ナンジャモさんのお隣さん 作:ハッコウシティ在住無職
「ふぁあ……」
ハッコウシティにあるトレーナーズスクールの休憩時間。自分の椅子に座って机に突っ伏すユウは、大あくびをして全身脱力しているところだった。
「暇、退屈。バトルしてぇよ、んで金稼ぎてー」
「また言ってる」
次の授業で使う教科書を机の上に出しながら、ナンジャモは呆れを隠さず言った。ユウの席は教室の窓際の中間くらいに位置しており、隣の席にはナンジャモが座っている。
ユウは脱力しながらも、鉛筆の尖ってない方をビシッと向けつつ言った。
「切実なんだよこっちは。早く食費くらい稼げるようにならないと、マジで手放さないといけなくなるんだぞ」
「そしたらボクが貰ってあげる」
「バカ言うな。絶対に手放さん」
転生特典というべきなのか、かつてゲーム内で育てたバトルチームが手元にあるのは、理由はどうあれポケモン世界に来たならとトレーナーを志すユウにとって都合が良いものであった。
アニポケのようにポケモンを友情ゲットするのは憧れるが、それよりもかつて自分が厳選して育てたポケモンの方が、扱い方も分かっているぶん戦いやすいだろうと考えたのである。
それに持ち物も当時のままであったから、わざわざ道具に費用を掛ける必要も今のところはなく、自分がリアルなポケモンバトルに慣れればすぐにでも勝てるだろうという慢心混じりの自信もあった。
…………しかし、そういうメリットにのみ目を向けていたユウは、思わぬところで落とし穴に落ちることになる。
それは──養育費。
ポケモンは不思議な不思議な生き物である。という言葉は良く聞くが、いかに不思議であっても生き物である以上、生活を送らなければならない。さらにトレーナーには手持ちポケモンを養育する義務があり、これが出来なければトレーナーとしての資格を剥奪されるのだ。
そして養育費は、当然ながらポケモンの数が多ければ多いほど負担を増していくものである。
彼の手持ちとして山積みにされたボールの数は、なんと18個。その中には他人に見せても問題ない一般ポケモンから、お見せ出来ない準伝説以上のヤバいポケモンまで含まれている。
一般ポケモンはまだしも、準伝説以上のポケモンはランクマで愛用していたという理由だけで顕現するものではないと、そう悪態を吐いたのは彼の記憶に新しい。特に伝説枠として愛用していた黒と白の竜と、それらと合体できる灰色の竜に関しては故郷に帰れとツッコミを入れた程で──
……とにかく、ゲーム時代に俗に600族と言われていた存在を代表とする強いポケモン達は、とても多額の養育費が掛かる。それは食費に始まり、爪や身体の手入れのために使うブラシなどに専用の物を用意しなければならない事も多いのだ。例えばガブリアスの爪を磨くヤスリは、一般的なものでも一つで数万円は下らない。
そして費用の大小はあれど、18匹分の養育費を子供が払えるはずもない。
(そういう意味では、ポケジョブが浸透しててマジで助かった。あれが無かったら野生に放して自分で飯取って貰わなきゃならなくなるところだった)
養育費の問題という、リアルになった事で表面化した現実的な問題に直面したユウは、準伝説級以下の一般ポケモンを野生に帰す事を本気で検討するまでに至る。
そしてその話を手持ちポケモン達にした翌日、周囲の川からバスラオの姿が一時的に消えさり、ハッコウシティの近くでケンタロスが暫く姿を見せなくなるという小さな事件が発生した事は、ユウの記憶に新しかった。
その事件を引き起こした犯ポケ達は、自分達で起こした火で器用に焚き火を作り、そこで捕らえた獲物を捌いて木の棒に突き刺し焼いてトレーナーに献上するという、自分たち食糧取れますアピールを行ったのである。
その光景は、"あ、これ放したら生態系がヤバい"と直感させられるものであった。余談になるが、ケンタロスとバスラオは美味であった。
ともかく、ボールの中で興味なさげに寝ていた伝説枠のポケモン達が癒しに感じたくらい、それは衝撃的な事件として記憶に残っている。
だから野生に帰すという話は難しいが、しかし現実問題として養育費を用意する事はできない。
野生のポケモンを狩るというのも、一度や二度ならまだしも毎食となれば隠せるものでは無く、確実に警察に捕まってしまう。そしてバトルで賞金を稼ごうにも、トレーナーの資格が無ければ賞金を賭けたバトルは行えず、そのトレーナー資格は10歳になるまで得られない。
