月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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ウチの才華が主人公ムーブを一切してくれない問題
綺麗で小さな娘の前では頑張る男前なエストさん
なぜかエストより才華がヒロインっぽくなる不思議

11話 裏タイトル 【可愛い娘の前でF○ck!は流石にね】

単純思考さま、誤字報告いただきありがとうございました。


11話 金の主人と銀の従者

 

 いよいよ、アーノッツさんの面接当日となった。

 

 アトレと相談した結果の服装を着て、姿見を前に身だしなみが整っているかを確認する。

 

 向かう先は高層マンション『青山スカイレジデンス』。衣遠伯父様が所有されている物件で、青山の街の只中に有り、フィリア学院との距離は僅かに数百メートル。おまけに地下街とも繋がっているため、僕の体にも都合が良い。

 

 元々、フィリア学院に通う生徒、特に裕福な特別編成クラスに通うような子達の寮としての目的で建てられた物件のようで、だからこそ色々と融通が利く。

 

 40階以上の高階層の部屋は相当のお値段がするようだけど、低階層ならばそう届かない値段ではないところが、学生寮としての機能を感じさせる。

 

 そして僕の雇用主候補のエスト・ギャラッハ・アーノッツさんもそのマンションに入居予定。

 

 

 「壱与、今日受かったらの話になるけど、僕たちの転居は、いつ頃がいいかな」

 

 今日の面接の首尾が上手くいき、フィリア学園に通うことが出来ることが決まったら、僕もこのマンションに越してくることになる。そのことを運転席の壱与に問うてみた。

 

 「そうですね。若が入ると来まりましたら、色々と準備もありますから、早くとも、1週間後にはなるかと」

 

 僕の入るための準備…… いざという時の呼吸器、点滴、その他の器具に、緊急病院への搬送路など、つまりはそういうもの。今は桜屋敷の僕の部屋にあるものを、こちらに移す必要がある。

 

 

 「意外とかかるね。機器類の移動なら、もっと早く終わらない?」

 

 「いえ、それだけではないのです。若の部屋は管理人部屋の真上の2階にという指示を衣遠様から受けておりますので、万が一の時はすぐかけつけられるように、緊急用の階段を据えつける工事が必要になりますので」

 

 「緊急階段は、普通マンションならあるものでしょ? それに僕の部屋が2階になるのなら、あまり使う必要性もなさそうでけど……」

 

 「いえ、マンションのコンシェルジュとして、私が管理人室に常駐します。その階段は管理人室から若への部屋へ行くための、収納式の階段です」

 

 え? つまりは僕に部屋で何かあった時に、管理人室にいる壱与が直ぐに来れるよう、管理人室を改造するってこと?

 

 「いや、それは他の管理人の方に迷惑なんじゃない?」

 

 「コンシュルジェの立場としては、私が主任を努めます。桜屋敷で言うところのメイド長ですね。責任者として別に一室があてがわれますので、いわば私の私室と若の部屋がつながる形なので、問題はありません」

 

 おーぅ、それはなんとも…… これも伯父様の発案だろうか。すごいこと考えられるなぁ。

 

 

 「さらに、若のお隣は九千代さんが住まわれることになっています。当然、何かあった時のための緊急通路を工事予定です。一目で分からないように、タンスがスライドするか、壁をどんでん返しにするかまではアイデアが固まっていませんが」

 

 伯父様はあのマンションを忍者屋敷にするつもりだろうか。まあ所有者は伯父様だから、僕がなにか言える立場ではないし、そもそも僕のためにしてくれているありがたいことなのだから、素直に感謝しよう。

 

 「そっか…… ごめんね壱与。壱与までこっちに越すことになってしまって」

 

 「いえいえ、私としては、若やお嬢様が頑張っているのに、一人お屋敷に残っている方が気が気ではありませんから。お屋敷の管理は衣遠様の部下の信頼できる方にお任せすることになります」

 

 「そのあたりは、お母様とお父様にはなんて?」

 

 「事実をそのまま。衣遠様に新しいマンションのコンシェルジュとして誘われました、と相談したところ、快諾していただきました」

 

 「そうなんだ…… そういえば、お母様は『壱与は別にあの屋敷に縛られる必要はない』って仰っていたっけ」

 

 「あまりにも嬉しいお言葉で、感激乙女になりましたが、むしろ私が望んであの屋敷にいさせて頂いているのです。縛られるなんてとんでもない」

 

 「うんありがとう、壱与。君がいてくれて、本当によかった」

 

 壱与としては、本当は僕のことも両親に話したかったことだろう。でも僕の気持ちを汲んで黙っていてくれている。ごめんね、壱与。

 

