”かっこう”が呼び出されたのは、桜架市役所の三階にあるミーティングルームの一室だった。市民が使用できる一般の会議室と造りこそ似ているが、ごく一部の人間にのみ使用が許されている。その部屋は特殊な構造になっており完全防音・電波遮断の加工が施されている他、部屋にたどり着くまでに何重ものセキュリティ対策が敷かれており、役所の施設からは隔離されている。
網膜認証と指紋認証をクリアしドアを開けると、広い会議室の一席にスーツ姿の青年が座っていた。その隣には、”かっこう”と同じく特環の装備を身につけた人物が秘書のように直立している。長い髪を両耳の上で束ねているためおそらく女性なのだろうが、彼の知る限り東中央支部にこんな局員はいなかったはずだ。
”かっこう”は少女を警戒しながらも、無言で青年に対面する席に腰を掛けた。
「久しぶりだね、”かっこう”。大怪我をしたと聞いていたが、その様子だともう平気そうだ」
「そっちこそ元気そうだな」
スーツの青年は名前を土師圭吾といった。表向きには法制局で働く一公務員なのだが、その裏ではとある組織の重役を担っている。
特別環境保全事務局。思春期の少年少女に寄生し、宿主の”夢”を喰らう異形の怪物、その外見から”虫”と呼ばれる存在を世間から隠すために存在する組織だ。”虫”は宿主の夢や希望、精神力を奪う代わりに超常的な力を貸し与える。町一つ破壊することさえある”虫”の力は、もし公になれば多くの人間を恐怖させることになるだろう。そこで”虫”に取り憑かれた”虫憑き”の子供たちを捕獲することでその存在を隠蔽し、捕獲した虫憑きを手先として新たな虫憑きを捕まえるのが特別環境保全事務局、通称特環の目的だ。
土師は数ある特環の支部の中でも比較的規模の大きい東中央支部の支部長を務めている。若いながらに切れ者であり、特環で最も大きい勢力である中央本部に従わずに独自路線をとることも少なくないため、組織内にも敵が多い。だが組織に不信感を持っている”かっこう”にとっては、誰より信頼のおける人物であった。
「土師さん、この子が例の?」
少女が問う。口元はわずかに吊り上がっており、土師と話すことを楽しんでいるように見えた。
「ああ。そういうわけだから、キミは席を外してくれないかな」
「えぇー。そんなに重要な話なんですか?」
少女が大げさに肩を落とす素振りをしてみせた。土師との付き合いが長い”かっこう”は、彼に親しげな態度をとる少女に眉を顰める。
「キミは既に与えた任務に集中してくれ。あれはキミにしか任せられない任務だからね」
「土師さん……はい!わかりました!」
明るい声で返事をし、少女は軽い足取りで会議室を後にした。その目にはもう”かっこう”は映っていないだろう。
扉が完全に閉まると、”かっこう”は間髪入れずに尋ねた。
「今のは誰だ?」
「キミがいない間に入った局員でね。コードネームは”みんみん”、階級は火種6号だ」
「6号?」
”かっこう”は半年以上中央本部で任務に当たっていたため、彼女が入局したのはせいぜい2、3か月前のことだろう。入局直後の虫憑きが6号ほどの高い指定を受けることは滅多にないうえ、そもそも今の東中央支部では”かっこう”を除けば6号指定は最高クラスの階級だ。おそらく優秀ではあるのだろうが、彼女の話題を出した瞬間彼の顔がわずかに引きつったのを見るに、あの態度に関しては彼も我慢しているのだろう。
「彼女は頭もいいし戦闘能力も高い。……言動は少し気になるけどね。キミがいない間、”兜”と共に前線で活躍してもらっていたよ」
”兜”は東中央支部の中でも古参の虫憑きだ。真面目で任務や命令にも忠実なため局員からの信頼も厚く、火種6号の階級以上に頼りにされており、他支部への応援に出ていくことも多い。
「そうか。それで、退院したばかりの俺を呼びつけた理由は何だ?」
「相変わらず気が早いね。もうちょっとくらい、会話を楽しもうよ」
