【完結】走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい 作:藤沢大典
そもそも謎が多い人の視点ってきっつ。
スノウちゃん出演無し回。
史実改変タグがアップを始めました。
最後の書類に目を通し、内容に不備が無いことを確認。
特に重要でも急用でも無く、学園外の案件かつ私の権限で認可出来そうなものは『駿川』の判を押し、『承認済み』のファイルボックスに入れます。他には『理事長承認待ち』と『生徒会承認待ち』、『差し戻し』や『保留』のボックスがあって、これで全ての振り分けが完了しました。
とはいってもあくまで今日の分、ではありますけど。
時刻はおよそ午後の3時前後。応接用ソファで書類の仕分け作業をしていた私、駿川たづなは大きく伸びをしてから立ち上がり、紅茶を淹れてお茶請けのスコーンを用意します。
それらをトレイに乗せて、『理事長承認待ち』に入れた書類たちと共に、大きな机の前で先程までの私と同じように書類と格闘している少女……否、秋川やよい理事長の元へと持っていきます。
「理事長、こちらで本日分の書類は最後です」
「そうか。ありがとう、たづな」
彼女は積まれた書類に次々と承認印を押しながら、そう短く答えました。
頭の上では相変わらず彼女の猫が四肢を投げ出して寛いでいます。
「確認ッ。今日はこれから会議だったか?」
「はい。この後はURA上層部との定例会議、その後にメンバー数名との会食。深夜にイギリス開催のコンベンションにWEBでの参加が予定されています」
ここ中央トレセン学園の理事長を勤める彼女は多忙を極めます。午前は書類に目を通し、午後は各種会議や展示会などのイベント出席と暇がありません。
更にはそこに別の出張が重なることもあり、出先で同量の職務をこなすこともしばしば。酷い時は寝食を忘れ出すのでそうならないよう私が止めていますけど。
「どうせ会議と言ってもいつも通りのことしか話さんのだろうに。暇な老人たちの茶飲みに付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものだな」
手を止めないまま憂鬱そうに理事長は愚痴をこぼします。
正直、私もあまり意味の無い会議に多忙な理事長を出席させたくないとは思っています。
運営母体という性質上仕方が無いのでしょうが、URAのお歴々が口にすることは、やれ収益が、やれマスコミが、といったことに終始しています。
とてもではありませんが現役で走るウマ娘たちを慮ったものとは思えない内容に、理事長はもとより私も辟易気味です。
「私からは何とも。ですが心情的にはとても同意します」
「たづながそう言ってくれるだけでも救われる。すぐにこの書類を片付けて準備しよう」
放っておくと本当にすぐ動きかねないので机の上に紅茶とスコーンを並べながら答えます。
「いえ、これから生徒会に仕分けた書類を持っていくので、私が戻るまで少しお休みください。その子にもこちらを」
そう言って普段から持ち歩いている、小分けされた猫用のおやつも一緒に渡します。理事長だけ休ませようとしても言うことを聞かずにそのままお仕事を続けてしまうことが多いのですから。
「了解ッ。そうさせてもらおう」
「では、少し行って参ります」
猫が定位置から降りて机の上で理事長におやつをねだり甘え声を出したのと、彼女が書類を一旦脇に避けて猫に構う態勢になったのを確認し、私は理事長室を後にしました。
少々時間を掛けてゆっくり戻ることにしましょう。
学園の廊下を、生徒会室を目指し普段よりのんびりと歩いて行きます。
午後はトレーニングの時間となっているので、校舎内に生徒は多くありません。教室内に居残り勉学に励んでいたり、友人と楽しそうに会話している生徒をちらほら見かけるくらいです。外からホイッスルの音や掛け声など、研鑽を積む音が漏れ聞こえてきます。
まだまだ寒い日は多いですが、陽はどんどん伸びてきており、徐々にではありますが過ごしやすい気候の日も増えて来ています。
来月には入学式。今年も多くのウマ娘達が希望を胸に抱いてやってくるのです。
『すべてのウマ娘にとって最高の環境を。夢に限りなく近く、悲劇に限りなく遠い場所を』
秋川理事長の目指している理想は日々の言動から慮ることが出来ます。そしてその理想郷に、少しずつではありますがこの学園は近づきつつあります。
理事長の連日の多忙は、全てこの理想の為に費やされています。
全てのウマ娘を慈しみ、愛し、手を差し伸べ、時に見守る。一体どれほどの偉業をあの小さな体躯でなし得ようとしているのでしょう。
私はあの人を支えたい。そしてあの人が見ている未来を、私も共に見てみたい。