 でも、僕の『ごめんね』は周りの気を沈ませるだけだから、心の中だけで謝るね。

 

 

 「あ、でもマンションの内覧式はまだ終わっていないんだよね。アーノッツさんが早目に入居しているのは、やっぱり伯父様の推薦だから?」

 

 「ええ、65階のスイートを格安で用意する代わりに、可能な限りこちらの紹介の使用人を雇って欲しい、という条件だったようで」

 

 僕の練習など不要と言わんばかりに、外堀を埋めてくれている伯父様。とてもありがたいけれど、この条件で紹介された使用人を断れる人は、相当拘りのある人でもない限りいないのではないだろうか。

 

 雇用された場合の僕の立場は昔で言えば『レディースメイド』に当たる。女主人のお付きで、身繕いや化粧品、装飾品の管理、外出のお供が主任務。

 

 なので一般的な『家事』に当たることは、伯父様が手配してくれた自動機械や、壱与たち管理人に頼るところも多いけど、その点はマンションの60階以上の住人の特典サーヴィスとなっている。だから、伯父様はアーノッツさんを65階に招待したのだろう。

 

 しかし、流石やると決めたら徹底的にやる伯父様だ。まったく隙がない。

 

 

 

 「そのあたりの話、今日初めて聞いたよ」

 

 「事前に知らせてしまえば、心に甘えが出てしまうからと、直前まで口封じされていましたので」

 

 ああ、その上で僕が自発的に訓練する気持ちも尊重してくださっていた。そして自分で練習することを前提とされているあたり、それを怠るなど言語道断、文字通り話にならないということだろう。優しさの中にも厳しさがある。

 

 伯父様に顔向けできる程度には、メイド訓練はしたつもり。なるべくならば自分の裁量でアーノッツさんに認められたい。

 

 「おそらくですが、当のエスト嬢もそのあたりの事情は知らされてないと思いますよ」

 

 「え?」

 

 「衣遠さまのことですから、実際に費用を出すアーノッツ家のご当主さまには当然話されていると思いますが、当のエスト嬢には話さないよう口裏を合わせるよう依頼していると思います。これはあくまで私の考えですが」

 

 ああ、なるほど。つまりは保険ということか。僕が面接落ちした時の最後の手段として、費用のことを持ち出すと。

 

 僕が雇用される条件を整えておいてくれた上で、採用されるかの可否は僕の器量しだいという、難しいバランスを見事に無駄なく両立させている。さすがは天下の大蔵衣遠さま。本当にお見事です。改めて尊敬いたします。

 

 「少なくとも、僕が面接落ちするようなことあれば、伯父様の顔に泥を塗ることになるね。これは気合を入れないと」

 

 「その意気です、若」

 

 では、行こう青山スカイレジデンスへ。

 

 ………なんだか長い上に言いづらいな、このマンション名。なんか良い略称や別称が自分でつけたほうがいいかも。

 

 スカイレジデンス青山だったら、スカイブルーとかが言いやすい感じだけど、うーん。

 

 でも、やっぱりこれは伯父様の物だから、長くてもしっかりと『青山スカイレジデンス』と呼ぼう、うん。

 

 

 

 さあいざ!

 

 と気合を込めて65階に繋がるインターホンを押すと、予想に反して

 

 『はい?』

 

 と日本語で返答された。

 

 さてどうしよう。アーノッツさんはアイルランドの貴族で実家はロンドン、その上最近までNY在住だった。なら英語のほうがよいだろうか。いや、壱与のメイド教育によると、こういう時は相手に合わせたほうが良いはず。

 

 「本日面接のお願いをしておりました、小倉朝陽と申します」

 

 『あ、面接の人だね。来てもらって申し訳ないのだけれど、ちょっとこっちの準備が出来ていないの』

 

 おや、早く来すぎたのかな。でも時計をみると時間通りだ。もしかして、アイルランドの貴族の風習ではそういうものなのだろうか。壱与と九千代に教わってたのは、あくまで日本の使用人としての振る舞いなので、アイルランドの風習や習慣はよく知らない。

 

 ……いや、あの国の人は時間に大らかで、日本人のようにきっちりと守ることが少なかったように、思う。

 

 そうなると、どうしよう、もしかして既に失礼を働いてしまったのかな。

 

 『御免なさい、ちょっと時間を忘れてしまっていて、まだシャワーを浴びているの、慌ててしまっていて、ごめんなさい』

 

 ああよかった。こっちが失礼をしたわけではなさそうだ。でも、なんだかとてもアイルランド人らしいな、と微笑んでしまう。

 

 となるとええと、こういう場合は、九千代先生の教えによるとたしか。

 

