マイナスから目指すトップアイドル   作:茶蕎麦

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 加害者、被害者。
 どちらが?


第十八話 壊して

 七坂舞という少女は、不良である。

 生きることは怠くって、とてもつまらないものだと生きるうちに彼女は思い知っていた。

 親には孝行しようとも疎まれて、人には良くしようとも裏切られる。泣こうが喚こうが、どうしたって自分は底辺から抜け出すこと叶わない。

 折角整えた全身を崩しかねない運動なんてしてられないし、努力なんて結果が直ぐに出ないものつまらない。遊ぶことすら飽き飽きで、彼氏と吸いこんだ煙草の烟すらマズければ、もうダメだ。

 人生は、どうしてこんなに下らなくって複雑でどうしようもないものなんだろうというのは、彼女にとって当然の感想だった。

 

「んぁ……もう、12時かよ……ちっ、スゲぇ汗」

 

 携帯電話の着信は、名称を確認してから無視。ただ音色にて起きたその真っ先に手の甲で額を拭い、舞は冷たいほどの汗を感じる。

 幼かった以前のようにずぶ濡れ、という訳ではない。しかし夢一つで未だにうなされてうざったいくらいの汗を全身に纏わせてしまう辺り、ダメだと彼女は思っていた。

 

「ふわぁ……おぇっ」

 

 随分と身に慣れた男の臭いのする毛布一枚で裸身を拭ってから、舞は大きなあくび一つ。そうしてから、何時ものように、あの記憶と夢の中の地獄を思い出して、えずいた。

 ああ、幾ら他人と肌を重ねようとも、あの恐怖に対する震えは克己できない。だがそれも仕方がないのか、あれは根源的恐怖。最悪の視界情報なのだから。

 

 それは黒く、しかし紛れる赤は血であり、炎でもある。そしてそれは多くの魂を含めて茹だって、引き裂いて、壊していて。

 

 ああ、あの子が瞳の中に匿っていたのは間違いなく地獄だった。

 

「これも全部あのクソのせいだ……ったく」

 

 だから、そんな冒涜的な代物なんて疾く壊そうとしたが認められずに失敗。その後もあいつを殺さなきゃと叫び続けても理解されず、むしろ舞こそ壊れた玩具とされてしまう。

 暴行の罪は、狂気から来たものとされて多くの薬と入院期間を引き換えに雪がれる。彼女が学童として再び大勢と交わることが出来たのは、おおよそ2年は経った頃だった。

 するとあの地獄女の名前すらも最早思い出せず、故に殺意も治まらざるを得ず、そうして彼女は普通に戻ろうとする。

 

「今日はどこで飯……って、マジか。ミチ、私の財布から万札抜いてきやがった! どーりでいねーと思ったら、クソっ」

 

 だが、一度精神を病んだらしき子に世界は優しくない。幾ら苦い薬を噛もうとも誰も、それこそ親ですら認めてくれなくなった。

 やがて、コンティニューするかのように新しく両親がこしらえていた妹の泣き声の煩わしさから逃げるように、事情も何も見知らぬ他人に依存するようになる。

 勿論、何もない少女に誰もかもが何もなく優しくする筈もない。友情で結ばれていた思っていた相手の謀りで、大切にするべきと教わっていたものを失い、そうしてどうしようもなく舞は身軽になった。

 以降、男たちの間を行ったり来たりを繰り返すようになる。合間合間に少女も警察に保護され実家に戻されたりもしたが、次第に成長と化粧と脱色と詐称にてその頻度も減っていく。

 

「あー、最悪……出よ」

 

 そして今、一服終え烟を吐き出し、心落ち着かせる。しかし、足りずにもっと脳みそ蕩けるような快楽が欲しいと少女は思う。薬は飽きて、クスリには慣れた。

 そんなどうしようもない今。七坂舞は以前の善しを忘れきって、罪に濡れて生きている。

 愛などどこにもなく、それでも直に感じる人の温もりにて全てを忘れようとしながら。

 

「……眩し」

 

 燦々と輝く陽光の下、舞は自分のつま先ばかりを向く。

 未だ、自分が地獄にたどり着いていないことを不思議に思いながら、底辺にて少女は何も望んでいなかった。

 

 

 

 

「初ライブは駅前広場で、ですかぁ……」

「うん、社長も先輩アイドルの皆もなるべく最初のハコは小さい方が良いかなって」

 

 所と時間変わって、ここは一週間ほど前のオーキッドプロダクション。

 今日も今日とて先輩達に追いかけ回され御髪乱れ気味の百合は、しかし落ち着き払ってマネージャーの初ライブに関する話を聞いていた。

 どうやら、先輩達のコンサート等にて期待の新人として紹介されるという予定を変えてまで、少し早く百合は世に向けて売り出されるようである。

 この決定に、彼女としては納得と良くわからないやる気すらを覚えてしまう。上手に乗せられていることを感じつつ、百合は口を蕾のようにさせて嘯くのだった。

 

