大きな木材製の扉が俺達の前に立ちはだかる。
俺は再び兜を外し、扉にベッタリと耳を当て些細な音も聞き逃さないよう注意する。
なにやらゴブリンどもがあれやこれやと騒いでいるような騒音が聴こえてくる。ゴブリンスレイヤーが言っていたように宴でも開いているのだろうか?
最後の宴を楽しむといい。ゴブリンどもめ、地獄を味わわせてやる!
ゴブリンスレイヤーがロープを使って罠を仕掛けている。その様子を見ているとゴブリンスレイヤーがこちらへ現状を聞いてくるのだった。
「どうだ?」
「ここの部屋にいるみたいだ」
「そうか」
「それは?」
「即席の罠だ。時間稼ぎにしかならんが、念のためにな」
ロープを扉に挟み込み、もう片方の先端を向かい側の部屋のドアノブに結び、扉で挟み込んでいる。すると、ロープがピーンと張った状態になる。前の冒険でロープと木材で即席の罠を作っていたのを見たことがある。それの応用なのだろう。ここは石畳で木材を刺せないから、扉を使っているってことか。
「忘れないようにな」
「了解」
「いよいよ、最後ということですね」
「そうだ。作戦は頭に入っているな?」
ゴブリンスレイヤーが確認を俺達へ取ってくる。
「おう」
「はい!」
「作戦の要はお前だ。落ち着いていけ」
「は、はい!」
女神官さんの手により一層の力が入ってるのが見えた。
「深呼吸するんだ。多少、落ち着くよ」
俺がそういうと彼女はゆっくりと息を吸い、ハァー…と息を吐く。そして、覚悟が決まったのか、目の奥に強く炎のようなものが見える。
俺は兜の紐を少しばかり強く結んだ。
「行くぞ」
ゴブリンスレイヤーがゆっくりと扉を開ける。気づかれないよう、慎重に、丁寧に、ゆっくりと……。
開かれていくうちにゴブリンどもの騒音が強くなっていく。俺達に背を向け、なにかを燃やしてその様子を楽しんでいるようだ。
良く見ると人間の男の死体だ。捕まっていた女性の連れだろう。焚き火で死体を炙りながら、彼らは踊っている。あれがゴブリンの料理なのか?くだらない。人間の子供のほうがよっぽど料理してるというものだ。
「胸くそ悪いな……」
ゴブリン、10匹。ホブゴブリン、2匹、ゴブリンシャーマン1匹。小規模のゴブリンの群れだ。ゴブリンシャーマンの位置を確認したゴブリンスレイヤーは俺達の方へ顔を向ける。
俺と女神官さんはそれに頷きで返した。
「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください…》」
女神官さんが杖をかざす。
「
眩い光が部屋中を包み込む。と、同時にゴブリンスレイヤーが小剣を投げ込む! ヒューという風切り音とともにゴブリンシャーマンへ小剣が突き刺さる。
「GBOR!?」
シャーマンは悲鳴をあげ、倒れこむと同時にゴブリンスレイヤーは俺達へ冷静に指示を出す。
「退け!」
打ち合わせ通り、俺達は元来た道を戻るのだった。急いで扉へと逃げ込む。
「GORBO! GORBO!!」
シャーマンの仇を討ちたいのか、残りのゴブリンどもがこちらへ走り込んでくる。ドタバタと走る音が聴こえる。
よし! 作戦成功だ!
あとは全力で退くのみ!
