「こいつの仕様が分かれば苦労ないんだけどなぁ」
俺は昨日勝ち取った戦利品を掲げ、いやらしく口角を上げる。そのままベッドの上を転がり回った。
しかし、念願だった腕輪の手がかりを手にしたものの、昨日は訓練して調べるまもなく寝ちゃったなぁ。少しくらい調べりゃ良かった。
そういえば、遺跡で手に入ったこれ……結局何に使うんだ? 机の上にある二つの物に目を向ける。日差しに照らされ、キラリと光る水晶玉。小ぶりの赤く光る水晶玉と、同じ大きさの無地の水晶玉。腕輪とどう関係しているのか俺にはちんぷんかんぷんだ。
「分かっているのは、この水晶玉と腕輪の名前だけ……」
この腕輪の名前は
仮に巻物を食べるとして、術のストックは出来るのか? とか具体的な情報が分からずじまい。それに巻物なんて滅多には入手できないし……。
俺は闇雲に頭を掻きじゃくった。あー! ちくしょう!
「この赤い水晶玉には既に魔法が入っているのか?」
俺はおもむろに赤い水晶を手に取り、翳してみる。
うーん。さっぱり分からん。陰陽師の奇跡は一通り試したが、なんの反応も示さなかった。多分、別の魔法だとは思うんだが……。悩んでても仕方ねぇ! 俺はベッドから飛び起きる。
「誰かに相談してみるか」
今日は鍛冶屋を定休日にしていることもあって、俺はギルドへ赴くことにしたのだった。
歩くこと数十分後。
ギルドへ到着するのは時間の問題だ。今日の俺の足取りはなぜかいつも以上に軽い。まるで子供の頃に戻ったかような心持ちだ。
俺は扉を開けそのままギルド内へ。俺と同じように休みを謳歌している者もいれば、クエストを物色している者、食事を楽しんでいる者、三者三様だなぁ。
そんな中、タバコをふかしながら長椅子に寛いでいる一人の女性が目に入った。
紫色の長髪になき袋が特徴的な美女。あの人は、ここでは有名な魔女で冒険者もしているという。そうだ! あの人に相談してみよう。
「あの、今大丈夫ですか?」
「あら、あなた、は…。ムーンライター、さん。なにかご用?」
おっとりとした口調に豊満すぎる胸。黒を基調とした胸の開けた服装を見事に着こなしている。彼女が動く度に、たわわな胸がプルンと揺れる。思わず彼女にドキッとしつつ、目的のことを彼女へ告げた。
「そ、相談したいことがありまして」
「相談? 一体、なにかしら?」
「ここではなんですから、外でいいですか?」
「人を待ってる、から、手短に、ね?」
と、彼女から了承を貰い、ギルドの裏手にある練習場へ。
現在はお昼間近。新米冒険者が模擬戦をしているみたいだ。
「それで? 相談って、なにかしら?」
壁に体を預けながら彼女はそう言った。
「この腕輪についてなんです」
懐から彼女に腕輪を差し出す。
「これは?」
「以前手に入れた腕輪で、どうやら魔法の腕輪らしいんですが……」
「う~ん、相談って、魔法が打てないって、ところ?」
「はい。それとこれも」
俺は彼女に赤い水晶玉と無地の水晶玉を雑嚢から取り出して見せた。
「これもその腕輪と関係があるみたいなんですが、よく分からなくて……」
「ちょっと、貸してみて?」
そういうと彼女は腕輪を手に取り、変化はないか食い入るように確認をし始めた。すると、どこかに気付いたのか彼女が俺のほうへ、ここが怪しいと指を差して教えてくる。
と、不意に彼女が体を寄せてくる。
近くに豊満な胸がっ! 落ち着け俺! 落ち着け! この人は他の女なんだ! 落ち着けぇ落ち着けぇ……。心頭滅却すれば火もまた涼しい……! ふぅ……。よし。落ち着いた。
「あら? 顔、赤いわよ?」
「ぜ、ぜぜ、ぜんぜんっ! 大丈夫ですっ!」
ど、吃りながら言っても説得力ないから! 心の中でセルフツッコミをしつつ、彼女の指を差したほうに目を向けると、そこは腕輪の内側だった。
「ウフフ、ここ、見てくれる?」
「内側?」
「そう、よぉく見て」
彼女の言われた通り、じーっと見ているとなにやら、文字が刻ませれている。以前にはなかったはず。
「これは文字?」
「ええ。ここに火球、ファイアーボールの呪文が、記されているわ」
ということは、魔女さんの言った通りならこの赤色の水晶玉には、既に火球が備わっているってことか? それじゃ、こっちの無地の水晶玉は?
「こっちのほうも試してみていいですか?」
「ええ」
彼女から腕輪を手渡され、すぐさま水晶玉を入れ換える。今度は文字が霧のように掻き消えた。
「文字が消えた。ということは……」
「無地には、呪文が入っていない、ということ、ね」
つまり、水晶玉は腕輪のストック!