「百合のきんちょーを考えてくれたのかもですがぁ……私的には最初からクライマックスでもらくしょーですよぉ?」

「ははっ、アイドルが初手で終わらせることなんてないさ。いや、期待がないという訳じゃないんだむしろ逆で……ただ、百合ちゃん、君はね……」

「百合がどーかしたですぅ?」

 

 半目でマネージャー、裕太は疑問に首を傾げる百合のその全身を覗く。

 大体が小さく、瞳は欠片すら伺えない。だが、それがどうした。そんな全てを排したところで何もかもが努力とそれ以上に心に拠って整っている。

 本物の悪の自業自得を知っているからこそ、絶対に悪いことをしない。そればかりが続いて結果的に善は美とすらなった。

 きっと、心が見目に関している最たる存在を挙げるのであればそれはきっと百合になるのだろうとすら、裕太は思う。

 

 また、それだけではなく、それどころではなかった。

 何が、エムワイトレーニングセンターの秘蔵っ子である。そんな枕詞を付けなくたって、この少女の持つ技術は宝であり、それを操る彼女の力量は唯一。

 練習映像を繰り返しに見て、その良化の凄まじさを見たプロダクション社長は、涙ながらに言った。

 

「君は一度、自分の実力を自覚するべきだってのが、オレたちの総意なんだ」

 

 地虫が羽ばたくに至るまでのあんまりなまでの努力は、きっと大勢を感動させるに足るだろう。

 だが、それがもし小さな箱の中であったのならば、それこそ百合の頑なな心にだって反響する程の揺れを起こすに違いなかった。

 この子に幸せになって欲しい。そう思う人間が増えることこそ、大人たちの密かな望み。

 

 だが、勿論そんなことを察せるほど百合は賢しさを尖らせてもいない。

 いや、学業において成績はこれまでの蓄積から更に開花し全国でも高みにある程ではあるが、それでも決して千里眼のように心まで見通せる程に達してはいなかった。

 

「んー……百合は新人アイドルにしては、まずまずだと思ってますが、違うんですかねぇ?」

「違うねぇ」

「ガーン、ですぅ!」

 

 眼の前の愛らしさの塊がするオーバーリアクションに、ファンでもある裕太は嬉しくも思うが内心苦笑い。

 まさか、それどころでしかないとの自己評価でしかなかったとは、これはマネジメントが大変な訳だと彼は思うのだった。

 なら、直ぐに是正せねばならないだろう。この綺羅星を新人アイドルなんかと比べては、仕方ない。それこそ、直ぐに多くを墜としてトップに至るだろう金。

 そんな大切なもの、早く展示して名声を浴びさせたいと思うのは、愛の当たり前であり。

 

「ふふ……君自体は地獄に近いのかもしれないけれど、君のライブはきっと、誰にとっても天国に近いものになるよ」

「ですぅ?」

 

 未だよく分かっていない地獄少女の未来に対する、慈悲でもあるのかもしれなかった。

 

 

 

「アイドル?」

 

 さて、七坂舞は不良である。

 故に、善たるものが苦手で、輝かしいものなんてもっと嫌いだった。

 そのため、彼女は近頃ずっと話題になりっぱなしのアイドル人気なんて興味なんてない。

 ましてや、過度の不摂生に美しさ翳って、客引きの相手をすることすら少なくなってきた今において、そんなもの憧れることすらなくなった。

 だから、舞がその広告ビラを見かけたのはただの偶然。本来は見つめたくなかった程の偶々である。

 

「……町田、百合? ぐぅっ……!」

 

 しかしそれは運命でもあり、その一枚にはアイドルよりも何よりももっと見たくないものを隠している少女が映っていた。

 思わず、想起に苦痛で頭が軋む。赤くて黒くてグロい、最悪、地獄、そんなものが自分を見ていて、見返してしまった。

 

 ああ、あの顔は傷つけたはずだ。殺すために酷く圧したはずなのに、それでもあの生き物は地獄の蓋として健在。

 

 むしろ、それは整い輝いてこの世に偶像として存在し出したようで、ビラを見た者たちを少なからず惹きつけているようだった。

 

「ざ、っけんじゃねえよ」

 

 そんなこと、認められるか。あの日幸せになるべきは私だったハズで、決して町田百合ではなかった。

 それなのに、それなのに。どうして私がこんな地獄じみた最悪にて身を捩っているというのに、あの本物の地獄は天へと登らんとしてるのか。

 

 あまりにあり得ない。そんなの認め難い、嘘。私が愛するおクスリたちよりも、ずっとあってはいけないのだ。

 

 だから。

 

「壊してやる」

 

 もう一度、いいや今度こそ完膚なきまでに。

 全てを破損するために、地獄の地獄となる。そんな夢想に茹だった心で。

 

「ふふ」

 

 七坂舞は、久方ぶりに笑った。

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