月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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序章ですが、時系列的には1話よりも後になります。
どのくらい後かは、本編にておいおい。

※ボーイズラブのタグはございません

序章 裏タイトル 【月の少年】


序章 白磁の妖精

月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~

 

 

 

 暗い部屋に、少女が立っている。その身に一糸もまとわすことなく、その裸体を沈んだ空気に晒している

 

 そう、暗い部屋。明かりの類を一切灯さず、窓という窓には暗幕のようにカーテンがかかり月の光を遮っている。遮られた月光はそれでも淡くぼんやりと室内を照らすが、傍目にそれは暗闇と評していい暗さだ。

 

 時刻はむろん夜。外には陽の光ではなく月の光が、冴え渡る光を地表へと降り注いでいる。そしてその月の光は、暗い部屋に佇む少女を害するものではない。柔らかい月の光は、少女を焼くことのない優しさに満ちている。

 

 

 だというのに、彼女がいるのはほの昏い闇の中。月の光さえ拒絶するかのように、薄闇の中で姿見の前に佇んでいる。

 

 白い少女だった。もっと強い光源があれば、その姿を見る誰もがそう表するだろう。髪、肌、そうした人間の表層を占める部分の全てが『白い』。

 

 いや、すべて、というには語弊がある。唯一その瞳だけは、ルビーのごとく輝きを放つ真紅に磨かれている。これもやはり光さえあれば、その瞳はまさに宝石のごとく彩られることだろう。

 

 しかし、人間の瞳は反射体である。月が、地球が、それのみでは輝くことはなく、あくまで恒星である太陽の放つ光を反射することで輝くように、自ら輝きを放つ機能を人間の瞳は有していない。

 

 

 

 ………しかし錯覚であろうか、その少女の瞳、深淵の闇の中で輝くはずのない人の身の眼が、熾火のような鈍い光を放っているように見えるのは。

 

 

 

 少女、そう、見た目はまごう事なき少女だ。一糸もまとわずとも白で全身を覆われた姿は、一見して華奢であり、男性的な硬さ、太さ、力強さを感じさせる要素はない。

 

 だが反対に、女性的な柔らかさや丸みも感じさせることもない。それでも少女と表するには、消去法としての面が大きい。どうしたって男性に見えないのだから、それは女性だろう、という二者択一だ。

 

 少し力を込めてしまえば折れてしまいそうな細い首筋、大柄な男性の太もものほうが太いであろう腰。スラリと伸びた、と表現するにはあまりも荒涼な、骨に申し訳程度の肉を付けた、というような四肢。一切に膨らみがない胸部。

 

 それでもその体はシミ一つなく美しい。だが、決して見るものを魅了することはない美しさ。幽玄の美というべき在りよう。

 

 もっとも男女の判別が容易な下腹部には、確かに女性器はない。あるのは男性器である、ならばこの人物は、少女ではなく少年だ。もっともこの人物を『少年』と言い表すのも、消去法のきらいが抜けない。もっと深堀してしまえば、ただ純然な「子供の体」である。

 

 男性とも言えない、女性とも言えない、人間が明確にその2種類に分別される前段階の年齢の体…… つまりはそういうものだ。だが、適切で簡潔な表現ができない以上、この人物のことは少年と形容する他はないだろう。

 

 

 その白い少年は、つかつかと淀みない足取りで椅子に架けられていた布地を身体に巻き、カーテンと窓を開いて月を仰ぎ見る。如何にここが彼の生家で、その窓から他人が覗き見ることなどないとわかってはいても、裸体を外気に晒すのは、彼の美意識と肉体が許さない。

 

 その姿は幻想的だ。先ほど表現したとおり、月の光を受けて紅い瞳が淡い光を湛える。白い肌は月の柔らかい光に祝福されるように、この上なく調和している。この光景を見たものはあれば、まず疑うことなくこう断ずるだろう、彼は月に愛されている、と。

 

 だが、それは彼に限った話ではない。彼の母もそうであった。彼と同じ、というより彼が母と同じ外見を持って生まれたのだ。彼の母も同様に、月に愛された存在だった。

 

 しかし、それは逆に言えば日の光に忌まれたということだが、彼の母もそうは思っていない、彼の母は、自分は誰よりも【朝日】に愛された存在だと自信満々に語る。

 

 

 では彼はどうだろうか? 彼も同じように誇れるのか? 

 

 その答えはわからない。分からないが…… 彼の瞳を見れば、その答えの片鱗が見えてくるように思える。

 

 彼の母であれば、その澄んだ瞳の中に宿るのは、誇り高さ、気高さ、そして愛情といった、人の「正」の要素を感じさせるもの。彼女を見て、彼女は真っ直ぐに世界を見つめている、と疑う者はない、力強い瞳。

 

 一方、この彼の瞳を見たものが感じるのは何であろうか。美しさは母と同じでありながら、その瞳は憂いに満ちている、沈んでいる。放たれるのは清冽な光ではなく、冥く昏い光。

 

 生き写しとも言えるほどに外見は似通っているのに、瞳から放たれる光は真逆のもの。

 

 

 それはなぜだろうか。なぜ彼 ――桜小路才華は、母―― 桜小路ルナのように世界を見られないのだろう。

 

 親子とは言え別の人間、同じではありえないのは当然だ。しかし、子というのは親の影響を強く受けるもの、だというのに、こうも反対なのはどうしたことか。

 

 それを解することは無理だろう。外見で彼を測る限り、分かるはずもない問いなのだから。いや、彼に近しい人間であっても、理解できている者は極わずかだ。

 

