1
所狭しと並べられたテント。各所から立ち昇る煙の下には寒さに凍える人々が肩を寄せ合っている。
彼らの生活を支えるゴミの数々は、彼らの伸長を優に超え、空からは絶えずモノが降り注ぐ。行きかう人々の顔は多様なものの、皆が一様に目を伏せながら足早に去っていく。ここは、社会から追い出された弱者がたどり着く場所。
オチマ連邦最北西に位置する難民キャンプを基としたこの地域は、国際情勢の変化とG5間の関係の悪化、隣接するカキン帝国の興隆と合わせて、邪魔になった、あるいは何らかの争いに負けた存在たちの集合体に変化を遂げていた。国際社会からは第二の流星街となることを懸念されている、危険地域だ。
その中を、人々とテントを縫うように走る少年が一人。この町で走る人間は2種類しか存在しない。何かを追いかける人間か、あるいは何かに追われる人間。少年は、どうやら後者らしい。
(ハア、ハア…。撒いたか?)
息を切らせ、汗を垂らしながら自身の走ってきた方向を確かめる少年。誰かかから何かを盗み生き残ってきた彼にとって今の状況は生活の一部。ゴミ山でできたこの町は庭のようであり、今までに追手に捕まったことはなかった。
しかし、今回ばかりは相手が悪かったらしい。
「あら、鬼ごっこはおしまい?あたしとしてはもう少し楽しませてほしいのだけれど。」
(!!)
背後から女の声が聞こえた瞬間、少年はそちらを振り向きもせず再び走り出す。
(ああ、もう! ハンターなんて狙うんじゃなかった!!)
ゴミ山の中を飛ぶように走りながら、少年は背後に感じる気配の主との遭逢を思い返していた。
2
ー人道的支援の観点から、ハンターがこの町に食糧支援にくるらしいー
少年がこの話を聞いたのは、いけ好かない町の連中から缶詰を盗み取った帰り道のことだった。久々の大物にウキウキしながら自身の基地へと歩みを進めていた彼は、大声でそんな噂を話し合っている難民者たちの会話に足を止めた。なんでも美食ハンターなる存在が、自身の輝かしいキャリアに人道的な要素を加えるべく、この町ではめったに見られないようなご馳走を手にやってくるというものだ。
ハンターがやってくる背景とその物資の内容にはこの町の負け組特有の捻くれた気質による脚色が加わっているようだが、どうやらハンターとそれに伴った食料が来るというのは確からしい。
(ハンター、ハンター…。冒険家みたいなもんだったか。美食ハンターってことは要するに旨いもんを求める人間ってことだよな。てことは料理人?いや、素材を集めて料理は他人に委託するっていうパターンもあるか。どっちにしろ、上流階級で恵まれて生きてきた奴らのはず。なら、俺らのような負け組に少々モノを盗まれたくらいで怒りを買うことはないか…。それより、ご馳走とやらの正体だな。固形物ならいくらでも取れるが、スープのような液体だと鍋ごとやらなくちゃいけねえ。支援の場所はおそらく集会場だろうから、逃走経路の確認も含めて、下見をしておくか...)
