「安いですわよー! 安いですわよー! 穫れたてのにんじんがお買い得ですわよー!」
「しかも今ならチーム<シリウス>のメンバーになれる特典付きだっ! 急がねえと売り切れちまうぞー!」
いや一体何をしてるんだ…。
何故かにんじんとチーム加入をセット販売している天下のチーム<シリウス>。あれでチームに入れるなら、有望な娘もそうでない娘も全部持っていかれるのでは、なんて不安に駆られる新人トレーナーの自分だが、幸いにもと言っていいのか、あまりに異様過ぎて遠巻きにされていた。
「というか無駄に良いにんじんだな……」
流石はメジロ家のご令嬢か。
メジロ家のご令嬢だよな…? そっくりさんじゃないよな? 春天連覇した名優、一流ステイヤーのはずなんだがなぜあんな庶民的に…? というか高級品が有名チームへの加入権と一緒に投げ売りされてたら怖くない?
「そうですね。あれだけ良いにんじんだと、少し手が出ないかもしれません」
と、何気ない独り言に反応してくれた新入生らしき少女が。
そのことに驚きつつ振り返ると、更に驚いた。そのウマ娘がどこのお嬢様ですか、と言いたくなるようなオーラを放っていたからであり。見た目と発言が全くそぐわなかったからでもあった。
「……ええっと、値段……聞いてみる?」
「……ありがとうございます。ですが大丈夫です。おばあ様たちが送って下さるにんじんがありますし………牛さんでもいてくれれば良かったんですが」
牛!?
え、どういうこと!?
思わずどうみても深窓の令嬢なその娘の顔と、あとトレーナーとしてついトモなどの様子をじっと見つめてしまうが、細くはあるがしなやかで成長しそうという印象だった。間違っても牛をどうこうする感じはない。
「ええっと、君はまだチーム決めてないの?」
「そうですね。まだ入学したばかりですし、慣れていないので状況を見極めながら選抜レースに出るタイミングを見計らっているとことです」
落ち着いている……やはりお嬢様では?
「うん。見たところトモのつきかたとかも良いし……いいチームが見つかるよ。何ならスカウトしたいくらいだし」
「ふふっ、お上手なんですね。そうなってくれると、いいんですが……その……いえ、すみません。これで失礼しますね」
「……? あ、ああ」
どうしたんだろうか。
なんだか元気がないというか……。
少し気になりはしたが、彼女ほどのウマ娘は新人トレーナーと縁がないだろう。そう思いながら――――選抜レースで、つい彼女の姿を探してしまうのだった。
―――――――――――――――――
―――――生まれ故郷は、小さな牧場だった。
優しい祖父母に愛情をもって育ててもらい、牛や羊に囲まれて育った。
お腹が空けばお乳を分けてもらったり、寒い時は羊毛に埋もれてみたり。
とはいえ、おじい様がシンボリ家の人と関わりがあるのだとかで。祖父母も含めて私が恥をかかないようにと所作や言葉遣い、身なりなどは丁寧に教えられて。
――――結果。どうやら私の見た目はどう見てもお嬢様にしか見えないらしかった。
実際のところ、おじい様とおばあ様の仕送りでなんとかやりくりしている苦学生なのだけれど。周りの、本物のお嬢様が行くようなお店や、はちみー?なんて買うほどの余裕はなくて。結果的にいつも独りになってしまっていた。頼めば二人もお金を増やしてくれるだろう。けれどそれに甘えるのは嫌だった。もちろん、染みついたお嬢様な雰囲気も抜けない……というか、もう自分の一部になってしまっているし。
「―――――っ、ふぅ」
夜。
こっそりと寮から抜け出して真っ暗な、今は使われていないトラックを走る。
伊達に羊たちと暮らしてはいなかったので気配には敏感だし、こんな場所まではそうそう警備員さんも来ない。疲れてすぐ眠れるようになるまではひたすらに、泥臭くても走る。誰もいなければ泥塗れでもおじい様、おばあ様に怒られることも………ない、はず。
芝がボロボロだったりとあまりいいコースではないけれど、その分だけパワーは鍛えられるいい自主トレーニング。そのはずだった。
「――――で、こんな時間に何を?」
「……ぅ、その……自主トレーニングを……」
―――――うっかり帰り道にこの前のトレーナーさんと出くわすまでは。
怒っている、わけではなさそうだけれど。
心配そうな顔が、どこか故郷のおじい様に重なって見えて。……ひどくいたたまれない気持ちで耳を伏せた。
「何も夜中にやらなくても…」
「けどその……夜の方が効率が良いと言いますか、よく眠れますし……故郷でもよくやっていまして」
「門限」
「うっ」
何も言い返せなかった。
……ど、どうしよう。これを実家に伝えられたりしたら……すごく怒られるか、悲しまれるか。どちらにしてもあまりいい想像はできそうになかった。
「……はあ。とりあえず、手伝ってあげるから寮長に許可は取ること」
「えっ」
怒られ……ない!?
