いつもの朝の風景。
鳥達のさえずりで目が覚める。体を起こし窓を開けると、風が俺の顔を撫でた。
「こういうのがずっと続けばいいなぁ」
ぐいーっと体を伸ばして気合いを入れる。
部屋の棚に飾ってある、木の彫刻の前へ座り込む。目を閉じ手を合わせ、自らの信仰神に祈りを捧げる。
朝と寝る前には必ずやっている祈り。
どうか、私どもをお空から見守りください。
「えっ……」
その瞬間。
頭に電撃のようなものが迸る。
前にもあった感覚。これは……神託だ。
奇跡を授かる時は決まってこうなる。
「って、火の玉かよぉ!?」
自らの信仰神から授かった奇跡はよりにもよって、火の玉であった。昨日、腕輪で火球を打てるようになったばかりだというのに、神様はお茶目な存在のようだ。
そう。この世界では好きな奇跡を選ぶことが出来ないのだ。いつも神様の気まぐれ。ため息交じりに席を立つ。
「もう……でもウジウジしてても仕方ない! これで頑張ってみるか!」
さてと、今日仕上げなきゃいけない仕事は3つ!
農具の修復と剣の修復、それから刀製作!
農具は街の住民からで、刀と剣は冒険者からだったな。
「よーし!張り切って行くかー!」
俺は早速、工房へと駆け込んだ。
◇◇◇◇◇
俺は大きな欠伸をかく。まだ眠気がとれきっていないようだ。2つの仕事を片付け、息抜きがてらギルドへ赴いていた。
「お疲れ様~」
俺に後ろから声が掛けられる。振り返ると長髪の受付嬢さんだった。
彼女とは歳も近く、俺にとって気兼ねなく話せる数少ない人だ。冒険者になってから、ずっとお世話になりっぱなし。いつも助かってます。
「お疲れ様です」
「んっ。お互いにね~」
受付嬢さんの手にはトレイ。ベーコンエッグや野菜サラダ、パンなんかが添えられている。
どうやら、お昼休憩をするみたいだな。
「旨そうなお食事ですね」
「でしょ~? あなたは食べたの?」
「ここに来る前にサクッと済ませました」
「なぁんだ、一緒に食べようと思ったのに」
受付嬢さんがプイッと口を尖らせる。
彼女はいつも俺と食事をしたがる。なぜだ? 俺なんかと食べても楽しくないだろうに……。まぁいいか。食事は一人より多いほうが美味しいしな。彼女もそういう理由だろう。
「今度は食べずに来ますから、その時にでも」
「はーい。ねぇ、あなたのその腕輪、凄い代物みたいだね」
そういえばさっき、ギルドへ報告してたんだったな。
「他の人に奪われないよう気を付けてね」
「細心の注意は払ってますよ」
「そう?」
「それに、そこまでこの街は落ちぶれてはいないでしょう?」
「まあね」
と、彼女はベーコンを美味しそうにパクリ。
やはり、肉はいい。見てるだけで実に食欲が刺激される。やべっ、見てたら涎が……。だけど、我慢。今、食べて太りたくはない。
彼女との当たり障りのない世間話をしていると、「隣、いいですか?」と訊ねられる。
そこには女神官さんの姿があった。
「いいけど、君一人かい?」
「ええ。今日は休みだからってゴブリンスレイヤーさんが」
「へぇ、アイツがねぇ」
ちゃんと、パーティーのこと考えてるんだなぁ。
流石、銀等級の冒険者。
「そういえば、腕輪についてなにか進展はあったんですか?」
「実はね……」
女神官さんにも腕輪のことを話すことに。この子になら話しても問題はないだろう。人にばらして盗ませようとか、しないだろうし。悪どいことをする子じゃない。
「わぁ! 凄いですね!」
女神官さんが手を合わせ、目を輝かせている。マジックアイテムを見るのは初めてなのだろう。相当興奮しているように見えた。
「まともに動いてくれてよかったよ」
「これから増える可能性もあるってことですよね?」
「多分ね」
「ウフフ、いいですね」
手札が増えるというのは冒険者にとって、この上ない幸福と言って良いだろう。なにせ、冒険の苦労が減る可能性があるんだ。2人で喜びを分かち合う。
「ご馳走でした。それじゃ、私はこれで失礼するね」
受付嬢さんがおもむろに席を立つ。
「はーい」
「お疲れ様です」
彼女がペコリとお辞儀をする。前々から思ってはいたが、この子は一つ一つの動作が礼儀正しい。地母神様から愛されているのも頷ける。
「ムーンライターさんは何しにここへ?」
「仕事の息抜きかな」
「うまくいってないんですか?」
女神官さんの問いかけに俺は……。
「いんや」
と、首を振った。
「えっ!?」
女神官さんが口に当てている。
ま、そういう反応になるわな。
「何個か仕事は終わらせたけど、張りつめ過ぎると上手く行かないんだよね」
「そういうものですか?」
「そう」
俺はこう続けた。
「なんでもさ、頑張りすぎると体がダメになっちゃうじゃん?」
「それは確かに」
「だからこうして、息抜きをね」
納品まで時間も残されているわけだし、ゆっくりと過ごすのも悪くない。
「家に帰ったら続きはするけどね」
「それじゃ、納品出来るように祈っておきますね」
「んー、ありがとう」
ねぇ、この子、優しすぎない?