 「いえ、私に謝られる必要はありません。アーノッツ様の準備が出来次第、お呼び下さい」

 

 『だいたいあと20分くらいかかりそうだけど、待っていてくれる?』

 

 「勿論です。携帯端末もありますし、如何ようにも時間は潰せます」

 

 「そっか。それなら、私の部屋番号でコンシェルジュから飲み物もらって待っていて。いま髪を拭いているの。これから20分たったらこの階まで上がって来なさい。鍵は開けておくから、勝手にはいって」

 

 え、え、勝手に入っていいのだろうか。

 

 やはり対人経験のない僕だと判断しかねるが、ここで壱与に頼っては、この先何もできはしない。自分の判断を信じよう。

 

 「かしこまりました。では20分後にお伺いします」

 

 『時間きっちりに来なくていいからね』

 

 ………ごめんなさい、これはお手上げです。壱与先生の授業にも、九千代先生の授業にも『時間は必ず守るように』とありましたが、『時間は守らないように』と言われた場合の対処マニュアルがありません。

 

 アイルランドの人は時間に鷹揚だけど、『小倉朝陽』はあくまで日本人。この場合はどちらの流儀を取るべきか、僕の少なすぎる引き出しでは、判断できる材料がない。

 

 なので

 

 

 「八十島メイド長、この場合はどうしたら良いでしょうか」

 

 素直に助けを求めよう。使用人先輩から助言を乞うくらいは許されるはず。

 

 「先方は、時間を守らなくてよいと仰ったのですよね。ならばおそらく咄嗟にあと20分と言ったものの、指定した20分以内に支度を終わらせる自信がないのだと察せられます。とはいえ、指定したのはあちらですから、小倉さんは20分を少し過ぎたくらいに部屋へ赴けば問題ありませんよ」

 

 「なるほど、ありがとうございます八十島メイド長」

 

 ちなみにこれからアーノッツさんに説明する僕の立場は、元NYの桜小路家の使用人。外見が主の桜小路ルナに似ていた縁で使用人にしてもらい、服飾の才能があったので、せっかくだから桜小路アトレ様が通うフィリア校日本校で、勉強して来いと送り出された。

 

 そしてその際の次の雇用者を、夫の遊星さまのお兄様である大蔵衣遠さまに探してもらった結果、アーノッツさんを紹介されたという設定。

 

 これならばアトレは元ご主人様の令嬢で、九千代は元同僚、という形になる。急な話だったので一般科の入試には間に合わず、特別編成クラスの付き人以外に方法がなかった、というストーリーを信じてくれるだろうか。

 

 まあ、そこはもう当たって砕けろとなる。

 

 

 ………‥…そろそろ時間だろうか。

 

 よし、では65階へ出陣。行ってきます壱与、見守っていてね。

 

 意気込みを持って65階に到着したものの、果たして本当に勝手に入って良いものだろうか。

 

 いや、壱与の話だと彼女は20分以内に身だしなみを終わらせる自信がなかったとのこと。ならば改めて訪いの声をかけてみよう。扉前のインターホンに手を伸ばす。

 

 「改めて、面接に参りました小倉です。お入りして宜しいでしょうか?」

 

 …………返事がない。これは入れという意思表示だろうか。もう壱与先生の助言はない、自分の思うとおりに行動すべし。

 

 「お邪魔致します」

 

 意を決して部屋の中へ。入ってまず気がついたのが、なんだか静まり返っているということ。衣擦れの音やシャワー音などもしない。

 

 訝しがりながら歩を進めると、返事がない答えが横たわっていた。

 

 「アーノッツさま?」

 

 どうした理由か、彼女は全裸で廊下で倒れている。

 

 本来なら慌てるべき光景だが、僕は自分でも意外だが平静としていられた。

 

 なぜならこれは、似た経験が僕にあるから。幼い頃の桜屋敷やNYの家で、こうなってしまってお父様たちを心配させてしまっていた。そうか、彼らはこうなった僕の姿を見ていたのか、と、なんだか自分の姿を改めて見れたような気がした。

 

 となると、もしかして、彼女も持病持ちなのか。

 

 

 ………いや違う。病を持っている人間にしては、肌の様子や体つきが健康的すぎる。

 

 均整の取れた肢体に、瑞々しい玉の肌。人間の生命がもっとも爆発する年代らしい、その一糸纏わぬ姿は生命力に溢れていた。

 

 そうなると、彼女の事情と僕の事情は全く異なる。病気ではないとなれば、怪我によるものだろうか。

 

 よく見れば、呼吸はしているし、そのリズムも滑らかだ。ざっと見たところ外傷も出血もない、とはいえそれで安心とは言えないけれど。

 

