全く以て彼女は福の神なのではないかと思いたくなる。連戦連勝を超えた生涯無敗を達成、それだけならば該当馬はそれなりの数はいるがワールドレコードを複数達成し、凱旋門とBCクラシックを駆け抜けた世界最強最速馬なんて今後出て来るのだろうかと思いたくなる程度には凄い存在だ。そんな彼女も現役を引退した事で落ち着きを得た、自分達からすれば良い事だがそれは他の馬達にとってもそうだったらしい。
「全く以てこの子供世代のクラシックでの活躍が早く見たいな」
「と言っても、早くて来年ですからなぁ……」
矢張り大注目なのが我らがランページとライアンの産駒であるアマテラスとツクヨミ、双子という事もあって不安視もあったが成長と共に順調に大きく、ヤンチャに育っていく姿に一同は胸を撫でおろしている。
「そう言えば、今度は何を付けるんですか?今年はマックイーンっすよね」
「ああそうだな……やっぱりサンデーサイレンスって意見も多いな」
現在ランページが受胎している子供、その父親はメジロ家が誇るメジロマックイーン。となれば来年は如何するかという話になるのだが……如何せんランページは血統が良くないので何を付けるべきか悩む。そこで上がるのが海外からやってきたサンデーサイレンス、種牡馬として活躍しているが、ランページにも付けるべきなのでは?という意見が多いらしい。
「つってもオーナーが否定的らしいぞ」
「えっそうなんスか?」
「なんでも、何れサンデーの血で飽和するってさ」
「あ~……確かに勢いエグいっすもんね」
そんな話をしていると柵を超えて顔を覗かせてきたランページ、自分達の話に興味を持ったのか、それとも自分の話だと分かっているのか。
「気にするなランページ、今は取り合えずちゃんとマックイーンとの子供産んでくれよ」
「そうそう、にしてもマックイーンが中々してくれなかった時は大変でしたね」
「あったあった」
『お母さんどうしたの~?』
『なんでもないぞ、ほれっ走って来な』
『ハ~イ』
如何やら自分の次の相手は海外の馬かもしれないという話のようだ、サンデーサイレンスという名前はアメリカ遠征中に聞いた事がある気がする。なんでもアメリカのオグリキャップだとか……だがお婆様は乗り気ではない、まあその辺りは任せるしかない。
「オグリって話もあるな」
「あっそれ超見たいです」
オグリキャップとはジャパンカップで走った事があるな……うん、走った事がある相手ならいいかなと思える自分はチョロいのだろうか……。
『お母さんやっぱり芝上手く走れない~』
『お前はダート向きかもな、ほれ教えてやるから』
「ンで進捗は?」
「ボチボチって所だな、ハッキリ言って対ブライアンの為の戦術はあるにはあるが、それが通じるかと言われたら微妙な所だから真っ向勝負させるのが一番楽な気がする」
トレセン学園の食堂で食事を摂るサンデーとランページ。サンデーは分厚いステーキ、アメリカ育ちの彼女らしいチョイスだが、曰くアメリカのただ分厚くて硬いあれらと一緒にすんじゃねぇ!!!と豪語された。ランページはアジフライ定食。話の内容はジャパンカップを控えているマヤの調子。
「ブライアンの全身走法はお前的には何%なんだよ」
「あ~自己流なのも踏まえて……86%だな、90を超えるのが大変だからもうちょっとでその壁にぶつかるからジャパンカップに間に合わない事を望むわ」
相手はブライアンにローレル、だけならよかったのだがネイチャにタンホイザ、アマゾン、ブリザードとカノープスとスピカからも並々ならぬ面々が出走する。これらを同時に相手するのはハッキリって辛い。
「そんだけの相手か……しかもお前の大逃げを伝授したところって感じだな、お前の大逃げをその身で味わってる奴らに猿真似が通じるほど甘かねぇ」
「だから―――本気であいつにも伝授してやろうかなって思ってさ」
「―――あ"っ?」
サンデーに耳打ちを求める、それに従って身を乗り出して耳を澄ます。そして告げられた内容を聞いてサンデーは呆れてしまった。
「おまっ……ンな事普通考えるか?明らかに相手はそれを警戒してんだぞ、それなのに敢てそこを中央突破するってか」