この町の考えに染まっているのは彼も同様で、まだ見ぬハンターへの警戒はそこそこに手に入るであろうエモノに考えを巡らせながら、家路を歩くのであった。
3
数日後、このゴミだらけの町のどこにこれだけの人がいたのかと思うほどの人間が、集会場といわれる場所に集まっていた。といっても、ゴミが積まれていないただの広場であり、申し訳程度の舞台が存在しているだけの場所だ。
その舞台の上に今日は数人の人間が立っている。今話しているのはこの町のまとめ役を務めている難民キャンプ支援団体の首長であり、その横に立つ、おそらく美食ハンターであろう2人の功績とそれを招待した自身の成果を存分にアピールしている。飽き飽きとしながらも集会場にいる人間は彼らの後ろにある食料であろう物資の数々を見つめる。
その中で、人ごみにまぎれた少年は美食ハンターと思わしき2人に目を向けていた。
(ハンターとして紹介されているのは2人。残りのスーツの奴らはハンター協会からこの支援のために来た職員で、警戒の必要はない。)
長々とした首長の紹介から、そこまでを把握し、警戒すべき2人に目を向ける。
そこにいるのは2人の男女。
女の方は身長はそこそこで、青緑色の髪の毛を、頭の後ろで5束にわけて結ぶという特徴的な髪型をしている。この町でめったに見ないような薄着であり、遠目からでもその女性的な体つきが見て取れる美人だ。
男の方は女と違い、顔立ちや髪型、服装は普通だ。ただしかし、そのサイズがおかしい。明らかに3メートルを超える巨体に、何を食べたらそうなるのかという腹。体格だけで見れば人というより熊に近い。
(うらやましいねえ…。一体何を食べたらそんなに太れるのか。ま、あのサイズだ。掴まれたり、殴られたりしたら厄介だがスピードはほとんどないとみていいだろう。女の方は分からんが、あのでかい方専属の料理人か何かかもな。どっちにしろハンターが2人だけってのは好都合。この大人数相手だ、俺が盗みをしてもバレにくいし、バレたところで追いかけるには人とゴミ山が邪魔だ。向こうの認識できる範囲にも限りはある。作戦通り、正面突破で問題ないな。)
そんな風に思考を巡らせているとようやく自画自賛のスピーチを終えたらしい首長のアナウンスが少年の耳に入ってくる。
「では、いよいよ皆様へ食料の配給を始めます!!この舞台の前に、ハンター協会職員の方が並ばれておりますので、皆様は慌てず、それぞれ列を作ってください!!物資は大量にございますので、ゆっくりと!!」
そのアナウンスを皮切りに、人々が舞台の前に列を作り始める。長々と話されたハンターの功績に恐れをなしたか、下手をうって確実に得られる食料を失うことを危惧したか、今のところ物資の独占や強奪は起きていないようだ。少年も適当な列に並び物資の支給を待つ。
ふと視線を感じ、舞台へ目を向けると、透き通るようなエメラルド色の瞳と目が合う。
舞台の上から、女性のハンターが少年を見下ろしていた。それは明らかに面白いものを見るような目で、たまたま目についたというより、明確に何か理由があって、こちらを見ているようだった。
(なんだ?見たところ警戒されているというよりは好奇心故の目線に感じるが…。どうする?盗みは続行か、やめておくか…。いや、絶好の食料確保の機会だ。それに俺のチカラは誰にも知られていない。目の前で盗んでも、逃げ切れるに決まっている。よし、やるか。)
そして少年の配給の番がやってくる。目の前に山積みされている、食料が詰まった木箱から、一人一つ手に取っていく形式らしい。少年は山の前でしゃがみ込み、前には山積みの木箱、後ろは自身の背中が邪魔になって様子が確認できない状態を作り出すと、いくつかの箱に触れて、自身のチカラを発動した。
すると吟味するふりをして触れた数個の箱が、少年の腹の前にできた黒い空間へ、するりと溶け込んでいった。
(食糧庫!!)
