ムシウタin sect   作:侍講

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第一話

氷鉋市のとある駅前の大通り。大小様々なビルや飲食店が立ち並ぶ中の細い路地の奥に、ひっそりとたたずむバーがあった。

細い階段を下った先の店内はそこそこ広く、アンティーク調の大型カウンターといくつかのテーブル席が用意されている。年中「CLOSED」の看板がかかっている割には清潔さが保たれているバーの中では、数十人の少年少女が集まっていた。

 

「どうだった?」

「だめだ。あの日”アキ”について行った誰とも連絡がつかない」

「この辺りはここ数日探し続けているけれど、それらしい人影すらないわね」

「やっぱりハンターの誘いにのるなんて間違ってたんだ!”大喰い”に殺されたか”かっこう”やハンターに殺されたか知らねえが、あの時引き留めておくべきだった!」

 

カウンター席に座った男女が言い合う。まわりもその話に耳を傾けており、バーには深刻な雰囲気が流れていた。

 

「みんな集まってるわね」

 

さびれたドアベルが鳴り、二人の少女が入ってきた。一方の後ろに隠れるようにもう一方の少女がいたが、その場の全員の視線は前の少女にのみ注がれていた。カウンター席に座っていた一人が「遅かったね、リナ」と声をかけると、リナと呼ばれた少女は「ちょっとね」とお茶を濁した。

二人がカラオケ用の機材が置かれたステージに上る。誰もがその様子を黙って見守り、リナの発言を待った。

 

「今日集まってもらった理由は二つ。一つは”アキ”たちについての話をするため。そしてもう一つは、新しい仲間を紹介するためよ。まずは仲間の紹介から済ませちゃいましょう」

 

リナが一歩横にずれると、背後に隠れていた少女がみなの視線にさらされる。少女は緊張した面持ちで挨拶を始めた。

 

冬千屋(ふゆちや)由愛(ゆめ)……です。よろしくお願いします……」

「ユメは特環の中でもかなり強力な奴らに追われていたわ。きっと何か理由があると思うのだけど……よかったらこの場でみんなに教えてくれないかしら」

 

リナが優しく問いかける。強制はしないから話せることは話してほしいと、あらかじめ伝えられていた。

 

「えっと、あたしの能力……あ、”虫”の、ですけど……”予知夢”を見せることができるんです」

「”予知夢”?」

「はい。私も何度も経験しました。数日後、とか、一週間後、とかの出来事が夢に出てきて。本当にその通りになるんです」

「なんだよそれ。胡散臭い話だな」

 

カウンター席に座っていた一金髪でガタイの良い少年、リュージが吐き捨てるように言う。その様子にビビったユメをかばうように、隣の少年がすぐに反論した。

 

「もし未来予知の能力が本物だったら、特環が上級局員を動員するのも納得がいくよ。なんせ、俺らが普段相手にしてる連中なんてほとんど下っ端なんだからな。奴らに追われていたのはリナが見ているわけだし、そもそも嘘をつく理由もないだろ?」

「カズフサの言う通りよ。それに、この子はもう私たちの仲間だもの。信じてあげましょう?」

 

その言葉に金髪は「リナがそういうならいいけどよ……」と引き下がる。それを見てか、ユメがおずおずと口を開いた。

 

「あ、あの、一つだけ、聞いてもいいですか……?」

「どうしたの?」

「”なぎ”という人を、知らないでしょうか」

「私は聞いたことないわね。予知夢に関係あることなの?」

 

ユメは小さく頷く。リナは仲間の意見を促すように目配せした。

 

「知らないな。少なくとも、俺たちの仲間にそんな名前の奴はいないはずだ」

「本名じゃなければ、特環のコードネームかもしれないな」

「誰なの、その”なぎ”って人は?」

「え、えっと……」

 

大勢に注目されて緊張しているのか、ユメは俯きながら話した。自分が虫憑きになってから一番よく見る夢、唯一実現していない予知夢に出てくる虫憑きのことを。夢の中で”なぎ”という人物が”悪夢の虫憑き”と恐れられており、大声で笑いながら片腕で”虫”をなぎ倒していく惨劇を。それはさながら戦争映画のワンシーンのようであり、目を覚ますたびに夢でよかったと安堵しながら、いつか現実になるのだという恐怖に苛まれ続けていた。

 

「”悪夢の虫憑き”……」

「夢の中でその人は、二人の虫憑きと戦っていました。一人は全身真っ黒で、緑色の光を纏った拳銃で戦う男の人」

「拳銃?それって……」

 

その場にいる全員が息を飲んだ。誰もがその特徴に当てはまる、最悪の人物を知っていたからだ。

 

「そしてもう一人は……」

 

ユメが怯えながらも指さしたのは、隣にいる彼女だった。

 

