとしてのレベルアップと東条が不在だった時の纏め役としての練習として任せられたらしい。
「しっかしおハナさんも思い切ったもんだ……自分まで海外行っちまうとは……ハヤヒデの記事が相当に利いちまってると見えるな」
「フン……あんな記事を気にする必要などない……姉貴の凄さを何も分っていない屑の記事など」
「大人ってのはそうは行かない、頭では分かっていても心では割り切れないからそれを帳消しにする実績を作りに行ったんだよ。だとしても大概だけどな……その間の事をこいつに任せるとか」
普通に考えたら正気とは思えない選択だ。まだ正式なトレーナーにもなっていないサブトレーナーにリギルという有名チームのかじ取りを任せる、加えて秋のG1戦線も本格的に始まるというのに……それだけフローラが優秀であるという事でもあるんだろうが。
「ったく俺のライバルと言われてるのに情けねぇ面してんじゃねえよ、しょうがねぇな……おいフローラ、テメェ勝負服着てこい」
「へっ……?」
「ついでに走りたい奴、ターフに入れ」
「それは、先輩まさか……!?」
「俺が気合入れてやる、その気がある奴は準備しろ!!」
ランページと走れる、その言葉にリギルは色めき立った。次々と手が上がる、ブライアンは真っ先に勝負服を取りに行き、フジもそれに続いていく。そして残ったフローラにランページは言う。
「さっさと準備しろよフローラ。お前も少しは威厳って奴を身に付けろ」
「―――そうですね、久しぶりにランページ成分を補給するとしましょうか……ああそうかこういう発言するからグラスちゃんに蔑まれるんだ……」
「自覚出来るのおせぇよ」
その後行った2000m模擬レースではランページが一着ではあったが、二着のフローラがハナ差まで迫ったという。それにより改めてトレーナー代理の実力を目の当たりにしたメンバーは少しだけフローラへの思いを改めたという。
「……それなら最初から確りすればいいだけの話では」
「……ほら、こういう風に脇差で刺してくるみたいにチクチクと……」
「グラスダメだろ」
「ラ、ランページさん……」
「其処は薙刀で一閃だろ」
「成程!!」
「ええええええええっそうじゃないでしょおおおおおおお!!!??」