夜。とあるそこそこの規模の港。
明るい照明に照らされた港の埠頭には数本のガントリークレーンが立っており、そのそばには大きめの貨物船が停泊している。
港の向こう側に目を移すと、海を隔てて、超高層ビル二つ、その他所狭しと並ぶ高層建築物をもつ別の街が見えている。
港の埠頭の近くには工場のようななりをして並んでいる倉庫群。その倉庫群には、この深夜の時間帯、当然のごとく周りには誰もいない。
しかし、そんな倉庫群の一棟から、汚い怒号が聞こえてきた。
「うらぁ!! この
どうやら倉庫内でなにがしかの交渉が行われているようだが、それが決裂した様子。
倉庫内を見ると、何かの商品が梱包されているであろう木箱群が、うず高く、そこかしこに積まれている。そして、それらを搬送するフォークリフトが木箱の山の脇に駐車されている。
そのフォークリフトが木箱の積み込み作業を行えるように空けられた学校の教室ほどの広さのスペース。
そこに十人ほどの男性の集団と三人の女性が、互いに向かい合っている。
さきほどの怒声の発生元は男性集団のリーダーらしき人物。
そしてその怒声は、女性らに向けて発っせられたもののようだ。
ただ人に対して
「えーっと、私たち女なんですけどぉ、野郎って……」
「燃料費や運送料、サーチャージが上がったらそれに合わせて値上げすることがありますって契約書にも書いてあるはずだけど、ねぇ社長」
「まぁ、女を野郎って言っちゃうぐらいだから、目いっちゃってらっしゃるんじゃありませんこと? いいお医者さん紹介しますよぉ」
左、右、そして中央の女が、それぞれ小首をかしげてやれやれという態度をとりながら、次々と軽い声で返す。
怒声への返事がこれなのだから、余裕綽々という感じだ。
よく見れば服装も両端の二名はノースリーブとTシャツ、下はジャージ、しかもサンダル履きというラフすぎる格好。
そして中央は黒のタートルネックとアーミーパンツのいで立ち。
そして続けて。
「ってことで、今回の商談は無かったってことでよろしくぅ、それじゃまたー」
三人組が集団に背を向け、商品の載ったカートを押しながら倉庫の出入口に向かおうとする。
「待てヤァおいっ、そこまで小馬鹿にしてこのまま帰れるなんて思うなよ。ブツは置いて行ってもらうぞ、
振り返ることもなくカートを押しつつ、天井からの照明光が届かなくなった辺りで、真ん中の女が軽く返答をする。
「あー、差額出してくれたらいつでも渡せるんですけ」
返答の途中で、パァンと音が鳴り響く。出入口の壁に10cmほどの穴が開いた。
男性側のリーダーがもつ拳銃から白い煙がのぼる。
見ると、その三人組に向けて男全員が銃を構えていた。
「次は外さねぇ。とっとブツ置いて失せな」
リーダーはドスの利いた声で女たちを脅す。
脅せる、そのはずだった。
照明の範囲から外れた暗がりの中、女たちはカートを押すのを止めた。
男たちに背を向けたまま、真ん中の女から重い声が聞こえてくる。
「あのねぇ、いきなり撃つってさぁ……」
その言葉とともに女たちがこちらをゆっくり振り向く。
「無礼なんじゃない!!」
怒声を発したと同時に、三人とも忽然と姿が暗がりから消える。サンダルだけを残して。
サンダルに気を取られて男たちが目標を見失ったその瞬間、横からとんでもない速さで大きな塊が男性陣に突っ込む。
ドゴッと大きな音がして男性陣の半分ほどが吹き飛んだ。
吹き飛ばされた男たちは、木箱群やフォークリフトに叩きつけられ、声を出す間もなく一瞬で気絶してしまった。
吹き飛ばされた男たちのただ中には、体中から獣毛が生え、口からは上向きに牙が二本、フンッと鼻息をひと吹きする、二足で直立している一頭のイノシシがいた。
「あれぇこれだけ? 物足りないなぁ」
