「……ランページ、これまでのレース記録はまるでない。小学校や中学校がウマ娘の専門校なんて事はない普通校……それなのにあんな事が出来るの?」
選抜レースを見つめていた一人のトレーナー、周囲には一人も人がいない事から特別な存在なのだという事が窺える程にはカリスマ性がある。眼鏡をかけたクールな女性は選抜レースのレース名簿にあるランページの名前を見つめ続けていた。
「(戦法も不可思議だけど、ラストのあれは一体何なの?)」
レース運びも不可思議と思える程に上手かったが、それ以上にラストのインパクトがそれすら霞ませていた。直線に入ろうとした時に、先頭を走っていた二人のウマ娘が体勢を崩して一気に速度を落とし背後に迫っていたランページにぶつかりそうになった。だが、避けようともせずにそのまま激突すると誰もが思った、自分さえも思ったのに、彼女は一瞬のうちにその二人を抜き去ったのだ。まるで―――幽霊がすり抜けるかのように。
「―――やっぱり凄いなぁランって」
その言葉に思わず、其方を見た。そこには中等部のメジロライアンが居た、あのメジロ家のウマ娘という事で様々な話題性があるが、それ以上にハーブシガーを吸っていたランページと何やら親し気にしていたので何かを知っているのかと声を掛ける事にした。
「少しいいかしら」
「貴方は―――リギルの」
「ええ、東条よ。彼女……ランページについて聞きたい事があるの」
「ったく……しつけぇ奴らだった」
何処かうんざりしたような表情を作りながらも喫煙所近くにまでやって来たランページは溜息混じりに空を見上げた。
『き、君なんて凄い走りをするんだ!!ぜひ担当させて貰えないだろうか!!?』
『君なら三冠だって夢じゃない!!』
『是非スカウトさせてくれ!!』
選抜レースとは率直に言えばウマ娘にとって目指すべき場所である中央のレース、トゥインクルシリーズに出る為のアピール場所である。此処でトレーナーに力を見初められればその道が開けるので、多くのトレーナーに注目されることは寧ろ喜ばしい事だ。だが、ランページとしては折角気持ちよく走り終わった所に迫られて余韻を台無しにされたような気分だった。
『まだ完全に編入した訳じゃないんで、誘うならその時にして貰えますか』
そう言って振り切るように体操着の上に掛けていたゼッケンを外して、此処まで逃げて来た。如何にもヒトとしての自分とウマ娘としての自分の感情がごちゃごちゃになっている感じがする、なのでポケットから薬用ハーブシガーを取り出そうとするのだが……
「おっ?なんやこんな所に居ったんか」
そんな言葉に釣られるように面を上げてみるとそこには葦毛のウマ娘が何処か挑発的な笑みを作りながら此方を見ていた。そのウマ娘は自分でも知っているウマ娘だった、そのウマ娘達が現れるまで葦毛のウマ娘は走らないとまで言われていた時代に姿を現し、激闘を演じ続けた二人のうちの一人―――白い稲妻、タマモクロス。
「さっきのレース、見させて貰ったで。ええ走りするやないか」
「貴方にそう言われるなんて光栄の極み、と言えばいいんですかねタマモクロスさん」
「なんや、自己紹介をせんでも良かったんか」
そう言いながら隣に立ちながらも背中を壁に預ける、140㎝という事もあって自分とは35㎝の体格差があるのだが……どうにも彼女が大きく見えるのは幻ではない筈―――寧ろ、彼女はこれからもっと大きく強くなっていくのだ。
「この前の天皇賞、お見事でした」
「おお、見てくれたんか?」
「いえ生憎TVを見てる暇はありませんでしたが、流石に耳には入ってきましたので」
「ほう……」
「すいません、ランページです」
「おう宜しゅうな」
握手を交わす、小さな手だが本当に力強い。そんな彼女にシガーを見せながら言う。
「すいません、吸っていいですか?」
「それが目的で此処に居ったんやろ、なら好きにしたらええよ」
「それじゃあ遠慮なく」
銜えながらも機械のスイッチを入れてから煙を吐く。同時に身体から力を抜きながら気持ちを落ち着ける、高揚しきっている今の自分のバランスを整えるように……そんな自分をタマモクロスは何も言わずに見つめていた。
「フゥゥゥゥゥゥゥッ……すいません、これがないと落ち着かないもんで」
