「さぁってと……」
その日、ランページは起床と同時にその身に勝負服を纏った。普段のトレーナー業と変わらないではないかと言われたらそこまでかもしれないが……その表情からは明らかに違う熱があった。久し振りに全身に感じる熱と感覚、神経が全身に張り巡らされていると誤認する程に身体の全てが手に取るようにわかる自分が居て不思議な気分になる。
「愉快だねぇ……本当に俺ちゃんって引退してるのかな」
そんな事を口走るのは先日のフローラの言葉があったから。
―――生憎、私は貴方みたいに若くないので。もう、キッチぃんですよねぇ。
「ったく人が物の怪みたいな物言いしやがって……ある意味間違ってねぇけどさ」
あの言葉は幾らかランページの中にあった何かを揺さぶっていた。ランページの中でずっとフローラはライバルで居続ける者だと思っていたのかもしれない。実際はトレーナーとして専念するだけで自分のライバルであることは変わりないはずだが……それでもあいつが走らないと言った事は衝撃的だったのだと分かった。
「俺は、いつまで走れるかね……」
何時まで走れるのか、単純だ、走れなくなるまでだ。それが例え目前に迫っているとしても自分は駆け抜ける事はやめない。走れなくなったら?そん時はそん時だ、いざとなったら車で走ればいいだけだ、少なくともスズカは納得するだろう。
「さてと……行ってきますか」
視線を向けた先には家族の写真―――なんて気の利いたものではない、プレアデスで撮った写真と三女神像、そしてメジロ家で撮った写真がある。
「準備は万端、行こうか」
「驀進驀進!!!」
「バクシンオーウチはあんたに勝つ!!そのために戻ってきたんや!!!」
昨年に引き続き最強スプリンターであるサクラバクシンオーに挑む者達が集ったと言っても過言ではないこのレースに今年は強者が集っている。昨年のレジェンドレースでバクシンオーとしのぎを削ったミヤビクロスロード。
「この舞台で再び走れて、競えて幸せです!!」
ダブルティアラを達成した天才少女のニシノフラワーもレジェンドレースに参加している、距離適性の関係でダブルティアラで終わってしまっているがその力は短距離でもいかんなく発揮されている。そしてそれに混ざるように爆走するのが―――
「どりゃさっさあああああああああああああっ!!!」
『こ、今年も飛んだぁぁぁぁ!!!!今年も飛びましたラビットパラベラムが今年も飛びました!!外ラチを蹴って無理矢理にコーナーを曲がるという最早曲芸なのか神技なのか分からなくなるようなこの技巧!!彼女の名物になりつつあるという話もあります!!』
『曲がれないなら曲がらずに直進してしまえ!!というある種の開き直りすら感じますね!!?』
高知の直線番長と呼ばれるようになっているラビットパラベラムである。昨年は見事ファイナルズの短距離部門2連覇を成し遂げ、3連覇という偉業に目もくれずにレジェンドレースに殴り込みを駆けて来た新参者にバクシンオーは高らかに笑って答えた。
「素晴らしい、それでは驀進しましょう、スピードの向こう側へとぉ!!!」
最早それはレースという体裁すら成していなかったのかもしれない。単純な速度の比べ合いであって競争ではない、単純に自分の速度の追求という一点にのみ収束された究極の走り。その果てに待っていたのは―――
『桜の驀進は此処まで進化したのか!!?サクラバクシンオー、レジェンドレース短距離を怒涛の三連覇ぁぁぁぁぁ!!!そしてタイムは……1:06.8!!進化しているぞバクシンオー!!!彼女を超える最強スプリンターはこの先誕生するのかぁぁぁぁ!!!』
「しますとも!!私たちの心に、魂に驀進の二文字がある限り!!」
マイルを吹き抜き抜ける風の神、ヤマニンゼファーが戦闘を駆け抜けていく中でそれを追走する強豪たち。その中にファイナルズにも出走しマイルの覇者にもなったロケットアローの母も混ざっていた。
「フフッ……久々に血が滾るわね、やっぱりレースって最高ね!!」
嘗て中央の総統とも言われたグスタフマックス。後方から一気に巻き上げるその走りの力強さと迫力は先頭を駆けるゼファーでは常に変わる風に驚きを禁じ得なかった。
「や、やっぱりつよいぃぃっ―――でもどんな逆境にだって負けません!!」
「この程度、何の苦にもならん!!」