牙の周りを舌なめずりしながら、直立するイノシシが軽い女声を発する。
風体と声が一致しない。肩幅、腕、足、胸、胴と、どれも人間の男性より一回りは大きい。
ただ服装は、パツンパツンにはなっているが、さっき見たノースリーブにジャージ。
イノシシは、くるりと残りの男たちの方を向き、見つめ、つぶやく。
「じゃぁ、次はこっちねぇ」
一瞬何が起きたか分からなかった男ども、イノシシ女?の腕と足の筋肉が引き絞られ姿勢を整えているのを見て、ようやく事に気づき、イノシシに銃を向ける。すると。
「おーい、こっちにもいるんだけどぉ」
声が聞こえたと同時に逆の横方向、男性陣にとってはイノシシの方を向いたので背後から、褐色の物体が、ごつい両腕で、銃を持った男たちの腕を叩きつぶす。
足の速さにまかせ、次々と腕力で叩きつぶし、ぶっとばしていく。
一人を残してこれもまた残り半分を倒す。
褐色の物体が動きを止めると、それはTシャツを着た、太い首と太い手足、発達した顎を持つイヌ系の顔をした人型動物、ハイエナ人間だった。
それがふさっとした尻尾をふりながら、これまた高めの女声で誰かに知らせる。
「社長、こっちも片づいたよー、爪ひっかけないでやんのめんどくさー」
一人残ったリーダー格の男が呻く。
「く、くそっ、獣ごときがっ!!」
「んー、その獣ごときにやられまくってどうすんのさぁ、人間様ぁ?」
黒のタートルネックの、首が太く全体に毛並が艶やかな、まるでイタチの様な頭部をもつ、社長と呼ばれた人型が、あらあらという表情をして首を傾げつつ女声であおる。
女は三人とも獣の姿となっていた。彼女らは人の姿にも獣の姿にもなれる種族、獣人と呼ばれる者たち。獣の姿になると、人の姿の時よりもはるかに高い運動知覚能力を発揮できる。
「うっせぇー、てめぇだけでもあの世に送ってやらぁ!!」
男がイタチ女の方に向かって銃を向け、引き金を引く。
その寸前、イタチ女はしゃがみこみ、同時に四足獣に変化した足と爪でしっかりとコンクリートの床面をつかんだ。
続いて、しゃがむことによって曲げた脚を最大筋力で伸展。獣の強力な脚力が、スリップしない足を起点に全て移動作用に変換され、体全体を一つの方向に跳躍させる。
女が見定めた方向は男の懐。そこへ飛び込む。
男の銃は誰もいないところに向かって放たれた。そしてその瞬間には懐へ飛び込んでいた女は、銃をもつ男の腕を、指先の鋭い爪で上衣ごと削いでいた。
男の腕が弾かれ、手から銃が離れる。そして男の腕に傷が数本、じんわりと服が赤みを帯びてくる。痛みのあまり男はうずくまる。
「ぐあぁぁ、くそぉ、この獣が、獣どもが!殺してやる!絶対殺してやるっ!うあっ」
イタチ女が、喚くリーダー男の顔面を右手で鷲掴みにして、持ち上げる。そして鋭い爪が生えている人差し指を、男の眼前に突き出す。
男が手を振りほどこうともがくも、まるで万力で挟んだように動かない。
「うっさいわねー、あんた負けてんでしょ。何偉そーに殺してやる、なのよ」
焦点を合わしきれない眼球の数mm手前で、爪の尖端であろう細い何かがゆらゆら揺らめく。焦点の合うその向こうには、獲物を仕留めんと鋭い目を向けているイタチの顔。
ちょっとでも動けば眼球に爪をえぐり込まれそうだ。男は動けない。
そのイタチが目つきの鋭さそのままに、声を放つ。
「もー、対応も知識も礼儀作法もまだまだっ! 最初からやりなおしっ! もっと修行してきな、坊や!!」
鷲掴みにした顔面をイノシシ女に投げつける。よろめいた男にイノシシ女が突進、男は壁まで吹っ飛び、強打。そのまま気絶した。
これで全員。打撲や切り傷はあるだろうが、手足の切断や絶命はないはず。これが報酬条件だった。
スマホを取り出し、依頼主に電話をする。