 僕は直ぐに携帯端末を取り出し、1階にいる壱与に連絡をする。

 

 

 「もしもし、八十島メイド長ですか? 緊急の怪我人です。救急車の手配と、応援をお願いします」

 

 僕が倒れた時は、屋敷の使用人やお父様は、こんな風に冷静に対応していた。する方とされる方という立場は違えど、こういう場面の対処はよく知っている。

 

 僕の力では、彼女を抱え上げることなど出来るはずもない。けれど可能な限り出来ることはしよう。

 

 『待って、病院はダメ…… この格好で運ばれるのだけはマジ勘弁……』

 

 先ほどとは違い緊急のためか、母国語を話すアーノッツさん。とはいえ、その願いは叶えられない。

 

 『いいえ、いけません。何があるのかは分からないのです。今身体を拭き、ガウンか何かを着せますので、医師の診察と治療は必ず受けてください』

 

 普段僕がしてもらってることを、そのまましてあげるだけ。立場は逆だけど、慣れ親しんだ行為ではある。

 

 『ありがとう、私の身体は任せた…… 部屋に来てくれたのが貴女で良かった…… 男性に見られたりしたら生きていけない……』

 

 いや、緊急の場合に性別の有無など関係ないだろうに。万が一手術をすることになったら、高い確率で衣服は脱ぐことになる。病院とはそういう場所だ。救急隊員だってプロ意識を持っている方だし、救急の際にそんな感情は抱かないだろう。

 

 異性に裸を見られた程度で生きていけないのなら、僕はいったい何回死んでいなければならないのか。おかしなことを言う人だ。

 

 やっぱり頭を打って混乱したのかな、と思いつつ。僕は身体を拭くタオルと着替えを探しに部屋の奥へと向かった。

 

 

 

 

 「助けてくれてありがとう。ただいま戻りました」

 

 アーノッツさんが戻ってきた、意外と早く帰れたものだと、ちょっと驚く。少なくとも点滴を打ったり、精密検査をするにはもっと時間がかると思うけれど、日本の病院はこんなに早いものなのだろうか。

 

 とはいえ、早く帰れることは良いことだ。顔色だって悪くない。

 

 「お早いお帰りで安心いたしました。お体の調子はいかがでしょうか」

 

 「病院の検査でも特に問題がないって言われたので大丈夫。残るような傷もないよう。だけど、頭を強く打っているから、来週になったら、また病院に来なさいって」

 

 再検査は大事だ。基本的に自分のデータを知っておくに越したことはないから。

 

 「それを聞いて安心いたしました。しかし、外傷以外のところは問題ありせんでしたか?」

 

 「え? どういうこと」

 

 「私が見つけるまで、濡れた体のまま廊下で倒れられていたのですから、風邪などをお引きになっていないかなと、それに、私では貴女を運ぶことができませんでしたので、八十島メイド長が来てくれるまで、固い廊下から動けませんでしたし」

 

 「ああ! 言われてみればそうだね。でもそういう不調は感じないから、大丈夫だよ。それに廊下とは言っても暖房は効いていたし」

 

 「いえ、油断は禁物です。今日は念のため、市販のもので結構ですので、風邪薬を服用されてください。また、就寝前に生姜湯かなにかでも飲んで、なるべく温かく、そして夜ふかしされないようにお休みになってください。もし食欲がない時は卵雑炊かレモン薬湯ならお飲みになれるかと」

 

 「……………」

 

 「あの、どうかされましたか、アーノッツさま」

 

 「あ、ごめんなさい。いえ、最初に声を聞いた時と随分印象が違うから、驚いてしまったの」

 

 「はぁ、印象ですか」

 

 僕の声って、どんな風に聞こえたんだろうか。でも緊張で声が固くなっていた可能性は大きいかな。

 

 

 「なんとなく、とてもお堅い感じの人を想像していたんだ。でも、実際に会った貴女は、私の身体を気遣ってくれる、とても親切な人だったから」

 

 親切……ではないと思う。ああいう状況なら、誰でも風邪の心配はするものだろう。

 

 「それに、これはちょっと失礼かもしれないけど、背が高い大人の女性を想像していたの。あんまり厳しい人だったら嫌だなぁ、って思っていのだけれど、とても綺麗で可愛らしい人で、驚いちゃった」

 

 ああ、それでさっきホールでアーノッツさんを出迎えた僕を見るなり「え… 貴方が…… 小倉朝陽さん?」って驚いていたのか。てっきり僕は肌や髪の色で驚かれたのかと思っていたけど。

 

 「綺麗で可愛い……ですか?」

 

 あまり言われたことがない表現なので、馴染みがない。それぞれ片方でなら呼ばれたことはある。

 

