三度目となる催しにもはや誰も口を挟んだり、妨害したりするという愚かな考えすら浮かばなかったという。本来はそこまで関係が良くなくランページに常に苦言を呈するようなURAですら最早何も言う気が失せていた。当然だろう、最早ファイナルズとレジェンドレースの波は世界中に広がっていてアメリカでは第一回大会の開催が熱望されている。たった一人のウマ娘が行いが齎した熱はあっという間に世界中に伝染していったのだ。現在はヨーロッパでも開催の機運が高まっている。
「全く以て、あの子と出会ってからの毎日が楽しくてしょうがないわね~」
VIP席から覗く府中レース場は何時も以上の賑わいを見せている、有馬の中山レース場でも敵わない程の熱気と活気に包まれている、これを齎したのがたった一人の少女が数年苦労した結果なんだと言われたらどれだけの人が信じるだろうか?いやその人物の詳細を聞いたら確実に納得はするだろうか。
「本当に、何で嫁入りしてくれなかったのよぉ~……」
そんな言葉を漏らすのは現URAの重鎮ことスピードシンボリ、もう終わった事なのにランページがシンボリ家に嫁入りしてくれなかったことがどうにも諦めきれないというか納得が行っていないのか、そんな姿は彼女に心酔する者には見せられないだろう。いや当人的には見せたくないだけで、実際にそれを見ても失望される事は無い、寧ろ人間味があって可愛いと言われる事は確実だろう。
「お久しぶり―――って如何したの泣いちゃって!?悲しい事でもあったの!!?」
「今日は招待してくれて―――何かあったの?」
そんなVIP席にやってきた二人のウマ娘は自分を呼んだはずのスピードシンボリが涙を流していた事に驚きを隠せなかった。自分達の中で居た二人は凛としつつもしなやかで厳かな強さを持っていた女傑だったのに、それが年相応の姿で涙を流しているのだから……。
「ううぅぅ~……ランちゃぁぁぁぁぁん……」
「んもうそう言う事だったのね、いきなり泣いてたからビックリしちゃったよ。ハイハンカチ、ちゃんと涙拭いてね」
「話には聞いてましたけど、本当に大好きなのね貴方」
「大好きよ~……だから家族になって欲しかったのにぃ~……」
想像を超えた心酔振りに二人は思わず顔を見合わせてしまった、まああのスピードシンボリが良いお婆ちゃんになったという事なのだろう……と言いたい所だがその装いは自分達の思考を完全に真っ向から突っぱねているのだから。
「というか何で勝負服着てるの?私達にも勝負服着て来てとは言ってたけど、もしかして走るの?」
「流石にそれは違うわよ……フゥッ今回のファイナルズとレジェンドレースは色んな意味で節目になるから大真面目になってみないといけないって思ったからお願いしただけよ」
「言いたいことは分かりますよ、今年は去年以上に国際色豊かですもんね」
今年のレースは本当にとんでもない事になる、レジェンドレースの最後の大取に控えているダート2000mレースではダートレースの本場であるアメリカから超強豪が殴り込みをかけて来た。ランページが思わずふざけんじゃねぇよって言いたくなるレベルの者達が集っている。
「でもそれ以上に何かあるんでしょう、私達を呼んだのは」
「見ててほしいのよ、あの子の走りを……それに前からランちゃんに会わせて欲しいって言ってたでしょ?」
「私はTVで共演したし一回会ってみたかったからね」
様々な話を交わす中でいよいよ開会式が始まろうとしていた。高らかにファンファーレが天へと向けて捧げられる、G1のファンファーレがメドレーで演奏される中、地下バ道を通り、遂にその姿を見せた独裁暴君メジロランページ。
熱狂が言葉となって大気を揺らす、強風が府中を通り抜ける、コートがはためく、顔を上げたランページが見るレース場はトレーナーとなってからは感じる事が無かったような何かを纏っている。それを常に感じ続けながら走り続けていた現役時代が懐かしい、もう3年も経つのか……そんな風に何処か郷愁を抑えながらもマイクのスイッチを入れた。
