ナンジャモさんのお隣さん   作:ハッコウシティ在住無職

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パルデアケンタロスが黒毛和牛にしか見えない無職です。
対戦よろしくお願いします。



おサボり

 

 場所や世界は違えど、空の青さだけは変わらないものらしい。

 

 木陰に寝っ転がった自分の頬が微風に揺れる草の葉に撫でられるのを感じながら、空を見るたびに抱く感想が彼の頭をよぎった。

 それと一緒に、とりとめのない考えが脳裏に浮かんでは消えていく。例えば今日の夕飯は何だろうとか、明日の天気は何だったっけとか、そういう大した意味を持たない考えたちだ。

 

 そんな思考と共に流れてくる微睡みに身を任せる事の、なんと幸せなことか。今は昼の真っ只中だというのに、そして世間一般的には働く時間だというのにも関わらず、それに真っ向から逆らい惰眠を貪ることの愉悦は大人にしか理解できないものだろう。

 ……そう思考している彼は、誰がどう見ても子供であった。しかしその思考と精神性は、既に成熟した大人のそれと遜色なく仕上がっている。

 

 惰眠を貪ろうとしている彼が目を閉ざすと、様々な音が耳からよく聞こえる。遠くでガサガサと生き物が草むらをかき分ける音、遠くから小さく聞こえるバシャバシャという水音、何かの鳴き声と、それに付随するバサバサという羽ばたく音……。

 ……そして、ぽとりと自分のすぐ横に何かが落ちた音。それも一回限りではなく、何度もぽとぽとと落ちてくる音が聞こえてきた。しかも段々と近くなっている。

 最初は足元、次にお腹の近く、そして耳の真横といった具合にだ。

 

 たまらず寝転がっていた身体を起こすと、その直後に木の上から何かが彼の横に飛び降りてきた。

 トスッと軽い音を立てて彼の見慣れたポケモンが地面に降り立つ。

 

 ……そう、ポケモンが。

 

「まっほー」

 

 ポケモンと聞いて真っ先にイメージされるものといえば、やはり携帯ゲームタイトル"ポケットモンスター"だろう。

 ゲームの中でも特に高い知名度を誇るそれは、子供から大人まで幅広い世代を虜にする魅力でもって、長いこと愛されているビッグタイトルである。

 

 ポケモンに魅了されたことのある人間なら、一度くらいはポケモンが現実に欲しいと考えた事があっただろう。

 とはいえ、ポケモンはあくまでゲーム。夢と現実の分別をつけられる一般人であるなら、それらが現実に存在する筈がない事など誰に言われるまでもなく理解できている。

 

 少なくとも、ちょっと前までの彼の常識はそれであったし、彼を取り巻く世界の常識もまたそうであった。けれど——

 

 足元で胸を張るような仕草をするマホイップという名前のポケモン。それは彼が昔に画面の向こうで散々見たものと同じものだが、画面の中にしか存在しないはずのそれが、目の前に現実のものとして存在していた。

 もう何年も経つというのに、当たり前となったこの光景に未だ慣れないのは、もう通用しなくなっている過去の常識を捨て切れていないが故なのだろう。

 

「まほまっ」

 

(……ほんと慣れないな。当たり前みたいにポケモンが彷徨いてるの)

 

 地面に落ちたオレンのみを拾うマホイップを他所に周囲を見渡せば、空は鳥ポケモンが飛び、大地はケンタロスの群れが闊歩し、更に近くの川ではマリルやブイゼルといった水棲ポケモンが泳ぐ。

 人の手付かずの自然の中で、当然のようにポケモン達が暮らしている光景は見慣れたものだが、未だに脳が違和感を訴える程度には非現実的に感じるものでもあった。

 

「……まほ?」

 

「なんでもない。木の実ありがと、貰うよ」

 

 そんな彼の様子を見て、皮を剥いて中の可食部を剥き出しにしたオレンのみを、手から出したクリームでデコレーションしたものを抱えたマホイップは首を傾げる。

 その姿に気付いた彼はマホイップへと微笑を向けて、デコレーションされたオレンのみを受け取って可食部へと齧りついた。

 

「……うん、美味い。いつもありがとなクリーム」

 

「まほ」

 

 マホイップを"クリーム"というニックネームで呼べば、嬉しそうに表情を綻ばせて声にも感情が乗った鳴き声が返ってくる。

 かつてポケモンをゲームとして遊んでいた時に名付けた、クリームというニックネームに反応するあたりからして、過去のゲーム内個体と同一の存在なのだろう。

 

「あっ! やっぱりここにいた!」

 

「ラッキー」

 

 暫くマホイップと戯れていると、道の方から聞き慣れた声がした。そちらを見れば見慣れた顔と、その後ろを着いて来る、家で留守番している筈の彼のポケモンが歩いて来ているところであった。

 

「ナンジャモ」

 

「ユウったら、またおばさんが探してたよ! もー、ダメじゃん家のお手伝いサボったら!」

 

 腰に手を当て、ぷんすかという擬音が似合いそうな怒り方で座り込んでいる彼を見下ろすのは、ピンクと水色の髪色が目を惹くナンジャモという彼と同い年のご近所さん。

 半袖に半ズボンという活動的な格好で、どうやら彼の母親に頼まれて彼を探しに来たらしい。

 

「サボってるとは人聞き悪いな。危険な街の外に出て木の実を集めていたってのに。ほら見ろ」

 

「……オレンのみしか入ってないじゃん」

 

「一番美味いのがオレンなんだから仕方ないだろ」

 

 マホイップが袋に詰めたオレンのみを掲げて見せると「えっ、これだけ?」とでも言いたそうな表情でナンジャモは彼を見た。しかし咳払いを一つすると、その表情をさっきと同じ怒っているようなものに戻す。

