【完結】走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい   作:藤沢大典

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主人公過去編

[[[注意]]] 流血描写、鬱展開描写あり


CaseEX1-1:メルテッドスノウ -前編–

「何も喋らなくて不気味な子だね、気持ち悪い」

 

私に対して、その人は苛立ちを隠そうともせずそう吐き捨てた。

私の名前はメルテッドスノウ。

脚の動かない役立たずで穀潰しの、生きる価値など無いウマ娘だ。

 

 

 

少なくとも、昔は幸せだったと思える。

物心ついたときは脚も動いたし、お父さんもお母さんも優しかった。たくさんの愛情を受けていたと自覚している。

 

最初に影が差したのは4歳の頃だった。

私は友達たちと公園で追っかけっこをして遊んでいた。

すると、そのうちの1人が転んでしまった。

その子は声を上げて泣き出した。私は慌ててその子に駆け寄った。

膝を擦りむいたのだろう、血が滲んでいる。

私はその子に泣き止んでほしくて頭を撫でた。

しかし痛みが勝るのだろう、それでもその子は泣き続けた。

困った私は、お母さんの真似をしてみた。

 

『いたいのいたいのとんでいけ』

 

よくあるおまじないの言葉だ。

本当に痛みが飛ぶはずは無いのに、その時の私は何故か()()が出来ると信じていた。

その子の頭を撫でながらそう強く念じるとあら不思議、その子の怪我は綺麗さっぱりと無くなった。

その子は泣き止んだが、泣き声を聞きつけてすぐ近くまで来ていたその子の母親が、私を見るなりすごい怖い顔をして私とその子をすごい勢いで引き離した。そしてその子を抱きとめたまま、その子の母親は自分から逃げるように公園から去っていった。

いきなり友達がいなくなってしまったのと、いつの間にかあの子と同じ所を擦りむいて血を滲ませていたのとで、悲しくて痛くてわんわん泣いた。

 

私はそのまま家に帰ってお母さんに泣きついた。

一部始終を嗚咽交じりに話し、涙と鼻水と涎でお母さんのエプロンをぐちゃぐちゃにした。

お母さんはそんな私を宥めながら、多分何か思うところがあったのだろう。裁縫箱からマチ針を一本取り出し、徐ろにお母さん自身の人差し指を軽く刺した。

針を抜いてしばらく待っていると、指先に小さな赤い点が浮き上がった。お母さんはその指を私の前に差し出し、

 

「メルちゃん、お母さんにいたいのいたいのとんでいけ、してみて?」

 

と言ってきた。

私はよく分からなかったが、お母さんが傷付いて痛そうなのが嫌で、言われるがままにおまじないをした。

お母さんがティッシュで赤い点を拭き取ると、そこにはもう赤い点が浮いてくることは無く、なんの傷も付いていない、綺麗なお母さんの指があった。

そしてお母さんがゆっくり私の手を取ると、私の人差し指に小さな赤い点が浮かび上がっていた。

その時に幼い私でも理解した。『いたいの』は、私に飛んできていたのだ、と。

ジンジンする人差し指を見ていると、お母さんは私の指に絆創膏を貼りながらこう言った。

 

「メルちゃん、このおまじないはもう使っちゃダメよ。お母さんとの約束。ね?」

 

優しい声で話しかけられている筈なのに、お片付けをちゃんとしないで怒られた時以上に強く感じるお母さんの言葉に、私はやってはいけないことをしてしまったのだと思った。

同時に、公園のあの子みたいにお母さんがどこかへ行ってしまう恐怖を感じた。もし約束を破ってしまったら、私のお母さんもあの怖い顔で私を見て、私の元から去ってしまう気がした。

嫌だ、お母さんと会えなくなるのは嫌だ!

 

「つかわない。ぜったいもうづかわないから、おねがい、おかあさんいなぐならないで!!」

 

必死にしがみつき泣き叫ぶ私を、お母さんの手が抱き留め、撫でてくれる。

 

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

「大丈夫、お母さんはメルちゃんの前からいなくなったりしないからね、大丈夫よ」

 

そう言って何度も何度も撫でられているうち、泣き疲れた私はそのまま寝てしまった。

 

夕方、私が起きた時にはもうお母さんは台所で晩ご飯を用意していた。

テーブルには仕事から帰ってきたお父さんがテレビでニュースを見ていた。

 

「お、おはようメル。ずいぶんたくさんお昼寝したな?」

 

いつもの優しいお父さん。

 

「あら、よく寝たのねメルちゃん。おはよう」

 

いつもの優しいお母さん。

 

いつも通り、変わらない。

さっきの出来事は夢だったんじゃないか。

そう思ったけど。

 

「メル、お母さんとした約束、ちゃんと守るんだぞ」

 

お父さんがそう言った。

夢なんかじゃなかった。

 

「まもるもん。やくそくやぶって、おかあさんいなくなっちゃうのやだもん」

 

「おっと、じゃあお父さんはいなくなっちゃってもいいのか? お父さん悲しい」

 

