主人公の近くに居れば安全だと思ったんだよ! 作:花のお皿
不思議な男だった。
初めて出会ったのは、第一層のボス攻略会議の時。周りが六人組のパーティを作り出しているのを横目に、焦りながら俺と同じ余った人を見つけようとしていた時だった。
「へい! お前も一人なんだろ? パーティ組もうぜ!」
と、陽気な声が聞こえて振り返った。
片手を上げて、嬉しそうに笑っていた男がそこに立っていた。
陽の光が彼の黒髪を照らし、紅の色に見える髪の毛が風に吹かれて、反射的に頷いてしまう。
「俺の名前はソラル! お前は?」
その時は、朗らかな男――ソラルに毒気を抜かれて、気が抜けたように笑みを浮かべていたんだろうなと、今になって思い返す。
「俺は――キリトだ」
ただ、俺の名前を聞いて更に笑みを深めていたのは何でなんだろうか。
***
俺は、ソラル以外にパーティメンバーとなったアスナと共にパンを食べていた。
アスナをパーティに誘った理由は、アスナが俺と同じように周りからアブレていたからだ。
ソラルは何かブツブツと呟いていたけれど、誰とでも仲良くなれるような奴だったから、アスナとも障害なく連携を組めるだろうと思っていた。
――それに、アスナは強い少女だった。
最も、仲間に死なれるのは御免だと、そう思ってはしまうけど。
「あ、見っけた」
と、そこで俺達の前をソラルが通り過ぎ、Uターンして戻ってくる。
またも、ソラルは笑顔だった。
アスナのことを女の子だと気付いていなかったようで、アスナには酷く睨まれていた。
俺はこのパンが結構好きで、この街に来てからは一日に一回は食べていたんだが、ソラルにとっては不評らしい。
なんでも、固いパンは好きじゃないとか。
そういえば、アスナもさっきは「本当に美味しいと思ってる?」と、訝し気に聞いてきていたっけ。
それでも、俺秘伝の工夫技を教えた時は、ガツガツとパンを食っていたから納得はしてもらえたはずだ。
だから、ソラルにも試してもらおうと持っていたクリームの入っている瓶をもう一つ実体化させて取り出したんだが、
「あんがとな、早速試してみるぜ! お前もキリトの優しさを見習えよフード女」
「うるさい」
睨み合うソラルとアスナを見て、明日は大丈夫かと憂鬱になったのは内緒である。
***
見た。
そこに、英雄の姿を見た。
もしかしたら、それは幻視だったのかもしれない。だが、俺には、
――たった一本の刀で、ディアベルを庇い、ボスと戦うソラルのその姿が、紛れもない英雄に見えた。
「《浮舟》」
巨体から繰り出される豪剣を、稲妻の如き一閃にて撥ね返す。
言うは易く行うは難し。例えそこが仮想世界と言えど、現実で見たその神業は見惚れるほどに丁寧で繊細な技だった。
ソードスキルの威力、性能の問題じゃない。彼は彼の技術で以て、敵の攻撃を捌いている。
その姿が、数多の剣撃を退けてきた歴戦の猛者のようで、心の底から憧れた。
刹那、ソラルの身体が石化したようにカチッと動かなくなったのが視界に映る。
瞬間、溢れる高揚感に身を包みながら、ソラルとボスの間に飛び込んだ。
俺の後ろに続き、アスナも突進してきている。
「せぁああああああああああ!!」
紅く煌めく敵の一撃を、鋼色の刃で受け流す。
刀を持つソラル程、武器の耐久度を持たせられるわけではないが、それでも剣に刃毀れを入れないぐらいに真正面からの防御は避けたつもりだ。
そして、背後から出てきた人影を目で追って、叫ぶ。
「スイッチ!」
「はぁああああああ!!」
鈴のような声が響き、敵の身体を貫く勢いで細剣が追突する。
――疾い。
アスナのことを初心者だと思っていたが、凄まじい手練れだ。疾過ぎて剣先が見えない。
だが、その一撃も敵のHPを吹き飛ばすには至らない。
動けないソラルに代わり、再び手に握る柄に力を籠め、刃を光らせる。
しかし、コボルト・ロードは真正面からの攻撃を避け、空中に飛び上がった。
ソードスキルを中断し、敵の姿を捉えようとするが間に合わない。
気づいた時には、再びディアベルを中心とした他の皆の上へとボスは移動していて、
――その真下で、ソラルが刀を構えて深く姿勢を屈めていることに気づいた。
「故、我が敵を斬り破らん――《幻月》」
あと少し、タイミングが違えば。
あと少し、位置が違えば、
ソラルの刀が折れて、そのまま落下するかの如く墜ちてきた
だというのに、ソラルは、
「一撃を振り払う程度、容易いんだよ」
当然のように、敵の必殺の一撃を、その会心の一撃で凌駕して見せた。
それだけではない。
硬直時間を考慮した技の判断が素早く、ソードスキルを使わずに敵に接近し、連撃を仕掛けるその胆力。
誰にでも真似できるモノではない。
俺だって、βテストを経験していなかったら最前線で戦おうとしていたか分からないのだから、尚更そう思う。
――だからこそ、ソラルの姿が太陽のように眩く見えるんだ。
【グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】
ボスの咆哮に、ソラル以外の皆が身を震わせていた。
なのに、ソラルだけが、ただ一人彼だけが、迷わずに立ち向かったんだ。
――その姿に追いつきたいと、そう思った。
気づいた時には地を蹴っていた。
手に握った剣が俺の心を反映したかのように鋭く光り、俺はソラルを追い越した。
その時のソラルの目が、確かに俺を見ていて。
俺ならできるとばかりに、俺に託すかのような彼の信頼しきった眼が、俺には眩しすぎると思った。
「あああああああああああぁぁ――!」
――負けたくない。
その眩しさに呑まれないように、俺は俺を証明するように、心の雄叫びを俺は目の前の敵に向けてでなく、この世界に向けてでもなく、他でもないソラルに向けて、叫んでいた。
***
――だから、ソラル。
「俺はいつか必ず、お前に俺の実力を認めさせてやるからな! そんでもって、お前の隣に立つに相応しい男に、俺はなる!!」
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
俺が、お前の隣に立つに相応しくないから、俺はお前と一緒に戦ってやれないんだよ。