「あらへんと落ち着かんのか、まあウチも一時期世話にはなっとったからな」
「へぇっ、今は違うので」
「今はガムや、一々喫煙所行くのも面倒なもんでな」
自分のモノと思わすガムを見せながらもそれを口へと放り込む。一方は煙をふかし、一方はガムで風船を作る。そんな光景が続く中でタマモクロスが口を開く。
「さっきの自分の走り、おもろかったで」
「お眼鏡に適いました?」
「ああ、大いに適ったで。あれは色んな距離でも通じるで、磨いて損はあらへん」
G1ウマ娘であるタマモクロスも認めるランページの走り。それはランページの最大の利点を十分に生かしつつも相手の内面を揺さぶった見事な物だった。
「スタートダッシュを決めつつ、自分の身長を活かして大逃げの態勢を作る。ストライドを活かした大逃げなら当然後方のウマ娘は焦る、当然距離を縮めようとすると思うたよりもあっさりと追い付く。ほんで思う、自分のペースを落とそう」
そう、正しくその通りの展開だった。ランページの大逃げを阻止する為、そして負けたくないという強い意志に触発されて一斉に追いかけて来た、そして追い付くとペースを守る為に抑えようとした所に、再び加速が入る。そしてまた追いかけると追い付き、また抑えるとまた逃げられる。これが数度繰り返された。
「とんだ食わせもんや。自分、少しずつにペースを落としとったやろ?」
「ええ、落としてましたよ」
「その動きが余りにも淀みが無さすぎて気付けなんだんやろうなぁ」
繰り返し行われた加速と減速、それによってペースは大いに狂わされていた。加えて加速からの減速、そしてまた加速というのは急激に行うと体力を大幅に消耗する。そして最終コーナーへと入ろうとした頃には既に全力の走りなんて出来ない程に疲れさせられていたというのが真実。
「よくもまあいきなり出来たもんやな、勘やけどあれ初めての本格的なレースやろ?」
「まあそうですね」
「こりゃ凄いのが転入して来たもんやな」
笑いながらもタマモクロスはもう一度ガムを膨らませると、それをワザと割りながらも口の中に収めると飲み込む。
「気に入ったでランページ。転入手続き終わったらウチとやろうや、幾らでも相手したるで」
「その時は是非、全力で」
「ええ度胸しとるやないか、上等や、待っとるで―――暴れん坊」
「待っててくださいね―――稲妻」
一瞬の睨み合いが終わるとタマモクロスはひらひらと手を振るって去っていく。彼女の後姿が見えなくなると深々とシガーを吸うと大きく煙を吐いた、それと共に一気に冷や汗がドバっと出て来た。
「やれやれ……堪らねぇなこりゃ……全部お見通しだよ……初見で見破られるとは、なんというかなぁ……」
今回のレース、初めての本格的な物だけあってランページは自分なりに作戦を考えた。其処で思い付いたのが人だった時に好きだった漫画の第7部であったものを参考にする事だった。相手の癖を見抜き、僅かに減速した時に此方が加速するという物。それを相手にさせる事にした、相手の加速と減速を誘発させるという戦法……自分では上手く行ったと思っていたがあっさりと見抜かれた事がややショックだった。
「G1ウマ娘にはあっさりと、か……いや、精度を上げれば通用する可能性はあるか」
彼女の口ぶりからして、もっと練習をして上げておけば通用する可能性はある。磨いて損はしない手札の一つ……今は、G1ウマ娘であるタマモクロスとの出会いに感謝しておこうと最後に大きな煙を吐き出す。
「あれが、G1ウマ娘か……目指すべき場所に立つ者か……暴れん坊ね、良いねそこまで暴れ狂ってやろうじゃねぇかタマモ先輩」
そう言うとシガーを吐き出しながらも空中で携帯灰皿でキャッチしつつ懐にしまってライアンの下に向かおうと思って歩き出す。そしてその影が見えなくなった時……喫煙所から一人のトレーナーが顔を見せた。
「タマモクロスが目を掛ける転入生か……そんなのが出てたのか、後でおハナさん辺りに聞いてみるかな……?」
ジョジョ第7部、スティール・ボール・ランの最序盤。ジャイロを追い抜こうとするディオから構想を得ました。初めて買ったジョジョのコミックスが7部だったので印象深かったんです。
なんで7部から?7部のVOMICを見ていた影響ですかね。