思わずパッと綻んでしまった顔に、トレーナーさんはジト目で付け加えた。
「怒るのは寮長の仕事だからね」
「………うっ。はい。すみません……」
そうして、寮に戻された私は寮長のフジキセキさんにこってりと絞られ。監督を申し出てくれたトレーナーさんのお陰で夜間の練習は継続できることになったのでした―――。
――――――――――――――――――――
「――――…改めまして、デアリングタクトです。ご指導のほどよろしくお願い致します」
「あ、ああ。こちらこそよろしく!」
綺麗な所作で礼をする少女、改めデアリングタクト。
フジキセキから少しだけ夜間練習の許可が出たわけだが、元々デアリングタクトの保護者の方から夜間練習の打診はあったのだという。なんでも実家でよくやっていたとかで。
そんなわけで正式に、通常のトラックを使用しての練習ができるようになったわけだが―――。
「では私も名乗らせてもらおうか。生徒会長のシンボリルドルフだ」
カイチョー!? なんでカイチョーが此処に!? 自力で脱出を!?
そんな疑問が表情に出ていたのだろう。なんとなく委縮している新米二人に、シンボリルドルフは(多分)穏やかに笑った。威圧感がありすぎて細かい判別は無理。
「いやなに、デアリングタクト君とシンボリ家には少しばかり関わりがある……というだけのことだよ。
「っふ」
? ……ダジャレじゃん!?
思わず笑ってしまったデアリングタクトにめちゃめちゃ満足気に頷くシンボリルドルフ会長。
こ、この二人……見た目に寄らず意外とお茶目という点で似ている…?
「さて、夜間練習だがやはり基本的には認めるわけにはいかない。ウマ娘にとってレースは本分だが、学生にとっては勉強が本分だからね。
「「………」」
「――――とはいえ、自主性を摘み取るのも本意ではない。よって、次回の選抜レースと中間試験で結果を出すことができたなら、トレーナー監修の元での夜間練習を認めよう」
「はいっ、ありがとうございます」
「ただし、言いふらさないように。いい顔しない者もいるだろうからね」
「っふふ」
そんなわけで、初日はなんとシンボリルドルフ会長との合同練習になった。
これは今後の練習の参考にできるかもしれない!
……ダジャレも一応、デアリングタクトとのコミュニケーションに役立つかもしれない…?
………
……
…
そんなわけで、デアリングタクトの夜間練習を見るようになってしばらく。
ぐんぐんと成長していくデアリングタクトに充実感と、少しばかりの寂しさを覚えていた。
やっぱり彼女は、新人トレーナーの指導に収まる器じゃない。
確かに現段階では未完成な趣があるが――――不整地でのパワーといい、レースにおける負けん気の強さといい、重賞で勝ち負けできる……それ以上を感じさせる能力がある。
指導は、選抜レースまで。
その時が来て、彼女に負担を掛けないように心の中で期限を決める。
練習メニューの修正を終え、そろそろ昼食を買いに行くかとトレーナー室を出て。
ふと、独りでどこかに向かうデアリングタクトを見かけた。
…………その横顔がどことなく寂し気に見えて。
どうしても気になってしまい、後を追った。
中庭を抜けて、人気のないトラック脇のベンチに。
ぽつんと座り込むデアリングタクトに声を掛けた。
「――――タクト!」
「……ぁ。トレーナーさん、どうかなさいましたか?」
「………俺も、これからお昼なんだ。一緒にいいかな」
「構いませんが……その、お昼ご飯はどこに?」
……そういえばまだ買ってなかった!
