何卒、生暖かい目で見ていただければ幸いです。
『ヴモオオオオオオオオ!!』
眼前には牛頭人体の怪物。『ミノタウロス』。
―あぁ、情けない。浅慮で欲にまみれた僕の命運はここで尽きる…日々、死者を生むダンジョンに一攫千金ならぬ一攫美少女を求めた僕はバカでそんな絵空事は夢のまた夢だった。
ベル・クラネルは死地の最中にそう思い馳せた。走馬灯のように駆け抜ける祖父との日々。一か月という短い期間であったが、危険と隣り合わせの新鮮で期待に満ちあふれていた冒険者としての生活。神様との日々。そして、忘れもしないベルに頻りに言い聞かせていた祖父の言葉。
『男ならハーレム目指さなきゃな!』
―この言葉を懐中に抱いて死ぬのか…
『ヴゥムゥン!!』
牛頭人体の怪物が唸る。
もうこれまでか。とあきらめたベル・クラネルは恐怖に負けてぎゅっと目を瞑る。
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致命の衝撃は…こない。
ベルは恐る恐る目を見開くとそこには女神さまと見紛うような少女が、いた。
眩しいくらいの銀の鎧。それを纏う華奢な身体。そこから伸びるすらっとしたしなやかな肢体。その細い腕に握られているのは血を滴らせたサーベル。腰にまでかかる長い金髪はきらきらとしていて輝いていた。ベルを見下ろす瞳の色は金色。
蒼い装備を身に纏った、金髪金眼の女戦士。
経験の浅いベルでもわかる。この目の前の人物は全冒険者の中でも最強の一角と謳われるLv.5。
【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
「あの…大丈夫、ですか?」
控えめでありながら確かにベルを心配する声。繊細な響きを含ませたその声色は、ベルに迫っていた命の恐怖をやわらかく溶かした。
その凛と響く鈴のような声を聴いたとき、ベルの心は激しく揺れた。
揺れて揺れて揺れて
それが収まった時、ベルの心の中に彼女の姿は焼き付いた。
焼き付いて焼き付いて焼き付いて
今後、ベルの心の中ではその姿が憧憬と重なり熱を発することになる。が、当のベルは
「うわあああああああああ」
混乱の中で、あらん限りの絶叫を放って恩人を尻目に脱兎のごとくその場から逃げ出した。
ただ、確かにこの瞬間、ベル・クラネルはアイズ・ヴァレンシュタインに恋をした。
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この世に生を受けてから間違いなく最悪の恥を晒し脱兎したベルはダンジョンから帰還することができず、またしても窮地に陥っていた。
目の前でフロッグシューターが生れ落ち、傷ついた獲物を狙っていたコボルドに挟撃され、騒ぎを聞きつけたゴブリンが集まってきたのだ。まともな武器もない、振り絞れるだけの体力もない疲労困憊のベルはこの上層のモンスター群による包囲網から抜け出せずにいた。
―くそっ、あともう少しなのに。あんな醜態を晒した挙句死にたくない!!もう一度!もう一度!アイズさんに会いたい!そして謝って!!そして!!
そう心で叫んだとき、ボゴッとベルの頭部に鈍い音が響く。ゴブリンのこん棒で強かに打ち付けられたのだ。
ぐにゃりと歪む視界。倒れゆく身体。四肢からは力が抜け落ちる。暗澹とした暗闇に意識を奪われようとしたとき、目の前の迷宮の壁からボコリと迷宮生物が生れ落ちる音を聞いた。
―最後の最後までついてないなぁ…僕は。こいつらに食われるのは嫌だな。
もはや身を起こす力も顔を上げる力もない。倒れ伏し、目を閉じようとしたとき、ベルの首根っこを掴み引き上げる者がいた。
「おい、坊主。ここはどこだ?」
―冒…険、者?ここがどこかなんて聞くのはおかしな人だ。
もう回らない頭が違和感を機に少し動き始める。閉じていた眼をなんとか開く。
その眼前の男は一目見て異質だった。
一言で表すのであれば白。
白い肌に白い短髪。白い和装。何よりも異質なのはその眼であった。瞳と白目が常人とは真逆となっていたのだ。白目が黒く、瞳が白い。
「ここ…は、オラリオの。ダンジョン、です」
「そうか、もう一つ聞くけどよ。こいつらはぶった切っていいんだよな?」
薄れゆく意識の中、ベルはかろうじて返事を返すことができた。
「は、い」
「わかった。待ってろ。蹴散らしてきてやる」
そういうや否やベルの背後からこの階層全てを揺らすような爆音が轟く。
「これで少しは落ち着けるな。ん?おい。寝るな寝るな」
白い男はぺちぺちとベルの頬を叩く。それでもベルの意識は戻ることなく、すでにすぅすぅと寝息をたてていた。
「おーい。寝ーるーなー。」
ベチン!!
「だから寝るなっつってんだろうが!!」
頬を叩かれた痛みと怒鳴られたショックでベルの意識は覚醒する。
「は、はい!!」
「せめて、ここから出てお前の住処まで案内しろ。」
「わかりました!!」
ベルは幸運にも突然現れた白い男に背負われて【ヘスティア・ファミリア】の本拠であるうらぶれた教会までの帰路に就くことができた。教会までベルは白い男と二三言言葉を交わすのみであとは道案内以外の会話はなかった。
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「あ、ここです。ここが僕の【ファミリア】のホームです」
「けっこうくたびれてんなぁ。本当にここに住んでんのか?」
白い人の直球な感想にベルはハハハと背負われながら教会の中に入る。教会の中も外見同様半壊している廃墟であった。ベルは白い男を連れて慣れた足取りで祭壇の先にある小部屋に入り、その小部屋の一番奥の棚の裏にある隠し階段をさらに下ってドアを開け放った。
「神様、帰ってきましたー!ただいまー!」
「やぁやぁお帰りー。今日も遅かったねー」
ベルの帰宅の言葉に返すように部屋の中から少女の声が響く。トトトトと少女は素早くベルのもとへと駆け寄る。ベルのことしか眼中にないらしく白い男には気づいていない様子だ。というよりベル以外の人物がいるとは思ってもいないらしい。
「ベル君、今日も大丈夫だったかい?おや?怪我してるじゃないか。はやく横になりな。私は救急箱をすぐ持ってくるからさ」
少女すなわち神ヘスティアが救急箱を取りに戻ろうとしたとき、その異物に気づいた。
「君は?」
ベルとともに地下室に入る白い影。ヘスティアに促されベッドに横になったベルの足元に白い影は腰を掛けた。
「邪魔するぜ。そこの坊主を助けてここに連れてきたもんだ。迷子みたいなもんでな。助けたついでに色々聞きたくて着いてきた」
「そうです。この方が僕を助けてくれた上にここまで送ってくださったんです」
「そうかい。ベル君を助けてくれたことは感謝するよ。ところで…」
ヘスティアは白い影を見据えて歯切れ悪くこう尋ねた。
「君は何者だい?」
「俺か?」
白い影は自身の存在を問われ、
「俺は斬月だ」
自身の名を神へと答えた。