ある昼下がり。
鍛冶屋『たまはがね』の店番をしていた時だ。
ドアが勢いよく開かれ、「ムーンライターはご在宅かー!」と大声が店内を駆け巡る。
「そんな大声出さなくても分かりますよ……」
商品に目もくれず、とあるお客様が俺の前へとズカズカと歩を進めてくる。そして、こう告げた。
「是非とも、私のために刀を作ってもらいたい!」
金髪で容姿端麗。白色の鎧に身を包んだ、女性騎士さん。胸には銀等級の証がぶら下げており、腰にはツーハンデッドソード、いわゆる長剣が携えられている。確か、重戦士さんのところの一党メンバーだっけか。
「ご依頼ってことで良いんですか?」
「ああ。頼む」
彼女の目ははしゃぐ子供のように凛々と輝いている。よほど刀というものが気になるのだろう。
「オーダーメイドってなると、買うよりお金かかりますよ?」
「構わない。これで足りるか?」
ドン!と決して小さくない金袋が会計テーブルへ置かれた。
中身を確認すると、これでもかと銀貨や銅貨が詰められている。
「十分すぎるほどですね、こんなに良いんですか?」
「構わない。この前のクエストでたんまりと報酬金は頂いたからな」
「羽振りの良い、依頼主だったんですね」
「そんなところだ」
ひとまず、金勘定は後回し。
この人の話を聞こう。
「それで、どんな刀がご所望で?」
「そうだな……。ムーンライター、君に任せたい」
ええ!? マジかよ。
そういうオーダーが一番面倒なんだけど……。参ったなぁ。仕方ない…やるか。
俺は商品棚から、いくつか品を見繕う。
通常サイズの刀、太刀、大太刀、打刀、長巻。
計、5種類。この人の好みは長剣くらいだとは思うんだけど、念のためね。
「種類があるのだな」
「細かく言えばもう少しあります」
「ほほう」
女騎士さんが顎に手を当て、食い入るように凝視する。
「手に持っても?」
「構いませんよ」
俺がそういうと、女騎士さんは片っ端から刀を物色し始めた。
重さ、手軽さ、振り、手触り、試しながら肌に合うものを物色し始めた。冒険者としての長年の勘を頼りに品を見定める。
「これくらいがいいな」
差し出したのは大太刀だった。
やっぱ、こんくらいか。
「これより、少しばかり短くは出来るだろうか?」
「というと?」
「私には少々長くてね。出来れば太刀より長く、それでいて」
「大太刀より短くですか」
というと、女騎士さんがそうそうと同意してくれた。
「それくらいなら出来ますよ」
「本当か!?」
「ええ」
「それで頼む」
俺は「分かりました」とだけ言い、会計の棚から紙と羽ペンを取り出し、早速刀の設計へと取り組んだ。
「どれくらいで仕上がる?」
「2週間ちょっとですかね」
「そんなにか」
ん? ちょっと待てよ? 確か材料って……。俺に一抹の不安がよぎる。
「ちょっと、待ってて下さいね。材料確認してきますので……」
あっ! やっぱり!
俺が倉庫へ確認しに行くと、小袋程度しか残っていなかった。これだけじゃ足りないな……。この前、急な武器の打ち直し依頼が来てそれに使ってたかぁ……。やってしまったなぁ。これはギルドで取り寄せるしかない。
「どうした? そんな大きな声を出して」
「刀の材料切らしてたみたいです……」
俺の発言に、あからさまに落ち込む女騎士さん。
こればっかりはなぁ……。
「す、すみません」
「材料がないのであれば仕方ない。材料を取り寄せるとして、期間はどれくらいになる?」
「そうですねぇ……。製作込みも鑑みると、4週間くらいですかね」
「な、長いな」
俺はすぐさま製作に取り掛かれないことに、心から申し訳ないなと思った。
すると、そんな俺の態度に女騎士さんは笑顔でこう言った。
「なら、最高なものを頼むぞ?」
「っ! ま、任してください!」
俺はドン! と胸を叩いた。
女騎士さんは軽く手を振り、店を立ち去って行った。
ギルド行ってくるかー。今、お昼時だしな。丁度いいか。
俺は支度を済ませ、店を後にした。
店の扉にはclosedの看板を掛けておいた。これで人が来ても安心だ。数時間店を閉めるだけ。さてとギルドに向かおう。
俺は自然と足早に歩いて行った。
俺の家は街外れにあり、一度街の入口付近まで行かなきゃギルドへは向かえない。ちょっとだけ面倒だ。
街の入口のそばを通りかかったところで、赤髪の女性と見慣れた甲冑男の姿が目に入った。リアカーを引いており、どうやら帰宅途中のようだ。
「あっ! こんにちは~」
俺が声を掛ける前に、赤髪の女性が話しかけてくる。
「ど、どうも」
「なんだ、こいつを知っていたのか」
「うん! この前、ギルドに納品しに行ったときに知り合ったんだよ~」
「そうか」
なんか、ゴブリンスレイヤーの口調がいつもより明るいような……? 俺の気のせいかな。
「2人はどのようなご関係で? もしかして、恋人だったり?」
「ん? そうだよ~」
彼女が俺の質問に満面の笑みで答えた。
好意を隠そうともしてない様子だった。
「違う……」
ど、どっちだ?