 「うん。私、故郷に妹がいるのだけれど、ちょうど貴女くらいの身長なの。身内自慢になってしまうけど、妹はとっても綺麗でかわいいから、貴女もそんな感じだと思ったから」

 

 僕にも妹がいるから、可愛いと思う気持ちはわかる、アトレも九千代もとても可愛らしい容姿をしているし、その上僕よりしっかり者と来ている。僕も身内自慢がしたいな。

 

 ただ、そうか、妹か。アーノッツさんはルミねえよりは少し背が低いけれど、確かに僕より10cm弱は身長が高い。この身長差では姉という訳にはいかないだろう。

 

 だけど、そう見られているということは。

 

 「やはり私の容姿では、使用人が勤まりそうになさそうですか?」

 

 頼りになる存在とは見られていないということでもある。面接の雲行きに不安を感じてしまう。思わず声に出してしまった。

 

 

 「あ、違うの。ごめんなさい、妹みたいなんて言ったから誤解させてしまったね。貴女はもう私を助けてくれたのだし、充分頼りになるよ」

 

 「あ、申し訳ありません。不躾なことを言ってしまいました」

 

 これがメイド教室の時なら、壱与先生に減点されているところだ。気落ちしてしまう。もっとしっかりしないと。

 

 自分の失態に僕が俯いていると、アーノッツさんは優しく微笑んでくれた。

 

 「私は貴女のことが気にいった。だから私の使用人を勤めてほしい。貴女は私が主人で大丈夫?」

 

 「はい、不自由の多い私ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 これはまだ正式な契約ではない。けれど、この時アーノッツさんとの確かな縁ができたと感じられた。

 

 

 

 

 その後、エントランスホールから再び65階で話をするべく、エレベーターに2人で乗る。65階までは時間が掛かり、それまで無言というのも気まずいので、こういう場合は従者から話題を提供するべきだと思い、彼女の外出着を見た時から思っていたことを話すことにした。

 

 「アーノッツ様のコート、大変お似合いです。それはNYで求められたものですか? それともロンドンでしょうか」

 

 「あ、これ? 買ったのはNYだけど、ブランド自体はロンドンに本店がある店だよ」

 

 「左様でしたか、ウィンドウ・ペンのダークグレーに、金のダブルボタンがよく映えていますね」

 

 デザイン自体は地味だが、彼女の金の髪と健康的に白い肌が上手く噛み合い、見事なコーディネートになっている。彼女自身が華やかなので、派手な柄やデザインはむしろ主張が強すぎて、納まりが悪くなる。さすがはNYの賞でいくつも最優秀賞を取るセンスだ。

 

 「貴女のストールはブラックウォッチだね。よく似合っているよ。でもそういう柄をあなたみたいな女の子が着けるのはちょっと意外」

 

 「はい、ありがとうございます。確かにブラックウォッチはチェック柄の中でも重たい配色ですし、どちらかといえばメンズに使用される柄ですね。でも私は重たい色合いが好きなもので」

 

 僕の本来のデザインは、ストリート、マッド系なので、暗い色合いをよく使うし、やはり僕自身は全体的に白いので、バランスをとろうとすると自然に服の配色は重くなる。光を通さないためでもあるけれど。

 

 

 「もしかしてチェック柄にしたのは、私に合わせてくれたの?」

 

 もちろんそうだけれど、ここで肯定していいものだろうか。ここであえて謙遜するのが日本人らしさかもしれないが、過度な謙遜は却って失礼になるし、正直に言おう。

 

 「はい、アーノッツさまはアイルランドの貴族で、ロンドンにご実家があると聞いておりましたので、それに合わせたコーデを。不快な思いをされたのであれば、申し訳ありません」

 

 ブラックウォッチを選んだのは、濃いとは言えアイルランドらしく緑の配色であるからだが、発祥はスコットランドのものだ。あからさまにアイルランドらしさを出すのは馴れ馴れしいと思い、悩んだ末結局これに落ち着いた。

 

 「ううん、全然そんなことはないよ。そっか、私に合わせてくれたんだ。ますます貴女のことが好きになった」

 

 良かった、好印象だったようだ。

 

 そうして服飾生らしくファッションことを話している間に、彼女の部屋に到着した。

 

 

 「で、改めまして挨拶を。アイルランドから参りました。エスト・ギャラッハ・アーノッツです」

 

 「NYから参りました、小倉朝陽と申します。どうぞ本日はよろしくお願いします」

 

 「え? 貴女は日本人だと聞いていたのだけれど」

 

 「生まれは日本ですが、長年NYに住んでいましたのでNY出身という意識が強いのです。それと、正確には私は純粋な日本人ではありません。クォーターになります」

 