だからこそ私はこうして秘書として、あの人の仕事をお手伝いするのです。
というか目を離さないようにしておかないと時々暴走しますし。何ですか温泉施設を作ろうって。温泉掘るのに一体いくらかかると思ってるんですか。
そんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか生徒会室前に辿り着いていました。
理事長室と変わらぬ重厚な作りのドアをノックします。
「駿川です。生徒会に確認して頂きたい書類をお持ちしました」
「どうぞ、お入りください」
落ち着いた低めの声が返ってきます。恐らく副会長のエアグルーヴさんでしょう。
「失礼します」
挨拶をして入ると、中にいたのは二人。
一人はやはりエアグルーヴさん。私を見るなり軽く会釈してくれます。
そして、もう一人。
部屋の奥に位置する荘厳な机に負けぬ程の存在感を放ち座すは、当学園の生徒会長を務める名実共に最高峰のウマ娘、シンボリルドルフさん。
海外遠征時に繋靭帯炎を発症し回復は絶望的と言われるも、決死のリハビリによって奇跡の復活を成し遂げ、翌年に
「こちらになります。いつものように承認と否認でお分けください。特に急ぐ案件もありませんのでお時間のある時に理事長室までお持ちいただければ」
「ありがとうございます、たづなさん」
ルドルフさんは目線を隣のエアグルーヴさんに向けると、彼女の意を汲んだエアグルーヴさんが書類を受け取ってくれました。
さて、これで私の要件は完了してしまいましたが、まだ次の予定までそれなりに余裕があります。折角ですので秋川理事長には時間いっぱいまで休息を取って頂きたいところ。
利用する形になってしまい申し訳ありませんが、ルドルフさんにもうちょっとだけ私の時間潰しにお付き合いいただこうかと思います。
「最近、学園内で何か困ったりした事はありませんか?」
「いえ、特に大きな問題もなく動いていますよ。来月の入学式や感謝祭に向けての準備も滞り無く。あぁそうだ。その感謝祭に関する新たな要望が2、3挙がっていますが今お預かりした書類と一緒にお持ちした方が良いでしょうか?」
春になると学園は忙しくなります。
入学式を終えたすぐ後には春のファン感謝祭が控えています。先輩方が新入生にアピールする絶好の場でもありますので、生徒達の意気はとても高いものになっています。こうやって頻繁に要望が挙がってくるのがその良い証拠ですね。
「いえ、今いただいて行きます。対応に時間が掛かるものがあるかも知れませんので」
「分かりました。エアグルーヴ、頼めるか」
「はい、会長」
言うや否や、先程私が手渡した書類とは異なるものが既に彼女の手にありました。
所作といい手際の良さといい、秘書以上に秘書らしい彼女からは見習う点も多いです。
エアグルーヴさんから書類を受け取ります。
「確かにお預かりしました」
「それと、問題という訳では無いのですが……個人的に少々気に掛かっていることがありまして」
そう言いながら、執務用の椅子から応接用ソファの方へと移動するルドルフさん。対面に座るよう手で案内されます。それに促されるまま、私も座ります。
スッと、エアグルーヴさんが緑茶を出してくれました。本当に隙がありませんね彼女は。
ルドルフさんは同じく眼前に出された緑茶を一口啜り、口を開きます。
「ほぼちょうど一年です、当学園に養護教諭を置いていただいて」
てっきり感謝祭に関する何かの話だろうと想定していた私は、完全に虚を突かれてしまい目を瞬きました。
「我々ウマ娘としては専門のスタッフが常駐してくれているというのは
そう、去年募集した人材の中に彼女はいました。
メルテッドスノウさん。
トレーナーや整備スタッフの希望者多数の中、ただ一人『養護教諭』という役職での応募者が彼女でした。というか我々は募集すらかけていませんでした。
下半身不随で更に肺にもハンデを負っているという、走ることが本能ともいえるウマ娘にとって絶望以外何物でもない身体を持つ彼女は、書類選考の時点で十分注目に値するものでした。
学園にはウマ娘のスタッフというのは多くありません。いえ、ほぼいないと言って差し支えは無いでしょう。どうしてもウマ娘が持つ本能が邪魔をしてしまうのです。
誰にも負けたくない、先頭を駆け抜けたいという抗い難い欲望が、現役で走る生徒たちに対する嫉妬として現れてしまう傾向がとても強いのです。
それによって仕事に対して情熱を持てなくなり辞めてしまったり、最悪の場合は嫌がらせを行ったりしてしまうことも過去に事例がありました。
ですので学園でスタッフとなれるウマ娘は、その本能が弱いか、またはそれ以上の信念で本能を抑え込めるかのどちらかを持っている人物に限られてしまうのです。
