ムーンライター 辺境の鍛冶屋   作:紅河

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遅れてしまってすみません!


第16話 仕事日

 あれから4週間後。夏の暑い陽射しが顔出すようになってきた。嫌な季節になったもんだ……。

 

「よし。出来た」

 

 俺が手掛けていたのは女騎士さんから依頼されていた特注品であった。 

 俺は工房で出来上がった大太刀を手に持ち、刃を凝視する。日の光に照らされ、キラリと輝く刀に俺は思わず笑みを溢した。

 綺麗な波線。小さな弧線の中切っ先。美しい刃文。自分でここまで見事な刀を作れたのは始めてだ。女騎士さんも喜んでくれるだろう。

 おっと見とれてないで、次に移らねぇと。完成したのもつかの間、俺は別の作業へ移行した。

 

 鞘はサイズに合うものを事前に作っておいた。

 黒色の鞘なんだけど、気に入って貰えるかな。無理なら白色の方を渡そう。保険は大事だ。

 

 刀に鍔をはめて、次に切羽を付けて、黒色の束に刀をグッグッと押し込んでいく。よし、あとはこれを付ければ……。俺は小さな棒状の止め具を柄の上部分に嵌め込み、刀を完全に抑え込む。こうしないと、振った時にポーンッて飛んでいくんだよね。

 んで、鞘には紐を結ってある。これは腰に結い付けて、止めるよう。これで一先ず完成だ。

 期日前に何とか間に合った。あとは彼女が来店するのを待とう。

 

 

 

 依頼の刀が完成してから3日の月日が経っていた。今日は約束していた期日だ。何事もなければ彼女は来店することだろう。俺は店番をしながら、彼女の到着を待った。

 静かな店内。決して広くはない店内にちらほらと来客が品を見定めている。身なりからして、中級冒険者のようだ。まとまった防具に新調したであろう武器。ところが、一部の防具に傷が目立つ者もいる。お金を節約したいのだと推察出来た。

 となると、ここには次の武器候補でも見に来たのかな。それともただのウィンドウショッピングか。なんにせよ、店の名前を覚えて帰って貰えたら嬉しいな。

 

 俺が店主なりの小さな欲望を巡らせていると、店の扉の歯軋り音が轟く。新たな来客か。

 白に身を包んだ鎧騎士がずかずかと俺の方へ我が物顔で歩いてくる。誕生日にはしゃぐ子供みたいな目をしているな……。

 

「さぁ、私の刀は出来たのか?」

 

 女騎士さんだった。

 

「はい。もちろんです」

「おお! そうかそうか。で、どんな具合だ?」

「こちらになります」

 

 俺は受付テーブルの下から依頼品を彼女の前に差し出した。黒色の鞘に入った大太刀だ。一応、白色の鞘も置いてある。どっちかは女騎士さんに決めてもらおう。

 

「これが! 大太刀かぁ」

「実際に手にとってみますか?」

「いいのか?」

「鞘から出して確認する分には問題ありませんよ」

 

 俺がそういうと彼女は待ってましたと言わんばかりに、刀に手を付ける。カチャッという金属音とともに大太刀の本体が満を持して登場する。

 宝石のような美しさに彼女は見とれていた。そこまで観入ってくれると造った甲斐があったと言うものだ。

 

「まるで宝石のようだな」

「俺の故郷だとそういう目的の品もありましたよ」

「ほほう。その気持ちも分かるというものだ」

 

 俺はうんうんと頷き、彼女の次の言葉を待った。

 

「鏡のように私を写してもいるな。ここまで光沢が美しい武器は初めてだ」

 

 彼女はすっかり大太刀に夢中のようだ。 

 鞘について聞いておかないとな。

 

「あの……女騎士さん。どっちの鞘にします?」

「ん? ああ…すまない。夢中になっていたようだ」

 

 そこまで見入ってくれたのなら製作者として嬉しい限りだ。

 

「そうだな。白のほうを頂こう」

 

 やっぱ白か。保険を作っておいて正解だったな。

 

「サイズは合わせてあります」

「ありがたい」

 

 彼女はウズウズと武者震いのように腕を震わせている。

 

「店を出て右手の庭に藁の人形を何体か置いてますから、試し切りしてきたらどうです?」

 

 俺が作った試し切り用の人形だ。しかも等身大の。今の女騎士さんにはうってつけだろう。

 

「いいのか!?」

 

 彼女の目がより一層輝きを放つ。

 

「ええ。ちゃんと片付けをしてくれれば構いませんよ」

「して、切った木人はどこに置けば?」

「元の位置に戻してくれればいいです。後始末は俺がするので」

「そうか! では行ってくる!」

 

 即座に店を出ていく女騎士さん。

 よっぽど気になったのだろうか? ああいう反応が最近無かったから嬉しいなぁ。次はどんな刀を造ろうかな。試しに小太刀を増やしてみるか。いや、防具に力を入れてみるか? うーん。悩みどころだな。

