明けた夜に(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
休日
ピピピ…
軽快な電子音が耳元で鳴り響いたので、美樹さやかは片方の目だけを開けてサイドテーブルへ手を伸ばした。己の髪と同じ色の携帯を取ると、のろのろと緩慢な動きで携帯を操作する。
「ん…」
白いベッドにごろりと仰向けになったまま、携帯を取った手だけ天井へ向けしかめ面を浮かべているさやか。その姿はいつものタンクトップとショートパンツで。寝相が悪かったのだろう、健康的な肢体はすべてシーツからはみ出ており、その蒼い髪にはひどい寝ぐせがついていた。
ようやく音が収まり、さやかはやや乱暴に携帯をサイドテーブルへ置くと、呻き声をあげながら身体を横へ向けた。そこにはもう一人分のシーツの膨らみがあって。さやかはその膨らみに当たり前のように頭を預けて気持良さそうに目を瞑る。しばらくして膨らみがもぞもぞと動きだした。
「ちょっと……」
艶のある声とともに、シーツからぴょこ、と頭が出てくる。やや乱れた長い黒髪に気だるげな不機嫌そうな表情の女性。こちらもまだ眠いのか、目を瞑ったままだ。ゆっくりと目を開けて、己の胸あたりに頭を預けている蒼い髪の女性をじろり、と睨んだ。神秘的なアメジストの瞳。女性は恐ろしいほど――美しかった。黒髪の女性は白い細い腕をシーツから出して、ぼさぼさの蒼い髪に指を絡める。不機嫌そうな表情の割にその仕草は存外優しかった。えへへ、と目を瞑ったまま蒼い髪の女性が大人らしからぬ笑みを浮かべる。まるで主人に撫でられて喜んでいる忠犬のようで。はあ、とため息をつきながら、黒髪の女性はほんの少しだけ身じろぎして、蒼い髪の女性の方へ身体を傾けた。シーツからその華奢で白い肢体が露わになる。彼女もいつものようにキャミソール一枚を身に纏って夜を過ごしていた。肩紐がずれているのが煽情的だ。しばらく蒼い髪の女性の頭を撫で続ける。
「……仕事行かなくていいの?」
「ううん…今日休みだったんだけど…」
どうやらうっかりして携帯のアラームをセットしたらしい。黒髪の女性は失笑して「馬鹿ね」と囁いた。そうして今度は大きく身じろぎする。蒼い髪の女性もそれに合わせて動き、互いに申し合せたように横向きで寄り添いあう。小柄な黒髪の女性の胸に蒼い髪の女性が頭を預ける形で抱き合った。どうやら主導権は常に小柄な黒髪の女性が握っているらしく。だが二人にとってはそういうことは問題ではないようだ。その証拠に二人とも気持ち良さそうに目を瞑り互いの体温や肌と肌の心地よさを味わっている。蒼い髪の女性が腕を伸ばし、黒髪の女性の腰を抱きながら名前を呼んだ。
「ほむら」
「なあに?」
「……こういうのもいいね」
「こういうのって?」
黒髪の女性はニヤリ、と笑みを浮かべ、行儀悪く左脚を蒼い髪の女性の腰に乗っける。ぐえ、と声をあげるさやか。ほむらの白い脚が露わになる。
「ちょっとぉ…」
「抱き心地がいいか確認しなきゃ」
くすくすと笑いながらほむらが囁く。そうしてじゃれあうようにしてもつれ合う。楽しげな笑い声、犬と猫がじゃれるように所作の異なる二人が互いの身体を擦り寄せる。そうして気持良さそうに目を瞑った。しばらくして上になった黒髪の女性が囁く。
「さやか」
「何?」
「やっぱりこれがいいわ」
そうして、ほむらはさやかの頬を抑えると、ゆっくりとその唇に自分の唇を押し付けた。ただ触れるだけのキス。そうして、少しだけ顔を離し、じい、と赤くなった蒼い髪の女性をほむらは見下ろす。「どう?」といいたげに小首をかしげながら。さやかは手を伸ばし、気まぐれな悪魔を下から掴まえ囁いた。
「私もこれがいい」
さやかの囁きが嬉しくて、ほむらは目を細めた。
「やっぱり?」
そうしてほむらが再びさやかの唇へキスをする。今度は本格的なキスらしく、そのまま唇を開くとさやかの口を咥えた。さやかはほむらの腰を抱いたまま、もう片方の手でシーツを引きあげようとする。だがなかなかうまくいかず、もどかしげにしていると、ほむらの白い手がそのシーツに添えられた。共同でシーツを引きあげ、互いの身体を隠す。シーツの中で二人分の膨らみはもぞもぞと動き、そして囁くような笑い声の後、静かになった。
* * *
陽光の中、静まりかえったベッドの横で軽快に着信音が鳴る。
