間違えて削除してしまいました!
俺はいつものようにギルドのテーブルで、ガス抜きをしていると長髪の受付嬢さんから手紙を手渡された。
「俺宛に手紙?」
「うん。それじゃ、渡したからね~」
ロング髪の受付嬢さんは用事が済んだのか颯爽と仕事に戻っていった。
俺は恐る恐る中を確認してみると受付嬢さんの予想通り依頼書のようだ。
差出人は……。以前、冒険者仲間だった女性神官さんからだった。
「拝啓。
ムーンライター様。お久し振りです。以前あなたと共に冒険をしていた者です。そちらは息災でしょうか? 秋の訪れが見え始めた今日この頃ですが、いかがお過ごしですか?
先日、私の娘を助けていただき誠にありがとうございました。娘も喜んでおりまして、またそちらに遊びに行きたいと申しておりました。そのときはまた宜しくお願い致しますね。
早速で申し訳ないのですが、あなた様に依頼があるのです。私の領地の近くに大昔に使われた砦があるのですが、どうやらそこにゴブリンが住み着いてしまったようなのです……。
なんでもゴブリン退治の専門家が辺境の街にいるそうですね。もし宜しければ、そちらの方と一緒にゴブリン討伐をお願いしたいのです。私も参加できれば良いのですが……。あなた様には前にお話しましたが、私の身にはもう第二子が身籠っております。もう戦える身ではありません。
ですので、冒険者として一番信頼の置けるあなた様に依頼をお願いした次第なのです。今私が頼りに出来るのはあなた様しかおりません。
詳しい詳細は私のお屋敷でお話致します。ゴブリンスレイヤー様を連れてお屋敷までお越しください。宜しくお願い致しますね。
敬具」
という依頼書であった。封筒にはゴブリンの見掛けた数、群れの様子などが簡単に書かれていた。しかし、これだけでは些か不安だ。
これは行かざるをえないか。どっちにしろ、ゴブリンスレイヤー達に話さなければ!
俺は急ぎ、一党パーティーの拠点へ向かい駆けた。幸い、今日は全員が非番の日。集めるのは簡単だった。
数時間後。ギルドで一党面々が一同に会する。なんだなんだとの様子だ。
「それで? ゴブリンが出たというのは本当か?」
開幕、ゴブリンスレイヤーが口を開く。
「ああ。俺の古い知り合いからの依頼だ」
「場所は? 規模は? ホブやシャーマンなどは確認しているか?」
「まあまあ落ち着け。詳細は依頼主の屋敷に着いてからだそうだ」
俺の言葉を聞くや否や、ゴブリンスレイヤーはそそくさと出ていこうとする。
「待ちなさいって! オルクボルグ!」
妖精弓手さんがゴブリンスレイヤーの手を取り、制止させる。
「むっ」
「かみきり丸はせっかちでいかんわい」
「そうですよ」
「準備が出来次第、街の入口で落ち合うということで皆さん宜しいですかな?」
蜥蜴僧侶さんが話をまとめ、各々が頷きで返す。集まって早々に俺たちは一時解散となった。
昼頃。
準備を済ませ街の入口へと向かおうと自室のドアノブに手を掛けた。なんだ? 今日はやけに胸騒ぎがする。初めて火を扱う時の異様な不安感と少し似ていた。俺はゴブリンスレイヤーの忠告を無視する形で、机の引き出しある魔法の腕輪巻物食いを手に取った。
「すまん。ゴブリンスレイヤー」
残していた腕輪を雑嚢にしまったのだった。
自宅を飛び出し、駆けるように待ち合わせ場所へ向かった。
入口へ向かうとどうやら俺が最後のようだ。息を切らしながら到着。一党メンバーは着いているみたい。
「……ごめんなさい。遅れました」
「ムーンライターが遅れるとは珍しいわね」
「ちょっと…準備に手間取っちゃって」
息を整え、馬車へ向かう。すると、珍しいことにゴブリンスレイヤーから声を掛けられた。
「今回はお前がリーダーだ。道案内、頼むぞ」
「任せろ」
封筒には領地への地図も封入されていた。ありがたいことだ。
「ムーンライターさん…依頼主さんが古い知り合いってことですけど」
「詳しくは馬車の中で話すよ」
各々が乗車したことを確認し、気になっているであろう話を始めた。
まず第一に、古い知り合いとは昔の冒険者仲間で、今は引退し身重の身になっているということ。
