主人公の近くに居れば安全だと思ったんだよ! 作:花のお皿
2022年、ソードアート・オンライン発売。
初回ロットはたったの1万本。だが、俺は運よくそれを買い取ることが出来た。
ナーヴギアを持ってながらも、そのソフトシリーズの質の悪さに、『宝の持ち腐れ』状態に陥っていた俺にとってソードアート・オンラインを買えたことは正しく神からの贈り物。
――だった。今、この瞬間までは。
「デスゲームが始まってから前世の記憶が戻るって、どゆこと?」
第一階層にいるスライム相当のイノシシを狩りつくした俺は、傍から見ればさぞかし憂鬱な表情で空を仰いでいたことだろう。実際、憂鬱だったからな。
俺の前世について多く語る気は無いが、この世界においての知識が俺の脳に詰まっていることぐらいは察せられたはずだ。
諸君らの察しの通り、俺はこの世界、《ソードアート・オンライン》というゲーム内の世界という話ではなく、《ソードアート・オンライン》というゲームであってゲームではない、もう一つの仮想世界が広がる世界線――要は、自分が知っている小説の中の世界に迷い込んでしまったのだ。
自覚したのはついさっき。しかし、考えてみれば妙な既視感は人生の中で多々感じていたような気がする。
例えば、“茅場晶彦”という人物がニュースや新聞で話題になる度に、驚きよりも先にデジャヴを感じて首を傾げていたのも今思えば前兆だった。前世の世界よりも未来化の進んでいた世界に対し、常に居心地の悪さを感じていたのも当然の事だったのか。
ていうか、あの場面で是非とも記憶が戻ってきてほしかった。何で今になって戻って来たんだマジで。納得がいかん。
とりあえず、悩むべき事項はその事では無い。
俺が生き残るために、俺がこの先も生きていく為に、何よりも安全安心に、二年間を堪え凌いでいく為に。
「まずは、
ちなみに、俺がソードアート・オンラインについて知っているのは登場人物の名前と設定だけです。
友人に勧められてあらすじと映画だけ見たんだよ、クソ! アニメも見る予定だったのに!
***
二カ月経ちました。
主人公ことキリト君が見つかりません。何ででしょう?
「まさかずっと迷宮に籠ってるんじゃないだろうな。だとしたらイカレ野郎じゃねえか!」
思わず頭を抱えたくなった。
確かに、主人公なら誰よりも率先して迷宮を攻略しようとするだろう。何も不思議じゃないし、何ならもっと早く気付くべきだった。
だとしても、主人公の仲間にさえなってしまえば必ず生き残れるはずなのは間違いないだろう。メタ視点的に。
故に今、俺はキリト君なら必ず居るだろう第一層攻略会議に参加している。
というのも、どうやらディアベルという男が第一層のボス部屋を発見したというのだ。これには主人公も参加するだろう。
それに、序盤のボスならば攻略難易度もそれほど高くはないだろうという俺の予想もある。十層ぐらいのボスまでなら、俺も攻略の最前線で出張っても構わないと思っていたりするのだ。
「まずは、六人のパーティを組んでみてくれ!」
青髪の男、ディアベルの言葉を皮切りに広場に集まっていた各々がパーティを組んでいく。
彼等はゲームが始まってからの一カ月で交流を深めた人達なのか、それともゲーム開始前から仲が良かった奴等なのか。
別にどちらでもいいが、前世の記憶が戻る前の俺には友達は居ても《ソードアート・オンライン》を購入できた人が居なかったからなぁ。一人なのもしょうがない。
――んで、早速だが俺以外にも周りから省かれている二人を見つけた。
一人はフードを深くかぶった不審者。もう一人は――。
「へい! お前も一人なんだろ? パーティ組もうぜ!」
「えっ? あ、ああ。いいけど」
「俺の名前はソラル! お前は?」
「俺は――キリトだ」
黒髪の少年――俺の救世主、キリトだった。
***
攻略会議から数刻。