まさに八方塞がりな状況の最中、どうしようと悩んでいたユウの前に射し込んだ一筋の光。それがポケジョブだった。
ポケジョブといえば、8世代に相当するソード&シールドにて実装されていた、ボックスの適当なポケモンを送り出して経験値や努力値を得る、他ゲーでいうところの"遠征"に該当するシステムであった。
正直なところ、ゲーム時代も転生してからもその存在を完全に忘れ去っていたユウだが、現実では手持ちのポケモンを派遣社員として働かせて賃金を得る仕組みとして機能しており、バトルで賞金を稼げずポケモンの養育に困ったトレーナーが頼る、最後のセーフティーネットのような制度として存在している事を知ったのだ。
「ふーん。でもさ、そんなにいっぱい居るところなんて見たことないよ」
「みんなポケジョブに行ってるからな。家にいる時間帯って朝とか夜だし、お前が見ないのも当たり前」
今は父親の名義で登録したポケジョブに、ほぼ全てのポケモンを働きに出すことで、どうにかポケモン達の食費を賄えている。自転車操業という言葉がピッタリなくらいギリギリだが、それでも破産や手持ちを野生に帰すよりずっとマシだった。
「ほへーっ、ちょっと見てみたいかも」
「機会があれば会える。いつになるかは知らないけど……っと、もう始まるのか」
そう言い切らないうちにチャイムが鳴り、次の授業の始まりを告げる。教師が教室に入って来るまでの僅かな時間で、ユウは机から教科書を取り出した。
◇◇
「ただいま〜」
帰って早々に鞄を部屋に投げ捨てたユウは勉強机の上に置いたボールを複数掴み、親に買ってもらったボールホルダーを腰に巻いてそこにボールを嵌めていく。そしてホルダーを隠すために上着を羽織れば、それだけで外出の準備は整う。
そしてリビングに居るであろう母へ出かける旨を伝えるために向かえば、そこにはラッキーとマホイップがユウの母と共に居た。
「ただいま母さん。外行って来るから
「お帰りユウ。行くのは良いけど、日が暮れる前に帰って来なさいよー。あと行く前にラッキーちゃんの卵だけお願いね」
「分かったー。……悪いなラッキー、たまごうみ頼めるか」
「らきらき」
ユウの言葉に頷いたラッキーは、お腹のポケットに入っている大きな卵をポンッと引き抜いて、それをテーブルの上に置いてあるバスケットに入れる。
ラッキーが今産んだのは単なる卵ではない。この世界で最も高級な食材として知られる"しあわせたまご"なのだ。
「産んだの、ここに置いとくからね」
「おっけー。今日もありがとね、ラッキーちゃん」
「らっきー」
ラッキーの産む"しあわせたまご"は、この世界のどんな食材より栄養が豊富であるとされており、その味も絶品で世の美食家たちを虜にしてやまないのだという。
このたまごを一口でも食べてしまったら、もう並みのたまごでは全く満足できなくなると言われているほどで、パルデアに独裁的な王の居た帝国時代にはラッキーの"しあわせたまご"を目的とした乱獲が起こったと書き残されているほどであった。
この乱獲が原因でラッキーの個体数が大きく減った事は広く知られており、帝国崩壊から長い年月が経過した今なおパルデアで野生のラッキーを滅多に見ない理由であるとされている。
そんな"しあわせたまご"であるが、ラッキーが産んだのを分けてもらう。という方法でしか入手できない。そしてこの入手方法が非常に難易度の高いものとなっているのだ。
ラッキーがお腹の卵を分けてくれるのは心の底から信用しているトレーナーにのみ。ラッキーは悪意を持つ者には決して懐かないと言われるほど感情には敏感であり、その信用を勝ち取るのには長い時間が必要だ。
そして信用を勝ち取り、いざ卵を分けてくれるという段階に進んでも、ラッキーは1週間に一回"しあわせたまご"を産めば良い方とされている。というのは、この"しあわせたまごうみ"がラッキー側の生命力を酷く消耗するものだからである。
その証明として、"しあわせたまごうみ"を終えたラッキーは皆一様に疲労困憊といった様子である事が確認されており、ラッキーが酷くリスクを負う行為である事が分かっていた。
戦闘中に産む、自らの体力を回復させるためだけの"たまごうみ"と、食用になり人もポケモンも大好きで栄養満点の"しあわせたまごうみ"とでは、込める生命力や気力が段違いなのだろうと専門家達は考察している。