そんな風の中でも諦める事無くゼファーへと食らい付くトロットサンダー、だがそれをあっさりと上回るのがアイルランド王室からの刺客と言い換えてもいいウマ娘、スコードシヴァ。常に変わり続ける風の中で駆け抜け続けるその走りはゼファーを捉えんとするが―――
『ヤマニンゼファー、ヤマニンゼファー!!鼻差、鼻差で逃げ切ったぁぁぁ!!危うい!!本当にぎりっぎりの勝利!!アイルランド恐るべし!!恐るべしスコードシヴァ!!』
「おろしのような凄まじさ……これは、新たな花嵐になりえますね……」
「おやおや誰かと思えばちんちくりん…こほん失礼お子様はこんな所に居ては駄目ですよ?早くお家にお帰りなさいなお母様がご心配なされてるのではなくて、ああそうかそこのクリークさんに言えばいいんでしょうかねぇ?」
「なんやとぉ!!?だったら道連れにしたるぞごらぁ!!」
「いやほら、私にはご主人様とのワンちゃんプレイがありますので遠慮します。いえ、ご主人様との赤ちゃんプレイならむしろ……」
「やめい!!こんな所で妄言まき散らすなや!!!」
今年はオグリやイナリなどがダートに行ってしまっている関係で一強だと言われているタマモクロス、それに対して何の躊躇も遠慮もなく突っかかるウマ娘、タマモナイン。名前も似ており、一応の親戚関係もある為か大きい方のタマと呼ばれる事もあるが、当人たちの相性は最悪の一言でゲート入りの前でもこんな言い合いをし続けていた。そんな二人の戦いになるかと思いきや口火を切ったのは
「ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ ユルサナイ ユ"ル"サ"ナ"イ"!!!」
『先頭を駆け抜けるのはシェルシャルロッテ!!これは圧倒的か!!?』
『資料では嘗てランページさんが戦ったシャルウィダンスを慕っているとありますね』
そう、アイリッシュチャンピオンステークスでランページと対戦したシャルウィダンスを慕っているウマ娘。憧れのウマ娘を破っただけに飽き足らず、そのままあっさりと引退してしまったランページのせいでシャルウィダンスは燃え尽きてしまった、その復讐と言わんばかりにこのレースに出走してきた。
「あの場でお姉様を負けさせて脳まで焼かせて、挙げ句の果てには引退してこんな大会まで作って─ホントウニユルサナイ……ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!!!!私がここを滅茶苦茶に―――!!!」
「なぁ、今なんて言うた?あいつの事知らんで好き勝手にいうのやめろや」
「ほぉんと、勝手に夢見て目標して勝手に散っただけじゃないですか。ランページさんには全く責任はありません責任転嫁もいい加減にしてくださいます?」
『来た来た来た来た来たぁ!!!二人の玉藻がやって来たぁ!!白い稲妻タマモクロス、妖艶なる巫女タマモナイン!!二人が猛追するぅぅぅ!!!』
「ランページはあのレースを走る1年前から引退を決めとったんや、それを後から脳を焼かれて程度で何言うとんねん、フローラを見習えや」
「全く以てその通りですねぇ……その程度で止まるならその程度だったって事ですよ」
「なんだって……!!?」
「ハッやったら証明してみろ、ジブンが憧れの走りを肯定して見せろや、うちらは全力で否定してやるわ」
「子供の癇癪って疲れるんですよねぇ……それじゃあ、タマモクロスお先に」
「ああっ行かせる訳ないやろがい!!」
罵り合いに近いそれを繰り広げながらも駆け抜けていく二人、自分も負けてられるかと駆け抜けるが―――全く追いつけない。その時に幻視したのは……あの暴君の背中、シャルウィダンスもこんな感じだったのか……?という気持ちになった。
『タマモ、タマモタマモ!!タマモでもクロスの方だ、稲妻が鳴り響いたぁぁぁぁ!!!』
「どうやウチの勝ちやぁ!!」
「クッ……え~いご主人様ぁ~慰めてくださいませ~♡」
「なんやろ、この勝負に勝って試合に負けたような謎の敗北感……」
マイスイートザナディウム様よりグスタフマックス、タマモナイン、うみへすろ様よりシェルシャルロッテ、幽々やよい様よりトロットサンダー、トラセンド様よりスコードシヴァを頂きました。有難う御座いました!!次回は、何処まで行けるかなぁ……ダートのスタートまで行けるかなぁ……。