「片ついたよ」
「すまなかったなマリー。世話をかけた」
「対応も知識もまだまだだねぇ、確かにあんなんじゃ、急襲かけてもすぐにやられるだけかな」
「見てお察しのレベルなんだが、恥ずかしい話、先走りを抑えきれなくなってなぁ。一度痛い目に合わないと分からねぇな、と思ったんだ。今の実力じゃ調達屋の獣人にすら勝てないっていう現実をな。報酬はのせとくよ」
組織内の若手急進派が、まだ経験が浅いというのに身内の忠告も聞かず、自前で装備をそろえて敵組織に襲撃をかけようとしていた。
それを止めさせたいものの、身内で抑え込もうとすると、どちら側にも負傷者が出てしまう。そうなると組織の戦力が薄くなり、他からの襲撃に弱くなってしまいかねない。
そこで、付き合いのある組織外の者に頼んで抑えようというのが、マリーに依頼が来た理由。
彼らに自身の実力の程を分からせるため、彼らを叩きのめしてほしい、少々痛い目に合わせてもいいとの依頼。
思い返してみるが、あれでは経験も知識も全然足りなさそうだ。敵に、人間よりもはるかに戦闘能力の高い獣人種がいたなら尚更。意気込みは買うが、死んでしまっては元も子もない。
とはいうものの、組織の一員を相手にすることにはなるので、完璧な手加減は難しい、ちょっと大きなケガするかもよとマリーは依頼主に言ってたのだが、命があって回復できればよしと言われた。何とかなったんじゃないかな。後は男どもががんばれば。
マリーが電話を切った後、ふとハイエナ女が男たちの車を覗いて気づく
「ねぇねぇ社長、この車の中にトランクがあるんだけど、あの形、お金入ってなくない?」
「あー、そう見えるなぁ。っておい、あいつら金はちゃんと持ってきてたのか?値上げ前の値段にしてたら、ちゃんと払うつもりしてたのかよ、まじめぇ」
「せっかくだからもらってかない?車のドア引っぺがしちゃってさぁ」
イノシシ女が両腕に力を込める。ノースリーブで露わになっている腕が膨らむ。
「バカ、この後、この場を依頼主が片付けにくるんだよ。騒ぎになる前に。泥棒は絶対にダメ」
「ええ、そんなぁ社長。人間なんて弱っちいから、そんときゃ
「今日も手加減ばっかだったし、つまんない」
相手が物足りず、欲求不満で愚痴る二人に、ふーっとため息をついて社長と呼ばれたマリーが諭す。
「あのねぇ、そんなに獣人が強いんなら、とっくに人間やっちゃってるよ。そうなってないのは人間が強いから。今日だって楽勝だったのは、あいつらが獣人とのやりあい方知らなかったからだよ。今度やったら、考えてくるから距離とって撃ちまくってきたりして、そう簡単にはいかないだろうねぇ」
この二人もまだまだ甘い。
今があるのは理由があるから。武器を持ち、考えて向かってくる人間をなめちゃダメ、と教えた。
「くそー、武器とか持ってくんのって卑怯じゃん、体一つで勝負しろってんだ」
「人間からしたら獣人なんて体中に
罵るイノシシ女に、マリーが重ねて諭す。
「まぁ、無事に済んだし、事務所に帰る前にうまいもんでも食ってくか」
「やったー、人間の街、そこがいいとこなんだよねぇ! もち社長のおごりで?」
「いいぜ。ただし、行先は獣人態お断りだかんな。お前たちの毛が料理に入ったら周りの堅気の方にご迷惑だし、私も食う気が失せちまう」
「わかったー、よーし腹限界いっぱい食うぞぉ!!」
「まてぃ、お前ら限界いっぱいって。獣人態で食う気満々じゃねぇか!」
カートの荷を、近くに泊めた船に戻しながらバカを言い合う。
そして人間の容姿に戻ったマリーたち三人は、颯爽と港近くの繁華街へと消えていった。
マリーさんは人間と関わりを持ってるのでは?と思って1エピソード設定してみました。人間社会と獣人社会って裏世界ではつながってそうな気がします。