お父さんがしくしく泣き出した。泣き真似だと分かってはいた。

お母さんはもちろん好きだけど、お父さんのことも好きだ。

お父さんだっていなくなって欲しいなんて思わない。

 

「それもやだもん! だからぜったいやぶらないもん!」

 

「うん、偉いぞメル」

 

お父さんはさっきまでの泣き真似をあっさり止めて、わしわしと私を撫でた。お父さんの手は大きくてあったかいけどちょっとゴツゴツしてるし力が強いからお母さんより好きじゃない。

でもお父さんもお母さんも私の大事な二人だから、この約束は絶対に守るんだって決めたんだ。

 


 

それからしばらく経ったが、私はお母さんとの約束を守り続けた。

いや、一度だけ破ったことがある。

あれはそう、小学2年生くらいの時だったか。

 

「きゃあっ!」

 

リビングで宿題をしながら夕飯を待っている時、キッチンからガランガランと何かが崩れる音とお母さんの悲鳴が聞こえた。

何事かと思って見に行くと、床に鍋が転がっていて、お母さんがうずくまって頭を押さえていた。

 

「どうしたのお母さん!?」

 

「痛たたた……驚かせちゃってごめんね、上の棚に置いてたお鍋落としちゃったの。」

 

そう言って頭を押さえるお母さんの手の隙間から、たらりと一筋の赤いものが流れた。

 

「お母さん!!」

 

無我夢中でお母さんに駆け寄り、お母さんの手の上から頭を押さえた。

使おうなんて考えていなかったのに、私はいつの間にかおまじないをしていたらしい。

私の頭から温かいものが流れるのを感じた。

 

「め、メルちゃん!!」

 

今度はお母さんが慌てる。

キッチンペーパーを数枚取り、私の頭にあてがった。

 

……どうしよう。約束、破っちゃった。

お母さんが血を流してるのを見た瞬間、無意識で使ってしまった。

私の心いっぱいに広がったのは、昔約束をしたときに感じた、お母さんがいなくなってしまうんじゃないかという恐怖。

絶望感と悲壮感で、私の開いたままの両目からボロボロと涙がこぼれた。

 

「おかあ、さ、ごめ、なさい。いなくなら、ないで……やだ、やだよ……お母さん、約束、やぶってごめんなさい、ごべんな、ざい……」

 

ゆっくりとお母さんに抱きつき、必死に許しを乞う。

お母さんはそんな私を抱き締め返して、頭を撫でてくれた。

 

昔から変わらない、

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

苦しくて悲しくて冷たくて色を失いかけた私の心が、ゆっくりと暖められる。

 

「大丈夫……大丈夫よメルちゃん。お母さんはあなたを置いていなくなったりしないわ」

 

お母さんはしばらくそうして私が泣き止むのを待ってくれた。

その後、私の傷の手当てをしながらお母さんは私に優しく語りかけた。

 

「メルちゃん……メルちゃん。あなたはとても優しい娘。他の人の苦しみや痛みを理解して、分かち合おうとするからこそ、きっとあなたはおまじないが使えるようになったのね」

 

ちょっと悲しそうな笑顔を浮かべながら、お母さんは手当てし終え、そっと私の左頬に右手を当てながら先を続ける。

 

「でもね、優しいけどとても悲しいおまじない。だってメルちゃんがお母さんが傷ついて悲しいように、お母さんもメルちゃんが傷ついたらとっても悲しくなっちゃう。お母さんはメルちゃんのことが大、大、だーい好きだから、メルちゃんが傷ついて痛い思いをするのは嫌だなぁ」

 

お母さんが傷つくのは悲しい。けど、私が傷つくと同じようにお母さんが悲しい。どっちにしろ悲しいを無くすことが出来ないおまじないなんだと思った。私はどうしたら良かったんだろう。

 

「けどね、メルちゃんは優しいから、多分今日みたいに、あのおまじないを使っていつか誰かを助けようとしちゃう気がするの。悲しいけれどね」

 

そうなのかな。自分では良く分からないけど、お母さんが言うならそうなのかも知れない。

お母さんの左手が私の右頬に当てられ、両手で顔を包まれる。あったかい。

 

「だからちゃんと自分で考えて、考えて、他にどうしようもないな、って思ったときにだけ、おまじないは使いなさい」

 

両手で私の頬を包みながら、親指で目元に残った涙を拭った。

 

「でも忘れないでね。誰かが傷ついてメルちゃんがそれを助けてあげたくなるのと同じで、お母さんもメルちゃんを助けてあげたいの。だってお母さんはメルちゃんのお母さんなんだから」

 

真っ直ぐに私を見つめる、優しくて暖かくてちょっぴり悲しそうなお母さんの顔を、私はその後ずっと忘れることは無かった。

 


 

それから更に何年か経った。

4月からはいよいよ中学校へ進学するという頃まで私はおまじないを一切使うことは無く、平穏で平凡で幸せな時を過ごした。

 

