「あっ漸く帰って来た、俺じゃなくて彼女といちゃつくなんて妬けるじゃないか」
「なんだして欲しいなら言ってくれよ、お前になら俺のカギを渡してフリーパスにしてやってもいい。いつでも俺のベッドルームは広さを持て余してるもんでな」
「……あの、10に対して平然と100で殴るのやめてくれない?」
「ハッハッハッだったら南ちゃんみたいにしっかりしときな」
「なんて無茶を……」
漸く帰って来た婚約者にちょっと意地悪な言葉を浴びせようとした上水流だが、それを容易く受け流すどころか受け止めたどころか思いっきり助走をつけてぶん投げ返してきて上水流の顔は赤くなってしまった。そんな婚約者の隣に立ちながらもランページはゲートインへと向かうエアグルーヴを見る、プラチナの耳飾りもいい味を出しているじゃないかと思っていると、ドーベルが妙に青い顔をした。
「あ、あのランページお姉様……あの耳飾りって……プラチナ……」
「おっ分かる?いやぁグッバイヘイローが好い加減にデザインしたやつ着ろってうるさいからさ、だから黙らせる為にアクセサリーのデザイン頼んだのよ。流石超一流なだけあっていい仕事するわぁ……」
「あっやっぱりあれお母様のデザインだったのね……妙に見覚えがある気がしたら……」
同じく応援に来ていたキングはそのデザインに覚えを覚えていたが、育ちのいいドーベルはその辺りの知識も確りと持ち合わせているのでエアグルーヴが着けているそれが精巧に作られている模造的なものなどではなく、純然たるプラチナであることを見抜いてしまい、一体幾ら掛かったんだ……?という疑問と自分もこの舞台に立ったら同じ事をされるのか……という不安を覚え始めたのであった。
「それで今回の彼女の戦術は?」
「叩き潰せ、それだけ」
「いや、それって指示って言えるのか?」
ステゴが首を傾げつつも繰り返してきた、指示にすらになっていないような気もするのだがこれだけで十分だと確信している。ラモーヌとの走った事は極めていい経験になった、遺憾ながらエアグルーヴの走りのそれはフローラのそれに近いが、フローラに明確に勝てる部分がある。
「それは、他者にぶつける絶大な自信だ。フローラは俺に対する執着だけだったが、エアエアが持ってるそれは今日まで自分が築いてきた自信と俺達への信頼、それを使えばどうにもなる」
「そういう物、なのかしら……?」
いまいち分からないと言いたげなキングと何となく察したステゴ、そしてドーベルは完全に分かっていない。
「ちゃん様と走った事で明確にレベルアップしてるんだから大丈夫大丈夫」
「軽いなぁ……」
「なぁに……俺達の女帝だ、勝つさ」
『さあティアラ路線の初戦、桜花賞が今スタートしました。出遅れはありません、さあ先行争いは内からノースチョーカーが速いぞ速いぞ!!早くも一人旅で2番手に付きましたカネモチシャープとは2バ身3バ身と離れて―――いや大外から、大外からエアグルーヴが上がっていく!!速い、これ速い速い!!あっという間にノースチョーカーを射程距離に収めていやそのまま抜いて今先頭に代わりました!!先頭エアグルーヴ!!暴君直轄領チームプレアデス、このティアラ路線は負けられないと言いたげな意気込みを感じます!!』
「速いっ……だけど、この走り……!!」
駆け抜けるビワハイジ、先行の位置でエアグルーヴを差し切るつもりだったのに飛び出していく彼女の姿に言葉が出なかった。師と同じ大逃げをするつもりなのか、逃げは自分の脚質ではないと言っていたじゃないか。あれは偽りで情報戦で私を翻弄するつもりなのか……!?
『第3コーナーを回る、先頭は未だエアグルーヴ。ノースチョーカーとのリードは2バ身程度、ノースチョーカーは内から行こうとしているがこれは厳しいでしょうか、外からに切り替えようとするがビワハイジが徐々に上がってくる!!ノースチョーカーこれは出れないか!!ファイトカリバーンが更に外からやってくる!!昴の女帝の戴冠を許さんとする騎士たちが続々と上がってくる!!これは混戦状態、さあどうなるどうなって来るのか!!?』
「これ以上は許さないぞ、貴様のアクセサリー、宣言通りに貰うぞっ!!」
―――……やってみろ。
『ッ……!?』
刹那、第4コーナーへと入って混戦状態のそれから飛び出して最後の直線の末脚勝負に持ち込もうとしていたウマ娘達を貫くようなオーラが蔓延した。だがそれは何処か甘美な甘さも秘めているように感じ取った、ウマ娘としての鋭敏な嗅覚が捉えたのか、中心には女帝がいた。
「私は誰が相手だろうと楽しむだけだ、ああそうだ……愛し尽くそう、故に注意しろよ……腑抜けになっても知らんからな……これが私の力だ!!」
一歩、強く踏み込んだ。その時にウマ娘達は彼女の美しさに一瞬目を奪われた、レースを心から楽しんでいる表情を浮かべ、それを甘受し、それを愛する。故に強い走りが生み出された瞬間、想い描いた言葉は―――魔性の女帝。
『エアグルーヴが伸びてくる!!一気に上がってくる!!ビワハイジも遅れながらも伸びて来る、外からファイトカリバーンが来るがこれはもう間に合わない!!これが、暴君直轄チームの実力!!無敗のまま、エアグルーヴ、最初の戴冠式ィィィィッ!!!トリプルティアラ初戦桜花賞の女王となったのはプレアデスの女帝、エアグルーヴ!!!二着にファイトカリバーン、三着にビワハイジ!!』
「せ、先輩凄い……」
圧巻の走り、とドーベルは思った。最初は一気に飛ばしてその後はスピードを維持したままでレースを引っ張って相手のスタミナを奪うようにして最後に渾身の一伸び。そしてその姿にラモーヌを気付けば重ねていた。
「……しかも最後に周囲を丸ごと飲み込んで全力を出すタイミングを狂わせてたな。やれやれ喰えない走りするようになったぁ先輩」
「凄いわ、それ以上の言葉が見つからない……」
ステゴはその走りに笑いつつも怖い怖いとふざけたような言葉を連ね、キングは喉を鳴らす。
「レースに真剣なのは良い事さ、だけど世の中を上手く渡っていく為には世の中を甘く見る事も大切なのさ。真剣結構、だが何時までも糸を張りっぱなしなのも辛いだけさ。楽しむ、愛する、これらは別に真剣の対義語じゃねぇ。楽観主義、言わせておけばいい。人生は楽しんだもん勝ちさ」
「楽しみつつ本気で勝ちに行くか……成程ラモーヌさんから学んだのはそれって訳ね」
「まずは―――桜の冠……次は、オークス……!!」