「お願いします!!」
「いやあの、いきなり頭下げられても……」
それは余りに唐突だった。まもなく皐月賞が始まろうであろうという段階で思いっきり頭を下げられたランページは困惑を表にしていた。相手はバブルガムフェローの担当トレーナーである藤岡 和幸、トレーナー歴9年目で年数で言えば坂原には劣るが坂原よりも早くにG1トレーナーの一人としてトレセン学園に名を連ねるトレーナーの一人で、元スピカのサブトレーナーで現在は独立している。
「あ、あの何があったんすか?」
「突然、申し訳ない。俺の担当、元ネメシスのメンバーであるバブルガムフェローに関する頼みを聞いて頂きたい」
「はぁ……俺自身に関する事って事ですか」
「その通りだ」
プレアデスの部室で仕事をしていたランページへと会いに来た藤岡は突然土下座をして懇願をし始めた。何事かと思いながらも彼はゆっくりと話し始めた、そして自分に関してなので次のダービーの2400の並走でもお願いしに来たのかな?と思っていたのだが―――
「メジロの療養所を紹介して頂きたい」
「待ってくれ、それってもしかして―――」
「……バブルガムフェローが怪我をした」
その言葉で頭が白くなるのを感じた。ネメシスの所属だったとはいえ自分にとっては可愛い教え子の一人には他ならない、クラシックを有望視されていた彼女が、怪我をした……?それじゃあ皐月は回避するしかない、それどころかダービーだって……
「容態は?」
「捻挫で全治には2週間はかかるらしい……骨などに異常はないが……皐月は回避するしかない」
「そう、か……そうか、捻挫か……」
それを聞いて思わず胸を撫で下ろした、ウマ娘のケガで分かりやすく警戒されるのが骨折。60キロを超える速度で走るのだ、それで転べば簡単に骨などは折れてしまう。だがねん挫で済んでいるのんならばまだ安い方だ……。
「バブルも皐月の回避には理解してくれた、だがダービーには必ず出ると意気込んでいる。だから必ず治してやりたいんだ、だからお願いだ貴方の力をお貸し頂きたい!!」
「いいよ」
「無理を言っているのは承知している、だがあいつは必ずダービーを取ると宣言した!!俺はそれに応えてやりたい……頼む俺に出来る事ならば何でも受け入れる!!」
「いいよ」
渾身の覚悟と誠意の籠った土下座、そして自分に用意出来る物の全てを賭けてでも……!!と思ってた藤岡の決意を蹴り飛ばすかのような軽い返事に藤岡は直ぐに反応出来なかった、二度目のそれに漸く受け止めたが、エラーしたように素の声で困惑した。
「ほ、本当にいいのか⁉そんなに軽い感じで!!?」
「良いよ別に。メジロ家の療養所つっても別にメジロ専用で入口閉ざしてる訳じゃねぇし、俺の口添えあれば確実に入居出来る程度の差があるって程度の話よ。それにバブルは俺とサンデーのネメシスのメンバーだった奴だ、俺は勤勉な教え子には優しいのよ」
「ほ、本当にありがとう……これであいつの早期復帰にも光が差す……!!」
バブルガムフェローは史実でもスプリングステークス後に右脚の第1趾節種子骨骨折が発覚、全治には半年を要する事になり皐月賞もダービーも諦め、秋の復帰を目指す事になっていた。一応警戒して基礎を徹底して鍛えて怪我のリスクを下げて来たつもりだったのだが……
「しっかしそうなると……基礎重視のそれが良くも悪くも出ちまったか……」
バブルは史実でサンデー四天王の一角とされていた、サンデー産駒の特徴と言えばやはりその瞬発力から来る高いスピードでそれはウマ娘でも同じことがいえた。だが同時にそれが足に大きな負担となり、怪我のリスクが高くなっていた。だからこそ基礎を重視して基礎的な能力を上げる事で極力リスクを下げる手法を取っていたのだが……それでもカバーしきれなかった。
「基礎を上げた分、総合的な能力諸々が上昇してよりスピードが出るようになっちまったか……」
「いや基礎重視は正しいと思う、だがこれはウマ娘の育成の上での宿命染みた問題だ。君が悪い、という話でもない」
「そう言って貰えると有難い……その礼に療養所の料金は俺が持ってやんよ」
「いやそこまでして貰うわけにはいかん!!」
「だったら確実にダービーに間に合わせな、そして良い掲示板入りした賞金で飯でも奢ってくれればいいさ。地味にあそこは施設としても最上級だから普通にたっけぇからな」
一部施設のみを利用するだけならばそこまででもないのだが……完全な治療目的の療養施設としての利用ともなると確実に料金は跳ね上がってしまう。こればっかりは致し方ない。
「藤岡さん、前にも言ったかもしれないがバブルの奴を頼む。あいつは真面目な優等生だ、だけどどっかで期待に応える為に努力しすぎてるのかもしれない、上手い事支えてやってくれ」
「当然だ。我らトレーナーとウマ娘は一心同体、いざという時は何処までも行くさ」
「良い言葉だな、隊長って呼んでいい?」
「好きにしてくれていいさ、それでは今度はバブルと一緒に来るとするよ」
そう言って改めて頭を下げてから出ていく藤岡を見送った後、ランページは背凭れに身を委ねつつテーブルに足を放り出すようにしながら天井を見た。
「教訓だな……これは」
現役時代には怪我が皆無で引退したランページ、それは南坂の徹底的した基礎練習の賜物だったという自覚はある。だからこそ自分もそれを実践していた、だがそれによって強められる力を確りと計算した上でのメニュー変更なども頻繁にあった。南坂のそれを再現する事は難しいので、週ごとに上水流と坂原に協力して貰ってメニューの調整を行っている。
「スズカの事を踏まえると……気を付けねぇとな……」
プレアデスの中で最も怪我の確率が高いのは矢張りスズカ、当人が加減などが下手で直ぐに最高速度に持って行ってしまう事もそうだが内ラチのギリギリを掠めるような練習もしているので最も注意をする必要がある。別に怪我をなくすとは言わないが……可能の限りその確率は排除した方がいいのは確か。
「……気合、入れ直さねぇと……!!」