これが、少年のもつチカラ。気づいたら暮らしていたこの町で、なぜか彼がはじめから使えたチカラ。彼が食糧庫と仮名で読んでいるそれは、自身が食材および調理、食事に必要だと認識したものを入れ込む異空間を作り出すことができる。容量が満杯になったことはなく、また、中に入れた物は中に入った状態で保存されるこの異空間を使いこなすことで、少年は今まで盗みの疑いをかけられることはあっても、物的証拠をつかませることはなかった。
(あまりに数が減ってもバレるし、時間もかけられはしない。取れて10個ほどだろうが…十分だ。)
最後に一つ、他の人々と同様に、いかにも吟味して選び抜いたように1つの箱を手に取り、集会所を後にしようとして、
「ちょっとあんた、話、聞かせてくれるかしら。」
後ろから聞こえてきた女の声に、少年は走り出していた。
4
そして舞台は冒頭に戻る。
「ねー、待ちなさいよ!何も取って食おうってんじゃないんだからさ!!ちょーっとあんたが盗んだ物資について聞きたいだけよ!!!」
息も絶え絶えに走る少年に平然と話しかける女の声に、少年は焦りつつも頭を回す。
(バレてる!?いや、物を取った時は視線を感じなかった!ヤマ勘で声をかけてるか、何か俺の挙動に怪しさを感じてカマをかけている可能性が高い!!それなら…)
体力も限界に近く、半ば賭けに出るよな心持で少年はその場に立ち止まり、女の方を振り返る。集会場で見たばかりの女ハンターは、汗一つかくことなく、少年の目の前にいた。
「な、何を言われているのか、はあ、はあ。わかりかねます。ご覧の通り僕は一個しか箱を持っていません。」
「別にいいわよ。取り繕わなくて。だいたい、やましいところがないなら逃げる理由もないわ。」
「はあ、はあ。この町では、やましいいことがあろうとなかろうと、余計なリスクは避けます。僕もそうして逃げて逃げて、生きてきましたから。」
「そ。別にあんたの過去に興味なんてないけど、不思議な生き方ね。あんた、使える側でしょ?おそらく具現化系の能力者で、手に取ったものを別空間に置いておけるような。わざわざこんな場所じゃなくても生きていけるでしょうに。」
その女の発言は、今日最大の衝撃を少年に与えた。
(俺のチカラがバレてる!?使える側?グゲンカ?知らないワードだが、この女には俺のチカラがバレている!!今一番重要なのはそこだ。どうする…?逃げ切るのは現実的じゃない。口八丁でごまかし切れるか…?)
「沈黙は肯定だと受け取るわよ。で、何でわざわざ使える側のあんたがこんなことしてるわけ。」
「…使える、という言葉の意味が分かりませんが。それに、別空間?そんなフィクションに出てくるような話をされても、僕には心あたりがありませんが。」
「今さら取り繕っても無駄…、いや待って、無意識に発動している能力の可能性がある?だとすると、先の身体能力もそこそこだったし…」
そういうと、目の前の女ハンターはぶつぶつと考えだす。しかし少年への注意は少しも減ることなく、少年はそこで立ち尽くすしかなかった。少しして、何かを決めたように女は顔を上げると、少年に向き直った。
「よし、決めた!あんた、あたしと来なさい!!」
「はあ!?」
突然のあまりにも傲慢な発言に少年は驚きを隠せない。
「あんた、やっぱり使える側でしょ。それも無意識に念を発動できるほどの素養を持っている。」
「だから使える側ってなんだ!?それと、何で今日が初対面の奴についてかなくちゃいけない!!」
「ほんとに何も知らないのね。ほらこれ見える?」
そう言って女が右手の人差し指を宙に向ける。少年の目には薄いもやのようなものが数字の1を形づくっているのが分かった。それは次は数字の2へ。その次はハート形、星型へと次々と形を変えている。彼女の質問への回答はイエスであるが、少年は相手の質問には答えず、黙秘を貫いたままこの場を切り抜ける手段を探し続けている。彼にとっては、目の前の彼女に関わる理由も、この町から出る理由もないからだ。
「…さっきも言ったけど、沈黙は肯定と受け取るわ。まあ、返答が能力発動のキーになる場合もあるから、あんたの行動自体は間違っていないのだけれど、そんなことを警戒しているようにも見えないし。それに、無能力者を装うなら、オーラの移動に合わせて目を動かしちゃだめよ。あんたの能力についても、これから説明してあげる。どう?話くらいは聞いてもいいんじゃない?」
話ながらも相手の指先を警戒していた少年は、もやのようなものが次々に別の者へ形を変えることをついつい目で追ってしまっていた。
「!?」
ことここにいたり、少年は逃亡を諦め、彼女の話を聞く姿勢を見せた。それは今までの数多の逃走に置ける初めての敗北であり、彼が、新たな道を歩き出すための第一歩だった。
「あたしはメンチ。さっきのクソ長い演説で聞いてたでしょうけど、美食ハンターよ。」
「…レミー。生まれがどこかは知らないが、記憶にある限りはずっとこの町で生きてきた。」
そ、よろしく、なんて挨拶もそこそこに話をはじめるメンチに、レミーは自身に降りかかった災難を改めて自覚するのであった。
よろしくお願いします。