ムーンライター 辺境の鍛冶屋   作:紅河

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますー。


第6話 とある日常 

 いつもの朝の風景。

 鳥達のさえずりで目が覚める。体を起こし窓を開けると、風が俺の顔を撫でた。

 

「こういうのがずっと続けばいいなぁ」

 

 ぐいーっと体を伸ばして気合いを入れる。

 部屋の棚に飾ってある、木の彫刻の前へ座り込む。目を閉じ手を合わせ、自らの信仰神に祈りを捧げる。

 朝と寝る前には必ずやっている祈り。

 どうか、私どもをお空から見守りください。

 

「えっ……」

 

 その瞬間。

 頭に電撃のようなものが迸る。

 前にもあった感覚。これは……神託だ。

 奇跡を授かる時は決まってこうなる。

 

「って、火の玉かよぉ!?」

 

 自らの信仰神から授かった奇跡はよりにもよって、火の玉であった。昨日、腕輪で火球を打てるようになったばかりだというのに、神様はお茶目な存在のようだ。

 そう。この世界では好きな奇跡を選ぶことが出来ないのだ。いつも神様の気まぐれ。ため息交じりに席を立つ。

 

「もう……でもウジウジしてても仕方ない! これで頑張ってみるか!」

 

 さてと、今日仕上げなきゃいけない仕事は3つ!

 農具の修復と剣の修復、それから刀製作!

 農具は街の住民からで、刀と剣は冒険者からだったな。

 

「よーし!張り切って行くかー!」

 

 俺は早速、工房へと駆け込んだ。

 

◇◇◇◇◇

 

 俺は大きな欠伸をかく。まだ眠気がとれきっていないようだ。2つの仕事を片付け、息抜きがてらギルドへ赴いていた。

 

「お疲れ様~」

 

 俺に後ろから声が掛けられる。振り返ると長髪の受付嬢さんだった。

 彼女とは歳も近く、俺にとって気兼ねなく話せる数少ない人だ。冒険者になってから、ずっとお世話になりっぱなし。いつも助かってます。

 

「お疲れ様です」

「んっ。お互いにね~」

 

 受付嬢さんの手にはトレイ。ベーコンエッグや野菜サラダ、パンなんかが添えられている。

 どうやら、お昼休憩をするみたいだな。

 

「旨そうなお食事ですね」

「でしょ~? あなたは食べたの?」

「ここに来る前にサクッと済ませました」

「なぁんだ、一緒に食べようと思ったのに」

 

 受付嬢さんがプイッと口を尖らせる。

 彼女はいつも俺と食事をしたがる。なぜだ? 俺なんかと食べても楽しくないだろうに……。まぁいいか。食事は一人より多いほうが美味しいしな。彼女もそういう理由だろう。

 

「今度は食べずに来ますから、その時にでも」

「はーい。ねぇ、あなたのその腕輪、凄い代物みたいだね」

 

 そういえばさっき、ギルドへ報告してたんだったな。

 

「他の人に奪われないよう気を付けてね」

「細心の注意は払ってますよ」

「そう?」

「それに、そこまでこの街は落ちぶれてはいないでしょう?」

「まあね」

 

 と、彼女はベーコンを美味しそうにパクリ。

 やはり、肉はいい。見てるだけで実に食欲が刺激される。やべっ、見てたら涎が……。だけど、我慢。今、食べて太りたくはない。

 

 彼女との当たり障りのない世間話をしていると、「隣、いいですか?」と訊ねられる。

 そこには女神官さんの姿があった。

 

「いいけど、君一人かい?」

「ええ。今日は休みだからってゴブリンスレイヤーさんが」

「へぇ、アイツがねぇ」

 

 ちゃんと、パーティーのこと考えてるんだなぁ。

 流石、銀等級の冒険者。

 

「そういえば、腕輪についてなにか進展はあったんですか?」

「実はね……」

 

 女神官さんにも腕輪のことを話すことに。この子になら話しても問題はないだろう。人にばらして盗ませようとか、しないだろうし。悪どいことをする子じゃない。

 

「わぁ! 凄いですね!」

 

 女神官さんが手を合わせ、目を輝かせている。マジックアイテムを見るのは初めてなのだろう。相当興奮しているように見えた。

 

「まともに動いてくれてよかったよ」

「これから増える可能性もあるってことですよね?」

「多分ね」

「ウフフ、いいですね」

 

 手札が増えるというのは冒険者にとって、この上ない幸福と言って良いだろう。なにせ、冒険の苦労が減る可能性があるんだ。2人で喜びを分かち合う。

 

「ご馳走でした。それじゃ、私はこれで失礼するね」

 