もう一点として、身重の体でまともに動けないということ。
この二点を皆に話した。
「それでムーンライターさんに依頼したってことですか?」
「そうなりますね」
「直接、オルクボルグに依頼が来なかったのは?」
追加で妖精弓手さんから追撃が来る。
「信頼の置ける冒険者が俺しかいないからだと」
俺はあっけらかんと言った。
「なるほどの」
「信頼の出来る者が冒険者にいるのなら、その者に頼むのも1つの筋でしょうな」
「手紙にはゴブリンスレイヤーも連れてきてくれと書いてあった」
「なら、大丈夫ね。オルクボルグが一党メンバーで幸いって感じかしら?」
その問いに頷きで俺は返した。
「依頼主の場所は? 知ってるの?」
当然の疑問だろう。妖精弓手さんが首をかしげ質問を投げ掛けてくる。
「はい。心配性な人なんで、この通り地図も寄越してくれました」
「ホッとしました」
「頼みましたぞ、ムーンライター殿」
馬に鞭を打ち、彼女の元へ俺たちは急ぐのだった。
◇◇◇◇◇
──数時間後。
美しい木々。見事な自然に囲まれた広い土地へ足を踏み入れる。老衰で死ぬならこんなところがいいと、思わず思ってしまうような光景が俺たちの前に広がっていた。馬車に揺られ、林の一本道を進む俺たち。鳥の囀ずりが耳に心地よい。寝てしまってもいいと思えるほどだ。そんなことを他所に一軒の大きな屋敷が見えてきた。
「あれが依頼主の家?」
「ずいぶん広いようじゃのう」
「依頼主はもしかして……貴族?」
俺は「確かそのはずです」とだけ答えた。
近くに他の家は見えず、この一軒家のみ。大きな門に門番が二人。地図と照らし合わせてもここが依頼主の屋敷のようだ。
「着きました」
皆が馬車を降り、運転手に別れを告げる。
「すみません」
と俺が声を掛けると門番が厳つい声で「なんだ?」と堅苦しく言うのだった。
俺たちが依頼で訪れた冒険者だと分かると、厳つい声の門番が屋敷へと消えていく。依頼主に報告しているのだろう。数分間、門で待っていると……。
「通っていいぞ。奥様がお待ちだ」
これまたセオリー通りの言葉が俺たちに飛んできた。
屋敷への入口に向かおうとすると、右手と左手にな見事に手入れされた庭が客人を出迎えてくれる。
相当腕の立つ庭師が仕事をしているのだろうと推察出来た。
入口の手前辺りには大きな噴水が設置してある。これまた綺麗な装飾が施され、金が使われているなぁと感じる。
俺がドアノブに手を掛け扉を開けると、赤の絨毯、大きなシャンデリアが客人を迎え入れてくれる。そして奥から待ってましたと言わんばかりに、黒髪でナイスバディの一人の女性が歩んでくる。
「お待ちしておりました」
儚げな声。整った顔立ち。黒髪のロング。白のワンピースに身を包み、お腹は以前より膨らみ彼女が懐妊したと確固たる証明を示している。
自分の知っている彼女であり、彼女ではなくなっていた。その事に寂しく思いつつも第二子の懐妊に喜んでいるのもまた事実だった。
「ムーンライターさん…お待ちしておりました」
「いえ、依頼でしたので」
「フフッ、そうでしたね。さぁ、皆様お疲れでしょう? 客間へご案内致しますわ」
彼女に導かれ、俺たちは客間へと通された。白と赤のコントラストが美しい壁紙。どこかしこを見ても金が掛かっていそうという印象を受ける。
10畳ほどの広さの客間でソファーに座るよう彼女の手に導かれる。下手に俺たち一党。上手に依頼主が鎮座し、彼女の言葉を待った。
「今、お茶を持ってこさせます。このままお待ちくださいませ」
賑やかな笑顔。裏表が無さそうな顔だ。
数分間、時間が過ぎ去る。長いようで短いそんな感覚。緊張が走る中、執事とおぼしき男性が茶菓子を運んできた。
人数分、茶菓子と紅茶でもてなされる。茶菓子はスコットのようで、適度に甘く、紅茶に良く合う。口当たりも最高だ。腕の立つ人物が作っているのだろうと想像できる。
全員が落ち着いたところで依頼主が口を開いた。
「ところで、ゴブリンスレイヤー様はどちらに?」
「俺だが」
とゴブリンスレイヤーが声をあげる。
「やはり、あなた様でしたのね」
「やはり?」
当然の疑問。
ゴブリンスレイヤーが聞き返した。
