リィン「ん……ここは…あぁ、アークライドさんの事務所に泊めて貰ったんだっけな」
リィンはそう言って胸元の懐中時計を取り出した。
リィン「……朝六時か、丁度良いな。フローラを起こして朝食を買うか」
リィンは思い立ちベットから起き上がると手早く着替え、隣のフローラの部屋に向かったが…ノックしても返事が無い。
リィン「もう起きたのかな?……ん、この匂いは……下のモンマルトからか」
リィンが下に降りて扉を開けると厨房にビクトルとフローラが立ち、客が座るテーブルをリゼットが拭いていた。
フローラ「あ、リィン様おはようございます。もうすぐ朝食が出来ますから座って待っててください」
リィンに気がついたフローラは野菜を切る手を止め笑顔で言った。
リィン「おはようフローラ、リゼットさんとビクトルさんもおはようございます。速いですね」
ビクトル「あぁ……おはようさん、朝からウチで朝食を摂る客もいるからな。こうして朝早くから仕込みをしてるんだよ。しかし、ウチに居候しているリゼットの嬢ちゃんは兎も角、ヴァンの客人である嬢ちゃんが仕込みを手伝ってくれるのは申し訳ないが」
ビクトルは大鍋のスープをかき混ぜながらフローラに言った。
フローラ「いえいえ、一晩泊めて頂いたお礼でもありますし……ポーレットさんもお子様のお世話で大変でしょう?少しでも負担が軽くなれたらいいのですが」
ポーレット「あらあらフローラさん、そんな気遣わなくてもいいのですよ」
ユメを背負ったポーレットが店の奥から出てきて掃除道具を持ってきた。
ポーレット「こう見えても体力は自信がありますから、それにお父さんも心配して力仕事はさせない様にしてますし」
ビクトル「だが四六時中ユメの側から離れてないだろう?無理しなくても良いんだぞ」
ポーレット「もう、お父さんも過保護なんだから」
リィン「親子仲が良いですね」
ポーレット「フフ……そりゃあ親子ですもの、でも私から見れば貴方達も随分仲が良いわよ」
フローラ「え?」
ポーレット「見てれば判るわ、貴方達はお互いに心の底から信頼しあってる。言葉にしなくても判りあえる位には信じてるのね。少し……羨ましいわ、そういう関係……」
リィン「ポーレットさん……」
ビクトル「……朝から湿っぽい話しは無しだ。朝食が出来たぜ」
ビクトルはそう言ってテーブルに朝食を並べ始めた。
ビクトル「なんの変哲も無いメニューだ。お前さん達の口に合えばいいが」
リィン「いやぁ、充分美味しそうですよ。やはりどこかの店で修行を積んだとか?」
ビクトル「まぁな……とあるホテルで皿洗いから始めたよ。あの頃は先輩から厳しくしごかれたもんだ」
リゼット「フフ……やはりビクトルさんも最初は下積みからですか」
リゼットもスプーンを並べて自身も座った。
ビクトル「そりゃそうさ、それがあって今の俺がいるんだからな……それにしてもヴァンの奴また寝坊してやがるな……」
リィン「まだ七時ですから、これから起きてくるでしょう」
ヴァン「そうだぜ、おやっさん。俺だってちゃんと起きる時は起きるんだぜ」
ヴァンがそう言って扉を開けて店に入ってきた。
ビクトル「お前にしちゃあ早起きじゃねぇか……普段は昼頃まで寝てるくせに、どういう風の吹き回しだ?」
ヴァン「おやっさん、勘弁してくれ。俺だって依頼主を待たせる様な失礼な真似はしたくねぇからよ」
ヴァンは自分の髪を掻き回した。
ビクトル「フン……ならさっさと食って依頼とやらをこなしてきやがれ」
ビクトルはそう言って厨房に戻って行った。
ヴァン「やれやれ…おやっさんには参るぜ」
ヴァンも席に座った。
リィン「ビクトルさんなりにヴァンさんに気にかけてるんですよ。それよりももしかして…」
リィンが言うとヴァンはリゼットに目配せして頷いた。
ヴァン「あぁ、この依頼請け負うぜ。食ったらすぐに現場に向かう」
リィン「感謝します」
リィンはそう言って頭を下げた。
ヴァン「頭を上げてくれ、そんな感謝される様な事はしてねぇから」
その後リィン達はビクトルが作ってくれた朝食を美味しく頂き、ガレージからヴァンの車を出した。
ヴァン「それじゃあおやっさん、ポーレット。少しばかり仕事してくるぜ」
店の前に車を止め運転席からヴァンが見送りに来たビクトルやポーレットに挨拶した。
ポーレット「フフ、いってらっしゃい。ヴァンさん、リゼットさんも気をつけてね?」
リゼット「はい、ありがとうございます」
ビクトル「フン、ちゃんと誠実に仕事こなしてこい。坊主、ヴァンの野郎が不真面目だったら依頼料は支払わなくてもいいからな」
リィン「ハハ……大丈夫ですよ。ヴァンさんを信じてますから」
ヴァン「ったく、それじゃあ出すぞ」
ヴァンはそう言って車を走らせた。そして主要幹線道路に入り暫くしてから分岐に入った。
リィン「この方角は……アルタイル市に向かう道路ですか?」
ヴァン「そうだ、とは言っても目的地はその手前……五〇セルジュ(五〇キロ)にあるカナンという村だ。人口は百人と小さな村で酪農が盛んな村だった」
ヴァンは視線を前に向けたまま呟いた。
フローラ「『だった』……という事は今は……」
ヴァン「あぁ……その村は一晩にして村人全員が姿を消した。家畜すらな、警察や遊撃士は魔獣の仕業と判断しているが……お前さん達の話の通りなら……厄介な事になりそうだ」
ヴァンの車は目的地に向かって長い道路を進んで行く……