 受付嬢さんがおもむろに席を立つ。

 

「はーい」

「お疲れ様です」

 

 彼女がペコリとお辞儀をする。前々から思ってはいたが、この子は一つ一つの動作が礼儀正しい。地母神様から愛されているのも頷ける。

 

「ムーンライターさんは何しにここへ?」

「仕事の息抜きかな」

「うまくいってないんですか?」

 

 女神官さんの問いかけに俺は……。

 

「いんや」

 

 と、首を振った。

 

「えっ!?」

 

 女神官さんが口に当てている。

 ま、そういう反応になるわな。

 

「何個か仕事は終わらせたけど、張りつめ過ぎると上手く行かないんだよね」

「そういうものですか?」

「そう」

 

 俺はこう続けた。

 

「なんでもさ、頑張りすぎると体がダメになっちゃうじゃん?」

「それは確かに」

「だからこうして、息抜きをね」

 

 納品まで時間も残されているわけだし、ゆっくりと過ごすのも悪くない。

 

「家に帰ったら続きはするけどね」

「それじゃ、納品出来るように祈っておきますね」

「んー、ありがとう」

 

 ねぇ、この子、優しすぎない?

 なんでこんな良い子がゴブリンスレイヤーの元でパーティーやってんのかね?

 強制的にとかそういうの見たことないから、いいだろうけどさ。部外者がとやかく言うもんじゃない。

  

「君はどうしてここに?」

「えっと、それは……癖になったといいますか」

「来ることが習慣になっちゃった感じか」

「そんなところです」

 

 冒険者になった性というものなのだろう。クエストを探しに来ていればこうもなる。昔の自分もそうだった。

 

「懐かしいなぁ。俺もそんな時期があったよ」

「ムーンライターさんはどんな冒険者さんだったんですか?」

「そうだなぁ……真面目なほうだったとは思う」

 

 最初から鍛冶屋になれたわけじゃない。なったのはここ数年のことだしね。

 

「真面目ですか?」

「そう。ただひたすらにクエストに赴いて、魔物を狩って、武器を振るって、冒険稼業に没頭してたな」

「それじゃ、なんでまた鍛冶屋さんに?」

「それは……」

 

 一幕終えて、俺はにかっと答えた。

 

「やりたかったから」

「え?」

「昔からの夢でさ、なりたかったんだよね。鍛冶屋に」

「いいですね、やりたいことがあるって」

「君もそう思う?」

 

 コクりと女神官さんは頷く。彼女にも思うところがあるのだろうか。けれど、彼女の目には悲しみの色があった。

 

「ん? どうかしたの?」

「い、いえ! なんでもないんです」

 

 ブンブンと手を振って答えている。俺の思い過ごしか?

 

「そう? ならいいけど」

 

 息抜きはそろそろお開きだ。

 

「俺はこれにて退散するかな」

「もう行くんですか?」

「ああ」

 

 息抜きをしたくなったら、またここに来よう。

 俺はこのギルドの雰囲気が好きだ。朝の時間帯は人の往来が激しくて苦手だけど。

 お昼時が一番、居心地がいい。 

 

「んじゃね」

「はい。また」

 

 女神官さんに手を振り、その場を去った。

 

◇◇◇◇◇

 

 工房に籠って、1週間ほど経過した。一振りを仕上げ終わると、工房を飛び出しギルドへ足を運ぶ。

 いつもの代わり映えのない風景。

 席で物思いに耽っていると……。

 

「よう! こんなところで何してんだ?」

 

 黒の鎧に白いマント。重々しい大剣を携えた一人の男に肩を叩かれる。

 

「重戦士さんか。なにって、ボーッと人を眺めてただけだよ」

「なんだそりゃ? パーティーの物色でもしてんのか?」

「別にそういうわけじゃないって。こういう日常が続けばなぁってさ」

「俺らの仕事がないのが1番だがな」

 

 重戦士さんに正論に思わず、口答えしてしまう。

 

「重戦士さん、それ言ったらおしまいでしょうよ」

「それはそうだが……。事実だろ?」

「否定はしない」

「魔物が大人しくしてりゃ、平和に過ごせるんだ。俺たちは」

 

 重戦士さんにもきっと思うところがあるのだろう。

 

「重戦士さんのほうはこれから仕事?」

「そんなところだ。ガキどもを待ってるんだが、来るのが遅いみたいでな」

「遅刻かー。一つ、揉んであげたらどうです?」

「フッ、言われなくてもそのつもりだ」

 

 カランコロン。玄関の鈴の音だ。

 

