(これは―――負けた)
――――確かに作戦は完璧だったはずだった。
多少見積りの甘さがあったことは否定できないし、デアリングタクトの性格をまだ把握しきれていなかったというのもある。
だが――――だがまさか。
「どうですか、おばあ様直伝の味は。美味しいでしょう? 美味しいですよね…?」
「まさか菓子パンのお礼に弁当とは……御見それしました。美味しいです」
にんじん入りハンバーグ、漬物、マッシュポテト、サラダ。そしてご飯。
デアリングタクトに十分に栄養を取ってもらうべく、お茶を提供してもらう対価にお茶菓子を差し出す作戦。それがまさか、弁当を作らせてしまうことになるとは…。
なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも、とてもおいしいので堪能させてもらう。
微妙に不安げだったデアリングタクトもそれを見て顔を綻ばせた。
「そうですよね! これでダメだったら――――いえ。とりあえず喜んでいただけたようで何よりです」
「なんか微妙に怖いんだけど。……あ、これお茶菓子ね」
カロリー高そうなお饅頭なんかを中心に、緑茶に合いそうな和菓子を持ってきてみた。
「あ、チョコ饅頭。白あんが美味しいですよね」
「……そうなんだよね」
完全にお嬢様な見た目なのに100円のお菓子にも詳しいとは…。
彼女が上品に食べる仕草を見ると、まるで高級和菓子のようにすら見える。でも100円。脳がバグる…。
「むむむ……ですがこれでまた費用的には巻き返されてしまいましたね」
「いや、材料費ならともかく手間賃入れたらどう考えても君の方が上だから。頼むからしっかり休んで……」
「あら。一人分でも二人分でもあまり手間は変わらないんですよ? 美味しく食べてもらえるのなら、やる気も出ますし―――お菓子も出るなら、なおさらです」
じゃあもっと良いお菓子買って来よう…。
気に病まないようにと安いお菓子中心に買ってきたのが裏目に出るとは。まだまだ俺は彼女のことを分かっていないらしい。
「ともあれ、今日もトレーニング宜しくお願い致します」
「了解」
さあ、彼女のために考えてきたメニューだ。
自分もトレーナーとして、トレーニングでもデアリングタクトのためにできることをしなくては!
………
……
…
「―――――よし! ここまでにしよう!」
「――――ふぅ。ありがとうございます」
正直に言ってしまえば、今のデアリングタクトの走りは目立った何か――――特別なスピードやスタミナ、パワーがあるわけではない。
けれど砂の厚い坂路でも脚を取られない走りは、きっと重心や踏み切り方の巧さによるものだと思う。そうした天性の走るセンスに能力が伴えば、きっと。
………
……
…
そうしてトレーニングを重ね、遂に選抜レース当日――――。
「………絶対勝たなきゃ。勝たなきゃ。私は――――」
デアリングタクトも気合が漲って―――…漲りすぎでは?
入れ込みまくっている姿になんとかしなくては、と思うものの。新人トレーナーの自分ではどうすれば正しいのか分からない。
けれど――――。
浮かんだのは、あの偉大なウマ娘の姿だった。
「――――レースに、絶対はない」
「……っ」
どんなウマ娘でも、敗北はある。シンボリルドルフでさえも。
けれど、勝負なのだ。だからこそ彼女の無敗の三冠という重みは“違う”。
デアリングタクトの視線は鋭い。「それでも私は勝ちたい」と強く訴えてくる。
「君は、何のために走る? 教えて欲しいんだ。夢でも、目標でもいい。きっとその走る理由が、君の苦しい時を支えてくるから」
「……私は、おじい様とおばあ様の夢を叶えたい。『愛を持って接すればきっと応えてくれる』、そう言っていた二人に――――誰よりも愛してもらった私が、誰も見たことが無い夢を、見せてあげたい」
「誰も手が届かなかった――――無敗のトリプルティアラを」
「そうか」
良い夢だ。
けれどその道は、険しい。負けてはいけないというプレッシャーは、本来よりもその脚を鈍らせる。だから、あえて断言しよう。
「――――じゃあ、このレースには。今のデアリングタクトには絶対がある」
「……………え。………そんな、気休めなんて――――」
いや、気休めなんかじゃない。
極端な話、選抜レースで負けようがURAの記録には、無敗のトリプルティアラには何の問題も無い。本番で勝てばいいのだ。
「思い出すんだ。
「………それは、少しズルいと思うんですけど」
そう、ズルい。まあ大人ってのはズルいものなのだ。
けれど自分だって、こんな有望株を逃すような真似はしたくない。選抜レースの走りを見たからではなく、君の練習と、努力する姿を見て、スカウトしたいと思った。
「例え、君がこのレースでイイトコ無しだったとしても――――“絶対”にスカウトする。もう勝ってるんだから、気楽に。そうだな、俺に今の君の走りを見せてくれればいいよ」
「ふふっ。―――なら、ウイニングランですね。見ていて下さい、貴方が私にかけてくれた期待には応えてみせますから」
呆れたような、少しの安堵と拗ねたような表情。
それでも落ち着いた様子でデアリングタクトはゲートに向かった――――。
―――――――――――――
(―――――“絶対”がある、ですか)
無敗の三冠、シンボリルドルフ会長。
おじい様がシンボリ家と関係あることもあり、意識していないと言えば嘘になる。
今回限りの“絶対”。
けれど、スカウトしてもらえなかったという心の隅に残っていた重苦しい不安はどこかに消えて。
(でも、そんなお情けでなんて認めない。――――絶対に、私が良いって言わせて見せますから)
――――心地よい緊張。
ゲートが開き、迷わず駆けだす。
よどみなく中団につけて、好位をキープ。
最終直線で抜け出し、そのままギアを上げる。坂路で鍛えられたピッチ走法――――軽く抜け出し、突き放す。
―――――何の問題も無かった。
ともすれば拍子抜けしてしまいそうな、力の差を見せつけるような圧勝。
けれど、大げさなくらいに喜んでいるトレーナーを見ると、なんとなくおかしくなって頬を緩めた。
『―――――デアリングタクトだ! 一瞬の加速で見事に抜け出し圧勝!』
見ていたトレーナー達が何か言ってくる前に、もうメイクデビューで勝ったくらい喜んでいる人の前に。
「――――どうでしょう。お眼鏡に叶いそうですか?」
「それはもう」
「では、せっかくなので最高のスカウトをお願いしますね?」
「……えー。レース前のじゃ、ダメ?」
にっこり。
そこは褒められたい乙女心とウマ娘心も察して欲しい。
笑顔で無言の圧。
おばあ様直伝の技に気圧されたトレーナーさんは、ちょっと困った様子で頬を掻いてから言った。
「君の走りと根性に、夢を見た。―――――だから君の夢を、一番近くで支えさせて欲しい」
「………褒めるところ、そこですか?」
つい真顔、というかジト目で言ってしまい。
スッと目を逸らしたトレーナーさんだが誤魔化すように言った。
「いやだって、タクトの良さって根性かなって」
「……絶妙に喜びにくいのですが…!」
「うっ……ダメかな」
「…………はぁ」
なんとなーくすっきりしないけれど。
私は、この人が良い。今“絶対”があるとすれば、まさにそれだった。
「仕方ないです。私、精一杯尽くしますから――――トレーナーさんも、応えてくださいね?」