午前中の仕事もひと段落し。
少し早めに練習場に向かおうかというところで何やら騒がしさを感じた。確かタクトのクラスメイトのウマ娘たちだ。
「ね、ねえ見てあれ」
「クリスエス先輩と――――タクトさん!? す、すごい……怖くないのかな…」
遠目に見ても凄いオーラだ…。
仏頂面にしか見えない表情で何故か佇んでいるシンボリクリスエス。そんな彼女に優雅に話しかけるのは……デアリングタクトだった。
「ごきげんよう、クリスエスさん」
「――――…ああ」
「今日はどうなさったのですか? もしや、またタニノギムレット先輩と勝負を?」
「――――いや。別件だ」
凄い迫力…なのだが。
気にした様子もないというか、むしろ楽しそうなタクトが気になってしまい―――目が合った。
「――――…あれが」
「はい。あの方が私のトレーナーさんです」
えっ、ちょっと待って。こっち来るの!?
既に気圧されてはいるものの、まさか逃げるわけにもいかない。仕方ないのでタクトの顔に視線を固定すると、微妙に照れたような顔で近づいてくる。
「―――――…後輩が、世話になっていると聞いた」
「あっはい」
ひぇっ。何かしましたか俺…!?
思わずタクトに視線を向けると―――笑ってる!?
ピクピクと震えている尻尾といい、笑うのを堪えている彼女の様子。そしてなんとなーく、タクトに雰囲気が似ているシンボリクリスエス――――もしや。
「タクトは素晴らしいセンスを感じさせてくれるウマ娘なので――――これまで誰も手が届かなかった称号を掴めると、俺は信じています」
「ちょっ、トレーナーさん…!?」
「――――…そうか」
「もちろん走りも良いですが、義理堅いですし……努力家ですからね」
「――――そうだな」
「……ぅ。ちょ、ちょっと待って下さい」
――――分かった。この人、タクトと同じだ…。
デアリングタクトが深窓の令嬢な雰囲気で誤解されているのと同様に、彼女も威圧感のある雰囲気で誤解されているだけで優しいウマ娘らしい。
「――――タクトは……――優しい」
「ですね! もっと彼女の良さを引き出せるように俺も頑張ります」
「―――……いや、貴方にスカウトされて―――――喜んでいた」
「…っ! もうっ! クリスエスさん、それは秘密です! トレーナーさん、行きますよ!」
タクトに手を掴まれ、引っ張られる。―――素晴らしいパワーだ。
ピッチ走法も普段より脚がよく回っている気がするし、これは練習に活かせるかもしれない―――!
………
……
…
そんなわけで練習である。
シンボリクリスエスが謝罪がてら併走を申し込んでくれたので喜んで受けたのだが――――入れ込みまくったタクトは鈍った末脚をあっさりと突き放されて負けた。
「―――――タクトって、意外とメンタル弱いよね」
「………!? な、なんですかいきなり……それは、私だって特段メンタルが強いとは思っていないですけど…!」
責任感強い割には感性が普通なので、かなりテンパった末にボロボロになる気がする。
もうメンタル強くないというか、よわよわメンタルと言っても良いのでは? 負けられない戦いはまだ始まってないわけで、もうちょっと肩の力を抜ければ良くなりそうだが…。
「責任感が強いからなぁ……」
「そ、それほどでもないですよ…?」
見た目だけならトリプルティアラでも違和感ないくらいの生粋のお嬢様なのに…。
この子、仮に桜花賞やオークスに出れたとしても緊張しすぎてボロボロになるのでは? メンタルボドボド…。
うーん。なんとかメンタルの問題を解決できないものか…。
とりあえずレースの時だけイヤーキャップ二重とかも試してみるとして。
「そういえば、タクトはレース中どんなことを考えてるんだ?」
「……レース中、ですか? それはもちろん位置取りを見ながら慎重に仕掛けるタイミングを見計らって――――」
いやそういう建前はいいから。
「うっ。……まあその、もっと早く前に行かないとー、とか」
「うん」
「負けたらどうしよう、とか。追いつけなかったらどうしよう、とか」
「うん」
「そうしたらおじい様もおばあ様もがっかりするかな、とか……」
「うん」
なるほど。
まあ要するに『期待に応えたい』『がっかりさせたくない』というのが大きそうだ。
