ソラルの方に「ィ」が入ってるのがポイント。
遠方に見えるのは、高く聳え立つ白い塔。
木々の葉の間から見える塔の姿に見惚れこそすれど、あの中に数多くのモンスターが居るという事実だけで頬が引き攣る。
ああ、帰りたい。
「何笑ってるんだ?」
横に並んで歩いていたキリトが怪訝な目で俺を見ていた。
そうだね。一緒に歩いてた奴が急に笑い出したら怖いよね、分かる。
「いや、何でもない。それより、確認したい事があるんだろ?」
「あ、ああ。――いいか。あぶれ組の俺達が担当するのは、“ルイン・コボルド・センチネル”っていうボスの取り巻きだ」
「分かってる」
お前が答えんな女ぁ!
「俺がソードスキルで奴等のホールアックスを跳ね上げさせるから、透かさずスイッチして飛び込んでくれ」
「了解。ただ、キリトが危なそうなときは俺が防御を代わるからな」
「ああ、よろしく頼む」
うんうん、これぞ相棒とのやり取りよ。
初めは一人が好きなタイプなのかとも思ったが、存外キリトも人と話すのが嫌いなタイプではないらしい。
気が合いそうで何よりだ。
「……スイッチって何?」
「え?」「はぁ?」
ふと、間抜けに質問をしてきたフード女に俺とキリトが目を見開いて顔をそちらに向ける。
「もしかして、パーティ組むのこれが初めてなのか?」
「……うん」
「ちっ、足手まといが」
「なんですって!」
痛ぇ! 蹴るんじゃねえよこれからボス戦なんだから! 項垂れてるキリトを少しは励ませよ!
***
薄暗い迷宮。
ボス部屋に続くバカでかい扉に圧倒されるが、それを堪えて腰に携えている刀の柄を強く握る。
ただならぬ緊張感に包まれた一行。その先頭に立つ男、ディアベルが告げた。
「聞いてくれ、みんな。俺から言うことはたった一つだ――勝とうぜ!」
気が引き締まる。強張っていた身体から無駄な力が抜けていく感覚がした。
これなら、勝てるかもしれない。
「行くぞ!」
ディアベルが扉を開け、全員一斉に扉の向こう側へと飛び込んだ。
暗い闇に包まれていたボス部屋が一気に照らされ、後ろに控えていたボスが露わとなった。
俺達と同じように飛び出してきたボスの名は“イルファング・ザ・コボルト・ロード”。
斧とバックラーを両手に握り、彼の支配者の傍には三体の取り巻きが控えている。
“ルイン・コボルト・センチネル”、俺のパーティが担当する取り巻きだ。
「速攻で排除してやる」
漏れた俺の呟きに対し、キリトは不敵な笑みを浮かべて剣を抜いた。続いてフード女がレイピアを抜き、最後に俺が刀を構える。
「力み過ぎるなよ、ソラル」
「お前に言われたかねえよ、廃ゲーマー」
「それを言われたらお終いだ」
他のパーティがボスへ向けて斬りかかる一方で、俺達は主力となっているパーティの邪魔をする取り巻き共を処理していく。
「スイッチ!」
「三匹目っ!」
キリトが相手の攻撃を跳ね上げ、その隙にフード女が攻撃を仕掛ける。
予定通り、尚且つ滑らかな連携。本当に組むの初めてかコイツ等。あと、俺の見せ場無いんですけど!
と、不満を感じていた俺を察したように二体同時に飛び掛かってくるセンチネル共。
期待してたけど二体同時は聞いてねえよ。
――だが、脅威は感じない。
自分でも不思議に思うほど心中は落ち着き払っていた。予備動作も最小限に、腰に携えた刀の柄を握り、鍔に親指を当てて顔を見せた数センチの刃が、光を反射する。
迫るコボルトの首元に、吸い込まれるように放たれる一閃。
「《辻風》」
初めて覚えたソードスキル。刀で放つに相応しい居合技でもって相手の攻撃ごと敵を吹き飛ばす。
しかし、それで倒せる程相手も甘くない。というより、俺の練度の問題だなコレ。
「スイッチィ!」
「任せろ!」
硬直状態で動けない俺に代わり、透かさずキリトが俺を追い越して奴等を切り裂いた。
やはり、言うまでもなく強い。その戦う様は、“闘い慣れている”と評されてもいいだろう。経験も才能も、俺を大きく上回っている。
そして恐らく、それはフード女も同じく、なのだろう。
――っしゃあ! やっぱ着いてきて間違いなかったぜ!