 「へぇ、そうなんだ。でもクォーターって、どこの国の血が入っているの?」

 

 「祖母がアイルランドの人でした」

 

 「えっ!? 本当?」

 

 これは本当。父方の祖母、あの青山霊園で身近に感じられたかの人は、アイルランドの人だった。

 

 実を言うと、アーノッツさんと出会った時から、なんとも言えない懐かしさがこみ上げて来ていたから、不思議に感じている。僕は、彼女の中に祖母の来た国を感じようとしているだろうか。

 

 「はい、とはいえ、祖母は私が生まれる前に身罷られ、私自身もまたかの国の土を一度も踏んだことはありません。私はこの肌ですので、長期間の旅行は難しくて」

 

 本当は長期の旅行どころか、旅行自体をしたことがない。多少ともそう言える行為は、NYから日本へ移動した飛行機くらいだ。

 

 

 「そうだったんだ…… ますます貴女のことを気に入っちゃった。さっきエントランスでも言ってしまったけれど、もう私は貴女を雇う気でいたんだ」

 

 それはとても有難い。けれど、これはやはり言っておかないといけないだろう。ただでさえ、彼女には嘘をつくのだから。

 

 お父様もお母様と出会った時は、嘘を付いている罪悪感を持っていて、だからこそ誠心誠意尽くそうとしたと話していた。僕もそれを見習いたい。

 

 「ですが、私はこの外見です」

 

 「先も言ったけれど、とっても綺麗だよ。その上可愛らしい」

 

 「あ、いえ、え、と、そうではなくて、ですね」

 

 予想外の返しに機先を削がれてしまった。前からわかっていたけど僕はこういう不意打ちに弱いらしい。

 

 「本当にかわいい」

 

 慌てふためく僕の様子を眺めて、彼女はクスクスと笑う。あまりルミねえのようなことを言わないでください、アーノッツさん。

 

 改めて深呼吸、一旦気を落ち着かせよう、真剣な話なのだから。

 

 

 「コホン、私は肌が弱いです。そのため日差しが強い日には外を歩くことが出来ません。幸いにもこのマンションの近くには地下商店街があるので、多少の買い物はできますが、それでも不便をお掛けすると思います」

 

 「それでもいいの。元々家には使用人はいなかったし、一人でも出来ることはしたいしね」

 

 「ありがとうございます。誠心誠意努めさせていただきます」

 

 「うん、よろしくね」

 

 とりあえず一歩前進。彼女は僕を気にいってくれたというけれど、僕も彼女のことが好きになった。お祖母さまの故郷の人ということもあり、強い親近感を覚える。

 

 「それなら面接はこれまでにして、条件を詰めましょう」

 

 彼女はこれまでと言ってくれたけど、まだ終わっていない。むしろここからが大事だ。

 

 「小倉さんはこの近くに部屋を借りているの?通いのつもりでいたのなら申し訳ないけれど、このフロアに住み込みでお願いしたいの」

 

 ああ、この要請が来てしまったか。壱与たちと面接訓練している時に想定した案件の中で、住み込みを頼まれた時の対応は、真っ先に考えた。僕の身体で住み込みは無理に近い。

 

 まずはプラン1。肌を理由に拒否するパターン。

 

 「申し訳ありません。この肌の事情でご迷惑をお掛けすることもあると思います。勝手ながら、私個人としても、あまり人に肌を見られることに抵抗を覚えます。共同生活となると、お嬢様に肌を晒す場面も度々起こると思います。真に勝手を言って申し訳ありませんが、どうかご容赦ください」

 

 これで了承いただけなければ、プラン2を展開するつもりだったが。

 

 「そう、それなら仕方がないね」

 

 僕が思っていた以上に、ア-ノッツさんはいい人だった。すごいな、使用人のこんな勝手な依頼を快諾してくれるなんて。

 

 「あ、ありがとうございます。本当に申し訳ありません。ただ、私はこのマンションの2階に入居を予定しておりますので、用事があれば内線で申し付けください」

 

 「そんなに畏まらないで。それと、2階の部屋にはいつ越してくるの?」

 

 「1週間後くらいを予定しておりますが、お嬢さまが早くを希望されるのであれば、日程を早めます」

 

 忍者屋敷に改装するのは、僕が入居したあとでも出来るはず。医療機器類さえ運べば、とりあえず大丈夫だろうから。

 

 「わかった。1週間後だね。何時ごろから手伝いに行けばいいの?」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 オウム返しの様を呈してしまったが、これはどういうことなのだろうか。使用人の引越しを主人が手伝うのは、やっぱりおかしいことだよね、うん。

