「服を脱いでくれ」
僕はキメ顔でそう言った。
目の前にはうら若き銀髪の乙女。厳冬をその身ひとつで体現する彼女は、元々鋭かった眼光を更に凶悪な色に染め上げた。
「よく聞こえなかったな。何と言った?」
命が惜しくないのなら言ってみろ。
紛うことなき戦士の威圧が迸る。この先一歩でも踏み込めば凄惨な目に遭わされるのは想像に難くない。
それでも、退かない。退いてはならない。
鉄の意思をもって、再び彼女に告げる。
「服を脱げ、フロストノヴァ。拒否権はない」
「なるほど、理解した。遺言を聞こう」
空気の温度が急激に下がる。比喩ではなく、彼女の体に巣食う冬が宿主の呼び掛けに呼応した。
氷雪が宙を踊り、視界が白色に染まる。
こうなればもうフロストノヴァの独壇場だ。この間合い、この環境なら任意の相手を瞬時に氷の棺に閉じ込めることができる。
その暴威に抗えるのは一握りの実力者と、僕のような特異体質の者だけだ。
「無駄だよ。君のアーツでは僕を害することはできない。それは君も知っているはずだぜ」
「当然だ。私たちは多くの時間を共有したのだから。だからこそ残念に思う。まさかお前が、そのような下劣な悪漢に堕ちてしまっていたとはな」
「下劣? 僕のどこが下劣だって言うんだ」
「先ほどの発言を忘れたのか? お前は私に向かって服を脱げと言っただろう」
「言ったね。で、それが?」
「……何?」
訝しげに眉根を寄せる彼女に、僕はやれやれと首を振って肩を竦めた。
「僕がただ己の欲望を満たすために脱衣を要求したと思うかい? 冗談はよし子ちゃんだぜ。これは君にとって必要なことなんだ」
「戯れ言を……では訊こう、その行為に何の意味がある」
とりあえずは聞いてくれるらしい。
律儀な彼女に内心で感謝しながら、僕は自身の正当性を示すために口を開いた。
「それを話す前に、少しおさらいをしよう。フロストノヴァ、僕のアーツについてどのくらい把握してる?」
「私を試しているのか?」
「いいから答えてくれ。ハリーハリー」
「……他人のアーツに触れ、波長を捉え、操作する干渉系の能力。お前が
大体合ってる。実際にそれを行うには幾つかの条件をクリアする必要があるけれど、今はどうでもいい話だ。
「戦闘面以外の使い道は?」
「
「そうだね」
そう。ここからが重要だ。
迅速かつ正確に詰めていこう。
「僕はこの力を家族のために使ってきた。スノーデビル隊や遊撃隊の皆のために。それを後悔したことは一度も無いし、これからもそうありたいと心から思う。根治まではできなくても、皆が少しでも長く生きていられるように努力していくつもりだ」
何かを言おうとしたフロストノヴァを手で制す。
ありがとう、なんて。
今の君からは聞きたくない。
「ねぇ、フロストノヴァ。僕は皆を助けたい。幸せになって貰いたいんだ。だのに、僕の願いを知っていながら、それを無視する人が居るんだ。酷い話だとは思わないかい?」
問い掛けには沈黙をもって返された。
よくよく注視すれば、口をつぐんだ彼女の顔からは気まずさが見て取れる。事ここに至って、ようやく話の全容が掴めたらしい。
話し合いの場だと思ったかい?