少なくとも、この農場の子はゴブリンスレイヤーのことが好きな様子だ。だって、顔が赤いもの。ゴブリンスレイヤーはこの娘のことを、どう想っているのかは知らないけど。顔は兜で見れないし。
「ゴブリンスレイヤー。今日は仕事じゃないのか?」
「この人にはね、農場の手伝いをお願いしてるんだ~」
そうなのか。
そういえば、知り合いの農家の家に世話になっていると話していたな。
俺はゴブリンスレイヤーに近づき、肩に手を回す。
「お前もすみにはおけないな」
「…………」
「そこで黙るのかよ……」
長年、こいつと仕事をしてきて分かったことがある。困ると沈黙してしまうということだ。これはゴブリンスレイヤーの癖なのだろう。
俺は2人に別れを告げ、先へ急ぐことにした。
別れてから数十分後。何事もなくギルドへ到着。ところが、俺の足は止まることになる。なぜなら……。
「ムーンライター! 何してるのー!」
騒がしい人に声を掛けられたからだ、入口付近で。後ろを振り向くと、トコトコと手を振りながらその人はやってくる。
「こんにちは、妖精弓手さん」
「あれ? 今日は仕事じゃなかった?」
「そうなんですけど、武器の材料が切れちゃいまして」
俺は後頭部に手を当て、はにかみそうに彼女に告げた。
「それでギルドに?」
「はい。お取り寄せをお願いしようと」
「鍛冶屋も大変なのね~」
「まぁ、好きでやってることなので」
俺がそう言うと、「あっそうだわ!」と彼女が手をあわせておもむろに口を開いた。
「ムーンライターさえ良ければさ、私の部屋の片付け手伝ってくれない?」
「無理です」
俺はきっぱり断った。「そうだよねぇ…」と肩をガックシ落としている。なんか悪いことしてる気分になるな……。
「今度の休みの日になら手伝いますよ」
「ホントに!?」
妖精弓手さんの目が凛々と輝いている。まるで宝石のように。
「片付けはまたということで」
「分かったわ。そのときはお願いね」
「はい」
「それじゃねー」
妖精弓手さんは風のようにその場を立ち去ってしまった。
「好きなように生きてる人だなぁー」
彼女みたいに好きに生きることが人間にとって、幸せなことなのかな。そんなこと言ったら俺もか。
と、人生観の思案はここまで!