俺達は食堂を後にした。指示通り、罠を飛び越え、入口付近まで戻る。後ろは気にせず、走り抜けた。
ドンガラバタバタ! と人が転がるような音が聴こえてくる。ゴブリンスレイヤーの罠が上手く作動しているようだ。そのお陰か、安全に入口へ戻ることが出来た。
「油断するな。引き付けろ」
「は、はい!」
女神官さんの声が少し震えているのを感じた。それもそうだ。一歩間違えれば、ゴブリンにやられかねない。なぜなら、彼女の技がなければ作戦は成立しない。女神官さんが前に立つしかない。
ゴブリンどもが立ち直り、すぐさまこちらへ勢いよく向かってくる! 相当頭に血が登っているのだろう。犯してやる! 男どもの前でいたぶり、なぶり犯してやる! と言わんばかりの表情だ。
「今だ!!」
すると、ゴブリンスレイヤーが合図を送る。
その指示とともに俺は、命令された通りの場所で待機する。
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!》」
女神官さんが強く唱えると、光の壁が姿を顕現させる。
「
グギャ!と鈍い音が聴こえてくる。壁が間に合った。すかさず、ゴブリンスレイヤーは俺に対して、次のように命令するのだった。
「鎖を引け!」
「了解!!」
俺は持っていた鎖を強く引っ張る。罠が作動するまで何度も何度も何度も。その甲斐があってか、ガチャン! と起動音のようなものが部屋中を包み込む。
ゴブリンどもはあわてふためき、なんだなんだ!と言っている。それもつかの間、ベコン! ベコン!と一斉に石畳が折り畳み、床から罠へ変貌を遂げる。
後ろからズドン! とホブゴブリンが落ちるのをきっかけに、1匹、また1匹と針の山へと消えていく。なにが起きたのか分からないゴブリンは扉へ駆け込む。
しかし、当てが外れたのか扉はゴブリンを拒む。ガチャガチャ! ガチャガチャ! とドアノブを揺すってもドアは開かない。なにせ鍵が掛かっているのだ。ゴブリンの力ではどうすることも出来ない。もはや、露と消えるしかゴブリンに道は残されてはいなかった。
静寂が辺りを包み込み、遺跡は元の不気味な姿へ形を戻るのだった。
「終わりましたか?」
プルプルと女神官さんが震えていた。
「ああ。よくやった」
と、ゴブリンスレイヤーから労いの言葉をもらう。すると、緊張の糸が切れたのか地面へへたりこんでしまった。
「大丈夫か?」
「はい。なんとか」
「女神官さんがいなければどうなっていたか」
「い、いえ。私はなにも…」
「そんな謙遜する必要はないって。君がいなきゃ、この作戦は機能してないんだから」
「それなら、発案したゴブリンスレイヤーさんに」
この場面でもゴブリンスレイヤーを立てるの?この子、お人好しすぎないか?いつか悪い男に騙されそうだ……。
「分かったよ。ゴブリンスレイヤー、ありがとうな」
「……ああ」
仮面越しだが、ゴブリンスレイヤーが照れたような感じがした。
「残りは遺跡の調査、でしょうか?」
「そうなるかな」
「ゴブリンがあれで終わりという保証ない。すみずみまで探すぞ」
「了解」
地図を再び手に持ち、残りの調査へ赴くのだった。幸い、遺跡に逃げたゴブリンは居なかったようだ。ゴブリンシャーマンが最後っぺに殴りかかってきたが、ゴブリンスレイヤーが返り討ちに。いやはや、お見事。
◇◇◇◇◇
遺跡調査を終え、俺達は農村へ戻ってきた。日は明るくなり、もう朝の時間帯。
無事、人間の女性は村で保護されていた。俺の書留も届いており、上手く伝わっていたようだった。
遺跡はというと、辺りに大昔の人が描いたであろう壁画が随所に飾っていた。そこから推察するに、どうやら、昔何千年も前に出来た地下拠点であり、人が逃げ込む為に製作したということだった。
そのため、居住スペースはあるものの宝箱や宝物庫などは発見出来なかった。そこだけが残念だったが、俺のお目当ての物は見つかった。それだけで十分だ。今回の冒険は大成功と言っていいだろう。