なら、巻物を水晶玉に食わせれば呪文を覚えるってことか!
俺は進展があったことに拳を強く握った。いやー彼女に相談してみて良かった!
「この腕輪がどういう物か、ようやく分かりました。ありがとうございます」
「いいえ、お役に立てて、嬉しい、わ」
「おーい!」
すると、左からよく通る男声が聴こえてくる。俺は腕輪を雑嚢にしまい直し、声のほうへ振り返ると、槍を携えた美男子がトコトコとこちらへ向かってくるところだった。
「こんなところにいたとは探したぞ」
髪色は桃色だが、整った顔立ち。いわゆるイケメンってやつ。
「ウフ、ごめんなさい。ちょっとこの子の、相談に乗ってたの」
「相談?」
彼はそう聞くと俺のほうへ視線を向けた。彼と俺の視線が交じりあう。
「お前はムーンライターじゃねぇか」
「どうも」
俺は軽く会釈をする。この人は確か、魔女さんの相方さんだったはず。辺境の街を代表する槍使い。最強と謳われる冒険者だ。
「用ってのは済んだのか?」
「ええ、無事に終わりましたよ」
「それじゃ、私はこれから
「はい、どうもありがとうございました」
「ああ、おい! そんな引っ張んなって! んじゃな!」
彼女は手を振って、槍使いを連れていってしまった。いそいそとここを離れたな、あの人。相当、槍使いに惚れているようだ。俺も行動に移らなければ!
練習場を離れ、俺はギルド内の鍛冶屋へ駆け込んだ。
「おい! 店長さん!」
「ん? なんだお前か」
入店したタイミングが良かったのか、店長が店番をしているようだ。
「ここに巻物は置いていませんか!?」
「巻物? お前さんも欲しいのか」
ん? お前も? 誰かも俺と同じように欲しているのか?
「お前もってどういうことです?」
「以前にもお前さんと同じように訊ねてくる奴が居てな。そいつにも言ったが、今巻物はない」
「あぁっ! ないのかぁ! ちくしょうめ」
拳を太ももへ強く叩きつける。
「冒険者が売りにきたら買い取っとく」
ぶっきらぼうにそう告げた。
ないのは残念だな。出鼻を挫かれてしまった。
「巻物自体品薄だ。期待はするなよ?」
「分かりました。期待しないで待っておきます」
「そうしてくれ」
「それじゃ、失礼します」
「あーおい待て! 行っちまった。全くせっかちな野郎だな」
俺は店長さんの制止も聞かず、鍛冶屋を飛び出した。ああ! 早く腕輪を試したい! もはや、己の好奇心を抑えられなくなっていた。
走って、急いで自宅へと帰投した。自宅へ到着するやいなや、庭へ向かう。そこには練習用に用意した木人が備え付けてある。魔法の練習台にはちょうど良いだろう。
「それじゃ、早速!」
木人へ手をかざす。そして、呪文を唱える。
「《カリブンクルス……クレスクント……ヤクタ》!」
俺の掌からみるみると、炎が形作られていく。
おいおい、マジかよ! 本物じゃねえか、コイツわぁ! と、いつになくテンションが上がり、舞い踊ってしまいそうになる。
徐々に火球は膨らんでいき、その大きさは、まるで規格外のスイカのほどの、いや、それ以上かもしれない。とにかくデカイ。
俺はそのまま木人へ向けて投射する。
「いっけぇ!」
ボフン! と俺が放った火球は木人へ吸い込まれるように命中した。幸いに家には火の粉が飛び移ることなく済んだけど、もうちょい安全なところでやったほうがいいかもしれんな。家の庭だとまずいか。
「けどこの腕輪、本物だ」
腕輪をこすり体の内からこみ上げるものに、俺は興奮せざるを得なかった。腕輪を外し、水晶玉を見てみると、なにやら赤い光が弱くなっているような気がする。
当の木人はというと焼け焦げ、見事炭と化している。
「おっほ! 真っ黒こげ!」
ここまでの奇跡を打つのは初めての経験だったからか、俺の顔から冷や汗がしたる。
「奇跡ってスゴいな……」
自分が扱える奇跡はストラと式神しかなかったのだ。驚くのも無理はないというものだろう。
「新しいのを用意しないと、予備ってあったっけ?」
俺は倉庫に駆け込み、新たな木人をセットし直す。
それから、何日が経ち何度か練習を重ねていくうちに腕輪について、分かったことがある。
一つ目はこの腕輪の使用回数は最大3回だということ、二つ目は1日24時間後に再び使用可能になるということ。宿などで休んだらとかではなく、きっかり1日。面倒な仕様だが仕方ない。
仕様をのみ込んだ俺は、巻物の調達に勤しむのであった。