マイナスから目指すトップアイドル   作:茶蕎麦

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 ここまで読んでくださって嬉しいです! 
 また夜な夜な失礼しますー。

 今回は二人のことが色々と判明する回兼、彼女の決意のお話となりますね。
 少しでも楽しんでいただけますと嬉しいですー。


第二十九話 悪役令嬢

 譜を音にする。

 それだけの慣れ親しんだ行為がこんなに緊張するとは思わなかったと、オーキッドプロダクションの若き編曲家、類村慎樹は三つ色で染めた短髪を指先で掻きながらそう述べた。

 素直に音楽に仕立て上げる、それだけの本来そう過つことのないはずの行為が恐れ多くすら覚えてしまったのは、どうしてか。

 それは、これまで誰も気付かなかった至極の並びを、簡素極まりないそれを彼がひと目見て脳裏に流してしまっていたからだ。

 

 ヘブンズオブジェクト。天国の物質は当然、天国の音色を熟知している。

 片桐朝茶子からすると、鼻歌で流せる程度の当たり前。

 だが、そんなものをこの世に落とし込んでしまえば、生きとし生けるものはどう捉えれば良い。

 とりあえず、その天から下賜された音達を耳にした時、中井裕太はこれだけ感想を口にした。

 

「凄いな」

 

 そう、比するものなどこの世に一つたりとて存在しないそれは、凄まじい。

 一音一音がありきたりでも、天国は奏でられる。

 そんな理想を目指してきた達人共をあざ笑うかのように、あまりに簡易な到達点。

 並びだって複雑でなく、そもそもこんなのどこにでもありそうであったのに、ない。

 テンポに高低に休み。そんなものを用いて音符は遙か空を征っていた。

 

「これを創った片桐さんってのは天使か神かい?」

「いーえ、そんな大した者なんかじゃない、陶器製の楽器ですよぉ。ほらよく、宗教画とかに天使があいつ持ってる姿が描かれてますぅ」

「……それこそ彼女は、終末の喇叭そのものってことかな?」

「ですぅ」

 

 鳴り響く楽器こそ、結末にほど近い結び。

 黄昏を呼ぶギャラルホルン。それは天使が持つ喇叭と役割同じ。

 そう、終末は地獄ではなく天国のものである。

 

「アレは、本来この世にあってはいけなくて……だからこそ、百合の友達なんですぅ」

「そっか……なんとなく、分かったよ」

 

 見上げれば明らかにそんな楽器の体現である、片桐朝茶子。

 そして、地獄の蓋である町田百合もまた、同類。彼女も地獄の炎で焦げに焦げた真っ黒黒助な暗黒物質、言わばダークマター。

 二人はあり得てはならない幻想同士存在だった。

 

 だから、という訳でもなく百合は朝茶子を友とする。

 彼女は一人ぼっちを平気と死んだように生きられているが、そんな静物地味た命にだって何時か孤独は響くはず。

 一人ぼっちは寂しい。それは百合もよく知っていて、そんな存在は先生だけでなく誰だって見逃せなかった。

 

 最近好んで付けるようになった黒い革製の目隠しの縛りもキツく、地獄の蓋は高熱を帯びながら天を望む。

 たとえ、そこから種類の違う終わりが堕ちてきたとしても、それがどうした。

 何一つ変わりなく、町田百合は頭上の全てを愛していた。

 

 

 そんなことを全ては察せずとも、マネージャーにはとびきりの水と油のようなものが無理に並ぼうとしていることは理解できる。

 水と油の乳化も全ての物事に通じる原理ではなければ、流石に相手の凄まじさから幾ら我がアイドルでも背負うには荷が勝ちすぎているような気もした。

 裕太は額を指でとんとんと叩いてから、こう問う。

 

「ただ、百合ちゃんは大丈夫なのかい?」

「何がですぅ?」

「無理してないか、ってことさ。……本物の人でなしに愛を歌ってもその尊さは響かない。百合ちゃんは、分かってるだろう?」

「ですねぇ……アレはひょっとしたら、変われないのかもしれませんねぇ」

「なら」

「でもぉ」

 

 頑なにも、百合は首を振る。それが臆病者の一般人にはとても理解できることではなかった。

 異教、いやそもそも無教の天使なんて怖くて当たり前。

 度を越して彼女が美しいからどうした。それは異界の異形。終末すら呼びかねないこの世のエラー。

 そんなものに、小さきこの偶像が近寄って欲しくないというのは、中井裕太の本心。

 

 だが、とても綺麗に笑って、百合はこう続ける。

 

「それがどうしたんですぅ? 花は愛されたいから咲くもんじゃないですよぉ」

「そう……かな」

「えぇ」

 

 それは二人の認識の相違。男は花は何より愛して欲しいから恥部を美しく飾ったのだと思い込んでいた。

 だが、少女は花は愛したいからこそ何より弱いところを空に広げたのだと知っている。

 

 何より花なアイドルは夢のフラワーブーケの幸福の中、こう結論づけた。

 

「目立って知らず踏まれてもぉ……私は愛せた、なら幸せですよぉ」

「百合ちゃん……」

 