 尊敬すべき母も、愛すべき父も、兄を慕ってやまない妹も、幼いころからの従者も、彼の瞳に宿る昏い光の意味を知らない。

 

 ただ一人、それ知る者がいるとすれば―――

 

 

 

 「才華、入るぞ」

 

 

 ――たった今才華の部屋を訪れた、伯父だけだろう。

 

 「はい、どうぞ。私と伯父様の間に、そんな配慮はいりませんよ」

 

 自らの心を知る伯父に、才華は花開くように微笑みながら応えた。一方の伯父――大蔵衣遠――は、最愛の甥がそのか細い身体に薄布一枚纏っただけの姿であることに目を細める。

 

 

 「……身体に障る。ちゃんと服を着ろ」

 

 「そういう気分だったのです。いけませんか?」

 

 「駄目だ。そのままでは体が冷える。そのままでいることは許さんぞ」

 

 「では、伯父様が抱きしめて、温めてください」

 

 「…………」

 

 傍目から見れば、それは妖しい光景だろう。月の妖精のごとき美少年が、裸体同然の姿で抱擁を乞う…… 

 

 だが、それでも一見して違うと分かる。求愛の姿にしては、少年から艶、色気といったものを感じさせないからだ。むしろ感じさせるものはその逆。本来妖艶であるべき姿から、憐憫や悲痛を感じさせる。

 

 なぜ甥がこんなことを言うのか、なぜ彼の姿からそうした想いが想起されるのか、それを全て知る衣遠は、ゆっくりと彼を、抱きしめた。

 

 大蔵衣遠を知る人間ならば、彼がこうも慈しみを込めて、壊れ物に触れるかのごとき抱擁をするなど、思いもよらないだろう。元来激しい男であり、当然その行動のすべてにそうした激しさを含むのが彼だ。

 

 しかし、甥を抱きしめる彼には、激しさが無い。その所作はまるで彼の最愛の弟のようですらある。

 

 

 「ありがとうございます、伯父様……」

 

 そして、抱きしめられる才華の方も、伯父の行動の意味を完全に理解していたし、嬉しかった。自分の言動をわかってくれたことと、自分の願いを聞き届けてくれる伯父に。

 

 「いや、まだだ才華。まだ俺はお前のすべてを肯定はできん」

 

 「つれないお方ですね。そうやってどれだけの女性を焦らしてきたのやら」

 

 頭の上から問われた伯父の言葉に、ふふふ、と微笑みながら返し、才華はこれから向かう未知へ世界へと想いを馳せ、甥の微笑みを聞きながら、衣遠は静かに覚悟を決めた。

 

 抱擁を解き、才華の細い――細すぎる――肩に手を添えながら問いかける。

 

 「お前の芯を聞きたい。その心の奥底にある想い、この計画に求める熱量を。それを知りさえすれば、お前の計画のすべてを肯定し、支援しよう」

 

 「それを聞いてしまえば、幸福な幻想が消えてしまうことになっても、聞きたいのですか?」

 

 少年は相変わらず蠱惑的だ。だがその声色は先程までのような会話を楽しむようなものではなく、真剣さが宿っている。

 

 「そうだ。この大蔵衣遠を侮るなよ。お前が抱くその心の暗い情念…… 俺が知らないとでも思っていたか」

 

 「ああ……」

 

 伯父のともすれば敵意とも感じられるほどの気迫がこもった言葉にも少年はたじろぐことなく、むしろ歓喜するように瞳を震わせた。実際に、衣遠の気迫は緊張の裏返しであり、彼は弟の幸福な家庭を壊す可能性すら考慮し、その覚悟を持って甥と対峙している。

 

 美しく、妖しく、そして誰より儚いこの桜小路才華という少年の、真実を問うている。

 

 

 「ありがとうございます。お優しい衣遠伯父様。今日ほど伯父様を愛おしく感じたことはありません」

 

 「俺もだ。今日ほどお前を近くに感じたことはない」

 

 「では、失礼を承知でお聞きしますが、伯父様が知っている、私の『暗い情念』とは、いったいどういう形をしているものですか?」

 

 幻想的に美しい甥の問いに、衣遠は決して惑わされぬ鋼の彫像のごとき峻厳さで答える。ここはある種戦いの場だと、衣遠はすでに分かっているから。

 

 

 「世界の不条理に対する、その憤りだろう」

 

 「その不条理とは?」

 

 「生まれだ。自分自身ではどうしようもない理由で、自由を束縛されることだ」

 

 「私は、裕福な家に生まれ、尊敬すべき母と、愛情深い父と、愛らしい妹に恵まれ、周囲の人間も伯父様を筆頭に優しい方ばかり…… この条件なら、文句を言う方が罰当たりでは?」

 

 「そこまでこの俺に言わせるか」

 

 「はい。仰ってください」

 

 「才華…… お前は……」

 

 その瞬間、開け放たれた窓から吹き込む風により、才華の長い髪がはためいた。それは月光に反射し銀糸のように煌き、見る者に幻想のような印象を与える。そう、目の前の存在が、現実の存在ではないかというような印象を。

 

 吹き込む風に構わず、2人は話し続ける。少年は自らの心の裡を解き放ち、男は静かにそれを受け止める。

 

 わかってはいた。だが実際にそれを受け止めるには重い、その事実を。

 

 そんな二人の様子を、真円に輝く月だけが見守っていた。

 




※ボーイズラブのタグはございません
大事なことなので二回言いました。
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