 

 それとも、アーノッツの家の家訓とかだろうか。ダメだ、対人経験の圧倒的不足から、正解が分からない。でも読んだ本やメイド教育の内容からだと、たぶんこれは一般的なことじゃない。

 

 「ええと、主人が使用人の手伝いをするのは、おかしな話だと思いますが……」

 

 それでも確たる正解だと自信がないので、言葉も弱気なものとなってしまう。

 

 「いいの、私がしてあげたいのだから」

 

 ううむ、主人の意向に従うのが従者の勤めならば、ここは断るべきではない? あ、でもその時が九千代や壱与を紹介するちょうど良い機会になるかもしれない。いやいやでもこれは流石に断ろう。

 

 「流石に、お嬢様に手伝ってもらうのは気が引けますし、それに私自身も作業には加わりません。業者の方にお願いしますので」

 

 「あ、それもそうだね。確かに貴女が重たい荷物運ぶなんて想像できないし、させちゃいけないと思うの」

 

 むう、それは僕がそういう力仕事は、全く頼りにならなそうということか、全面的に貴女が正しいですけど、事実を指摘されるというのは辛いものがあるのです。

 

 「いえ、私は従者ですので。お嬢様の命があれば、そうした仕事もするつもりで……」

 

 「ううん、させないよ。貴女の細い体に似合わないし、何かあったら怖いもの」

 

 配慮が染みる。塩を塗られるように染みる。そこまで頼りなく映るのか、僕は。

 

 分かってはいたけど、わかってはいたけど。くすん。

 

 

 「実を言うとね、私は普段から私生活にだらしないところがあって、それをフォローしてもらいたかったのだけれど」

 

 「フォロー致します。そのための従者なのですから」

 

 「うん、貴女とこうして話すまでは、そのつもりでいたの」

 

 「までは…… ということは、今はそのつもりがないということでしょうか?」

 

 「うーん、流石に人間すぐには変われないから、やっぱりフォローしてもらうことになるとは思うのだけれど、やっぱりあんまりだらしない姿を見せたくないと思って」

 

 「それは立派なお考えですが、なぜ心変わりをされたのでしょうか?よろしければお聞かせください」

 

 やはり僕が頼りないからだろうか。話の文脈からそうとしか思えない。

 

 「えっとね、さっき私の妹のこと言ったよね。実家にいる頃は、妹にいろいろ手助けしてもらっていたのだけれど、流石に今日会った人に、妹並みを求めるのは良くないと思うの。妹にはやっぱり家族だからこその気安さもあったから出来たこともあったけど」

 

 「例えば、どういうことでしょうか」

 

 「貴女、私が2度寝していたら、叩いて起こすこと、できる?」

 

 ええ? ど、どうしよう、誰かを叩いた経験なんてないから加減がわからないし、起きてくれるかどうかも分からない。

 

 それ以前の問題として、この人を叩くということに、必要なことだと言われても強い抵抗を覚える。でもお願いされたからには頑張らないと、うん。

 

 

 「が、頑張ります! やってみせます!」

 

 「ううん、無理しないでいいの。私としても、貴女にあんまりそういうことさせたくないし。やっぱり実家を離れたのだから、しっかりしなくちゃと思う気持ちもあるの」

 

 立派な人だ。でも、多分だけどこの人がそう思ったのは、さっき彼女自身が言ったように、僕の容姿や雰囲気から、『妹のよう』と感じたのが原因だろう。

 

 自分より小さい子に、そうしたことをさせたくないと言う、姉心が働いた結果ではないだろうか。実の姉妹なら多少乱暴な振る舞いも愛嬌だが、赤の他人に姉妹並みを求めるのを、やめようと思ってくれたのでは。

 

 これはやはり、僕がか弱い存在と感じたからだろう。でもそれは事実だ。事実なのだからしっかりと受け止めないと。

 

 ああ、なんだかアーノッツさんと話していると、どんどん卑屈な感情が沸き上がってくる。現に、主人の前だというのに自然と僕は俯いて目を細めてしまっている。これはよくない。

 

 「だから、貴女が頼りにならないとか、そういうことじゃないから安心して」

 

 そんなことだから、主人に気を遣わせるという醜態をさらしてしまった。こんなことは今日限りにしなければ。

 

 「お見苦しい姿を見せて、申し訳ありません」

 

 「貴女は何も謝るようなことはしていないよ。大丈夫」

 

 この人は善い人だ。お父様のように、人の心に寄り添える人だ。主人となるのがこの人でよかった。この幸運に感謝しよう。

 

 

 「ありがとうございます」

 

 「うん、あ、でもお風呂で油断して溺れかけたことはあるから、そのときは助けてね」

 