土師は嘆息し、テーブルの上に一枚の写真を滑らせた。手に取ってみると、移っていたのは見知らぬ学校の制服を着た中学生くらいの女の子だった。
「中央本部が捕獲しようとしている虫憑きだ。暫定名称は”予知夢”」
「”予知夢”……初めて聞く名前だな」
「キミは”槍型”の監視に注力していたから知らなくて当然だよ。本部も、このことを外部に漏らさないようにしていたようだしね」
土師が言うにはこうだ。”予知夢”は数か月前に存在が確認された虫憑きで、中央本部はいつも通り虫憑きの局員を捕獲に向かわせた。彼女は催眠能力を使って局員を退け逃走を続けたが、催眠攻撃を受けた局員たちが揃って「妙な夢を見た」と報告したのだという。最初は本部も気に留めなかったが、やがてその夢で見たのと全く同じ出来事が現実でも起こったと主張する局員が出始めた。その数は十数名にまで登り、しかも本当に夢で見た出来事を経験していることが確認されたため、正式に”予知夢を見せる虫憑き”として手配されたのだった。
「だったらなんで土師が知ってるんだよ」
「”C”から聞いたのさ。彼女の他に2号指定が二人、捕獲任務に参加していたようだ。連中はよっぽどこの子を捕まえたいらしいね」
”C”は中央本部の情報班という部署で活躍していた局員だ。中央本部で任務を完遂した”かっこう”への報酬という形で東中央支部に引き抜かれた三人の局員のうちの一人である。電気を操るという強力な能力を持ち、異動して間もないが既にインターネット上で連絡を取り合っていた虫憑き数人のグループを一斉捕獲したと活躍ぶりが噂されている。号指定も5号と高く、そのクラスの虫憑きを三人も動員して捕まえようとしていたあたり、本部の”予知夢”への執着の強さが窺えた。
「そいつを捕まえて、中央本部はどうしようっていうんだ?」
「何かしら悪用するつもりなのは間違いないだろうね。けど、最近ちょっと話が変わって来た。なんでも”予知夢”はリナの仲間になったようなんだ」
「またあいつか……」
”かっこう”は舌打ちした。リナとは虫憑きを捕まえ無理やり働かせる特環から虫憑きを保護するべく活動しているレジスタンスグループのリーダーの少女だ。火種1号の”かっこう”にすら対抗できるほど強く、そのカリスマ性で着実に勢力を拡大している。彼女の仲間は特環を強く嫌悪しているため、捕獲して仲間に勧誘することはあまり行われない。
「事情は分かった。リナからこの子の身柄を取り戻すために俺を呼んだってところか」
「それも違ってね。どうやらリナは赤牧市内で”かっこう”を捜しているみたいなんだ。彼女と会敵した中央本部の局員がキミの居場所を聞かれたと報告している。そのせいで本部は、キミとリナが裏で繋がっているんじゃないかと疑っているんだよ」
「俺とあいつが?冗談だろ」
「僕も同意見だが、じゃあ何故リナはキミを捜しているんだろうね」
「それは……」
「心当たりは?」
「…………心当たりは、ある」
俯いた”かっこう”の脳裏によみがえったのは、『始まりの三匹』の一人、”大喰い”の姿だった。”かっこう”はとある少女と共に”大喰い”に戦いを挑んだ。一部の特環局員だけでなくリナの仲間も大勢助けに来てくれたのだが”大喰い”を倒すことはかなわず、”かっこう”と数名の虫憑きは何とか生き延びたがリナの仲間はみな帰らぬ人となった。戦いに参加しなかったリナは仲間たちの行方と戦いの結末を知りたがっていると、彼女の知り合いから伝言を受け取っていた。
「内容については教えてくれないのかい?」
「俺とあいつの問題だ。悪いが、土師にも話すことはできない」
「そうかい、わかったよ。でも任務は任務だ。中央本部から指示が来ている」
土師は残念がる素振りすら見せなかった。普段の彼は、任務の内容に関わる話を聞かずに済ませたりはしない。彼なりに、大仕事を終えた後の”かっこう”を労わっているのかもしれなかった。
「中央本部からの指令は、『リナに”かっこう”が桜架市にいることを教えるから、うまく誘い出して東中央支部で捕獲すること』だってさ。恐らく、リナを捕まえた後再び一人になった“予知夢”を中央本部で捕獲する算段なんだろうね。全く横暴だよ」