「お、あれ、重戦士さんところの女騎士さんじゃないです?」

「ようやくお出ましか。んじゃまた後でな」

「はい。無事に帰ってきてくださいね~」

 

 重戦士さんは後ろ向いて、ズカズカと彼女の元へ。重戦士さんと女騎士さん、彼らの雰囲気に当てられ、一抹の考えが頭をよぎる。

 

「やっぱ、一党っていいなぁ」

 

 俺も作るべきだろうか……。

 いやでも、仕事あるしな。難しいか。

 

「さてと、俺もそろそろ引き上げるか」

 

 俺は静かに席を立とうとする。が、そこに二人組の冒険者に引き留められる。なんだろうか? 見たところ白磁をぶら下げているようだ。

 金髪の青年に、赤髪の少女。身なりは普通。青年のほうは、白と紺の上着、白いズボンに革靴。少女のほうは、全身が白と赤の神官服、革靴。安い防具を身に付け、安い剣、容易に折れてしまいそうな杖、いかにも新米です! と言わんばかりの格好。

 

「俺に何かよう?」

 

 俺がそういうと、緊張しているのか体が硬直しているのが分かる。そこまでしなくても良いんだけどな。気軽に話し掛けてくれよ。

 

「緊張してるの? 大丈夫?」

「は、はい。大丈夫でひゅ!」

「ちょっと、落ち着きなさいよ」

 

 少女が彼をなだめる。どこかこの2人は距離感が近いような……? 幼なじみかなんかだろうか。

 

「それで? なにか用があったんでしょ?」

「あの、ムーンライターさんって鍛冶を兼任してるんですよね」

「うん。そうだよ」

「それで、ムーンライターさんに聞きたいことがあって」

「俺ら新人にも安くて作りやすい武器って、ご存知ありませんか?」

 

 あー。そういうことか。彼らはきっと、武器を失くした経験でもあるのかな。それでいい手合いの物を知りたくて、俺に聞いてきたと。

 

「武器を失くした経験でもあるのかい?」

 

 俺の質問に新米戦士君は黙り込んでしまう。

 

「ありゃりゃ、図星か」

「私たち、お金もなくて……。手頃な物を探しているんです」

 

 すかさず、少女がフォローをしてくる。なんか手のかかる夫をサポートする妻の如く、スピードだった。

 

「うーん、そうだなぁ。君ってさ、武器とか、まぁ椅子とかでもいいけど、自分で作ったことある?」

「村にいた時に親の手伝いとかで多少は……」

 

 そっかそっかと呟く。彼の話を聞きつつ俺は頭の引き出しを開けていく。よし、良いのがあったぞ。これが良さそうだな。

 

「なら、こん棒が一番作りやすい、かな」

「こん棒ですか」

「そう。流石に鉄製のものは無理でも、木製なら容易だよ」

「木製……丸太からとか?」

「そんな大きいものじゃなくていいよ。長すぎず太すぎないくらいでいいからさ」

 

 俺がそういうと、隣いる少女がメモをしている。きっと、この子がいい物を見定めてくれるだろう。 

「他の人にナイフとか斧とか借りてさ、中ぐらいの木の棒に自分の持ち手の部分を作れば、一先ず完成」

「えっ!? それだけ?」

「うん、これだけ」

 

 シンプルかつ、楽な構成に、新米戦士くんが驚きの表情を浮かべている。

 

「あと、布で持ち手を巻いたり、ダメージを与えやすいように削ったりとか、そんくらいかな」

「やっぱり、こん棒か……」

 

 ん? やっぱり? 新米戦士くんがボソッと溢す。

 俺の前に他の誰かにも相談していたんだろうか?

 

「ギルドの鍛冶屋さんに作り方を聞きながらでもいいから、作るなら丁寧にね」

「はい!」

 

 うん。元気の良い返事だ。

 あ、ヤバい。そろそろ家に行って仕事をしないといけないんだった。

 

「買うにしても、作るにしても、一番手頃なのはこん棒だよ」

「ムーンライターさんもお世話になったことがあるんですか?」

「そんなところ」

「なるほど」

「それじゃ、俺はこの辺で」

 

 俺は手をあげ、彼らの別れの挨拶を済ませて、その場を去ろうとする。

 あっ、重要なことを言うの忘れてた。

 

「あと、それから」

「なんですか?」

 

 見習聖女さんから聞き返される。

 

「もし、作りたいと思うなら怪我にだけは気を付けてね」

「「はい!」」

 

 2人とも良い返事だ! 新米はこうでなくちゃな。

 さぁ、俺の仕事場へ帰ろう。

 新米の子達にも負けない、良い武器を作らなければ!

 


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