ウマ娘の割にそんなに競争することに熱を持てなかった私はトレセン学園を目指さず、ヒトと共学できる普通校を選んだ。お父さんもお母さんも『まぁ、メルは誰かと競い合うとかって性格じゃないよね』と、特に反対も無かった。

 

私は本当に良い両親に恵まれたと思う。あんな特異な能力を持った子供なんて恐ろしくて遠ざけるか、メディアなり宗教なりに送られても仕方なかったと今でこそ思う。だが両親はその能力を隠し、至って普通の一人娘として愛情を注いでくれた。

 

「ちょっと早いが、卒業祝いにみんなで旅行に行こう」

 

正月を過ぎたくらいにお父さんがそう提案してくれていて、お母さんも私も大いに乗り気だった。テレビで見る度「いつか行ってみたいねー」と話していた山奥の観光地に、二泊三日の家族旅行をすることになった。

明日はお父さんが運転する車に乗って、親子三人でお出掛けだ。

持っていく荷物をそれこそ何度も確認した。自分が覚えてるだけでも5回くらい確認していた気がする。

小さな子供でも無いのに、楽しみ過ぎて寝られなかった。

 

「メル、そろそろ寝なさい。明日早いのよ」

 

「寝たいんだけど、眠くないの」

 

お母さんが呆れたように私の部屋に来てそう言った。

頭では分かってはいるけど、中々眠気は訪れてくれなかった。

あ、そうだ。

 

「お母さん、一緒に寝ても良い? 何だか一人だとずっと寝られなそう」

 

「もう中学生になるってのに甘えん坊さんね……お父さんもう寝てるから、静かにね」

 

「わぁい」

 

枕を持って、お母さんと一緒に両親の寝室へ。

ドライバーのお父さんは既にぐっすり夢の中だ。

お母さんの布団に二人で入る。シングルサイズなのでぴったり寄り添って寝ないとはみ出てしまう。

 

「えへへ、お母さん、あったかい」

 

くっついてる体があったかい。

お母さんの体温を感じる。

お母さんの顔がすぐ横にある。

優しい笑顔がすぐ横にある。

 

「おやすみ、メル」

 

「おやすみ、お母さん」

 

本当に、本当に幸せだった。

ずっとずっと、この幸せが続くのだと思った。

 

翌日の道中、自分たちの目の前にトラックが突っ込んで来るまでは。

 


 

……

 

…………

 

………………

 

「ぅ……ぁ……」

 

気が付いたのは車の中だったと思う。

車内のはずなのに中に入ってきた雪の冷たさで目を覚ました。

 

「お、とう、さん、おかあさ、ん……」

 

二人の姿を探す。

運転席にいるはずのお父さんは、ハンドルを握って座っていたその運転席ごといなかった。

助手席にいるはずのお母さんは、そもそも助手席がよく分からない程に潰れていて見つけられなかった。

 

「……メル……だいじょう、ぶ?」

 

その潰れた席の隙間から、か細いながらお母さんの声が聞こえた。

 

「わた、しは……だ、ぁぐがぅっ!!?」

 

私は大丈夫、そう答えようとした瞬間、下半身にまるで雷でも落ちたんじゃないかと思うような尋常じゃない衝撃が走った。何が、と見ようとしたが身体が言うことを聞かない。それもそのはず、私の下半身は助手席と後部座席、その間に挟まっていたのだ。

 

「メル、メル……じっとして、うごかないで」

 

うっすらと見えたお母さんは、全身が赤黒く染まっていた。

 

「そのまま……うごかないで、たすけをまちなさい。……あぁ、メル……メル、ごめんね……ずっといっしょ、に……いて、あげたかっ……」

 

お母さんの声がだんだん小さくなっていく。

まるでもう一緒にいられないみたいなことをお母さんが言う。

 

嫌だ。

 

「やだ……やだ、お母さん、なにいってるの、ずっといっしょだよ、お母さん……!」

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。お母さんがいなくなるのは、嫌だ。

私はどうなっても良い。お母さんを、助けないと。

私の能力(ちから)で、お母さんを治さないと……!

 

「お母さん、わたし、おまじない、する、から。お母さん、治すから」

 

「駄目よ」

 

有無を言わせない強い声だった。

 

お母さんの手が震えながら私の方へ伸びてくる。

血に濡れていたとかそんなことどうでも良かった。

その手が、その場から動けない私の頭を一度、優しく撫でる。

 

昔から変わらない、

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

「メル。お願い、生きて。やくそく、ね」

 

その手が、糸が切れたかのように、ふっと、力無く、落ちた。

 

「おかあ、さん……?」

 

返事は、ない。

 

「おかあさん……おかあ、さん……おか、あ、ざん……!」

 

もう、二度と。

 

「ぃや、やだ、よ……おかあ、さん……おかあ、さん! おかあさん! おかあさん! おがあさん! おか、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

私はその意識を手放すまで、およそ人の口から出るようなものではない音を叫び続けていた気がする。

 

 


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