そのためラッキー側の体力や気分などを含めると、おおよそ1週間に一回くらいが限界ではないかと言われているのである。
ただでさえ数の少ないラッキーというポケモンから卵を分けてもらえるくらい仲良くなり、しあわせたまごを分けてもらったトレーナーは殆どの場合、自分で消費してしまうため市場に流れる事は滅多にない。
つまり需要に対して供給が全く追いついていないのだった。
そのため、僅かに流通する"しあわせたまご"は凄まじい高値で取引される高級食材となっている。例えばマリナードタウンにて行われる競りに"しあわせたまご"が出て来た際は毎回一大イベントとして扱われ、便乗して出てくる希少なアイテムなどを纏めてオークション形式で競るのは有名だ。
年に何回あるか分からない巨大な競りが開催されると聞けば、それを目的とした大勢の人々がマリナードタウンに集まり、集まった人々をターゲットにした屋台が出て祭りのような様相になるのである。これは通称"しあわせ祭り"と言われており、パルデアでも大きなイベントとして扱われていた。
《年に数回行われる"しあわせ祭り"が来週の週末に行われるとの発表以降、ここマリナードタウンには多くの人が集まって来ており、まるで前夜祭のような空気が流れています。
今回の目玉である"しあわせたまご"は平均の大きさより5センチほど巨大なものが出品されており、競り落としの金額が去年の30万を超える事が予想されていますが、いったい今回はどのくらいまで値段が吊り上がるのでしょうか?》
「今年もやるみたいねー」
「ふーん」
テレビのリポーターが居るマリナードタウンは、日頃から競りを目当てに人々が集まる港町である。しかしテレビ映る人の量は、いつもと比べて明らかに多いようだった。
そのお目当ては殆どが"しあわせたまご"なのだろう。
「こんな卵一個に、そんな価値があるとは思えないけどね」
「私は分からないでもないわねー。だって噂以上に美味しいもの、やっきになっても仕方ないわ」
さて、そんな希少な"しあわせたまご"であるが、ユウのラッキーが今産んだのは1週間に一回の一般的なペースで産んだ卵……という訳ではなく、1日一回のペースで産まれる"しあわせたまご"であった。
とてつもないハイペースで産んでいる"しあわせたまご"だが、これはユウがラッキーに無理をさせているのではない。むしろ1日一回"しあわせたまごうみ"をしないと落ち着かないほど、ユウのラッキーは生命力に溢れているのだ。
(これがレベル100の生命力って事なのかもな)
生命力を酷く消耗する行為である"しあわせたまごうみ"であるが、その生命力が溢れていればいるほど、その個体は産んだ後も元気に活動できる。そのため消費される生命力は割合ではなく定数なのだろうとユウは考えていた。
そう考える根拠となったのは、ユウのラッキーが"しあわせたまごうみ"を行った後も元気いっぱいな事である。ユウのラッキーはレベル100——すなわち、ラッキーという種族の極限にまで到達したと言って過言ではない個体であるが、もし割合消費であるなら彼のラッキーも疲労困憊でなければおかしいのだ。
しかし彼のラッキーは疲労困憊どころか、"しあわせたまごうみ"を行なってもポケモンバトルが出来そうなくらい元気が有り余っている。その様子を見て、"しあわせたまごうみ"に使う生命力が定数消費であると考えたのだ。
(それにしても去年の最高額は30万で、一昨年は28万……金持ちの思考は分かんないな。卵一個に出す金額じゃないだろうに)
それだけの高値がつく"しあわせたまご"を一つでも売りに出せば、養育費の足しになるのではないか。そう考えたこともあったが、その考えをユウは即座に捨てた。
理由として一番大きいものとしては、産んでくれているラッキーに申し訳ないと思ったからだ。また、それだけでなく出どころを探られた時に、子供が不自然なほど完成されたパーティを持っている事を知られると面倒事になるのが目に見えていたという理由もある。
不自然に目立つ要素は極力切り捨てるべきだ。そう考えているユウは、自分が周りからどう見えているかを全く考えていなかった。
とうの昔から悪目立ちし続けているという事実に、彼は気付いていないのだ。