俺は、広場に居た他の奴等と無駄な会話に勤しんでいた。
「へぇ、じゃあお前今高校生かよ。残念だったな、こんなデスゲームに巻き込まれて」
「大学出て社会人になって、さぁこれからって時に巻き込まれた先輩に比べりゃどうってことないっすよ」
生意気抜かしやがって、と脇腹をど突かれ軽く悶絶する。そんな俺を見て笑い声をあげる周りの人達。
果たして、コイツ等の中からどれだけの人数が残るのか、考えたくもないな。
ここに居ないキリト達に代わり、俺はリーダー格である二人に媚を売ることにした。
「キバオウさん、ディアベルさん。明日はよろしくお願いするっす」
「おう! 任せとき!」
「ボスは俺達に任せてくれて大丈夫だ。ソラル君と、他の二人にはボスの取り巻きをよろしく頼むよ」
「了解しました! 取り巻きを狩り終わったらボス戦に参加して良いんすよね?」
「もちろん! ただし、キチンとHPを回復してから参加してくれ」
ったりめえだろ。それに、こっちにはキリトがいるんだから心配無用だっつの。
ただまぁ、その当のキリトがあぶれ組に入ってるのは意外だったが、どうせボス戦には参加することになるんだろうな。
――というか、キリトは今どこにいるんだ?
てっきり噴水広場に居ると思ってきたのに、居たのは攻略会議に参加してた他の人達だけだった。
一緒に居たあのフード野郎もいないし、どうなってんだこりゃ。
「じゃ、俺はそろそろパーティの奴等と作戦会議でもしてきます。度々言いますけど、明日はお願いしますよ」
「ああ。他の二人にもよろしく頼む」
ディアベルの声を聞き届けてから、噴水広場を去る。
パーティになったから仲間の現在地は分かるのだ。マップを開いて、キリトとフード野郎の居る場所まで地を駆けた。
「あ、見っけた」
「ん? なんだソラルか」
近くの路地裏で、キリトとフード野郎が並んでパンを食べていた。
見ない間に随分仲良くなったなアイツ等。俺は仲間外れですかそーですか。
寂しいから仲間に入れろよ!
「それ、固くね? 苦手なんだよな固いパン。電子レンジがあればいいのに」
「ここは仮想世界、このパンもアイテム扱いだからな。温めようとしても柔らかくなるかは分からないよ」
苦笑しつつ、キリトが教えてくれる。
やっぱり良い奴じゃないか! これで強いっていうんだから、パーティを組んだのは正解だったぜ!
「だってよ。残念だったな、フード野郎」
「フード野郎じゃない。私は女」
「えっ!?!?」
嘘でしょ? マジで?
俺が驚愕していると、フード女がギロリと擬音が鳴ってもおかしくない形相で睨んでくる。身を震わせた俺とキリトは決して情けないわけではないぞ。本当だぞ。
「でも、確かにこのままじゃ味気ないかもな。だから、俺はちょっと工夫してるんだよ」
「工夫? やっぱり電子レンジがあるのか!」
「さっき無いって言ってたじゃない。同じことを二度聞くのは時間の無駄」
テメェフード女! お前がパーティメンバーじゃなかったら切り刻んでたからな! そこだけは覚えておけよ!
俺とフード女がメンチを切りあっていると、キリトがストレージから瓶を取り出して横に置いた。アレは確か――。
「『逆襲の雌牛』の報酬だったよな、それ。俺は売っちまったけど」
「ああ。これをパンに塗って食べると美味いんだよ。試してみるか?」
キリトは、そういうとストレージからもう一つパンを取り出して俺に手渡してくれる。
この優しさが身に染みるぜ、キリト。お前には感謝しかない、今も未来もこれからも。
「あんがとな、早速試してみるぜ! お前もキリトの優しさを見習えよフード女」
「うるさい」
瓶の中のクリームをパンに塗り、大きく齧る。その美味しさに絶叫した俺の声に不快そうに眉を顰めたフード女と、嬉しそうに笑ったキリトの表情が余りに対照的で、明日は大丈夫だろうかと感じた今日であった。