「情報通りみたいやなぁ!」
威勢のいいキバオウの声が背中から聞こえ、顔を向ける。
ボスの方を見ると、両手から斧とバックラーを手放しているのが分かる。
なるほど、確かに情報通りだ。
「――! ダメだ! 全力で後ろに跳べ!!」
切羽詰まったキリトの声に、何人かが訝し気に目線だけ向けてきた。
おそらく、事前情報と何らかの差異が出ている。しかし、ボスに斬りかかろうとしているディアベルは間に合わないだろう。
――そして、
「オラぁああああああ!!!」
――そして、攻撃を受けるだけならば、俺でもできる。
「ぐっ! ガァアアアアアアアアアアア!」
刀の形状故、まともに受ければ刀が折れる。故に、刃を滑らせ、互いの衝撃を最小限に抑えて受け流すしかない。
重く圧し掛かるボス級の異常な力。腕に伝わる凄まじい振動、圧力。
だが、耐えなければディアベルが死ぬ!
「っ! 耐え、切ったぁああああああああ!」
畳みかけるならばここしかない。
――視野が狭まった。
視界にはボスである“イルファング・ザ・コボルト・ロード”しか見えず、周りの風景は真っ白に見えた。
武器は、手元にある一本の刀のみ。されど、相手の持っている武器もまた
相手がその異常な腕力に任せ、刀を振り回してくるのならば、こちらは最小限且つ最速で防御と攻撃を繰り返せばいい。
重心を揃え、柄を握り、足元を整え、
「《浮舟》」
振り下ろされる
周りから聞こえる驚愕は耳に入らず、依然として脳へ送られる情報は目の前の脅威のみ。
技直後の硬直に身体が蝕まれ、石化したかのように数秒動けなくなる。その隙を見逃されるはずもなく、再び振り下ろされた
「せぁああああああああああ!!」
またも攻撃を防がれた事実に、コボルトの表情が憤怒に染まる。
「スイッチ!」
「はぁああああああ!!」
場に似合わぬ鈴の音のような声が響き、鋭くコボルトの身を細剣が突き破った。
――動け
だが、それはコボルトを吹っ飛ばすには至らず、僅かに後退させたに過ぎない。
――動け
三度目。臨戦態勢に入ったコボルトの攻撃モーションは、先程とまではまるで違う。
天井へと飛び上がり、柱の間を跳び回って空からの攻撃への対処を余儀なくされた。
――天空から墜とされる
「故、我が敵を斬り破らん――《幻月》」
その攻撃は、決して重くはない一撃。
されど、鋭く素早くを体現したこの
「一撃を振り払う程度、容易いんだよ」
単発技《幻月》。全神経を集中させた正確無比の一閃は、墜ちてきたコボルト・ロードごと
――一秒。
単発技の長所は硬直時間が短いこと。相手が態勢を整えるよりも早く、二撃目をそのデカい図体に叩き込む。
「お、らぁあああああああああああ!!」
「――! ソラル、ソードスキルを発動するな!」
キリトの掛け声が聞こえる。
無論だ。元々、必殺に頼って思考停止で技をぶっパするなんざ中学生がすることだ。するつもりもない。
三撃
四撃
五撃
ここを逃がせば次がない。死に物狂いで必死に刀を振るい、しかしそのまま攻撃を喰らってくれる甘い存在は、俺の前には居ない。
【グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】
敵の咆哮に大気が震える。
恐怖が感情を支配する。
だが、けれど、此処で一歩踏み出さなければ、
――誰よりも強いキリトの相棒は名乗れない。
「《浮舟》」
咆哮と共に放たれた敵の一撃を再び撥ね上げる。
――慣れてきた。
無論、同じ敵と何度も打ち合いをしているからこそなのだろうが、それ以上に
ただ、その“慣れ”への歓喜以上に、一つだけ後悔していることがある。
あ、ソードスキル出しちゃった。
「スイッチィいいいいい!!」
「《ホリゾンタル・アーク》――!!」
直後、入れ替わるようにキリトが俺の前に飛び出し、その勢いのまま渾身の一撃を放つ。
肩から斜めに真っ直ぐ斬り下ろした袈裟斬り。そして――
「あああああああああああぁぁ――!」
敵を両断するかと錯覚するほどの気迫と同時に、二連撃目を撃ち込んだ。
巨体がガラスのように散る。
流れ散るエフェクトの隙間から見えるキリトの背中が、やけに大きく見えた。
これからも急に厨二心出てきます