「諸君、私はウマ娘が好きだ。諸君、私はウマ娘が好きだ。諸君、私はウマ娘が大好きだ。シンボリルドルフが好きだ、メジロラモーヌが好きだ、ミスターシービーが好きだ、マルゼンスキーが好きだ、オグリキャップが好きだ、タマモクロスが好きだ、イナリワンが好きだ、シンザンが好きだ、メジロアサマが好きだ。芝でダートでトレセンでフリースタイルで障害でばんえいでオリンピックでステージで、この世界で生きるありとあらゆるウマ娘が大好きだ」
その言葉に誰が否定の言葉を用いれる事だろうか。誰もがその言葉に取り込まれていた。
「最後方で控えながらも勝負所を決めたとなれば嬉々としながら満面の笑みを浮かべつつも他をごぼう抜きしている追い込み策のウマ娘が好きだ。策を巡らせ好機の一瞬を逃す事無く、全てを差し切る姿など心が躍る。先頭を風除けに使って体力を温存し、最後に全てを自分の物にする走りが好きだ。全てを擲ち、唯走りに没頭する姿などもう胸がすくような気持だった」
それはそうだ、自分達だってそうだ。だからこそウマ娘は美しいのだ、走りに全てを賭ける、だがそこには様々な思惑があり、戦略がある。唯走りだけではない、だがただ走る事に没頭する者が勝つ事も多々ある。だからこそ面白いのだレースとは。彼女は今……皆が秘めており気持ちを敢えて口に出している。
「コースの特徴を生かし、自らの能力と掛け算し走るウマ娘が好きだ。故郷の思いを胸に抱き、必ずや勝利を掴んで凱旋してみせると走る姿など感動すら覚える。最低人気のウマ娘が、圧倒的一番人気のウマ娘を下し、自らの勝利すら諦めていたウマ娘が勝利に震え泣きながら歓喜する姿などもう溜まらない。無敗で駆け抜け速さ運強さを全て備えた三冠ウマ娘が誕生した時などもう最高だ。三冠を目前としながらも最後の一冠を逃しながらもその敗北を受け入れ、リベンジに燃える姿など世界遺産すら霞む―――全力で敗北したウマ娘が好きだ、それまでより更に努力を重ねて前へ前へと進もうとするウマ娘が屈腱炎で声にならぬ声を上げる姿はとてもとても悲しいものだ……それでありながら後進の邁進を望む姿が好きだ。何も知らぬ民衆や我が物顔で語る自称有識者が的外れな意見で罵倒し、非難し、辱しめられるのは屈辱の極みだ」
これまでレースの美しさや素晴らしさを説いていた言葉が、いつの間にか変わっていた。その言葉に人々は思い当たる節があるのがばつの悪そうな顔をしてしまった、自覚がある、何も知らぬ身で好き勝手に言った事がある。だがそれすらもランページは纏め上げる。
「諸君、私は素晴らしいレースを望んでいる。諸君、この府中レース場に集った全ての者達よ。君たちは何を望む、どのようなレースを望むか?神話が如く伝説となり、我々の胸を打つようなレースを望むか?疾風迅雷と一つとなりて、世界を眩ませるような眩い絢爛豪華なレースを望むか!?」
その言葉は波のように世界に広がって音を奪う、静寂がその場を支配する。問を投げられている筈だが言葉を上げる事が出来ない、レース開催の宣誓とは思えぬ言葉の連続で誰もが言葉を失う中で一人の誰とも知らぬウマ娘が声を上げた。望むものを口にした。
「レース……」
小さなそれは水面に投げ込まれた石が作った波紋のように広がっていく。静寂が支配したその場において唯一発された音は瞬くまに世界を支配した、一人、また一人と口ずさんでいく。そしてそれは巨大なうねり、怒号となって府中レース場に響き渡った。
『レース!!』『レース!!』『レース!!』
「宜しい、ならば
かの暴君に此処まで言われて、高ぶらないものはいないだろう。レジェンドレースに出走する者らなど何故今日このまま走れないんだと悔しさすら滲ませている者までいる。だがその熱を明日まで滾らせておけるのも伝説の舞台に立てる者だ。
「我々を見ようともせず、唯快適なだけの自らの世界から奴らを引きずり出そう。自らの意思で目を開き、もう忘れる事が出来ぬ程に刻み込んでやろう。連中に歓喜と興奮の味を知らしめてやる。連中に我々の蹄鉄の音を思い出させてやる。天と地の狭間には私達だからこそ生み出せる哲学があるのだと思い知らせてやる。我々の走りを見せてやろう―――」
今話でファイナルズとレジェンドレースの募集を終了しようと思います。
皆さん、たくさんのご応募ありがとうございました。次回からファイナルズとレジェンドレースとなります。皆さんの応募ウマ娘が出走する時を、お待ちください。