土師は任務内容がかかれているらしい書類の束をテーブルに投げた。無茶な命令に辟易している様子だが、かつて特環の施設に収容されていたリナを逃がしたのは他でもない”かっこう”である。自分の尻は自分で拭け、という意図があるのは二人ともわかっていた。
「キミはひとまず休んでいてくれ。退院したばかりだし、”槍型”の件で疲れもたまっているだろう。市境の警戒は”みんみん”に任せているから問題ない。そうそう、以前通っていた中学校への転入手続きも済ませているから、今のうちに残り少ない中学校生活を味わっておくといいと思うよ。準備ができたらこちらから連絡する」
「わかった。…………なあ、土師」
「なんだい?」
ゴーグルを上にずらし、土師と目を合わせる。少し間をおいて、ゆっくりと尋ねた。
「もし、虫憑きが生まれない世界を取り戻せる方法があるとしたら、どうする?」
彼の出す答えは分かっていた。聞くまでもない事をそれでも聞いたのは、”かっこう”自身迷っていたからだ。もし彼が嘘をついて、本心とは違う答えを出してくれたら。抱えた秘密を吐き出して、自分も少しは楽になれるかもしれないのに。
そんな気持ちを見透かしてか、土師ははっきりと言い放った。
「愚問だね。それがどんな方法だろうと、僕は必ずやり遂げる。そのためなら利用できるものはなんでも利用するさ。自分の命だろうと、他人の命だろうとね」
「……そうか」
やはり彼には話せそうにない。”かっこう”は静かに立ち上がり部屋を出た。
まだ本調子ではないからか、その背中はいつもより少し小さく見えた。
随分と重要そうなことを隠してるな――――。
土師は椅子に座り直し、ずれた眼鏡を正した。”かっこう”との付き合いは長い。例え隠し事をしていても、本当に必要なことは話してくれるとわかっている。だからこそ先ほどの彼の深刻そうな顔は引っ掛かった。自分なりに彼の面倒は見てきたつもりだが、彼があのような表情を見せたのは初めてだった。
考えていると、突然ドアがノックされた。今日の予定は彼とのミーティングで最後だ。この部屋を訪問する者はもういないはずである。
「失礼します」
ドアが開く。そこには頭を下げた”みんみん”が立っていた。数秒して顔をあげた彼女の表情は大分こわばっている。
「どうかしたかい?任務に戻ったはずじゃあ……」
「それが、この方が土師さんに会いたいと申しておりまして……」
”みんみん”が横に一歩ずれる。その背後から入ってきたのは年若い男だった。土師より明らかに一回り以上若いその男は、年柄にもなくストライプ入りの紺のスーツを着こなしていた。髪は整えており、髭もきれいに剃っている。さながらやり手のサラリーマンといった出で立ちだが、特環にはこういうタイプの人間はあまりいないため異質さが際立っている。
男は土師の目の前に立ち、顔を引き締めた。
「突然押しかけてしまい申し訳ありません。ですが、事態は急を要するのです」
「人と話をするときは、まず挨拶からだって先生に教わらなかったかい?それにかなり若そうだけど、どこの所属なのかな?」
おどけた調子で言いながら、警戒心を強める。支部長である自分が知らない局員ということは、おそらくは組織の末端の人間だ。しかし、そんな人間が上層の局員に連絡もなく押しかけ、あまつさえ6号局員の”みんみん”に案内をさせるだろうか。第一、”みんみん”がよく知らない人間を軽々しく自分の元へ近づけるとは思えない。
そんな土師の心を余所に、男ははっとして「失礼しました」と軽く一礼し、力強く語った。
「私は中央本部所属秘種局員”U”。特別環境保全事務局東中央支部長、土師圭吾さん。日本を、世界を救うため、私に協力してください!」
原作に登場した人物についてはいちいち説明を挟んでいますが、原作を知らずに読んでくれている方はほとんどいないでしょうし、必要ないかもしれません。