「わ、私?」

「はい。二人が”なぎ”と戦っている姿を私は遠巻きに見ているんです。そして巨大な爆発音で目が覚める……。間違いなく、普通の夢じゃないんです。どのくらい先の出来事なのかは分かりませんが、未来を予知した夢なんです」

「あり得ないわ、そんなの。だって、もしその予知夢が実現するなら、私は……”かっこう”と一緒に戦うことになるのよ!」

 

”かっこう”は特別環境保全事務局に所属する虫憑きである。彼の階級である火種一号が意味することは”最強”の二文字だけだ。東中央支部という支部に所属している彼の冷酷な仕事ぶりは全土に知れ渡っている。虫憑きを救おうとするリナにとって、文字通り虫けらのように虫憑きを捕獲・殲滅する”かっこう”は「敵」以外の何者でもない。つい最近彼と手を組んで戦おうとしたのだが、その結果大勢の仲間が行方不明となってしまったこともあり、リナは”かっこう”のことを考えるとはらわたが煮えくり返る思いだった。

 

「確かに信じがたい話だけど、もし本当だったらマズくないか?リナと”かっこう”が手を組んで戦かわなきゃならないほどの強さだってことだろ、”悪夢の虫憑き”ってやつは」

「そんな訳わかんない夢より、”アキ”たちの話が先だ!」

 

突然、金髪の少年が大声で遮る。仲間の紹介から話がそれていたことに業を煮やしていたのだろう。

 

「”アキ”を含め武闘派の仲間たちが”大喰い”を倒すために”かっこう”やハンターと一緒に戦いに行ったことは、リナが前話してくれた通りだ。だがあの日以来、あいつらの誰とも連絡がとれてない。それなのに特環の上級局員に狙われているやつを仲間に入れて、本当に守ってやれるのかよ。なぁリナ」

 

”アキ”はリナたちの中でも特に強力な仲間だった。元々は特別環境保全事務局に所属していたが、リナの掲げる思想に共感し、組織を裏切って仲間に加わった。今集まっている仲間の多くが、彼をはじめとする戦闘能力の高い虫憑きたちに守ってもらっていた弱い虫憑きだ。彼らが消息を絶った事実をはじめて知らされ、残されたメンバーは絶句した。

 

「”かっこう”、よ」

 

リナが呟いた。”大喰い”との戦いの結果がどうなったかは知らなかったが、リナには”かっこう”だけは死ぬはずがないという不本意な確信があった。”かっこう”ならば、共に戦ったはずの”アキ”たちのことを知っているはずである。さらにユメの予知夢に出てきたという”悪夢の虫憑き”、或いは”なぎ”という人物のことも知っているかもしれなかった。

 

「私が直接”かっこう”に話を聞きに行く。ユメも私がつきっきりで特環から守る。だからみんなは、しばらく特環に見つからないよう安全な場所に隠れていて欲しいの。その間のことはカズフサとリュージに任せるわ」

 

リナがカズフサの肩に手を置く。カズフサは一瞬頬を紅潮させ、力強い表情で頷いた。

 

「そうは言っても”かっこう”は今、赤牧市にいるんだろ?あそこは特環の本拠地だ。監視の目も多いし危険すぎる」

「ハンターに会えれば話は簡単なのだけれど、この子もいるんじゃ確かに不安はあるわね。宗方さんに協力してもらえないか声をかけてみるわ。後は……七那ね。あの子が素直に頼みを聞いてくれるとは思えないけど、何とか掛け合ってみるしかないわね」

 

公的な機関の力を借りることができる特環と違い、リナたちは子供の集まりに過ぎない。そんな彼女たちが特環に対抗して虫憑きの保護活動をできているのは、宗方魁路や赤瀬川七那といった大金持ちから援助を受けているからであった。宗方は経営者、七那はリナと同年代ながら赤瀬川グループという大財閥の会長であり、どちらも虫憑きではないがリナに協力してくれている。資金の援助だけでなく、帰る場所を失った虫憑きの子供たちのための住居や未保護の虫憑きを捜し出すための情報収集など、彼らに頼っている部分は大きい。

 

「そうなると後は、特環の持つ情報も欲しいね。今までも何人かにスパイをやってもらっていたけど、全員”アキ”と共に消息不明だから頼れないし。どうしようか」

「そうね。”かっこう”だけじゃなく、”なぎ”って人の手掛かりを探すためにも、できれば奴の所属する東中央支部に協力者が欲しい所だわ」

 

リナたちの中には”アキ”のような元特環のメンバーは多いが、特環に所属したままリナたちに情報を横流しする「スパイ」も少ないながら存在していた。彼らは特環が集めているデータを盗むだけでなく、特環に強い不満を持っている局員を見つけて仲間に誘う役目も担っている。しかし裏切りがばれて特環に処刑された仲間もいたため、スパイを嫌がる元特環局員も多かった。

 