「ゴブリンには高級な装備を渡さない。だからその見た目なのですよね?」
彼女は笑顔を浮かべしっかりとこちらを見据えている。元冒険者なだけあって、ゴブリン退治がどう言うものか理解しているのだろう。
「そうだ」
「流石、元冒険者と言ったところかの」
鉱人道士さんが髭をいじりながら言った。
「ええ。現役の頃は銅等級でしたわ」
彼女が口にした直後、俺に向かって皆からの視線が突き刺さる。俺は頷いて答えた。
「彼には手紙で大まかに話ましたが、改めてご依頼の説明をさせていただきますわね」
彼女が言うには大昔、この地は広野だったらしい。長い年月をかけて土地が代わり、木々が人の手によって植えられ、見事な森林地帯が出来上がったそう。
一つの森の奥に砦があるそうなのだが、そこにゴブリンが住み着いたらしい。
大戦時代の遺産を後世に伝えるため、近くに住む領主が保管し砦を残していたようだ。それが仇となってゴブリン達に占拠されてしまったみたい。皮肉なものだ。
砦の付近にはなん組かの村があるそうで、その人達が彼女の領民らしい。
「ホブやシャーマンなどは確認しているのか?」
ゴブリンスレイヤーからの鋭い指摘に彼女は……。
「……え、ええ。恐らくは」
その発言を口にした瞬間、俺たちから視線を外した。何かまずい敵でも見たのだろうか。
「恐らく? 随分曖昧だな」
「私も領民から聞いただけですので……」
「分かった。話せ」
彼女がこくりと頷き、事の顛末を語りはじめた。
何でも、村の畑に小さな足跡がありそれを追いかけた先に件の砦があったそうだ。気になった村人が砦を張り込んでいると、入口の奥に鎧をまとった大きなゴブリンを見かけたとのことだ。そいつがゴブリンを率いていたと。
「鎧を着込んでいるだと?」
鎧というフレーズを耳にした瞬間、滅多なことでは動じないゴブリンスレイヤーの体がピクッと反応する。
「大柄なやつか?」
「確か、肉付きが良い体をしていたと言っておりましたわ」
「……なら、チャンピオンかもしれん」
「であるなら……警戒せねばなりませんな」
蜥蜴僧侶さんが注意喚起も兼ねて言った。
「チャンピオンとは?」
依頼主の彼女に疑問符が浮き上がっている。見知らぬ単語だったのだろう。
「ゴブリンどもの英雄……奴らで言うところの白金等級と言ったところだ」
「た、倒せるのですか?」
咄嗟に白金等級と聞いて彼女が険しいを浮かべている。少し不安なってしまったのだろう。
「大丈夫ですよ! なんたってこっちにはゴブリン殺しがついていますから」
「そうよ。安心していいわ」
「皆さん…心強いですわ」
少し彼女の表情が明るくなった気がする。
「それと、もう一つ伝達事項が……」
「なんだ?」
次の瞬間。彼女から思わぬ言葉が飛び出してきた。
「なんでもそのリーダーのゴブリンは……いの一番に前衛に出てゴブリンを守っていたと」
「ほう?」
そんなゴブリン、存在しているのか?
ゴブリンスレイヤーから聞いた話じゃ、ゴブリンは刹那主義だったはずじゃ……。でもあり得るといえばあり得るのか?
よほど、鎧が頑丈だったから自信満々だっただけかもしれないし。とりあえず今は頭の片隅に入れておこう。
「ふむ。留めておこう」
「鎧を着とるっちゅーことは……冒険者がやられでもしかの」
「その可能性が高いな」
「では……こちらが砦への地図と見取り図です」
「助かる」
差し出された地図をゴブリンスレイヤーが雑嚢へしまう。
「伝達はそれだけか?」
「はい」
「行くぞ」
ゴブリンスレイヤーが部屋を出ようとする。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
各々が彼女に礼をし、ゴブリンスレイヤーのあとを追いかけるように部屋を出ていった。
「それじゃ俺も失礼します」
俺もソファーから立ち上がり後を追わねば。
「……気をつけてくださいましね」
彼女の心配そうな声。いかにも倒れてしまいそうな声だ。今まで聞いたことのもない声に一抹の不安が過る。
俺は彼女と視線を交わし、親指を立てながらこう告げた。
「はい! 行ってきます!」