椅子ごと床に寝転がった状態で意識が戻った。一つ息を吐く。
戻ったものの、頭の中は靄がより強くかかったような状態に。
かすれた意識の中、ボスがポツリと話すのが聞こえた。
「気が付いたか?お前泣いてたな。リーダーってヤツが不憫なのか?」
お前なんかに分かってもらいたくない。
「さっきは笑ってすまなかったな。そうか、注意をそらすためか何か知らないが、わざとやったのかもしれねぇんだな」
「そんなお前やリーダー、今じゃ上役からは見捨てられちまったんだな」
思っていることをズケズケと言いやがる。
「もし上役に仕返ししたいんだったら、いいぜ、協力してやる」
ウソに決まってる…… でも。
「まあ、その気になったら言え。今はとりあえずここまでだ」
「ええっ、こいつをこのままにしておくんですかい?」
サイ男を始め、数名が不満をあげる。
「今の所はだ。こいつの態度でまた決める。場合によっては使えるかもしれんからな。お前らの気持ちはわかるが、今は余計な事はするなよ」
「うぐっ、ぐっ……、りょ、了解……」
見張りを二名残し、ボスと男どもは部屋から出ていった。
強めのノイズが混じる頭の中で、私はボスの言っていたことを思い返していた。
ボスは、指示役の誰かから受けた言葉の中で、ブリーフケースのことをターゲットと呼んでいた。
こっちの集団ではブリーフケースをターゲットって言わない。
そのことからボスの言っていたことは指示役の誰かが言っていたことなんだろう。
……指示役ら、あんなことを言うなんて。
首領や指示役らは、やっぱりもう獣人など切り捨てたかったのだろうか。
すでに私とリーダーも、実行役の獣人を抑えられなかったから信用も0になっていたのか。
実際、今回実行役が勝手をしたせいで、この有様だし。
でも、一緒にやってきた仲であるリーダーのことを全く考えてないのは……
リーダーは首領らにターゲットを何とかして渡そうとしてたんだ。
それなのに。
ふつふつと怒りが沸いてきた。
この業界、突然裏切られる、切り捨てられるのはいつものこと。どうってことない日常のことだ。
だけど「必要ない」と、リーダーのことをなんとも思っていないように言うなんて。
私に命令した時のリーダーの顔を思い出した。あの最後まで任務を全うしようとしていたあの時の顔を。
怒りと一緒に、涙が出た。
首領らは、リーダー、私たちを切り捨てたんだ。
だったら仕返ししてやろう。
リーダーからのターゲットを渡す命令。これを完遂できても、首領らがもうその気でないなら、リーダーの思いを果たしたことにはならない。
私が命令を達成できたとしても、リーダーが報われたことにはならない。
私は決めた。
「なあ、ボスに話したいことがあるんだ。ボスを呼んでくれないか?」
見張りをしていた二人に声をかけた。
見張りの片方がボスを呼びに行くと、ボスはすぐにやって来た。
ターゲットの隠し場所を教えると、ボスは、よく言ってくれた、と私に礼を言い、
その後早速、ターゲットの確認をするため、現場に向かったようだ。
これでターゲットを取り戻したボスたちにとって私はもう用済み、自分は麻薬漬けにされるか、殺されることになるだろう。
ただ、部下である私が敵方に協力してターゲットを渡したということ、その事実がマフィアに伝わるだろうから、首領らは依頼主のマフィアから報復を受けることになるだろう。
一泡吹かせそうだ。
ターゲット確認のためにボスが出て行ってからしばらくの後、外で発砲音がした。
じきに激しい銃撃戦となり、数時間にわたって繰り広げられる。そして大きな爆発音がひとつ起きたのを最後に沈黙した。
やがてボスが戻ってくる。続いて腕に包帯を巻いたサイ獣人。
ボスが部屋にいた他の男たちに告げる。
「やー、ブツが戻ってきたぜ。もうマフィアにまで行ってるかもしれんと思ってたんだが。これも口が軽いヤツのおかげだわ」
「残党も向こうから来てくれるし、全部片づけてスッキリしたわ。しっかしサイの体って装甲板でも入ってんのか?おまえのおかげで爆発に巻き込まれずに済んだぜ、助かった」
「あんたを守るのが俺の役目だからな」サイ獣人が答える。
残党?違和感がよぎる。
「残党って、何の?」
「お前らの残りだ。指示役というやつらかな、多分」
問う私に、ボスが私の方を向いて答えた。
少し混乱する。
えっ?さっき指示役たち、この件から手を引くって言ってなかった?
「あー、あれか?ふと思いついてな。ちょってカマを掛けてみたのよ。そしたら、隠し場所ベラベラしゃべってくれるし。我ながら大成功だったわ」
考えがまとまらない。
「ウチの指示役と話をしたんだよな……」
「するにはしたさ。でも向こうは、何のことか知らんと返事してきたな。あと捕まえた者たちを解放した方が無用な争いを生まないから、お前らのためにもなるぞとも言ってたがな」
「もしかしてとは思って警戒はしていたんだが、ホントに来るとはな。ブツとお前らを奪還しようとしたのかもしれん」
……だまされた?
「一人、滅茶苦茶強い奴がいて、大分団員やられたけど、四、五人がかりで銃撃してやったら、最後、仲間の仇だって、周囲もろとも巻き込んで自爆しやがった。俺はこいつが盾になってくれたから何ともなかったがな」
「ってか、爆風真正面に受けて腕や体中に金属片食い込んでるってのに、ボス大丈夫ですかいって。おまえ本当に生き物か?タフすぎるわ」
「サイの皮膚と力を侮ってもらっちゃ困る。あんな爆風と金属片ぐらい皮膚と筋力で耐えられる」
首領たち、私たちを切り捨ててなかったんだ。
「もうマフィアにブツが届いちまってるかもしれねぇし、マフィアからの報復がまだ来てない今のうちに、ここからずらかるかとも考えてたんだが。捕虜は皆殺しにしてな。でもブツも戻ったし、これでマフィアを脅せるわい」
もし私がターゲットの場所言わなかったら。私は死んだかもしれないけれど、こいつら撤退するつもりだったから首領たちは戦わずにすんでいたかも。
としたら、首領たち死ななくて、ターゲットを回収できて、リーダーの命令は達成できた、ということか。
私のせいでリーダーの思いは叶わなくなって、そして首領たちも、みんな死んでしまった、そういうこと?
私のせいで?
私、みんなを裏切ってしまった、ってこと?
「団員は半分以下になったが、まあ手下どもだから、また補充すりゃあいい。競合相手も一つ無くなったし。タフすぎる仲間もいるし。こりゃ今後も安心だわ。ありがとよ、口の軽いイタチ女くん。いやミンクだったか」
そう言ってボスと、そこにいたサイ獣人をはじめとする男たちが再び高笑う。
私のせいで?私のせいでみんなの思いを潰してしまった?
首領、そして最後まで任務を全うしようとしていたリーダーの顔が浮かんでくる。
頭の中で、その言と映像が際限なく繰り返され渦巻く。
男どもの高笑いがさらにその渦を加速させる。
……いやだ、そんなこと。私のせいで全部がなんて……
そんなこと、無かったことにしてよ、お願いだから……
そして。
その思考の渦の中から、「それ」がゆっくりと外に這い出てきた。