「あのー、ちょっといいかな?」

 

群衆の中からスッと手が上がる。思いがけずリナまでもが驚いた顔で声の方へ振り向く。視線の先には、細身の少年が壁にもたれかかるようにして立っていた。

 

「どうしたの、ユーマ?」

「提案があるんだ。僕がわざと東中央支部に捕まってスパイとして潜入する、っていうのはどうかな?」

 

ユーマがリナの正面に歩み出る。

 

「捕まった虫憑き全員が局員として利用されるわけじゃないわ。利用価値がないと判断されればすぐに虫を殺されて施設送りになるの。“アキ”から聞いているでしょう?」

「それはそうだけど、今の僕たちはリナ以外に強い虫憑きがいない。特環の局員を抱き込むためには少なくとも特環と戦う必要があるけど、リナ抜きの今のメンバーではかなりリスキーだと思う。どうせ誰かが危険を冒さなければいけないなら、仲間内で最も虫が弱い僕が適任かと思ってね」

「そうかもしれねえが、もしかしてお前、あわよくば特環に寝返るつもりじゃねえだろうな?」

 

リュージが疑念をぶつける。ユーマの勝手な想像だが、彼は自分が「強い虫憑き」と思われていないことに憤りを感じているのだ。

 

「それはないよ。リナの言う通り、僕みたいな弱い虫憑きは捕まった段階で欠落者にされてしまう可能性の方が高い。特環に入れたとしても、多分使い捨ての駒として戦わされ簡単に死ぬだろうね。でも、その危険を承知でスパイをしようっていうんだから信じてほしいな」

 

リナが考え込む。何とも形容しがたい複雑そうな表情は、普段は頼もしい彼女だからこそ、周囲の見る者を不安にさせた。

 

「ユーマの気持ちはありがたいわ。すぐに”かっこう”が見つかるとは限らないし、少しでも早く特環の情報を利用するなら私たちからスパイを送り込むのは正しいと思う。でも……」

 

そんなことはさせたくない、と言おうとしたのだろう。リナは誰よりも優しい。自分や大勢の仲間の都合よりもユーマ一人のことを優先し、悩み、心配できてしまう。しかしユーマは、自分一人のためにリナに誤った選択をさせたくなかった。

 

「こう見えて僕、この中じゃ年長者だからね。守ってもらってばっかりってわけにもいかないよ」

「……わかったわ。スパイはユーマに任せる。ただし、絶対に無理はしちゃだめだからね。死にそうになったら逃げてきなさいよ」

「はは、まあ頑張るよ」

 

その後、次の集会の予定日と場所を決め、この場はお開きとなった。

 

「もし”アキ”たちを見かけたり、何か情報を手に入れたりしたらすぐに私に知らせて。私はしばらくみんなを守ってあげられなくなっちゃうから、特環には見つからないように気を付けるのよ」

 

全員が小さく返事をする。目立たないよう時間差をつけて数人ずつバーを出ていく中、リナがユーマに声をかけた。

 

「ユーマ、本当にいいの?」

「ああ。早速明日には桜架市に向けて出発しようと思う。明後日くらいには特環に入れてるんじゃないかな。死ななければ、の話だけど」

「頼んだわよ。情報よりも何よりも、あなたの命が大事だってこと、忘れないでね」

「ありがとう、リナ」

 

それじゃあ、と右手を振る。バーには既にリナとユーマ、ユメの三人しか残っていなかった。リナは「待たせてごめんね」と謝りながら、ユメと手をつないで集会場を出ていった。

数分の後、最後に店を出たユーマはドアを施錠し、鍵を建物の雨樋に繋いである錆びたキーボックスの中に隠す。空はもう夕焼けで真っ赤に染まっていた。

 

やっと、手掛かりをつかめるかもしれない。

リナの下では、名前程度しか知ることはできなかった。元特環局員の”アキ”でさえおおよその外見的特徴しか把握していなかった。だが、特環は間違いなくそれらの情報を隠しているはずだ。

 

『始まりの三匹』。少年少女の夢を喰い、虫憑きを生み出す張本人。彼らのせいで、多くの人間が夢を断たれた。ユーマには、それが許せなかった。

「虫憑きがいない世界、誰の夢や希望も”虫”なんかに邪魔されない世界を、取り戻す。そのために、『始まりの三匹』を倒す」――――弱っちい自分には無茶な夢だとわかっていた。それでも絶対に実現してみせる。こんな無謀な夢に共感し、一緒に夢を叶えようと言ってくれた、リナとならば『始まりの三匹』すらも倒せる気がした。

 

せいぜい利用してやるぞ、特環――――。

 

心の中で精一杯強がる。それでも不安は拭えなかったが、夕暮れの街並みに踏み出した一歩は思いの外、力強かった。




次回からがムシウタbug八巻以降のお話になります。
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