彼女がそのどちらに当てはまるのかと言えば、その
面接で出会った彼女に、私は失礼を承知の上で質問したのです。
『走れなくて辛いと思ったことは無いのですか?』と。
意地の悪い質問なのは自分でも分かっていましたが、彼女がウマ娘である以上、先の理由もあり聞いておかなければいけない事でした。
そしてそれに対し、彼女は淀むこと無く答えました。
『わたしは、あまり、走ることに、興味を、持てません、でした。辛いと、思ったことは、ありませんし、これからも、無いでしょう。この通り、足は、動きませんが、腕は、動きます。呼吸も、難儀な、身体ですが、辛うじて、言葉は、紡げます。ならば、わたしは、今の、わたしが、出来ることを、するだけです』
華奢とも表現出来そうな体躯と、窺い知ることが難しい表情の彼女でしたが、その奥にある瞳には蒼く透き通る光が宿っていました。それが今にも消えてしまいそうな弱々しい蛍火だったのか、はたまた激しすぎて赤を通り越してしまった蒼炎だったのかは考えるまでもないでしょう。
こうして彼女の内定がほぼ確定したのですが……実は内定者には更に本人に通知するその前に、とある調査機関に依頼して身辺調査を行ってもらっていました。万が一があってはいけませんので、念には念を入れています。
そしてそこから知った彼女の境遇は、私が想像するものより遥かに凄惨なものでした。なぜ
面接で彼女の強さを垣間見ることは出来ましたが、何故その強さを持てるのか理由は分かりませんでした。
「今言ったように我々としては彼女の、メルテッドスノウ女史を雇用していただけたことは
続くルドルフさんの言葉に、ピリリと緊張が走ります。
そういえば、彼女の採用を決定づけたのはルドルフさんによる勧奨でした。『彼女は必ず我々の、そしてこの学園の理想を成し遂げる為に必要になる人材だ』と。
つまりルドルフさんは、我々が彼女を解雇するのでは無いかと心配しているようです。
「そうですね……私見になりますが宜しいですか?」
「構いません。忌憚のない意見をお願いします」
ルドルフさんに促された私はやや思考を巡らせた後、口を開きます。
「では……私は医療と心理に通じるスタッフに常駐してもらうことで、その場で治療行為を行うことは叶わなくとも、適切な応急処置を迅速に行えるようになっただけでも十分な成果であると考えています」
養護教諭という職に医療行為は認められていません。それが可能なのは保健医という役職です。ですがそれには当然ながら医師免許が必要となり、まず教育機関専属のなり手はほぼ居ないのが現状です。よほど大病院に勤めるか、開業した方が現実的ですから。
もちろん養護教諭にも資格が要らない訳ではありませんが、そこまで狭き門というわけでもないようです。よほど学園のトレーナーを目指す方が大変でしょう。
では医療行為の行えない人物は必要無いのかと言われるとそんなことは無いのです。
例え行えないとしても、その職を全うする為に収めた知識は非常に有益なものです。
例えば誰かが怪我をしてしまったとして、治療を行える医療機関に赴くまでの間、適切な処置が行えるということは回復の可能性が数倍跳ね上がるということなのです。
トレーナーにもベターな処置は施せるでしょうが、ベストな判断を下せる養護教諭はやはり貴重です。
「それに功績が無いという事はありません。失念していたというのは言い訳にしかなりませんが、当学園にしっかりとした衛生観念を教えてくれたのは彼女です。今までなあなあで行っていた事をマニュアル化し、誰でも実践できるように整備してくれたのは彼女です。そういった点を鑑みても、私は彼女が来てくれて良かったと考えています。むしろ今まで養護教諭を置いていなかったことの方が問題でした」
応急用品の一新、プールの水質管理、学園の衛生指導など、普通の教育機関なら当たり前と言えることかも知れませんが、彼女はこの一年で次々と改善してくれました。本当に何故今まで彼女のような存在が居なかったのでしょう。
「直接聞いたことはありませんが、恐らく理事長もそうお考えだとは思いますよ」
そう締めくくって私はお茶を頂きます。やや冷めて程よい温かさになったそれが、私の喉を潤していきます。
私の話が終わると、その回答に満足したのかルドルフさんは緊張を解きました。
「そうですか。それを聞いて安心しました。是非彼女には今後もこのまま学園に在籍し、貢献して頂ければと願っておりましたので」
そう言って微笑むルドルフさん。先程までの剣呑な空気はすっかり身を潜めています。何故ルドルフさんはそれほどまで彼女に固執するのでしょう。 ……そういえば心なしか何かを懐かしむような雰囲気が見え隠れしているような?
