ムーンライター 辺境の鍛冶屋   作:紅河

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第14話 変わらぬ日常

 ある昼下がり。

 鍛冶屋『たまはがね』の店番をしていた時だ。

 ドアが勢いよく開かれ、「ムーンライターはご在宅かー!」と大声が店内を駆け巡る。

 

「そんな大声出さなくても分かりますよ……」

 

 商品に目もくれず、とあるお客様が俺の前へとズカズカと歩を進めてくる。そして、こう告げた。 

 

「是非とも、私のために刀を作ってもらいたい!」

 

 金髪で容姿端麗。白色の鎧に身を包んだ、女性騎士さん。胸には銀等級の証がぶら下げており、腰にはツーハンデッドソード、いわゆる長剣が携えられている。確か、重戦士さんのところの一党メンバーだっけか。

 

「ご依頼ってことで良いんですか?」

「ああ。頼む」

 

 彼女の目ははしゃぐ子供のように凛々と輝いている。よほど刀というものが気になるのだろう。

 

「オーダーメイドってなると、買うよりお金かかりますよ?」

「構わない。これで足りるか?」

 

 ドン!と決して小さくない金袋が会計テーブルへ置かれた。

 中身を確認すると、これでもかと銀貨や銅貨が詰められている。

 

「十分すぎるほどですね、こんなに良いんですか?」

「構わない。この前のクエストでたんまりと報酬金は頂いたからな」

「羽振りの良い、依頼主だったんですね」

「そんなところだ」

 

 ひとまず、金勘定は後回し。

 この人の話を聞こう。

 

「それで、どんな刀がご所望で?」

「そうだな……。ムーンライター、君に任せたい」

 

 ええ!? マジかよ。

 そういうオーダーが一番面倒なんだけど……。参ったなぁ。仕方ない…やるか。

 

 俺は商品棚から、いくつか品を見繕う。

 通常サイズの刀、太刀、大太刀、打刀、長巻。

 計、5種類。この人の好みは長剣くらいだとは思うんだけど、念のためね。

 

「種類があるのだな」

「細かく言えばもう少しあります」

「ほほう」

 

 女騎士さんが顎に手を当て、食い入るように凝視する。

 

「手に持っても?」

「構いませんよ」

 

 俺がそういうと、女騎士さんは片っ端から刀を物色し始めた。

 重さ、手軽さ、振り、手触り、試しながら肌に合うものを物色し始めた。冒険者としての長年の勘を頼りに品を見定める。

 

「これくらいがいいな」

 

 差し出したのは大太刀だった。

 やっぱ、こんくらいか。

 

「これより、少しばかり短くは出来るだろうか?」

「というと?」

「私には少々長くてね。出来れば太刀より長く、それでいて」

「大太刀より短くですか」

 

 というと、女騎士さんがそうそうと同意してくれた。

 

「それくらいなら出来ますよ」

「本当か!?」

「ええ」

「それで頼む」

 

 俺は「分かりました」とだけ言い、会計の棚から紙と羽ペンを取り出し、早速刀の設計へと取り組んだ。

 

「どれくらいで仕上がる?」

「2週間ちょっとですかね」

「そんなにか」

 

 ん? ちょっと待てよ? 確か材料って……。俺に一抹の不安がよぎる。

 

「ちょっと、待ってて下さいね。材料確認してきますので……」

 

 あっ! やっぱり!

 俺が倉庫へ確認しに行くと、小袋程度しか残っていなかった。これだけじゃ足りないな……。この前、急な武器の打ち直し依頼が来てそれに使ってたかぁ……。やってしまったなぁ。これはギルドで取り寄せるしかない。

 

「どうした? そんな大きな声を出して」

「刀の材料切らしてたみたいです……」

 

 俺の発言に、あからさまに落ち込む女騎士さん。

 こればっかりはなぁ……。

 

「す、すみません」

「材料がないのであれば仕方ない。材料を取り寄せるとして、期間はどれくらいになる?」

「そうですねぇ……。製作込みも鑑みると、4週間くらいですかね」

「な、長いな」

 

 俺はすぐさま製作に取り掛かれないことに、心から申し訳ないなと思った。

 すると、そんな俺の態度に女騎士さんは笑顔でこう言った。

 

「なら、最高なものを頼むぞ?」

「っ! ま、任してください!」

 

 俺はドン! と胸を叩いた。

 女騎士さんは軽く手を振り、店を立ち去って行った。

 ギルド行ってくるかー。今、お昼時だしな。丁度いいか。

 