 

 カランコロン。おっと鈴の音だ。

 どうやら、俺が悩んでる間に他のお客さんは帰ってしまったようだ。少し悲しい。まぁ見て帰るのも買い物の1つだからな、仕方ないが。

 ふむ。暇ができたな。女騎士さんの様子でも見に行ってみるか。

 俺は立ち上がり、庭へと急いだ。店の扉には本日は閉店の看板を掛けておこう。人が来ても困るからな。

 

 右手の庭へ急ぐと女性の凛々しい声が聴こえる。

 おいおい。いくらなんでもこれは……。

 俺が木人のある庭の方へ視線を移すと、そこには木人だったであろうものが、これでもかとバラバラに斬られていた。

 夢中になりすぎだろ……。

 

「おお! ムーンライターか。この武器斬りやすさが抜群だな!」

「それは……なによりです。それにしても、斬りすぎでは?」

「あーいや。すまない。余りにも手に馴染むもので、つい調子に乗ってしまった……」

 

 彼女が後頭部に手を乗せ賑やかな笑顔を向けてくる。

 そんな顔されちゃうと何も言えないな。

 

「いやー本当にすまない」

「良いですって。それだけ満足してくれたってことでしょうし」

「それはそうとも! 良くやってくれた!」

 

 今度は彼女が俺の手を握って感謝の意を示してくれた。

 ち、近い……。顔が整ってるから急に握られるとドキドキするんだよな……。

 

「近いですって」

「そ、そうだな。しかし、この武器は両刃ではないのだな」

「それが特徴ですので。刀の振り方はいつもとちょっと変わりますけど大丈夫ですか?」

「それについては問題ない。すぐ慣れる」

 

 それを聞いて安心した。流石は銀等級の冒険者だ。俺は片っ端から人形の残骸を壁際に寄せていく。

 

「手伝うぞ」

「ああ、すみません。お客様に手を煩わせちゃって」

「気にするな。私がしたことだからな、これくらいは」

 

 彼女のお陰で数分で済んだ。

 

「いい腕を持っているな。誰かに習ったのか?」

「父に鍛えられたので」

「ほほう、父親が鍛冶師だったのか。どおりで腕が立つわけだ」

 

 二人で談笑をしていると「おーい!」と店側から野太い声が聞こえてくる。これには聞き覚えがあるぞ。

 

「こっちだ!」

 

 俺が向かう前に女騎士さんが声の主を呼びつける。誰か分かってるのか。

 数分もかからず声の主が庭の方へ訪ねてくる。

 

「なんだ…こっちにいたのか」

 

 黒の鎧に重そうな剣。顔には傷がある歴戦の猛者の顔つきだ。重戦士さんのようで、女騎士さんを呼びに来たみたいだな。

 

「お疲れ様です」

「おう、お前もな。こいつが迷惑かけなかったか?」

「おい! 私をなんだと思っている!?」

 

 重戦士さんは女騎士さんが所属する一党の頭目だ。どうやら、待ち合わせ場所に来ない女騎士さんを心配して迎えに来たらしい。

 

「ったく。ほどほどにしろよ」

「面目ない」

「気に入ってくれたようで、俺としては嬉しいですけど」

「お前も造ってもらうといい」

「考えておくよ。ほら、行くぞ」

 

 重戦士さんに連れられ女騎士さんは店を後にした。

 

「ではまたな!」

「あっはい。今後ともご贔屓に」

 

 彼らに礼を済ませ、店に戻ろうとすると……。

 店の前にローブを被った女性とおぼしき人が立ち尽くしている。俺はそのローブに見覚えがあった。

 

「あっ! ムーンライターおっそーい! どこに行ってたのよ!」

 

 目の前の女性がローブを脱ぎ、真の姿を露にする。その正体は緑髪が美しい妖精弓手さんだった。

 

「俺になにか用ですか?」

「アンタにも声を掛けておこうと思ってね」

「どこか行くんです?」

「うん。水の都にねー」

 

 水の都? あー! あの水辺が美しい街か。

 依頼でも入ったのかな。

 

「俺抜きで楽しんで来てください」

「あら? あなたは行かないの?」

「ええ。仕事が立て込んでて、もう一本刀を造らなきゃいけないんですよ」

 

 俺は少し恐縮そうな表情で答えた。

 

「残念ね。それじゃ、私の方から皆に伝えておくわね」

「はい。お願いします」

 

 用件はそれだけだったのか、妖精弓手さんは再度手を振りその場を風のように去っていった。

 

「相変わらず、天真爛漫な人だなぁ。結婚するならああいう人が良いのかもなー」

 

 あいにく俺にはそういう相手はいないけどさ……。ガクッと肩を落とし、俺はいそいそと自宅へと戻ったのだった。

 

 


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