仕事に移らんと。
俺はギルドの扉をゆっくりと開ける。
そこには人が各々の時間を過ごしていた。遅い食事を取ったり、今後の相談をしたり、様々だ。
もう昼過ぎだしな。この時間帯は人の往来が激しくない。いいね、こういうので良いんだよ。こういうので。
さてさて、受付へ行こう。
「ムーンライターさん、何かご用ですか?」
金髪の受付嬢さんが俺の相手をしてくれた。
相変わらず、営業スマイルが美しいことで。
「ちょっと、素材の在庫が切れてしまいまして……」
「いつものお取り寄せで大丈夫ですか?」
俺は素材が切れるたびに、ギルドに取り寄せを依頼している。普段はロングヘアーの受付嬢さんが対応してくれるが、今日はどうやら非番らしい。ゴブリンスレイヤー担当のこの人にもお世話になってはいるが、たまに程度。
彼女はテキパキと仕事をこなしていく。緻密な仕事ぶりに思わず感心してしまう。
「はい。お願いします」
そう言うと申請書類を俺に手渡してくる。
サラサラと筆を進ませ、必要なものを記載していく。これは刀の材料である砂鉄を水の都から取り寄せるための物だ。
あっ、そうだそうだ。これも出しておかないと。
俺は持ってきていた金袋をテーブルの上にコトンと置いた。
「代金はこれで足りますか?」
「確認致します。はい、問題ありません」
よし。無事に申請完了。
あとは届くのを待つだけだな。
それまでは冒険者としての仕事を主にこなしていく形になるか。今後の方針は決まったな。
ああ、あと妖精弓手さんの弓の修繕だったな。あれは今日中に終わらせてしまおう。
「それじゃ、俺はこれで」
「はい。お疲れ様でした」
受付嬢さんに別れを告げ、その場を立ち去る。
用事もすんだことだし、ゆっくりと街の散歩でもするか。
次の予定を定め、俺が扉に手を掛けた瞬間、ドアノブが回りだす。
俺の目の前に現れたのは2人の冒険者だった。
1人は槍を携え、髪は短くまとめあげられ鎧を着込んでいる。顔立ちのよい青年。
もう1人は杖を持ち、黒い帽子を被りこれまた容姿端麗と言って差し支えない美女。
なんとも美しい2人組だ。
「よぉ! ムーンライター」
「どうも」
俺は2人に軽い会釈をする。
「今日は、他の人達と、一緒じゃないの?」
「ええ。今日は鍛冶屋なので」
「お前、二重労働なんてよくやるよなぁ。感心しちまうぜ」
「もう慣れましたし」
世間話をしていると通行の邪魔だからと、一旦ギルドの中へ戻ることに。
どうやら話を聞くと、2人は商人の護衛任務だったらしい。何事もなく、無事に送り届け戻ってきたようだった。
「お前はこれから帰りか? それともクエストか?」
「帰りですよ。今日は鍛冶屋の依頼で来ただけなので」
「大変そう、ね?」
「楽しくやってるんで、それじゃ俺はこれで」
俺は2人に手を振りその場を去る。
今度のクエストも2人は冒険(デート)をするんだろうなぁ。俺も恋人を作るべきかな。でも、どうやって作るんだ?
くだらないことを頭に過らせつつ、ギルドを後にした。
陽気な春の空に、小鳥がせせらぎと合唱しているように鳴く。世界には魔物がいるということを忘れてしまうほど、のどかな陽気だ。
今年の新人冒険者達はどれくらい生き残るのだろう。人生のピリオドが打たれるのか、はたまたチャンスを物にするのか。それは神のみぞ知る。
俺の足は亀が乗り移ったかのように道中を歩き始めた。ゆったりと進むこの時間が俺は堪らなく好きだ。普段見る景色ではあるが、こうやって進むのも悪くはない。
次の武器は何を作ろう。依頼されたものは当然として、槍でも作ってみるか? いや、大きめの刀にしようかな。
そう歩きながら次の思案を進めていると、あっという間に自宅前の通りへ差し掛かった。
そしたら、横から低いが、頼もしい力のこもった声で話しかけられた。
振り向くと、鉱人道士さんと蜥蜴僧侶さんだ。
「今日はよく人に会う日だなぁ」
「ん? 何か仰いましたかな?」
「いえいえ、なんでも。お二人は散歩ですか?」
「いや、なに。釣りでもしようかと思うての」
そう言うと、二人の手には釣竿と捕獲用とおぼしき篭が握りしめられている。
「釣りですか」
「月の字もどうじゃ?」
誘いに乗りたいところだけど、店番があるしなぁ。申し訳ないけど……。
「すみません。まだ店番があるので」
「そうかそうか。頑張っとるのぉ」
「ならば仕方ありませぬな」
別れの挨拶を済ませ、2人は川のほうへと歩いていった。彼らの釣果が良いことを願おう。俺は仕事に戻るとするか。