お礼も兼ねて村長さんが馬車を用意してくれた。そのご厚意に甘えるとしよう。街までは少なからず、歩いて2時間ほどの距離だ。馬車はありがたい。俺は寝転がりつつ、水晶を掲げる。腕輪の水晶を掲げながら、俺はにやけ面を浮かべていた。
ゴブリンスレイヤーはというとぐうすかと眠りこけている。女神官さんはずっと女性に話しかけ、気遣っているようだ。女神官さんが女性に付き添い、辺境の街まで連れていくことになった。
馬車に揺られながら、俺は床についた。
どれくらい経っただろう?45分ほどだろうか?我らの拠点へ帰ってきたようだ。
「それでは私はこれで」
「ああ」
「女神官さん、お疲れ様」
「はい。では報告はお願いします」
「ああ。気をつけて帰れよ」
助けて出された女性はというと、女神官さんが神殿へ連れていくという。身寄りのない人を受け入れ、そのまま神官なったという話を聞く。冒険者もそうだ。ゴブリンになぶり犯された女性は、特に……。
俺は立ち直ってくれと心の中で祈るしか出来なかった。正直にいえば、ああはなりたくない。家に帰って休んだら戦闘の訓練でもやろうと思う。今回はゴブリンスレイヤーのお陰でまともな戦闘はなかった。しかし、なかったことが俺の不安を助長させた。
だから、明日は訓練に取り組もうと心に誓ったのだった。
俺とゴブリンスレイヤーはそのままギルドへ足を運んだ。朝方だったからだろう。ギルドへ入ると人混みの嵐。クエストの張り出しだ。混雑に嫌気がさしつつ、俺達へテーブルへ赴く。
人が少なくなるのを待ってから、クエストの報告へ。
「あ! お疲れ様です! ゴブリンスレイヤーさん」
金髪の受付嬢さんが俺達を出迎えてくれた。あの、俺もいるんですけど……。
「一応、俺もいますが?」
「す、すみません。ムーンライターさんもお疲れ様でした」
「先でいいのか?」
「ああ、やってくれ……」
しばらくすると、奥からもう一人の受付嬢さんが現れた。茶髪のロング髪の受付嬢さんだ。こっちで話を聞くよと手招きしてくれている。そそくさとそっちへ行くことにした。
「お疲れ様ー。大変だったんじゃない?」
「まあ、そのお陰で収穫もありましたし」
「そうなの? なら、その話聞かせてくれる?」
「喜んで。それじゃ、遺跡で起きたことなんですけど……」
俺は淡々と受付嬢さんへ報告した。腕輪を発見したこと、遺跡でゴブリン退治をしたこと、遺跡内はどう言うものだったのかを、事細かに彼女へ伝えた。
「良かったね。マジックアイテムが見つかって」
「ええ。ただ、試してはないから使い物になるかは分からないけどね」
「使える代物だったら、また報告お願いね」
「了解」
「よろしく~」
サラサラと報告書に文字を記していく彼女。その綺麗な字に感心しつつ、見ていると…。視線に気がついたのか、彼女からジト目であんまり見ないでよと言われてしまった。
「あーごめん。あんまり綺麗な字を書くものだからつい」
「あなただって、綺麗に書くじゃない」
「俺のは、ゆっくり慎重に、出来るだけ人が読めるように書いてるだけだから」
「それが助かるの! 冒険者の中には文字が書けない人もいるし、ましてや雑な人が書いた報告書なんて、地獄なのよ?」
なんとなく察しがついた。解読難ということなのだろう。
「そっちも大変なんですね」
「そうよ。困ったものだわ」
「さてと、そろそろ俺は自宅に帰りますね。ふぁ~あ……」
ここ一番の欠伸をかいてしまう。情けない……。
自宅で一眠りといこう。
「ん、お疲れ様~。あっと、これこれ報酬!」
「ああ! そうだったそうだった」
危ない危ない。あやうく忘れるところだった。
彼女から報酬金を受け取る。ずっしりというよりかは気持ちばかり重い程度だ。しかし、れっきとした報酬にどこか心が躍ってしまう。
「それじゃ、皆さん失礼します」
「お疲れ様~」
「はーい」
「ああ。気をつけてな」
俺は別れの挨拶を済ませるとギルドを後にした。さーて、帰ったら一眠りしようっと!