「ん…?」
シーツがもぞもぞと動き、そこからさやかがひょこり、と姿を現わした。何も身に纏っていない。蒼い髪は乱れた後だからかぼさぼさで。その肢体の背後から白い手が伸び、黒髪の女性も姿を現した。こちらも同様に何も身に纏っていなかった。さやかを後ろから抱きかかえたまま、その背中に顔をつけ黒髪の女性は目を瞑る。まるで高級な猫のようだ。
「……どうしたの?」
「うん、電話みたい、誰だろ」
そうしてさやかはサイドテーブルへ顔を寄せ、「あ」と声をあげた。振動していたのは紫の携帯の方、相方の方だ。
「あんたの携帯よ」
「え?」
ほむらが少しだけ驚きを見せながら、さやかの背中から顔を離す。二人の携帯の着信音はお揃いらしい。
「…誰かしら」
ほむらは上体を起こすと長い黒髪を梳いた。彼女の長年の癖だ。そのままさやかの上から身を乗り出して携帯を取ろうとする。ニヤリとさやかが笑い、ほむらの脇を軽くつねってからかう。すかさず、パチン、とほむらがさやかのおでこを叩いた。「痛い」と唸る相方をよそに黒髪の美女は携帯を覗いた。そこには彼女の大学時代の教官の名前があった。
「もしもし、暁美です…佐藤教授?」
ほむらの恩師のことはさやかもよく知っており、随分と世話になっている。時折相方と教授は食事やお茶を共にし、語らいを楽しむところから、きっとこの電話もそうだろう、とさやかは思った。ふわあ、とあくびをし、気持良さそうに目を瞑ると電話をしているほむらの下でもぞもぞ動き、ぴったりとほむらの腰に頭を寄せまた眠りについた。
「え…?はい…ええ…」
珍しく動揺している相方の声で、さやかはまた目を開ける。どうしたんだろう、と言う様にほむらを見上げた。美しい相方は、形のいい眉を寄せ、目を細め静かに電話の向こうの主の言葉を聞いている。その長い睫毛の下のアメジストの瞳にさやかはただ見惚れていた。
しばらくして、向こうの言葉が途切れたのだろう、すかさずほむらが「あの」と言葉を入れた。珍しいとさやかは思った。
「さやかも…連れてきていいですか?」
え、とさやかは内心驚いた。一体どういう内容の話なのだろうと訝しがる。と、ほむらの手が伸び、さやかの頭を撫で始めた。
「……はい、わかりました、じゃあまた」
しばらくして携帯をおろすと、ほむらはふう、とため息をついた。その手はまださやかの頭を撫でていて、どうやら無意識下のようだ。不思議そうにさやかはほむらを見つめた。
「…どうしたのさ?なんか…あった?」
「一緒に来て」
「…え…って、んと…今日のあんたと教授のお茶会に?」
そう、今日の午後、ほむらは教授といつもの喫茶店で会う予定だ。
「ええ」
何か考え事をしているようで、ほむらは窓を見ながら頷いた。いつも教授と会う時は楽しそうにしているのに、どうしたことだろうとさやかは今度は心配になる。
「大丈夫?……何か言われたの?」
「紹介したいって」
「え」
ほむらはゆっくりと顔をさやかに向けた。その瞳は動揺で揺れていて。
「紹介したい人がいるって…」
勢いよくさやかが身体を起こした。
「それって、男?女?」
「わからないわ、ただそう言われただけよ」
「私も行くわ」
そう言うと、さやかはベッドから降りようとする。ほむらの手が伸びてさやかの腕を捉えた。振り返ってほむらを見つめるさやかの表情は、まるで仕事前の様に緊張していて。思わずほむらは吹き出した。蒼い髪の相方の動揺が激しすぎて、どうやら本人の方はかえって安心した様だ。
「ねえ、男だったらどうする?」
「殺すわ」
「物騒ね」
くすくすとほむらは身体を震わせて笑い続ける。そうしてさやかの肩に頭を預ける。さやかの手がほむらの背中に回された。
「まだ時間はあるのよ?」
ほむらの囁きに、さやかはサイドテーブルの携帯を見る。時刻は1130分、ほむらと教授の約束の時間までまだ2時間30分。
「それなら…」
言葉を続けることができないのか、さやかはもどかしそうに、ほむらを押し倒す。ほむらの長い黒髪がシーツにひろがった。ニイ、と口元を緩める黒髪の美女。切羽詰まった表情で上に圧し掛かる蒼い髪の女性。
「乱暴ね、うちの犬は?」
「そうよ…」
悪い?と「飼い犬」が伺うと、「飼い主」はただ首を振ってその頭を抱き寄せた。
今度はシーツを被らずに、二人は「行為」をはじめた――。