なんでこんな良い子がゴブリンスレイヤーの元でパーティーやってんのかね?
強制的にとかそういうの見たことないから、いいだろうけどさ。部外者がとやかく言うもんじゃない。
「君はどうしてここに?」
「えっと、それは……癖になったといいますか」
「来ることが習慣になっちゃった感じか」
「そんなところです」
冒険者になった性というものなのだろう。クエストを探しに来ていればこうもなる。昔の自分もそうだった。
「懐かしいなぁ。俺もそんな時期があったよ」
「ムーンライターさんはどんな冒険者さんだったんですか?」
「そうだなぁ……真面目なほうだったとは思う」
最初から鍛冶屋になれたわけじゃない。なったのはここ数年のことだしね。
「真面目ですか?」
「そう。ただひたすらにクエストに赴いて、魔物を狩って、武器を振るって、冒険稼業に没頭してたな」
「それじゃ、なんでまた鍛冶屋さんに?」
「それは……」
一幕終えて、俺はにかっと答えた。
「やりたかったから」
「え?」
「昔からの夢でさ、なりたかったんだよね。鍛冶屋に」
「いいですね、やりたいことがあるって」
「君もそう思う?」
コクりと女神官さんは頷く。彼女にも思うところがあるのだろうか。けれど、彼女の目には悲しみの色があった。
「ん? どうかしたの?」
「い、いえ! なんでもないんです」
ブンブンと手を振って答えている。俺の思い過ごしか?
「そう? ならいいけど」
息抜きはそろそろお開きだ。
「俺はこれにて退散するかな」
「もう行くんですか?」
「ああ」
息抜きをしたくなったら、またここに来よう。
俺はこのギルドの雰囲気が好きだ。朝の時間帯は人の往来が激しくて苦手だけど。
お昼時が一番、居心地がいい。
「んじゃね」
「はい。また」
女神官さんに手を振り、その場を去った。
◇◇◇◇◇
工房に籠って、1週間ほど経過した。一振りを仕上げ終わると、工房を飛び出しギルドへ足を運ぶ。
いつもの代わり映えのない風景。
席で物思いに耽っていると……。
「よう! こんなところで何してんだ?」
黒の鎧に白いマント。重々しい大剣を携えた一人の男に肩を叩かれる。
「重戦士さんか。なにって、ボーッと人を眺めてただけだよ」
「なんだそりゃ? パーティーの物色でもしてんのか?」
「別にそういうわけじゃないって。こういう日常が続けばなぁってさ」
「俺らの仕事がないのが1番だがな」
重戦士さんに正論に思わず、口答えしてしまう。
「重戦士さん、それ言ったらおしまいでしょうよ」
「それはそうだが……。事実だろ?」
「否定はしない」
「魔物が大人しくしてりゃ、平和に過ごせるんだ。俺たちは」
重戦士さんにもきっと思うところがあるのだろう。
「重戦士さんのほうはこれから仕事?」
「そんなところだ。ガキどもを待ってるんだが、来るのが遅いみたいでな」
「遅刻かー。一つ、揉んであげたらどうです?」
「フッ、言われなくてもそのつもりだ」
カランコロン。玄関の鈴の音だ。
「お、あれ、重戦士さんところの女騎士さんじゃないです?」
「ようやくお出ましか。んじゃまた後でな」
「はい。無事に帰ってきてくださいね~」
重戦士さんは後ろ向いて、ズカズカと彼女の元へ。重戦士さんと女騎士さん、彼らの雰囲気に当てられ、一抹の考えが頭をよぎる。
「やっぱ、一党っていいなぁ」
俺も作るべきだろうか……。
いやでも、仕事あるしな。難しいか。
「さてと、俺もそろそろ引き上げるか」
俺は静かに席を立とうとする。が、そこに二人組の冒険者に引き留められる。なんだろうか? 見たところ白磁をぶら下げているようだ。
