視線の先では三冠を達成した姉弟こと、メジロアマテラスとメジロツクヨミが母ランページに甘えている姿がある。競走馬として立派になったとはいえその内面はまだまだ子供。実際馬は人間の6倍のスピードで歳を取るという、なら今は18歳位だろうから子供と言っても差し支えないだろう。
「にしても、次のジャパンカップ頂上決戦かなんかですか?」
「それはせめて有馬記念になると思ってたよなぁ……」
次走はなんとジャパンカップ、しかも姉弟揃っての出走だという。最強の双子の同時出走に世間は賑わっているが陣営としては複雑な気持ちが強い。ジャパンカップは唯のG1などではない、国際重賞で海外からも強い馬が走りに来る。それに敢えてクラシックの二人を走らせなくても……という訳ではなく
「どっち応援する?」
「え~……」
アマテラスとツクヨミ、何方を応援するべきかという意見で割れているというが現在のメジロ。出走する以上勝利を狙いに行くのは当然、今から負ける事なんて考える必要などはないというオーナーの強い意見に統率されているメジロ、ならば次の議題は何方を応援するかという事になる。
「アマテラスとツクヨミ、どっちが強いかかぁ……」
「やっぱり菊を取ってるツクヨミじゃないですか?」
「いやいや中距離の強さという意味じゃアマテラスも負けてないぞ」
何方が強いのか、その話題一色な陣営に世間は戸惑いの色があるかそんな事お構いなしな雰囲気になっている。そんな肝心の姉弟は人間たちのそんな事に一緒になって母に甘えていた。
『ねえお母さん、私の走り如何だった?』
『俺の走り凄かったでしょ、母さんだってあの距離走った事ないもんな!!』
『アマテラスは兎も角、ツクヨミお前は最後で油断して緩めるな。最後まで走り切れ』
『うえっ、猛さんと同じ事言うじゃん……』
『言うに決まってんだろう』
げんなりしつつも自分の鬣を噛んで来る息子、まああの人も注意してるなら自分からは言う事はないだろう。自分と相棒以上に経験がある騎手なのだから。
『ねえお母さん走ろうよ!!』
『アホ、母さんは身重の身体なんだぞ。無茶言ってんじゃねえよ』
『あっそうだった……むっ~お母さんと走れるタイミングでこっちに来たいよ~』
自分も子供を産むという仕事をしている関係で走ってやれる機会は少ないだろう、そればかりは申し訳なく思う一方だ。出産しても暫くはその子に掛かりっきりになるだろうし帰ってきたこの子達を相手に走れないのは自分としても不満だが致し方ないだろう。
『お母さん、ムッ誰かいる……』
『何威嚇してんだ、お前の姉さんと兄さんだよ』
『あっホントだ。アマテラスとツクヨミか、驚かせないでくれ』
『いや勝手にそっちが威嚇して来たよね?』
『俺達悪くねぇよこれ』
本当にマイペースというかなんというか……確かに顔を合わせられた機会は少ないが、だからと言って威嚇するか?と思わざるを得ない。
『お母さん、走りを見てくれないか?』
『おっそれなら私達と走っちゃう?』
『むっそれはいいな、だが大丈夫なのか?私は速いぞ』
『おい流石にそれは聞き捨てならんぞ。俺達は三冠だぜ?』
『サンカン……美味しいのか?』
『『食べようとするな!!』』
なんか新しい問題が起きそうな気がしてきた、というかキャップには色々別な事を教えた方がいいのではと思い始めるのであった。
『テイルベイとベリーウィンニングも前に出る、だがここで少しペースを落とします。ですがタイキブリザードが更に前に出る!!スローペースになる事を嫌っているのか、だがレースのペースはスローペースにはなり得ない!!全員のペースが再び上がろうとしている、何故ならば先頭のマヤノトップガンが飛ばす飛ばす!!マヤノトップガンがトップのまま現在二番手のタイキブリザードに6バ身を付けています!!』
「ええいっランの奴マジでやらせるとか、トレーナーの言った通りじゃん!!」
「やっぱり凄いねトレーナーさんって!!」
「同感だねぇ!!」
「そう来るかぁっ……!!」
カノープスで同じ時を過ごした経験があるネイチャとタンホイザは南坂の予測の的確さに舌を巻き、アマゾンは本当にやってきたという驚きを無理矢理高揚感で打ち消す。この中でこの戦術へのもっとも強い警戒心を露わにしているのがローレルだった。何故ならばマヤのそれは自分が凱旋門でやったそれに近い物だから。
『此処で更にマヤノトップガンが行く!!後続の差は既に10バ身差は付いているでしょうか!!?これは掛かってしまっているのでしょうか!?』
『いやぁありゃ掛かっちゃいねぇよ、最初っからそのつもりで駆け出してんのさ』
赤坂の隣に座っているのはカツラギエース、ジャパンカップの解説として呼ばれていた。最近は引退したウマ娘に解説をお願いするのがブームになりつつあるのかもしれない。
『マヤの奴の目は真っ直ぐな上に其処から全く揺らいでるものが感じられねぇ、狙ってやってんだよあれを』
『ではこれはマヤノトップガン、延いてはランページトレーナーの狙いという事でしょうか?』