「……少々気になったのですが、ルドルフさんは過去にメルテッドスノウ先生と面識がおありですか? 何か彼女の事を話している時の貴女が、追想に耽るようにも見受けられましたので」
私がそう聞くと、ルドルフさんがお茶を口に運んでいた手が一瞬、ピタリと止まりました。ほんの刹那ではありましたが。
「ふふふ、流石たづなさんはよく見てらっしゃる。まぁ以前会ったことがあるのはその通りでして、彼女の話になるとつい、そうなってしまうこともあるかも知れません」
「まぁ、そうだったんですね」
なるほど。知人であったというのなら今までの態度にも納得がいきます。
「ええ。その時に彼女に救われた身なんですよ、私は。あの出会いがなければ、今の私……
「……それほどまでの事が?」
知人どころの騒ぎではありませんでした。ルドルフさんの言が正しいとするならば、もはやそれは恩人と呼んで差し支えの無いものでしょう。
更には結果的にとはいえ、URAへの功労者でもあると言えるかも知れません。
URA発足当初からの悲願であった、世界最高峰のレースの一つとも言われている凱旋門賞。そのレースに日本のウマ娘が勝利するという快挙を苦難の果てに成し、誇張なく伝説となったルドルフさん。
そんなシンボリルドルフがもし夢半ばで引退してしまっていたら……そんなifの可能性を、間接的とはいえ彼女は消してくれたのですから。
ふと見ると、エアグルーヴさんも耳を真っ直ぐ立てて目を見開いたまま固まってしまっています。彼女も初耳だったのでしょう。
「尤も、彼女の方は覚えていないかも知れませんけどね。採用面接に同席させて頂いた時もそれらしい反応は見受けられませんでしたし」
そうおどけたように語るルドルフさんですが、耳が先程よりやや垂れています。
無理もないでしょう。大恩人から自分のことを覚えている素振りが見られなかったのですから。私だってそんなことになったら悲しくてしょんぼりしてしまいます。
「あら、気になるのでしたらお会いになられては?」
「こう見えて私は臆病でしてね、たづなさん。面と向かって覚えていないなどと言われたらどうなってしまうことか」
「あの先生なら何となく大丈夫だとも思いますけどね」
とはいえ、私も彼女としっかり話したと言えるのは、それこそ採用面接の時以来な気がします。
普段から会議で顔は合わせていますが、事務的なやりとり以外にした覚えは無いまま一年も過ぎてしまいましたし、今度理事長も交えてゆっくりお話を伺ってみるのも良いかも知れません。
いえ、それよりもお酒の席に誘った方が胸襟を開きやすくなるでしょうか……ですが彼女がアルコールが駄目な可能性もありますし、そこは追々でしょうね。
やや温くなったお茶を頂きながら時計を見ると、それなりに良い時間でした。そろそろ戻っても良い頃合いでしょう。
軽く雑談するだけのつもりでしたのに、思った以上にとんでもない内容を聞く羽目になってしまいました。
「思ったより話し込んでしまいましたね。理事長をお待たせしていますのでそろそろ失礼します。貴重なお話、ありがとうございました」
「あぁ、こちらこそ引き留めてしまってすみませんでした。書類は出来るだけ早めにお持ちしますよ」
「畏まりました。では」
そのまま二人に見送られ、生徒会室から退室します。
一体、ルドルフさんと彼女との間にどんな邂逅があったのでしょう……。
もし聞けるのであれば、是非今度は先生からそのお話をお聞きしたいものですね。
■エアグルーヴその後
「追想に耽る……ついそうに……つい、そうなって……!」
エアグルーヴのやる気が下がった!
■
このSSはフィクションです。例え緑のあくまがやや腹黒かったとしてもフィクションです。脅されてなどおりません。フィクションなんだったらフィクションです。駿川女史はすべてのウマ娘を思いやる素晴らしい女性です。脅されてなどおりません。
■雑記(2023/01/07)
あけましておめでとうございます。
なんかTVCMでやたらキタサト見た気がします。