「んーー」
みちるは公園のベンチに座りながら、ひときわ大きな伸びをした。
午前の仕事を早く終えることができ、短い時間ではあるものの、ゆっくりする時間ができたからだ。
天気も薄曇りで、太陽からの直射もなく、とてもすごしやすい。
「はー、いー気持ち」
そういうと、みちるはさらにベンチでさらに伸びをし、思いっきり背をそらした。
ベンチの背もたれの上端が支点となって腰が座面から浮き上がり、みちるのタヌキの獣性をもっともよく表した太めの尻尾が宙に浮く。
ちょうど足と背もたれの上部を支えに、ベンチの上でふんぞり返った姿勢になった。
ふんぞり返った頭からは、ちょうどベンチが向いている方向とは真反対、後ろ側の風景が逆さまに見える。
ベンチの後ろは、公園を取り囲むように植えられた人工の林。
その林の木立の中に、見知ったような顔が見えた。
とっさに、ふんぞり返った姿勢から、ベンチの背もたれに隠れるような姿勢に変える。
そして背もたれから顔を少し出して、木立の中の人物を見つめる。
「あ、マリーさん」
何かと金銭面でみちると関わりのある彼女、その彼女が林の中で周囲を気にしつつスマホでどこかと連絡しようとしている。
「どこに電話しようとしてるんだろ」みちるは興味がわいた。
「よしっ、聞いちゃおっと」
みちるはベンチに正面を向いて座りなおし、後ろのことなんか気にしてないよ、な態度をとる。
そして、自分特有の能力である多獣種変身を使い、頭頂部のタヌキの耳を、ウサギのような長い耳に変える。
そのウサギ耳の向きをマリーの方向に定める。
すると、彼女が電話している会話が聞こえてきた。
「もしもし」
よし、感度良好。さぁて、マリーさんってどんな話をしてるのかなー、みちるはマリーの普段を覗けることに嬉しみを感じていた。
次のマリーの会話が聞こえてくるまでは。
「おう、ウチや。ワレェ今暇こ?」
えっ?
みちるは目が点になってしまった。
さらにマリーは相手と話を進める。
「おーそないかー。んなら、この前のモノの件やけど、あれ今どないなん」
関西方言で進む話。マリーさんって関西育ちだったっけ?相手誰?
この先、聞いてみたいような、聞かない方が良いような……
言いようのない不安が先立つ。
そしてそれが当たる。
「はぁーっ?」
ギクッ、怒りがこもったマリーの言葉に、みちるに緊張が走る。
「ダボかぁ!モノあれへんって、オドレがイケる
「知らんがなっ、オドレがどないかせえやっ!!」
ドキッ、ドキッ、みちるの胸が高鳴る。悪い意味で。
そもそも、それ何語?レベルで聞いたことがない単語が入り混じる。
ただなぜか何となく意味は分かってしまうんだけど。
「なんやてぇ、おう、いつでもやったんどぉ。獣コロとかなめくさっとったら、切り刻んで南港のサビキ釣りの撒き餌にしたるからのぉ、マリーさんのカミソリクローで血ぃ見んでぇ」
マリーの顔半分と片手が獣化、口角からは牙を、指からは鋭い爪を突き出し、低く唸るように脅し文句を口にする。
相手とは電話越しながら、かなり修羅場な様子だ。
「うひぃぁぁ、血ぃって……」っと、みちるはブルブルと震える。このままだと、この次って……
「え?なんて?うそっ!それほんま?」
「えーっ!そりゃおおきに。ってか、それ
あら、なんか急展開。しゅっと人間態に戻ってるし。
顔を電話から背け、マリーがつぶやく。
(難しい方取れたとはー。しまったー。乗せられたー。それなら……)
「んー、ほなら後五日で代わり見つけてぇな。それ以上は待てん。客の気ぃ変わってもたらワヤやからな。五日でアカンかったら、この件はチャラや」
「おう、それで二件とも頼むわ。えー
やっと終わりかー、最後まで聞いてしまったー、激しかったー、とみちるは思い返し、気を抜いた。
話が終わりなんて、誰も言ってないのにもかかわらず。
「ダァホッ!!ウソつけぇ!さっき獣コロ
はうっ!まだあるんかいっ!!起伏の激しい会話に、もうみちるは……
「あー、そいで派遣のことやけどなぁ、ええのおったで。バッファローやから、相手人間やったら五,六人ぐらい、獣人でも二人ぐらいやったら吹っ飛ばしよる。本人もOKやしなぁ。そいでええやろ?」
「うん、ほな、納品んとき。また十三で飲もでー、ほななー」
マリーは電話を切った。みちるはこの時、意識が切れていた。
「はぁー、そっかー。案件の商品の製造元、ガサ入れで摘発、商品没収かぁ。まぁヤバイものばっか出してたからなあ、あそこ。んー、どこかに在庫残ってないかねぇ」
「あいつなら見つけてくれそうだけど。念のため代替品も探しとくか」
どうしようかねぇ、高額な取引の案件、発注者からの要望をいかにして達成するかを考えながら、マリーは林の茂みから出てくる。
そこで、みちるを見つけた。
「お?あらー、タヌキちゃーん」
はっ、とみちる。
「仲いいんだか、悪いんだか、どっち?自分の知らない世界がぁ~」と意識が別世界にトリップしていたところだった。
マリーに見つかってしまった。
「んーっ、こんなとこでサボリぃ?悪い子ねぇ」
マリーの言葉に、みちるはあの電話のやりとりを思い出す。
もし今機嫌が悪かったりしたら……というか、悪くないなんてあり得ないっしょ、あの話しっぷりは。
最後の会話を聞けてなかったみちるは緊張。
「あ、あうあう、マリーさんっ。あは、今日はすがすがしいいい天気だねぇ」
「えっ?今曇ってるけど?」
「あは、あは、そ、そうだね」
「どしたの?汗まみれで。大丈夫?タヌキちゃん?」
焦るみちるはそんな返事しかできなかった。
「てれれれれ……」マリーの携帯が鳴る。
ビクッ!それに反応、固まるみちる。
「おー、おめぇかぁ、ウチじゃ。なんぞ?モノあったんけ?」
マリーが即通話に出る。さっきとは別の、どこかの方言で。
また修羅場が始まる?
この日以来、みちるは携帯の呼出音にビクッとなるようになってしまった……
今現在のゴリラ
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