『どっちかと言えばプレアデス全体としての狙いだな』
先頭を駆け抜け続けているマヤ、その背中を追いかけ続ける後続。ブライアンは先行の位置にいるが、その表情は険しかった。傍にローレルがいるから?違う、険しいのはローレルも一緒である。
「このペース、間違いないっ……」
「でも、どっちなの……!?」
「「勝負所を、間違えられない……!!」」
走り続けるマヤ、孤独の中で疾駆する。だがマヤには安心感がある、ランページがそこに居るのを感じられるし胸には上水流の教え、そして何より坂原の勲章があるから怖い物なんて何もない。
「誰にもペースは握らせない、作るのはマヤだもん!!」
「このハイペース、抑えないと……だが……!!」
「持つ訳が、いやでも……!!」
『ここでテイルベイ、ソイルビットが下がります。タイキブリザード、ナリタブライアン、サクラローレル、テイルベイ、ソイルビット、ベリーウィンニング。さあ半分を過ぎますがマヤノトップガンの終始ペース!!このまま逃げ切れるのか、逃げきってしまうのか!!?いや此処でナイスネイチャが行きます、マチカネタンホイザもそれに続く!!同じカノープスが鎬を削ります!!』
「海外勢の動きが悪いな……全く我らが暴君様様だな」
「幻惑され切ってるわね」
沖野と東条の意見は一致していた。ハッキリ言ってもう海外勢は此処からの巻き返しは厳しい、マヤの走りへの疑念が溢れて勝負所への決断が鈍っているのが此処からでもよく分かる。このだけのハイペース、普通なら直線で潰れるだろうが此処はあの暴君の国で走っているのは暴君の教え子だ。教え子と師を同列に扱う事は愚だが……師の幻影に完全に幻惑されている。
「それに比べて、カノープス勢はスゲェな。マイペースじゃん」
「ランページさんが現役の時から走らせまくってますから」
「そればっかりは敵わないから困るわね」
「ま、まだまだぁ!!」
気合を入れ直すブリザードだが、現状の厳しさを理解している。マヤとの差は8バ身、これを縮めようとするのは至難の業。それでも自分は勝つ、この最終コーナーで差を縮める―――
「悪いけど先行くよ!!」
「えいえいむ~んっ!!!」
「嘘っ!?」
後方から一気に伸びて来るネイチャとタンホイザ、遠心力なんて知らんと言わんばかりに加速していく二人に吃驚するが同時にブライアンとローレルが何かに気づいたかのように言葉を出した。
「まさかっ!?」
「してやられてる!?ここしかない!!」
「負けるかぁ!!」
ブライアンとローレルも仕掛けた、間もなく直線。だがそれに入る前に仕掛けた、ブリザードの脳裏に何故という言葉が浮かぶが前に出たメンバーの走りを見て気付いた。
「マズい、間に合えぇぇ!!」
『さあ直線に入った!!ナイスネイチャがロングスパートで一気にぐいぐいと上がってくる!!マチカネタンホイザも来ている!!此処でシャドーロールの怪物、凱旋の桜も来ている!!一気にマヤノトップガンへの距離を縮めに掛かるが此処で大外から一気に、一気にヒシアマゾン!!ヒシアマゾンが一気に最後尾から今4番手!!』
「こっからはもう駆け引きなしの全力勝負、マヤノトップガンテイクオ~フ!!!」
「タイマンだぁぁぁぁ!!!」
「負けるかぁぁっ!!姉さんに情けない走りを見せる訳にはいかない!!」
「届けぇぇ!!」
「マチタンライジングフォーム、行っちゃうよぉ!!」
「カタパルトは伊達じゃないってねぇ!!」
『マヤノトップガンが粘る粘る!!ナイスネイチャが今二番いやナリタブライアン、ヒシアマゾンが激しく競り駆ける!!サクラローレルが3番手!!マチカネタンホイザ必死に足を伸ばす!!タイキブリザードも必死に追いかけるがこれは厳しいか!?ファーマメントがブリザードを抜くが、脚がいまいち伸び切らない!!マヤノトップガン先頭、ヒシアマゾンが今二番手!!残りブライアンも一気に上がる、後2バ身、届くか、届くのか届けられるかヒシアマゾン、ナリタブライアン!!如何なる、マヤノトップガンまで後1バ身、マヤノトップガンが、マヤノトップガンが逃げ切ったぁ!!マヤノトップガンがジャパンカップ制覇ぁ!!二着にはナリタブライアン、三着にヒシアマゾン!!クラシッククラスでジャパンカップを制しましたマヤノトップガン!!プレアデスで最も大きな輝き、メジロランページに続いて勝ってみせました!!そしてタイムが―――』
『2:21.8!?凄まじいタイムです!!ワールドレコードである2:21:3に此処まで肉薄しましたマヤノトップガン!!これが本当にクラシッククラスの実力なのでしょうか!!?』
『上手い事、途中で脚を溜めてやがった。上手いもんだなぁ、ラストでスパート掛けられる訳だ……あいつにはこういう走り方があったのも忘れられがちだよな』
「ハァハァハァッ……」
疲労の中で見上げた空は何処までも青かった。澄み切った青空に走った一本の白い雲、飛行機が描いた一本線、それを見て思わずマヤは笑顔になった。そして―――
「やったよ、トレーナーちゃん……マヤ、勝ったよぉ!!!」
思いっきり大きな声で勝利を喜んだ。