 

「……と・に・か・く! おばさんが待ってるから、さっさと帰るよ! まったくもー、毎回迎えに来るボクの身にもなってよね」

 

 言葉を聞く限りでは呆れているような物言いだが、それが本心からの言葉でない事を彼は知っている。

 まったくもー、の辺りから目線が彼からナンジャモの手元にあるモンスターボールに移り、それを見て口元がニヤついているからだ。

 

「でもポケモン使えて嬉しいだろ」

 

「それはー……まあ……」

 

 彼が今いる地方──パルデアというらしい──では通常、10歳にならなければ自分のポケモンを持つことは許されない。そして彼とナンジャモはまだ8歳であるから、本来ならばポケモンを持っていない筈だった。

 

 しかし例えば彼のように、誕生日の夜に"誰か"の知識や経験、記憶といったモノを全て取り戻し、それに呼応するかのように枕元に貰った覚えの無い──けれどやけに見慣れたポケモンたちの入ったボールが山積みされるような事が起これば、自分だけのポケモンを手にする事も可能であるのだ。

 

 もちろん、そんな彼の事例は世界を探しても二度とない例外であるが、親がお金持ちなら家庭教師を雇うことで、10歳より早い年齢でも自分のポケモンを貰い、そのポケモンで生き物としてのポケモンの扱いやバトルの術を学ぶ。という英才教育は上流階級の常識として存在していた。

 とはいえ、それはあくまでお金持ちの上流階級の話。一般家庭の子供たちは10歳になるまでポケモンを持てず、それ故に自分だけのポケモンを持っている同年代に並々ならぬ羨望の念を抱く事が多い。

 

 ナンジャモもまた、そんな羨望を抱く子供の一人である。トレーナーズスクールに通いつつ自分のポケモンを持つことを夢見る、ごく普通の子供なのだ。

 そんな子供が、一時的かつ他人のとはいえポケモンの入ったモンスターボールを持ち、街の外に出る機会を見逃すはずもない。

 

「どうだった。ラッキーは暴れたか?」

 

「ううん。今日も穏やかだったよ。まあ、相変わらず指示は全く聞いてくれないけど……」

 

 ゲームの話になるが、他人から貰ったポケモンは、レベルが高いと一定数ジムバッジを持っていないトレーナーの言うことを聞かなくなる。というシステムがある。

 あれはゲームを他人のポケモンで無双しないための制約だと彼は思っていたが、どうやら現実にも適用されているらしかった。

 

 そっぽを向く、勝手に別のワザを使う、昼寝を始めるetc……。他人から預かったポケモンや貰ったポケモンを使うトレーナー側の実力が足りなければ、そのような行動を実際に取るのである。

 それどころか自分で捕まえたポケモンでも言うことを聞かないケースがあり、毎年のように、力量に見合わぬポケモンを捕まえたは良いものの制御出来ず、一定数のトレーナーが死んでいるのだとか。

 

 どうやらポケモンに自分の実力を見せつけないと下に見られて舐められる。というのが理屈らしく、バッジを得られるほどの実力があれば、ポケモンも自然に実力を察知して従ってくれるのだという。

 

 そんな理由があり、他人に──それも子供相手なら特に──ポケモンは基本的に貸し出さない。仮にそのポケモンが暴れた時に子供では止められないし、真っ先に犠牲になるのが目に見えているからだ。

 それでもナンジャモが彼からラッキーを借りて使えている理由は、ひとえにラッキーが穏やかな性格をしているからである。

 

 ポケモンの性格と気性は大きく関係しており、いじっぱりや、ゆうかんな性格は気性が荒くなりやすい傾向にあるのだという。逆におだやかや、ひかえめな性格は気性が荒くなりにくい傾向にあると言われている。

 もちろん種族単位で気性が荒いオコリザルのような例もあるから一概に言えないが、ラッキーという元から争いを好まない種族に穏やかな性格が重なった結果、他人の子供が使っても比較的安心できるラッキーになっているのである。

 

 とはいえラッキーはラッキーで、柔らかな笑みのまま平然と命令を無視して野生ポケモンに"ちきゅうなげ"をキメに行くアグレッシブさを持っているものの、それでも手持ちの誰よりバッジを持たない子供の言うことを聞いてくれるのは、彼の手持ちの中ではラッキーくらいだった。

 他は準伝説だの、600族だのといった、プライドが高く実力の無い他人の話を聞く気もないポケモンたちばかりなため、余計に有り難みがある。

 

「子守りお疲れラッキー。オレンのみ有るぞ」

 

「らき」

 

「…………いいなー。ボクも早く自分だけのポケモン欲しーい」

 

「あと2年だろ。すぐだ」

 

「まだ2年もあるんだよ。長いよ」

 

 さっきまで自分に向けていたものとは違う、甘えるような笑みで彼の側に座ってオレンのみを齧るラッキーを見て、自分だけの手持ちポケモンをナンジャモが羨む。

 あと2年なのか、まだ2年なのか、その意識の差は大人の感性を持っているか子供の感性を持っているかの差なのだろう。

 

「どっちでも変わんねーさ。待てば貰えるんだからな」

 

 ラッキーがオレンのみを食べ終わったのを確認して彼は木陰から立ち上がった。それとほぼ同時に強い風が吹き、青々とした草原を靡かせていく。

 

「よし……帰るか」

 

「待ってよユウ。もうちょっとだけゆっくり行かない?」

 

「どんだけモンボ手放したくないんだお前」

 

 背伸びを一つすると、マホイップを左肩に乗せ、目の前に広がるほぼ未舗装で自然そのままな道と、その道の先にある近未来都市へ向かって歩き出した。

 

 彼はユウ。

 パルデア地方最大級の都市、ハッコウシティ在住の転生者である。

 

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