思うに、この子は背中に色々なものを背負いすぎてるのだろう。それは、強さの源であるのと同時に焦る理由にもなっていそうだ。
とはいえ普通に力を抜けてと言われて抜ける性格でもないだろうし…。
「――――よし、じゃあ先達に聞いてみよう」
「………?」
………
……
…
「――――な、なるほど……それで私に!?」
「ああ。ダービーウマ娘にして日本総大将、ジャパンカップではあのモンジューに勝利、有マ記念でも見事な勝利を飾ったチームシリウスのエース、スペシャルウィークさんなら間違いないと思って」
「よ、宜しくお願い致します!」
というわけで、スぺちゃんである。
いや実際に面と向かっては呼ばないけども。それでもプレッシャーのかかるここ一番で勝利してきた――――肝心な時しか勝てないとか言ってはいけない――――メンタルボドボドとは正反対な大物ウマ娘である。
心なしか緊張しているらしいタクトを見て、気合を入れたスぺちゃんだが――――。
「ええっと……でも、私もいつも緊張してばっかりのような?」
がくっ、と微妙にずっこけかけたタクトだが、見た目はなんとか清楚だった。
「そうだな、じゃあレース中に負けた時のこととかって考えてたりする?」
「む、むむむ……レース中ですか? ええっとですね……お母ちゃんに良いところを見せたいなー、とか。スズカさんみたいにカッコよく走りたいなーとかは考えてますけど」
「―――私の場合、もう何度も負けちゃってますし。あんまり深くは考えてないというか。どちらかというとレースの時に太め残りだったりとかレース前の失敗が……」
「じゃあ最初のレースは?」
「それは覚えてます! 二人のお母ちゃんの夢のために走る、その第一歩なんだから楽しまないと―――って、スズカさんが!」
「……夢のための、第一歩」
噛みしめるように呟くタクトに、スペシャルウィークはそれまでのそそっかしい感じから一転。日本総大将らしい落ち着いた雰囲気で諭すように言った。
「いいんだよ、タクトちゃん。私のお母ちゃんも負けたとか夢が叶わなかったとかそのくらいのことでがっかりしないから。――――元気でいること! 楽しく過ごしてること! 辛かったら帰ってくること! ……みたいな感じで…?」
「ふふっ、そうですね。ありがとうございます、スぺ先輩」
少しばかりすっきりした様子のタクトを連れて、一応他にもアポを取っておいたシンボリクリスエス、あと居合わせたルドルフ会長、マルゼンスキーにも話を聞いて。
少しばかり肌寒くなってきた11月――――デアリングタクトは、メイクデビュー戦に挑むことになった。
―――――――――――――――
今日はデアリングタクトのデビュー戦…!
京都で行われる芝1600、右回り。2番人気とのことで、実は人気をけっこう気にしていたらしいタクトもいい具合に力が入っていた。
「……だ、大丈夫。私は大丈夫……だいじょうぶ……」
「どうみても大丈夫じゃないぞ!?」
「と、トレーナーさん……どうしましょう。緊張して手が震えて……」
ただでさえ白い顔が、もっと青白くなっている。
緊張して冷え切った手を握り、温める。体温を感じればわずかでも落ち着くのでは―――そんな考えはどうやら当たってくれたようで。
小さく息を吐き、甘えるように頭を寄せてきた。可愛いかよ。そんなタクトの頭を落ち着かせるように撫でて。タクトが少し頬を緩め―――次の瞬間、見事な瞬発力で後ろに下がった。
「ありが――――トレーナーさん…ど、どこを触ってるんです!?」
「え。頭…?」
「頭ですけど……その、女の子の頭を気安く触るのはどうかと思いますよ!?」
「いやだって」
なんか近づけてきたし、撫でて欲しいのかなと。
ちょっぴり顔の赤いデアリングタクトはじりじりと距離を離しながら言った。
「か、勘違いしないで下さい。なんとなくです! 別に撫でて欲しいなと考えてやったわけではありませんから!」
「お、おう」
むしろ無意識にやってる方が可愛いのでは?
さては噂のおじい様、おばあ様には甘えていたに違いない。そんなことを考えていると無言で尻尾でバシバシで叩いてきた。……別に痛くはないのだが、俺は虫かな?
