明けた夜に(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
研修1日目はあっけなく終わった。
「……なんか意外とあっけなかったな」
「そうですね」
男の言葉にさやかは頷く。不穏な動きに敏感になり過ぎたせいか、研修は拍子抜けするくらいいたって「普通」のものだった。警察学校の座学に毛が生えたくらいの。
「まさかここまで基本中の基本を聞かされるとは思わなかったわ、マジ税金の無駄遣い…」
「おい、美樹、そりゃ言い過ぎだぜ」
そう言いながらもニヤニヤと同僚は笑う。どうにもこの男は軽薄だ、とさやかは思った。そして誰かに似ていると。本庁の大会議室をパテーションで区切った室内には十数名ほどしか刑事はいない。美樹さやかと同僚の男以外は皆、他府県の刑事だった。
「もしかして、すでに内命は出ているのかもな…」
男が呟く。確かに、とさやかは頷いた。見極め研修ならもっと派手な内容(あるいは秘密裏な)になるはずだ。ここまでありきたりだと、この研修はもはやただの形式だと言わざる終えなくなる。だとしたら――更に美樹さやかが異動する可能性は高いといえる。何故なら、ただの形式であるにも関わらず、敢えてこの研修を公休返上で受けるはめになっているのだから。はあ、とさやかが大きくため息をついた。
「おいおい、今更気にしても遅いぜ」
「まあ、そうですけど…痛っ!」
さやかが顔をしかめる、男に背中を思い切り叩かれたのだ。
「何すんですか!もう!」
「せっかくだからさ、飲みに行こうぜ?」
「はあ?」
と、気付けば男の背後に数人のスーツ姿の男が立っていた。皆刑事だ。飲み要員…?確か休み時間に二言三言談話した連中…さやかが訝しげに見つめると、男が得意げにニヤリと笑った。
「すでに話しはつけてあるんだ、めっちゃいい店があるらしいぜ」
「早!」
左手の親指をGJと言わんばかりに立てて、ウインクをするチンピラ風の男。ああ、とさやかは気付いた。この男はどこか自分に似ているのだと。
それから、数分後、さやかと同僚、そして同行の志である刑事一向は、出張先のホテルの近くにある繁華街へ向かった。すでに日が傾きかけ、街の明かりが華やかになりはじめた頃だ。夕焼け色と、色鮮やかな街の明かりが気持を高揚させる。渋い老舗の居酒屋や、新規のカジュアルなお洒落な飲み屋、スナック、あらゆる飲み屋が混在しているこの一帯はさやかの気分も明るくさせた。いい年になってもなお、わくわくしてくる。周囲もそうなのだろう、ついてきた刑事もきょろきょろと店を見まわして、「これは許可を取っている店」だの、「ここはガサ入れされた店」だのと意気揚々と語っている。仕事柄、どうしても風俗店の話になる傾向が多いのだが、この刑事達は生活安全課なのだろうか、とふとさやかは思った。
「ここ、前の出張の時も通りましたよね」
「お、美樹よく覚えてんな、そうなんだよ、ここの二次会で使った店がよくってさあ」
「二次会?」
以前の出張ではさやかは一次会まで参加して、二次会はパスした。疲れていたというのもあったが、どうせ仲間が行くのは風俗だろうと思って遠慮したのだ。いちいち付き合っても面白いとは思えないし、もし相方に知られたら、そっちの方が怖い。と、同僚の足が止まり、「ここ、ここ」と得意げに指差した。
「え、ちょっと、しょっぱなこの店なの?」
「そうだよ、悪い?」
「いや…悪くは無いけど」
目の前には繁華街の中でも際立って華やかな店がどどん、と威風堂々立っていた。さやかの口元がひきつる。
「ここ、キャバクラじゃない!」
この界隈では有名なキャバクラだ、しかも警察を初めとする公安関係職員御用達の。同僚は「それが?」と言う様に肩をすくめる。相変わらず軽薄だ。
「おいおい、別にいいじゃん、どうせ、そんなにメシは食わないし、酒飲むんだったらここだろ?」
男の言葉に、うんうん、と頷く数名の刑事。
「そりゃ、まあ…」
男の言う事は一理ある、わざわざ居酒屋で飲んで、どうせこの店にくるなら、さっさと目的の店で飲んだ方がいい。
躊躇しているさやかを見て勘違いしたのか、男はニヤリと笑った。ポン、ポン、と気易く肩を叩くと頼んでも無いのに語りだす。
「なあ、美樹、考えてもみろ、この店は女性は入場料無料だし、コストもかからない、しかも最初から目的の店に入るから時間も短縮される…」
「う、うん…」
「それに、お前いつも彼氏こと心配してんだろ?大丈夫だって、ここはホストクラブじゃないし、キャバクラだ。男だらけって訳じゃないし彼氏だって怒らないって、な?」
「か、彼氏じゃありません、てか男とか!」
そこは納得いかないのか、さやかが反論しようと口を開いた途端、
「よし、決まり決まり!」
わあ、と歓声があがり、複数のスーツ姿の男に混ざってさやかも店に吸い込まれていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
…まあ、いいか
確かに相方に怒られる事をする訳でもないし、酒を飲むだけだ――そうさやかは考えた。
…だが、美樹さやかのこの考えはとてつもなく……甘かった。
そう彼女の考えは甘かった…笑
不穏しかない…