東京レース場。何度来ても本当に賑やかな所だなぁと思いながらもランページは売店で買ったブラックコーヒーを口にする。普段は豆から確りと焙煎したコーヒーだが、偶にはこういう安価な缶珈琲も悪くはない。
「本当に君って不思議な存在だね……色んな意味で贅沢三昧出来る身分なのに庶民的な感覚が身に沁みついてるというか、だからこそ親しみやすさが湧いているというべきか……」
「贅沢出来る事とそれをする事は=ではないってこったよ。出来もしないのにそれを求めるってのも大分馬鹿らしい話でもあるからな」
今日はオークス、ティアラ路線の第二戦。エアグルーヴにとっては重要な日になるしランページのトレーナーとしても重要な日になるというのに愛しの彼女は全く平静さを描く様子が見られないので上水流も取り乱す事がない。
「仕上がりは如何なんだい?」
「聞くまでもねぇだろ、完璧よ。ちゃん様とターボからのお墨付きも貰ってるし俺としても合格点を惜しむ事なく出せる状態ではある。ぶっちゃけ、今はこれよりもスズカ達のメイクデビューに頭を悩ませてるぐらいだよ」
エアグルーヴの調整に問題はない、メジロ家の療養所で休息も取らせて心身ともに万全にさせているのでそれに関しては何か言う事もないのである。
「何に悩んでるのさ」
「可能な限り分ける、まあデビューは当然だな。だけどまあ此処まで見事にレース場が異なると面倒くせぇなって思って。俺だけ超強行軍じゃん」
「だからそこらへんは考えた方がいいって言ったのにさ……」
「いやぁ完全に忘れとった、海外遠征のあれこれよりかはマシだろ精神だったから」
自分や坂原に振ればいいだろうとも思っていたのだが、チームメンバーに聞き取り調査をしてみた所、ランページにこそ自分のデビューの走りを見て欲しいという思いがあった、一生に一度しかないデビュー戦の機会でのそれを潰す訳にもいかないで結構キツいスケジュールになっている。
「俺が無理する分には良いのよ、問題は……あいつらが納得してくれるかって事よなぁ……こんな事ならあの事暴露するんじゃなかったか?」
「ホント君ってその場のノリだけで生きてるよな、後の事をそこまで考えてないって言うか……」
「だってマジで考えてねぇもん」
「考えろよ!!?」
自分だってこんな事は言いたくない、でも言わなければならない。が、言えば言う度に周囲からは独裁暴君たるメジロランページに平然とあんな言葉遣いをするトレーナーという認識を強く持たれる。週刊誌でも上水流トレーナーはメジロランページに対して不敬すぎるという記事も書かれた事がある。
「……思いの外、緊張していないな」
桜花賞の時は結構緊張していた気がしたのだが……いやどうだっただろうか。いまいち覚えていない……自分は此処まで記憶力が無かっただろうか?と思わず自分に首を傾げてしまう、メイクをしながらもエアグルーヴは鏡の中にいる自分が酷くリラックスしているのを見てそう思う。あの時はこの髪飾りを貰って、ランページに応援のキスを貰ったりもしたのだったな。
「……オークス、か」
母が制したこのレースへと挑む、そして偉大なる先輩方の伝説の舞台ともなったこのレースへと、今自分は挑む……メジロラモーヌ、メジロランページ、ツインターボ、偉大なトリプルティアラ達に指導やレースをして貰った自分がそこへと挑む……不思議と高揚感が身体の内から湧き上がる。
「さてと、行くか」
メイクを終えて、確認を終えると控室から出て地下バ道へと歩みを進めていくと共に走る他のウマ娘たちからの視線を受ける。今回一番人気は桜花賞をも制した自分だった、それ故に自分は明らかにマークを受けるだろう。既に多くのプレッシャーが自分を押し潰そうと何度も蹴り込んできたりワザとらしく身体を寄せて来て、当たるか当たらないかをしようとしている。
「随分と、可愛らしい事をするじゃないか……」
ならばと、此方もワザとらしく言葉にしてやると周囲は子供のように、雷の音を聞いたかのようにビクつき始める。この程度で怖がるなら最初からやらなければいいのにとも思うのだが……この程度はまだまだ序の口ぞ。と思っていると背後から声を掛けられる。
「調子良さそうだな」
「ああ、実際調子は悪くないからな。お前は如何だビワハイジ」
「愚問、というべきだろうな」
何度も蹄鉄を並べた仲のビワハイジは声を掛けて来た、トモの張りも覇気も中々に仕上がっている。これは良い走りが期待出来るな、と自然と他者の健闘を祈っている自分がいた。
「実を言うとな、私のトレーナーは私をダービーに出そうかと思っていたらしいのだ」
「日本ダービーへか?ティアラ路線から其方への変更は確かに幾つか前例はあるが」
「ああ、だが私はお前への報復を遂げるまでは回避するつもりはないと付き返したよ。それに……今年のクラシック三冠路線もかなり魔境だからな」
「同感だ、ランページさんも今年のクラシックは荒れるだろうなと言っていた。実際、フローラさんの下で随分と扱かれているのを見たからな」
「……やっぱり?」
「最初こそフローラさんを雑に扱っていたが、その実力を持って分からせていた」
「う~ん矢張り流行りは分からせか……」
「何の話だ?」
「ああゴメン、私の癖の話」
「そ、そうなのか?」
とてもこれまでバチバチにやり合ってきた相手同士とは思えぬような軽口のたたき合いに周囲は、軽く戸惑っていたが、エアグルーヴからすればランページとフローラのそれに比べたら本当に中身も無ければ軽い物だと思っている。
「エアグルーヴ、今日こそはお前に勝つぞ、ついでにその髪飾りもな」
「おいその話まだ続いているのか、流石に渡すのにはランページさんの許可がいるぞ」
「ムッ流石にそうか」
「一応言っておくが、これガチのプラチナだぞ」
「……そんなの送るってお前のトレーナー狂ってないか?」
「フローラさんほどではない」
「それはそう」
「なんか今、私ディスられた気が!?」
「お前は常に誰かにディスられてるだろ、つうかなんでお前は此処に居んだよダービーの方集中しろよ、既におハナさん海外なんだからリギル支えろよ」