 俺は支度を済ませ、店を後にした。

 店の扉にはclosedの看板を掛けておいた。これで人が来ても安心だ。数時間店を閉めるだけ。さてとギルドに向かおう。

 俺は自然と足早に歩いて行った。

 

 俺の家は街外れにあり、一度街の入口付近まで行かなきゃギルドへは向かえない。ちょっとだけ面倒だ。

 街の入口のそばを通りかかったところで、赤髪の女性と見慣れた甲冑男の姿が目に入った。リアカーを引いており、どうやら帰宅途中のようだ。

 

「あっ! こんにちは~」

 

 俺が声を掛ける前に、赤髪の女性が話しかけてくる。

 

「ど、どうも」

「なんだ、こいつを知っていたのか」

「うん! この前、ギルドに納品しに行ったときに知り合ったんだよ~」

「そうか」

 

 なんか、ゴブリンスレイヤーの口調がいつもより明るいような……? 俺の気のせいかな。

 

「2人はどのようなご関係で? もしかして、恋人だったり?」

「ん? そうだよ~」

 

 彼女が俺の質問に満面の笑みで答えた。

 好意を隠そうともしてない様子だった。

 

「違う……」

 

 ど、どっちだ?

 少なくとも、この農場の子はゴブリンスレイヤーのことが好きな様子だ。だって、顔が赤いもの。ゴブリンスレイヤーはこの娘のことを、どう想っているのかは知らないけど。顔は兜で見れないし。

 

「ゴブリンスレイヤー。今日は仕事じゃないのか?」

「この人にはね、農場の手伝いをお願いしてるんだ~」

 

 そうなのか。

 そういえば、知り合いの農家の家に世話になっていると話していたな。

 俺はゴブリンスレイヤーに近づき、肩に手を回す。

 

「お前もすみにはおけないな」

「…………」

「そこで黙るのかよ……」

 

 長年、こいつと仕事をしてきて分かったことがある。困ると沈黙してしまうということだ。これはゴブリンスレイヤーの癖なのだろう。

 俺は2人に別れを告げ、先へ急ぐことにした。

 

 別れてから数十分後。何事もなくギルドへ到着。ところが、俺の足は止まることになる。なぜなら……。

 

「ムーンライター! 何してるのー!」

 

 騒がしい人に声を掛けられたからだ、入口付近で。後ろを振り向くと、トコトコと手を振りながらその人はやってくる。

 

「こんにちは、妖精弓手さん」

「あれ? 今日は仕事じゃなかった?」

「そうなんですけど、武器の材料が切れちゃいまして」

 

 俺は後頭部に手を当て、はにかみそうに彼女に告げた。

 

「それでギルドに?」

「はい。お取り寄せをお願いしようと」

「鍛冶屋も大変なのね~」

「まぁ、好きでやってることなので」

 

 俺がそう言うと、「あっそうだわ!」と彼女が手をあわせておもむろに口を開いた。

 

「ムーンライターさえ良ければさ、私の部屋の片付け手伝ってくれない?」

 

「無理です」

 

 俺はきっぱり断った。「そうだよねぇ…」と肩をガックシ落としている。なんか悪いことしてる気分になるな……。

 

「今度の休みの日になら手伝いますよ」

「ホントに!?」

 

 妖精弓手さんの目が凛々と輝いている。まるで宝石のように。

 

「片付けはまたということで」

「分かったわ。そのときはお願いね」

「はい」

「それじゃねー」

 

 妖精弓手さんは風のようにその場を立ち去ってしまった。

 

「好きなように生きてる人だなぁー」

 

 彼女みたいに好きに生きることが人間にとって、幸せなことなのかな。そんなこと言ったら俺もか。

 と、人生観の思案はここまで!

 仕事に移らんと。

 俺はギルドの扉をゆっくりと開ける。

 

 そこには人が各々の時間を過ごしていた。遅い食事を取ったり、今後の相談をしたり、様々だ。

 もう昼過ぎだしな。この時間帯は人の往来が激しくない。いいね、こういうので良いんだよ。こういうので。

 さてさて、受付へ行こう。

 

「ムーンライターさん、何かご用ですか?」

 

 金髪の受付嬢さんが俺の相手をしてくれた。

 相変わらず、営業スマイルが美しいことで。

 

「ちょっと、素材の在庫が切れてしまいまして……」

「いつものお取り寄せで大丈夫ですか?」

 