しかしここまで来てやっぱりやめますなんて言えるはずもない。
「――――今から買ってくる!」
「………ふふっ。わかりました。では、お茶の用意をして待っていますね」
そんなわけでダッシュで購買に向かい、適当にいくつかパンを購入。……なんとなく、デアリングタクトが少しばかり痩せ気味なことも考慮して追加で良さそうなものも引っ掴んでレジへ。
そうしてまた走って戻ると、保温瓶にお茶を入れてきたらしいデアリングタクトが紙コップを用意して待っていた。
「……粗茶ですが」
お茶の良し悪しは分からないものの、恐らく茶葉そのものは普段飲んでいるものとそう変わりはないお茶だった。ただなんとなく、丁寧に淹れていあるのだろうなという印象で。
「美味い……優しい味だな」
「――――ありがとうございます。おばあ様から教わったので、少しだけ自信があるんです」
いやまあ、どう見ても紅茶淹れていそうな見た目のデアリングタクトから緑茶が出てくるとは思わなかったけれど。
「あとこれ、今日の練習メニュー」
「え?」
購買で売ってる菓子パンをいくつか。あと、初めて会った時に牛の話が出ていたので、ちょっとお高い牛乳も添えてみた。
「う、受け取れません!」
「食べるのも大事な練習だから。美味しいお茶のお礼、あと選抜レースの応援ってことで。……まあ、君のファン一号から、ってことにしておいてくれ」
「………その言い方、ずるいと思います。このお礼は、あとで絶対しますからね」
「じゃあ夜の練習の時もお茶が欲しいな」
「………お茶菓子だから、なんて言ってまた持ってこないで下さいね?」
「バレたか」
じとーっとした目で見られたけれど、デアリングタクトは暫く悩んだ後「もうっ」とちょっと拗ねた様子で菓子パンをひったくった。
「…………必ず勝ちますから、責任は取って下さいね」
「え」
「……え、って何ですか!? も、もしかして選抜レースが終わったら用済みですか!? そういうの、酷いと思わないんですか!?」
いやむしろこっちが用済みじゃないかなーと。
ということを丁寧に説明すると、デアリングタクトはスッと目を逸らし。ものすごーく言いにくそうに呟いた。
「………め、だったんです」
「え?」
「――――ダメだったんです! 選抜レースに出るタイミングを~なんていうのは嘘で、本当はもうレースに出てて! でもスカウトしてもらえなかったんです!」
「うっそお」
「嘘だったら私こんなに苦しんでないですよ…!? なのに皆からデアリングタクトさんなら一発ですわね、なんて尊敬の目で見られたりして凄く居心地悪いんです! 本物の名家の人と違って伝手も何も無いのに!」
「ご、ごめんごめん」
まあ確かに頑張りすぎてしまうところとかがあるので、レースに出て掛かりまくったとか――――というと心当たりがあったのか、デアリングタクトはへにょりと耳を萎れさせた。
「だって、おじい様とおばあ様の夢を叶えたくて……大きなレースで勝って、皆のお陰で勝てたんですって言いたいのに……こんなことじゃ、私――――」
「――――タクトはさ、努力家だよな」
「え。な、なな、なんですか急に」
「不整地でも走れるように頑張ってたからかダートでもしっかり走れるパワーがあるし、坂にも強い。勝負所での根性もある」
「あ、その……」
「夜間練習のタイムだって、どんどん良くなってる。もっともっと、君は伸びるよ。俺が保証する。勝てる、なんて無責任なことは言えないけれど―――君はもっと強くなれる」
「………」
「選抜レースだって、スカウトされなかったら絶対に俺がスカウトするから。だから、安心して走っておいで」
「……はい」
うつむいて、でもしっかりと頷いてくれたデアリングタクトに少し安心する。
選抜レースまで、あと少し。
それでこの関係が最後になるとしても、これからも必ず応援しようと思った。