「……」
5月に入って本格的にエアグルーヴのオークスに向けての練習が開始され、ラモーヌやターボの力を借りて2400への距離延長は順調に進んでいる中でランページは来月に迫っているデビュー戦に向けての調整に追われていた。
「……誰かを遅めにさせなきゃあかんか……いやいやそれは流石になぁ‥…つっても同じデビュー戦にぶち込むのは……こうなると運任せにせにゃならんか……?」
「はい珈琲」
「あっ有難うおハナさん……ってこれ珈琲じゃないっしょ」
「あら分かるのね」
「珈琲党を舐めんでください」
そんな所にやって来た遠征を後僅かに控えている東条からの差し入れ、ノンカフェインである麦珈琲というべきそれを即座に見破るランページ。妊娠中だからと気を使って貰えたのを嬉しく思いながらも楽しみが一つ一つ削られてるなぁ……と寂しく思いながらも麦珈琲を啜る。
「来月のデビュー戦についてでしてね……どうにも一部がデビュー戦が明確に遅れちゃいそうでしてね……メイクデビューは可能な限り早め早めに経験させたいんですけど、くじ運的な問題で誰かが後ろになっちまう可能性がありましてね……」
「だから同時にデビューは大変だって言ったじゃない」
「俺が後先考えると思ってます?」
「考えなさい」
「うへ~……」
スズカ、ドーベル、サニー、ステゴ、タイキ、パール。この六人を同時にデビューさせるというのはベテラントレーナーでもかなり苦しい、それをまだまだ新人の域を出ないランページがやろうとするのは傍から見たら無謀の極みに近いのだが、当人は嫌な顔をするだけでそれをやろうとしているのだから、東条からすれば立派な物だと思っている。
「まあ良いか別に、上ちゃんか坂原さんに遠出して貰う事になるけど」
「ず、随分とあっさり解決したわね」
「いやぁぶっちゃけ俺が付いてあげた方がいいかなぁって思ったけど、別にそうでなくてもよくね?ってなりました、だっておハナさんだってあのボケにレース任せる事になるんですし平等院鳳凰堂って奴ですよ」
「何よそれ……まあそう言われるとそうね、今ああして一時的なチーム引き継ぎの為に四苦八苦している姿を見てると、あれこれが発散されて胸がスッとするわ」
「おハナさんもでかいっすからね」
「貴方に言われたくないわね」
現在リギルの引継ぎの為に書類仕事で忙殺されているフローラ、将来的にはあれがリギルを継ぐのかと思うと若干心配になるのだが……
「それにしても、貴方だってカノープスの補佐に入るんでしょ?」
「入ろうと思ったんすけど、南ちゃんにやんわり止められました。妊婦をこき使うとか私の評価を落とす気ですか?ってニコニコ笑顔で言われました」
「そこだけ切り取ると本当に外聞悪い物ね、六平さんとかにサポートを頼むらしいわね。フェアリーゴッドファーザーがついてくれるなら心配ないわね」
「ついでにウォルターの旦那さんにも声かけるらしいけどね」
「……フローラ、追加よ。これも終わらせるのよ、期限三日後よ」
「げえええっ増えたぁ!!?えっしかもこれ天皇賞春をどうすれば勝てたか。その敗因は何故か、それを次に生かすにはどうすれば良いのか?!それを三日後までって鬼ですかおハナさん!?私既に普段のトレーナー業に引き継ぎ作業ですっげぇ忙殺されてるんですけどぉ!?」
「黙りなさい、あの人が来るのであればあの人は貴方にとって大師匠よ。恥ずかしい所を見せる訳にはいかないのよ、私だってあなたの現役中はこの位普通だったのよ、やりなさい」
「いいいいやああああああ!!!?」
自分の師が敵チームのサポートに入るかもしれないと思うとリギルを中途半端な状態にしたくないと思ったのか、それともこれを機にフローラの現役中に苦労させられた時のあれこれを孵そうとしているのかは分からないが、フローラの仕事の量が増えた。自分ほどではないがフローラとて仕事は早い部類なのに……矢張り社会人経験の差が如実に出てるのかな。
「いやぁ他人が苦しみもがく様を見ながらやるお茶も中々乙なもんだな」
「ランページさん貴方悪魔ですか!?」
「ただのドSだ、一般性癖だろ」
「もうやだこの暴君!!悪魔鬼人でなし暴君、大好き愛している!!」
「おハナさん、まだ盛って大丈夫そうですよ」
「そうね、それだけ戯言を宣えるのならばまだ余裕ありそうね」
「藪蛇ぃぃぃぃい!!?」
「まあフローラの事はどうでもいいとして、現実として一日にメイクデビュー戦ばっかりをやってくれるわけではないという事は頭に入れといてくれ。やって1レースごとに2戦ぐらいだからな、場合によっては上ちゃんと坂原さんに付き添って貰う事にもなるから」
こればっかりは致し方ない問題なので皆に了解してもらう、ランページが思っていた以上に皆もそれには納得してくれており、無用な心配だったかもしれない。
「今の所、一番早いデビューは……タイキかパール、それとドーベルとスズカって所か」
「Oh!!一番乗りデース!!」
「まだ決まってる訳でもないだろうけど、気合が入るわね!!」
「遂に、デビュー……!!」
「もっと速く走りたい……」
ホントワクワクしている奴もいれば緊張している奴もいる、そして平常運航なスズカもいると……面白いさまだ。
「ンでタイキはやっぱり二刀流目指す方向性でいいのかな?」
「勿論デース!!ダート三冠目指しマ~ス!!!」
「……おうそうか」
「んでチューリップ賞ランページ記念を鉄仮面で乗り切ったランページさんは、新設されたダート三冠のトライアル、メジロランページ杯に出すのか?」
「……やめてくれステゴ、恥ずかしい……」
チューリップ賞ランページ記念では目立った反応を見せずに新聞では面白くない見出しになっていたが、内心ではもう恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなかったのだからやめてくれ……。
「エアエア、改めてあのレース勝ってくれてありがとう愛してる」
「どれだけ嫌だったんですかあのレース……」
「嫌に決まってんだろなんだよあれ!?何処ら中に俺関連のグッズとか横断幕とかあったんだぞただの羞恥プレイじゃねぇか!!?」