金髪の青年に、赤髪の少女。身なりは普通。青年のほうは、白と紺の上着、白いズボンに革靴。少女のほうは、全身が白と赤の神官服、革靴。安い防具を身に付け、安い剣、容易に折れてしまいそうな杖、いかにも新米です! と言わんばかりの格好。
「俺に何かよう?」
俺がそういうと、緊張しているのか体が硬直しているのが分かる。そこまでしなくても良いんだけどな。気軽に話し掛けてくれよ。
「緊張してるの? 大丈夫?」
「は、はい。大丈夫でひゅ!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
少女が彼をなだめる。どこかこの2人は距離感が近いような……? 幼なじみかなんかだろうか。
「それで? なにか用があったんでしょ?」
「あの、ムーンライターさんって鍛冶を兼任してるんですよね」
「うん。そうだよ」
「それで、ムーンライターさんに聞きたいことがあって」
「俺ら新人にも安くて作りやすい武器って、ご存知ありませんか?」
あー。そういうことか。彼らはきっと、武器を失くした経験でもあるのかな。それでいい手合いの物を知りたくて、俺に聞いてきたと。
「武器を失くした経験でもあるのかい?」
俺の質問に新米戦士君は黙り込んでしまう。
「ありゃりゃ、図星か」
「私たち、お金もなくて……。手頃な物を探しているんです」
すかさず、少女がフォローをしてくる。なんか手のかかる夫をサポートする妻の如く、スピードだった。
「うーん、そうだなぁ。君ってさ、武器とか、まぁ椅子とかでもいいけど、自分で作ったことある?」
「村にいた時に親の手伝いとかで多少は……」
そっかそっかと呟く。彼の話を聞きつつ俺は頭の引き出しを開けていく。よし、良いのがあったぞ。これが良さそうだな。
「なら、こん棒が一番作りやすい、かな」
「こん棒ですか」
「そう。流石に鉄製のものは無理でも、木製なら容易だよ」
「木製……丸太からとか?」
「そんな大きいものじゃなくていいよ。長すぎず太すぎないくらいでいいからさ」
俺がそういうと、隣いる少女がメモをしている。きっと、この子がいい物を見定めてくれるだろう。
「他の人にナイフとか斧とか借りてさ、中ぐらいの木の棒に自分の持ち手の部分を作れば、一先ず完成」
「えっ!? それだけ?」
「うん、これだけ」
シンプルかつ、楽な構成に、新米戦士くんが驚きの表情を浮かべている。
「あと、布で持ち手を巻いたり、ダメージを与えやすいように削ったりとか、そんくらいかな」
「やっぱり、こん棒か……」
ん? やっぱり? 新米戦士くんがボソッと溢す。
俺の前に他の誰かにも相談していたんだろうか?
「ギルドの鍛冶屋さんに作り方を聞きながらでもいいから、作るなら丁寧にね」
「はい!」
うん。元気の良い返事だ。
あ、ヤバい。そろそろ家に行って仕事をしないといけないんだった。
「買うにしても、作るにしても、一番手頃なのはこん棒だよ」
「ムーンライターさんもお世話になったことがあるんですか?」
「そんなところ」
「なるほど」
「それじゃ、俺はこの辺で」
俺は手をあげ、彼らの別れの挨拶を済ませて、その場を去ろうとする。
あっ、重要なことを言うの忘れてた。
「あと、それから」
「なんですか?」
見習聖女さんから聞き返される。
「もし、作りたいと思うなら怪我にだけは気を付けてね」
「「はい!」」
2人とも良い返事だ! 新米はこうでなくちゃな。
さぁ、俺の仕事場へ帰ろう。
新米の子達にも負けない、良い武器を作らなければ!