遂にやってきた宝塚記念当日、矢張りというべきかこの日は極めて人が多い。本格的な夏前、春のG1三冠の最終戦となる宝塚記念なのだから当然というべきなのだが……これを見る度に宝塚記念が主に開催される6月の終盤って張るって認識でいいのだろうか、というどうでもいい事が思いつく。暦上は春とかだったりしたっけ……そんな事を思いながらマヤの控室で最終調整を行っている坂原を見ながらもスマホで情報を広げている。
「やっぱりというべきかマヤの一番人気だな、ネット記事見たかい?ここでマヤノトップガンの真の力が明らかになる、勝てば当然とも言うべき状況、化けの皮が剥がれるか、だってさ、あほくっせ……テメェらで菊花賞、ジャパンカップとかの格下げてる事に気づいてねぇのか、まあ気付いてないんだろうな、頭悪いから、自分達で歴史を作っていると思っている奴らの姿はお笑いだぜ」
「ちょくちょくブロリストになるのやめない?腹筋に悪いから」
「ああ、この前のもしブロ見た?」
「見た見た、編集最高と台詞のつなぎ最高かよってなったな」
「ホントお似合いだよ二人とも」
そんな事はさておき……
「さてマヤ、準備の方は良いか?」
「うん悪くないと思うよ、結局、10倍を上手く使えたのは三日前ぐらいだったけど……」
「それでもとんでもないって事を理解してくれるとお姉さん嬉しいんだけどね、なんでそんなにそんなに迅くに扱えるようになっちゃうの?これが若さか……」
「君だって十分若い部類だぞ定期」
結局のところ、マヤは10倍シンザン鉄を扱えるようになった。当人曰く、三日前に漸く扱えるようになったと語るが……ランページ的にはまだまだ時間がかかると思っていたので早過ぎる成長に溜息が漏れる。
「何か既に俺の予想を超えてるんだよな……まあいいか、マヤお前は別に気負う必要はないぞ。走りたいように走って楽しんで来ればいいんだから。周囲がごちゃごちゃ言おうが気にせずに自分の走りに没頭しなさい。周囲がごちゃごちゃ言ったら俺が黙らせるだけだし」
「う~んそれはそれで嬉しいけど、それはそれで嫌だな~」
「何故?」
「だってランページさん、もう直ぐママになるんでしょ?それだったら下手にストレス抱え込まない方が良いってママから聞いた事あるよ」
「こいつめ、生意気な事を言いやがって」
マヤなりに自分を気遣ってくれているという事なのだろうか、それはそれで嬉しい気もするのだが……自分の勝手をした結果で教え子に気を遣われてしまうというのはいまいち気分が乗らない。
「それでトレーナーちゃん、作戦は?」
「作戦は……臨機応変に」
「つまり行き当たりばったりという訳じゃな」
極めて簡単に言うが、これは坂原からマヤへと向けた全幅の信頼に等しい。マヤならば周囲の環境や展開から最適な走りを抽出して実行出来ると信じているという事、どっかのトレーナーが作戦は無し!!とデビュー直前のウマ娘に言ったのとは訳が違う。
「と言いたい所だけど、実際問題マヤのポテンシャル的には下手に決め打ちするよりもその場に合わせて戦術が変更出来た方が余程いいんだよな」
「全脚質に適応出来るって改めてすごい才能だな……」
「もっともっと褒めていいよ!!」
「だ~め、これ以上はお調子に乗るから駄目で~す、おしまいで~す」
「ブッ~!!トレーナーちゃぁ~んランページさんが酷いよ~!!」
「はいはいはい、終わったら幾らでも褒めてあげるから」
「ムフ~ン♪」
本当に懐いてるなぁ……と思う一方でとある問題も浮上し始めている、マヤにも大きな成長の兆しが見え始めている。それは能力的な物ではなく身体的な成長の話、今の所はそこまで大きくなっていないが……ウマ娘の成長期には能力的な物と身体的な物の二つに分かれる物があるらしい。前者はそれこそ本格化であるが……能力が一気に伸びる場合もあれば一気に身長が伸びる、それか両方が押し寄せる場合がある。
マヤの場合は前者だったのだが……徐々に後者へと切り替わりつつあるのか、その兆しが見え隠れしてきた。それが訪れた場合には体のバランスが一気に変わったりするのでトレーナーとしては注意が必要になる。
「さてと、そろそろ時間だ、行ってこいマヤ」
「は~い!!それじゃあマヤノトップガン、出撃します!!」
「マヤのトップガン、交戦規定は唯一つだ」
「走り切れ、I Copy!!」
笑顔で飛び出していくマヤを見送りながらも自分達も観客席へと移動しようと思っていたのだが……坂原は少しばっかり頭を押さえながらも深々吐息をしていた。どうしたのだろうかと思っていたので顔を覗き込んでみたら顔を赤くしていた。
「どったのよ」
「……マヤがね、胸を押し付けて、ドキドキしちゃったんだ……何してんだ僕は……」
「あ~……なんというか、マヤの奴最近少し胸デカくなったってテイオーに自慢してたらしいからな……あいつも最近漸くデカくなり始めたのに後輩に抜かれたァ!!?って騒いでた」
「なんか勝手にいつまでも小さい子だと思ってたけど、マヤちゃんも大きくなったって事か。いい事じゃないか」
「いや良い事ではあるんだけど……これじゃあマヤのお父さんにマジで殺されかねないと思って……でも下手にいうとマヤが調子崩しちゃうし……」
確かにそれは悩ましい……教え子と教師というべき立場でそれは色んな意味で辛い、と言いたいが、ウマ娘とトレーナーの場合はそう言う場合はそのような目では見られ難い。何故ならば、先駆者が大量にいるからだ。寧ろ、ああっ成程……という目を向けられる場合が大半である。
「ご両親がハリウッドスターみたいな感じなんだっけ、まあいざとなれば俺が出て諫めてやっから気楽にいこうぜ坂原さん」
「そうできたらどれだけよかったか……」