残念。ここは糾弾の場だよ。
「うん? どうしたんだい、急に黙り込んで。あぁ、そういえば僕が君の発言を止めたんだったね。ごめんね気が付かなくて。もう自由に喋ってくれていいから、僕の質問に答えてくれると助かるな」
「……反省はしている」
「なんだって? もう一回言ってくれ」
「反省は、している」
「へー、そうなんだ。じゃあ訊くけど、何を、どう反省してるのかな?」
意地の悪い質問だ、と自分でも思う。
フロストノヴァが何を想い、行動したのか。そんなことは訊くまでもなく分かっている。
それでもあえて問い掛けたのは、彼女の罪悪感を煽るため。そうでもしなければ、頑固者の彼女に僕の訴えは響かないと踏んだからだった。
「先日の戦闘、私は前に出すぎた」
「そうだね。君の力はあまりに強大だ。呼吸をするように気候を変え、接近する敵を一瞬で凍結させる。敵の目にはさぞかし脅威に映っただろうさ。そんな君が常に前線を張っていたらどうなるか、まさか予想できなかったなんて言わないよね?」
それはあり得ない。
彼女は若いが、スノーデビル隊を率いる隊長だ。
個人の戦闘能力もさることながら、数多くの戦術に精通し、乱戦の最中にあっても決して状況把握を怠らない。
分かっていたはずだ。
いやむしろ、そうなるように仕向けたのだろう。
家族の犠牲を厭った彼女は、あえて必要以上に敵の注目を集め、個人に向けるには過剰な程の攻撃群を一身に引き受けたのだ。
「ふざけるんじゃないよ。確かに、あの奇襲を受けて僕たちは孤立した。妨害電波を張られて遊撃隊との連絡も取れなかった。だけど、それが何だって言うんだ。状況は最悪だったかい? 違うね。僕たち一人一人がそれぞれの役目を全うすれば問題なく突破できる戦いだった」
敵の装備を見た。動きを見た。その上で、僕はそう判断していた。
間違っても彼女だけが身を削らなければならないような場面ではなかったはずだ。
「君がリスクを背負えば背負うほど、僕たちの安全は確保される。普通ならそんな理屈は成立しないけれど、君の規格外な力があれば話は違う。あぁそうさ、昨夜の戦闘では楽に勝たせて貰ったよ。お陰様でね」
フロストノヴァは家族への情が人一倍厚い。
素晴らしいことだ。それを咎めるなんて誰にもできない。
問題は、家族にばかり目を向けて、自分自身の命を軽視するその精神性にある。
「そういえば、以前にも同じようなことがあったよね。その時も君が無茶をして、僕たちは最後まで守られる側だった。情けない話だよ。君にとってスノーデビル隊はただの足手まといの集まりでしかないというわけだ」
「それは違う」
「いいや違わない。何故君が一人で抱え込むのか。それは僕たちの力を信用していないからだ。守ってやらないとすぐに死んでしまうような弱小だと思っているからだ。君は──」
「違う! お前たちを過小評価したことなど一度も無い!」
怒声が響いた。
よほど腹に据えかねたのだろう。彼女は常ならぬ激情を湛えて僕を睨み付けている。
当然の反応だった。僕は先ほど、家族への侮辱とも取れる言葉を吐いたのだから。
ごめんね、と。つい洩れそうになる謝罪を意識して飲み込む。
ここで引くつもりはない。
「だったら、どうして君は必要以上に僕たちを守ろうとする。君の献身で作戦の幅が広がるのは事実だ。それに助けられたのも、感謝してるのも本当だ。だけど、分かるだろう? そんなの長くは続かない。いや、続けてはいけないんだ」
何故なら、それは彼女の命を削る行為に他ならないからだ。
僕のアーツは鉱石病の重症化を抑えることができる。しかしいくら破格な能力を授かったといえど、所詮はちっぽけな個人の力。当然ながら限度というものがある。
フロストノヴァは数々の無茶を力技で押し通し、結果、僕の手の及ばない領域に足を踏み入れようとしている。
とても看過できることではない。
「……お前の言うことは尤もだ。昨夜のアレは私が悪かった。今後はなるべく控えるようにする」
「その言葉、前回も聞いたよ」
「今度は本当だ」
「嘘だね」
「嘘などでは──」
「エレーナ」
フロストノヴァが息を呑んだ。目を見開き、呆然とこちらを見ている。
彼女の本名を口にしたのはいつぶりだろうか。ここ数年は呼んでいなかったように思える。
「君の本音が聞きたい」
相手を動揺させることで、こちらの要求を通しやすくする。あまり褒められた手段ではないが、今はそれが必要だった。
沈黙が続く。お互いに身じろぎもしない。耳朶に触れるのは自然の発する微音のみで、それは人によれば居心地が悪いと評する空間なのかもしれない。
しかし、僕はそこに確かな手応えを感じた。
「……私は」
フロストノヴァが呟く。
迷うように伏せられた目は、数秒の瞑目を挟んで元の位置に戻る。
改めてこちらを見据える瞳には、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。