「だからこそだよ、向こうは警戒しているしこっちもそれを考える。だったらそこに付け入るだけの事よ、幸いなことにマヤは全身走法を会得してるからな」
やるべきは自分のネームバリューを最大限に利用する事だった。サンデーもその意見には同意と否定の中間の反応を示さずにはいられなかった。面白いと思う反面マジかよ、と言いたい感情が渦巻いた。
「だから俺がやるべきことは勘違いさせるだけに値する材料をばらまく事だ」
「何をしようってんだ?」
「ちょっちな、俺の人脈を使う」
「面白いじゃねえか俺も一口乗せろよ」
「フローラ、今日まで本当にご苦労だったわね」
「いえいえお気になさらずおハナさん、ハヤヒデちゃんもお疲れ様。休養しなくていいの?」
「いえ休みますよ、ですけど此方の空気にも触れておきたいなと思いまして」
帰国した東条とハヤヒデの帰還はリギルにとってはこれ以上ない喜びになった事だろう。オーストラリアの勝利も嬉しいが、リギルが東条が仕切っていた時とほぼ同じ空気感で統率が取られている……つまり、フローラが成長した事を示すのでトレーナーとしてこれ以上の嬉しさはないのか思わず泣きそうになっていた。
「それでブライアンの調子は如何なんですか先輩」
「いやぁランページさんが時々相手してくれますから良い調子ですよ、私とともよく走るようにしてからは海外意識の心構えが出来るようになってきて最近になってですけどプレッシャーを受け流す術を身に着けつつありますよ」
如何やら彼女にチームを任せるという自分の判断は間違っていなかった、それもまた嬉しくなって来てしまった……のだが肝心のフローラの顔色はそこまで優れていないのである。
「実は……ランページさんがマヤちゃんにあるウマ娘と走らせてるそうなんです」
「誰と?」
「シービーさんとサッカーボーイさん、あとは海外からの方らしいですけど残念ながら名前は分かりませんでした」
「これは……おハナさん」
「ええ、そういう風に舵を切るつもりかしらね」
「マジかシービー」
「マジもマジだよ、まあ言っちゃうのは迷ったけどランページが別に気にしなくても良いって言うから元愛バとして言うべきかなって思ってさ」
スピカの部室で告げられたシービーの言葉に沖野は悩んだ。如何受け取るべきなのか、態々向こうの作戦をばらしているような物ではないかと思ったが、テイオーとマックイーンに否定される。
「それを言ってしまうのであればランページさんは現役時代からそんな方ですわよ?」
「そうそう、ボクにモンスニーを紹介してくれたり手伝ってくれたり、楽しいレースをしたり見る為なら相手を強くする事も厭わない。今だってブライアンの併走相手を務めてるらしいじゃん?」
「そうだったなぁ……」
だがトレーナーとしてとなるとまた意味合いが変わってくることでもあるのだ、つまりマヤノトップガンは―――
「追い込み策で来る可能性が高い、ですか……」
南坂にもその情報は届いていた。マヤノトップガンがミスターシービー、サッカーボーイ、そして海外ウマ娘と走っている。これは追い込みの経験値の蓄積が目的、と捉えるべきだろう。マヤノトップガンの脚質の適性は異常と言っていい、逃げから追い込みまで満遍なく高いしダービーでは2着という好成績を示している。
「と、なるとアタイとマヤでタイマンかい!?」
「そうなるんじゃないですかねぇ、あのマヤに追いかけられるとはいやはやその時が来たって感じですなぁ」
「うんうん!!ちょっとの間だったけどカノープスで走れるね!!」
「ライバル、という文言が付く事を忘れないでくださいね」
わいわいと賑やかになるカノープスの部室内で唯一南坂だけが静かだった。
「(追い込み策を取る、その可能性は高いですが大逃げをする考慮をしなければ……いや此方が既に警戒している事は承知のはず、その為の対応?そう見せかけて裏を取る……ランページさんなら如何でもしそうなのがまた怖いですね……これは、賭けになりますね)タンホイザさん、ネイチャさん、アマゾンさん、ジャパンカップは辛いレースになると思いますが頑張りましょう」
「お~!!えいえいむんっ!!」
「頑張りますよネイチャさんだって」
「ハッ当然、全力でタイマンさ!!」
「さて、マヤ―――勝ってきな!!」
「うん!!」