「もうっ! 私の頭は安くないので、そうですね……無敗のトリプルティアラが取れたら――――いえ、二冠………桜花賞が取れたら! いいですよ?」
「撫でて欲しいのな」
「………いえ別に。ただ、頑張ったご褒美くらいあってもいいと思うのです」
それ撫でて欲しいって意味じゃないだろうか…。
しかし毛並がサラサラのふわふわなので、本人が喜んでくれるのなら是非とも触りたい。
「じゃあ桜花賞までお預けか――――」
「えっ」
なんでちょっとがっかりしてるんだ…。
へにょりと垂れた耳に思わず笑いそうになりながら言いなおす。
「……頭、撫でたいなー」
「し、仕方ないですね。じゃあ勝ったら――――なんで笑ってるんですか!? もうっ!」
照れた顔はどこか年相応のようで――――普段よりも柔らかいタクトについ微笑んだら怒られてしまった。変な意味じゃなく、好ましいから笑っただけなのだが…。
「――――よし、じゃあ走り切ったら“絶対”頭は撫でる」
「……別に撫でられるために走るわけじゃないですよ?」
じとーっとした視線にさらされるが、必要経費とする。
ほどよく緊張の取れたタクトは、好きな柄だという髪飾りをしっかり直してから上品にお辞儀をした。
「では、行って参ります」
「――――ああ!」
―――――――――――――――
『―――――1000m通過して、ここまでのタイムが1分1秒程度。平均か、メイクデビューとしてはやや早いタイムでしょうか。さあ最終直線にはいってマッシュリリーが先頭! 後方からはハイセキュリティーが追い込んでくる!』
『内からはスローウィンド! 更にヒロシマサンライズ!』
最終直線に入って、完全に前が詰まったデアリングタクトは止む無く外へ。
大きなロス――――だが、目が合ったようにも思える彼女の瞳には闘志が燃えていて。
(……心配、いらなそうかな)
いややっぱり心配だけれども。
熾烈なデッドヒートを繰り広げる前方など知らぬとばかりに、悠々と外から撫で斬りにしていく。
頭一つ抜けたパワーとスピード。
他の子の動きが鈍く見えるほどの脚の回転でスルリと抜け出し、そのまま突き放してゴール。
『外からデアリングタクト! デアリングタクトだ! デアリングタクトが先頭で今―――ゴール! 勝ち時計は――――』
上品に手を振るタクトが、こちらに向けて僅かに微笑む。
こちらも笑みを浮かべて手を振り返し―――――。
………
……
…
「………」
「………」
レース後の控室。無言で見つめ合う。
何か言いたげなタクトだが、しばしの沈黙の後にするりと頭を寄せてきた。
「……疲れましたし、緊張しました。すごく」
「ああ、でもいいレースだった」
ねぎらう気持ちを込めて頭を撫でる。
「……前、綺麗に塞がっていましたし……ちょっと、ダメかなって」
「うん」
「でも、なんとか落ち着いて外に出て。……トレーナーさんの顔、見えましたよ。凄い必死な顔をしてたので、少し冷静になりました」
「そ、そうかな? まあ必死に応援はしてたかな」
全く自覚なかったというか、自分では冷静なつもりだったのだが。
くすり、と微笑んだタクトは――――スッと遠ざかった。
「はいおしまいです、ありがとうございます。……ライブの準備をしますから、外で待っていて下さい」
「お、おう?」
流石に着替える準備をされては出ていくしかない。
なんだか微妙に釈然としないような感じを受けつつも、初めての担当のライブを楽しみに気分を切り替えるのだった――――。
――――――――――――
なんとなく恥ずかしくなって追い出してしまったけれど。
まあ、あんな表情をしてるトレーナーさんが悪いと思う。
「……必死に応援してた、かあ」
故郷は何分小さなところだったので、おじい様、おばあ様以外の人との関わりは極端に少なかった。だからだろうか。自分以外にも未熟な、言ってしまえば青臭い人というのは新鮮で。
あれだけ熱心に練習を見てくれるのも、おじい様とおばあ様以外では初めてだったし。
『愛を持って接すれば、応えてくれるんだよ。―――動物でも、人でもね』
……まあ、練習の他に色々と手を回してくれたのもトレーナーさんの愛情……だろうか。それには応えてあげたいと思うので、やっぱりおばあ様の言う事は正しいと思う。
「とはいえ、練習以外でも見ていただいたんですから。お返しはしないと……何がいいかなぁ」
料理? それともお菓子…?
そんな楽しい未来に胸を膨らませながらライブに向かうのだった――――。
というわけでひとまず完結です。
リハビリがてらの作品にここまでお付き合いいただきありがとうございました。
デアリングタクト(捏造)
小さな牧場生まれ、トリプルティアラ、うまゆるの祖父(ボリクリ)の影響もありどう見てもお嬢様だしそう思われてるけどメンタルよわよわ娘にされた子。
入れ込みまくる、オークスで発汗のエピソードもあるしきっと責任感強いんだろうなぁ…。どっかの動画で女性スタッフにツンデレ扱いされてたのでこんな性格に。
デレてクーデレになってほしい