「私は、お前たちの命を預かる隊長だ。それ相応の義務と責任がある。できることをやらないわけにはいかない」
その言葉はあまりにも重く、総毛立つほどに強い響きでもって僕の心中を掻き乱した。
そう返ってくると分かっていたのに。予想していたのに。想定内の出来事が酷く苦い。
「それが、君の寿命を縮めることになっても?」
「承知の上だ」
ああ、やっぱりそうなるのか。
無理をしないで欲しい。もっと自分を大事にして欲しい。そんな僕たちの願いでは、彼女の歩みを止められない。
その現実を再認識して、それならばどうするのかと自問する。
その答えはとうに出ていた。
「そっか。なら、僕はもう何も言わないよ」
「……いいのか?」
「よくはないさ。でも、僕が何を言ったところで君は折れてくれないだろう?」
「……すまない」
「謝らなくていい。君のそんな一面も、僕たちが惹かれる理由のひとつだからね。ただ──」
指先をフロストノヴァに突き付ける。
心して聞けよ頑固娘。
「ただ、これだけは覚えていて欲しい。僕たちは守られるだけの立場に甘んじるつもりはない。いつか必ず、君の重荷を背負える存在になってみせる。その時を楽しみに待っていなよ」
彼女が茨の道を進むと決めたのなら、僕はそれを止めはしない。
彼女の人生だ。好きに生きればいい。
だから、僕も僕の好きなようにやらせて貰う。
質の悪い茨がフロストノヴァの身体を傷付けないように、突き刺さないように、棘の大半は僕が引き受けよう。
可能か不可能か、なんてどうでもいい。
やると決めたならやる。後悔やら悲嘆やらは墓場で言えばいい。
それくらいの覚悟で臨まなければ彼女の前は歩けない。
「ああ、期待している」
僕の宣誓を受けて、フロストノヴァが穏やかに微笑んだ。たまに見せるその顔はいつだって素敵で、その度に彼女には長生きして欲しいと強く思う。
自然と笑みが溢れて、僕たちは笑い合った。
うんうん、いい話だな。感動的だな。
さて、そろそろ本題に戻そうか。
「よろしい、ならば脱いで貰おうか」
ぴしり、と。フロストノヴァが石のように固まった。思考も身体も硬直した姿を見てこれ幸いと間合いを詰めようとしたが、一歩目を踏み出した瞬間に再起された。チッ。
「待て、どうしてそうなる!?」
見るからに狼狽した様子で後ずさる彼女に合わせて前へと詰める。
逃がさんよ。
「昨日の無茶のせいで、君の感染状況は著しく悪化した。もはやいつものやり方では干渉できないほどに源石の波長が乱れてしまっている。今すぐどうこうなる話ではないけれど、早急に処置しなければならない」
「それと私の脱衣に何の関係が……!」
「僕のアーツは対象への『理解』と『接触』が必要だ。この『理解』に関してだけどね、実はこれ、五感によって得た情報のことなんだ」
「五感だと? ……ま、まさか」
これから起こることを想像したのか、フロストノヴァは頬を上気させて自らの身体を掻き抱いた。
五感とは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のこと。それらによって情報を得るということは、つまりそういうことだ。
僕としても不本意だが、やるしかない。
「観念するんだね」
「い、いや、まだだ! 仮にそれが真実だとしても私が脱ぐ必要は──」
「あるんだなーこれが。僕のアーツは肌の接触面が大きければ大きいほど効力を発揮するんだ」
「──!」
声にならない悲鳴が上がる。次いで鬼のような形相で睨まれるが、真っ赤な顔と潤んだ瞳のせいでまったく怖くない。
これが終わったら絶対に嫌われてるだろうな。そう思うと僕が泣きたくなってくる。意地でも我慢するけど。
「さて、もういいだろう? お互い明日も忙しいんだし、手早く終わらせようぜ」
「……断る」
「ふー、聞き分けのない子だね。そんなにも拒否するなら仕方ない、力づくでひん剥くとしようか」
「私がそれを許すとでも……!」
「君の意思は関係ない。まさか忘れた訳じゃないだろう? 純粋な体術勝負なら僕は──君よりもずっと強い」
意を決して踏み出す。
憂鬱な心中を遮断するように、意識を戦闘のそれへと切り替えた。
「……よせ」
迎撃の気配を察知。
しかし、問題にならない。
「来るな……ッ」
切実な訴えを無視して、更に前へ。
間もなく手の届く範囲に到達する。
「私の傍に近寄るなぁあああああーーーッ!!」
かつてないほどの絶叫と反発。彼女は全力で抵抗してくるだろう。
それでいい。僕たちはまだ十六歳。時には年相応の子供らしさも必要だ。嫌なことは嫌と叫べばいい。
まぁ容赦しないけど。
五手で詰んでやろう。
このあと滅茶苦茶
きりが良いのでここまで。
本当はもっと書きたいことがあるのですが、文章力が終わっているので続くか未定です。
ご読了、ありがとうございました。