 裕太は百合の本音に己を恥じた。

 少女は己の内に巣食う地獄の炎を愛に換えて、何もかもから目を背けずに想っている。

 

 それは、おかしい。あってはならない無理である。

 

「なら、オレも覚悟しなきゃな」

 

 だが、そんな健気さ儚さはこの男の心にぴたりとハマった。

 だって、こんな地べたに汚れきったブラックダイヤ、他にない。

 他人の幸せをろくに望めない、そんな歪を持った裕太ですら真に幸せになって欲しいと思うくらいに百合は浮世離れしていた。

 

 だから、好きで愛していて、マネージャーをやっていたのだ。

 ならば、少女が壊れてしまうまで、無理を助けよう。ファンはそんな風に、血迷うのだった。

 

 

 二人は決して幸せになりたい訳では無い。

 だが、それでも必死に手を空へと伸ばして、一人は一人を支えて二人で迷いなく進まんとだけしている。

 だから、暗雲だって気にしない彼らの足取りは真っ直ぐに過ぎていて。

 

「あーそういえば良い忘れたけど……どう聞いてもこの曲って、足りてないよね」

「ええ、確かにこれに合わせるのが今の百合の歌だけじゃ、物足りないでしょうねぇ」

「……足す?」

「そんなことしねーですよぉ。このままでぇ……なんとか歌ってみますぅ」

「そっか……じゃあ披露の日は予定より遅くして……」

「いいえ、そんなことはしなくていいですぅ。予定通りぃ……」

 

 

「新曲披露の場まで設けてくれるって言ってくれた鹿子のライブで、ばーんとぶち上げるですぅ!」

 

 

 だから、ここで嵐に巻き込まれるのだった。

 

 

 

 

 鹿子は、現在アイドル四天王の一人として芸能界でも特異な程の高みに存在している。

 とはいえ彼女は現在、四天王最弱、究極のニッチャー、ファンのためでしかないアイドル、宗教家、等などのレッテルを貼られている新参四天王。その地位にて彼女が安堵できているかといえば否だろう。

 そして、そもそも鹿子はきっと世界で一番とされようが認められないくらいの劣等感に常に苛まれている小物でもある。

 

 彼女の特徴はパンクを取り入れたロリータを主とした深く暗い世界観。あまりに書き込まれ際立ちきった、信者にでもならなければ本当に理解は出来ないとすら難解さ。

 それを用いて一人ある種の極みへと至った少女。洗脳系アイドルとすら囁かれる程、鹿子はファンに強く強く愛されている天辺のいちであるのだが。

 

「全く、これっぽっちも足りませんわね……」

 

 独りそう言い、白が載せられた長い爪を鹿子は囓った。

 表計算ソフトの数字を幾ら見直しても、理想には勿論希望にも及ばず、最低限に到達している程度のものが横ばいに並んでいる。

 売上、人気、期待。夢のあるそれらは無惨にも数字として大凡見て取れるもの。

 そして全部が全部、鹿子には蹴っ飛ばしたくなるくらいにはバツが付く。

 続いて小ぶりな唇を八重歯で噛みながら、彼女は苛立たしく次の資料を開くのだった。

 

「町田百合……新曲の発表からこの方何もかもが右肩上がり……世の中はその難航を期待として詳細不明を神秘と採りましたか……甘い、甘いものです」

 

 ノートPCからはブルーライトと共に先の比べても長大なグラフと多めの数字が展開され、眼鏡越しに鹿子の柳眉が歪む。

 勢いが桁違い。それは判っていたことだった。そして、勢いだけでしかないからこそ、我慢が出来た。

 だが、実際のところ鹿子が百合に今太刀打ち出来るかと言えば否である。

 ムーブメントは一過性。だが本物が揺るぎないというのはカシマレイコを見ればよく分かること。

 そして、何より百合の歌唱を認めてしまった鹿子だからこそ、どうしたって正攻法で勝つのは無理と理解出来てしまっていた。

 

「全く、あの娘は数字でも憎たらしいほど、綺麗ですわね」

 

 認めざるを得ない。町田百合こそYOUの再来、天も脅かすトップアイドル。

 あの何度も聞き返して真似した声色を超えた、超えてしまった稀代の極み。つい頭を垂れたくなる、大物で。

 

「おほほ……だからこそ、叩き壊し甲斐があるというもの」

 

 だからこそ、小物である鹿子は己の中の愛を嫌っていた。

 ためらわず、彼女は手製の資料を削除し、綺麗さっぱり期待を忘れる。

 

「令嬢が悪である……そんなの当然でしょう。遍く全ては悪道。ならば、その中でも極みをぶつけて流し込んで……」

 

 後に残るは、害意ばかり。

 愛の不感で孤独に歪んだ心根は、全てに対して不信を強請る。そして、それを抑えて置けるほど、鹿子は清い令嬢ではなかった。

 

 細く白い指先はタクト。それでリズムを刻まず、ただ掻っ切るように真っ直ぐ真横に動かして。

 

「一人ぼっちにさせてしまいましょうか」

 

 断ずる。

 

 

 唯一の杖なしアイドル。

 自分の脚に触れられることすら嫌ったシンデレラは、灰を衣装として一人踊り続けていた。

 

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