 俺は素材が切れるたびに、ギルドに取り寄せを依頼している。普段はロングヘアーの受付嬢さんが対応してくれるが、今日はどうやら非番らしい。ゴブリンスレイヤー担当のこの人にもお世話になってはいるが、たまに程度。

 彼女はテキパキと仕事をこなしていく。緻密な仕事ぶりに思わず感心してしまう。

 

「はい。お願いします」

 

 そう言うと申請書類を俺に手渡してくる。

 サラサラと筆を進ませ、必要なものを記載していく。これは刀の材料である砂鉄を水の都から取り寄せるための物だ。

 あっ、そうだそうだ。これも出しておかないと。

 俺は持ってきていた金袋をテーブルの上にコトンと置いた。

 

「代金はこれで足りますか?」

「確認致します。はい、問題ありません」

 

 よし。無事に申請完了。

 あとは届くのを待つだけだな。

 それまでは冒険者としての仕事を主にこなしていく形になるか。今後の方針は決まったな。

 ああ、あと妖精弓手さんの弓の修繕だったな。あれは今日中に終わらせてしまおう。

 

「それじゃ、俺はこれで」

「はい。お疲れ様でした」

 

 受付嬢さんに別れを告げ、その場を立ち去る。

 用事もすんだことだし、ゆっくりと街の散歩でもするか。

 次の予定を定め、俺が扉に手を掛けた瞬間、ドアノブが回りだす。

 

 俺の目の前に現れたのは2人の冒険者だった。

 1人は槍を携え、髪は短くまとめあげられ鎧を着込んでいる。顔立ちのよい青年。

 もう1人は杖を持ち、黒い帽子を被りこれまた容姿端麗と言って差し支えない美女。

 なんとも美しい2人組だ。

 

「よぉ! ムーンライター」

「どうも」

 

 俺は2人に軽い会釈をする。

 

「今日は、他の人達と、一緒じゃないの?」

「ええ。今日は鍛冶屋なので」

「お前、二重労働なんてよくやるよなぁ。感心しちまうぜ」

「もう慣れましたし」

 

 世間話をしていると通行の邪魔だからと、一旦ギルドの中へ戻ることに。

 どうやら話を聞くと、2人は商人の護衛任務だったらしい。何事もなく、無事に送り届け戻ってきたようだった。

 

「お前はこれから帰りか? それともクエストか?」

「帰りですよ。今日は鍛冶屋の依頼で来ただけなので」

「大変そう、ね?」

「楽しくやってるんで、それじゃ俺はこれで」

 

 俺は2人に手を振りその場を去る。

 今度のクエストも2人は冒険(デート)をするんだろうなぁ。俺も恋人を作るべきかな。でも、どうやって作るんだ?

 くだらないことを頭に過らせつつ、ギルドを後にした。

 

 陽気な春の空に、小鳥がせせらぎと合唱しているように鳴く。世界には魔物がいるということを忘れてしまうほど、のどかな陽気だ。

 今年の新人冒険者達はどれくらい生き残るのだろう。人生のピリオドが打たれるのか、はたまたチャンスを物にするのか。それは神のみぞ知る。

 

 俺の足は亀が乗り移ったかのように道中を歩き始めた。ゆったりと進むこの時間が俺は堪らなく好きだ。普段見る景色ではあるが、こうやって進むのも悪くはない。

 次の武器は何を作ろう。依頼されたものは当然として、槍でも作ってみるか? いや、大きめの刀にしようかな。

 

 そう歩きながら次の思案を進めていると、あっという間に自宅前の通りへ差し掛かった。

 そしたら、横から低いが、頼もしい力のこもった声で話しかけられた。

 振り向くと、鉱人道士さんと蜥蜴僧侶さんだ。

 

「今日はよく人に会う日だなぁ」

「ん? 何か仰いましたかな?」

「いえいえ、なんでも。お二人は散歩ですか?」

「いや、なに。釣りでもしようかと思うての」

 

 そう言うと、二人の手には釣竿と捕獲用とおぼしき篭が握りしめられている。

 

「釣りですか」

「月の字もどうじゃ?」

 

 誘いに乗りたいところだけど、店番があるしなぁ。申し訳ないけど……。

 

「すみません。まだ店番があるので」

「そうかそうか。頑張っとるのぉ」

「ならば仕方ありませぬな」

 

 別れの挨拶を済ませ、2人は川のほうへと歩いていった。彼らの釣果が良いことを願おう。俺は仕事に戻るとするか。

 


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