 「はい! 入浴される際は必ず連絡ください。あ、でもそれだと手間ですね。ええと、それなら…… お嬢様が入浴される際には、私の部屋にランプが付くようにしましょう。ランプが点いた時は、部屋まで伺います」

 

 「流石にそれは悪いから、来るのは1時間たってもランプが消えない時にして」

 

 「はい…… あ、でも私が入居する前はどうしましょう。ここはお手数ですが、入浴前と入浴後に、一言でいいので私のアドレスまでメールをお願いします。入浴後のメールが来ないときは、コンシェルジュの方に向かってもらうようにします」

 

 「なるほど。貴女は面倒じゃない?」

 

 「いいえ、むしろお嬢様の方こそ面倒ではありませんか?」

 

 「もともと私のだらしなさが原因だしね。それに入浴前のメールを忘れたら、私が全然シャワーも浴びない子だと思われちゃいそうで恥ずかしい」

 

 「あ、いえ、そんなことは」

 

 こういう時に上手い返しができない。九千代やルミねえには出来るんだけど。はやく他人との会話になれないと。

 

 「さて、条件の方はこれでいいとして、最後に一番肝心なことを確認しないとね。貴女の服飾の腕前を見せて」

 

 服飾生としては一番大事なことだが、僕としてはもう山場を終えた感もあって、少し気が抜けてしまっている。でも、ここで気を抜いてはいけないと気を引き締めないと。

 

 「デザイン数枚と、自分の体型の型紙を引いてみて。それで判断するから。道具は今持ってくるね」

 

 「かしこまりました」

 

 さて、型紙はともかく、デザインはやはり表向きのデザインで行くか。もうこの人には『Diana』のデザインを見せても良いように考えてしまうけど、流石に時期尚早だ。

 

 ………時期尚早、か。それはつまり、僕は無意識に『いずれこの人に本当のデザインを見てもらいたい』という気持ちがあるということだ。彼女は僕を気に入ってくれたということだけど、僕もまたこの人のことが気に入ってるらしい。

 

 これは彼女を通して見える、祖母の故郷への郷愁だろうか。それとも何か別のものか。

 

 さて、考え込んでも仕方ないので、デザインに取り掛かろう。

 

 

―――

 

 

 「んん? このデザインどこかで見たような? どこだっけ」

 

 ああ、やはり分かるか。これは隠しても意味がないので、素直に打ち明けよう。

 

 「お嬢様が私のデザインを見て既視感を感じるのは、きっと私のデザインが、桜小路ルナさまのデザインの模倣であるからだと思います」

 

 「あ! あー! そうか、やっと分かった! 貴女を初めて見た瞬間、どこかで見たことあると思っていたの! 貴女、ファッション雑誌で見た桜小路ルナにそっくりなんだ」

 

 「はい、あのお方自身からも、私の外見は若い頃にそっくりだと言われています。そもそも私は、そうした外見の類似性から声をかけていただき、桜小路のお屋敷に勤めさせて頂くことになりました。桜小路ルナさまは、私の肌のことを誰よりも理解されてくださっていますから」

 

 本当は、当のお母様以上にお父様のほうが理解して、というより心配してくれているけれど。

 

 「そっかぁ…… なるほどね。確かに私もルナさんの立場ならそうすると思う」

 

 「はい、そして桜小路ルナ様は、私にとって憧れと崇拝の対象です。そのためにどうしても私のデザインは彼女の影響を受けたものになってしまいます。彼女やその旦那様の遊星さまは、私に服飾の才能が有ることを見出され、ありがたいことに目をかけられてきました。私の紹介者に当たる大蔵衣遠様は、桜小路の旦那様の兄上に当ります。そうした縁で、私はこうしてお嬢様に出会うことができました」

 

 「へぇ、桜小路ルナのことは知っていたけど、その旦那さんのことまでは知らなかったな。あの大蔵の人だったんだね」

 

 「はい、そうしたこともあり、桜小路のお嬢様であるアトレ様や、大蔵のお嬢様であるルミネ様とは懇意にさせていただいています」

 

 「でもそれだったら桜小路や大蔵のお嬢様の従者として通えば良かったんじゃないの?あ、別の学園に行ってるのかな?」

 

 「いえ、お二人もたしかにフィリアに通われるご予定ですが、それぞれ美容科、アパレル経営科と、特別編成クラスが無い科でしたので、彼女たちの従者として通うことはできませんでした」

 

 「ふーん、そうなんだ。あ、だったらNY校に通わなかったのはどうして? フィリアにはNY校もあるのに」

 

 「日本校の、特に特別編成クラスの教師の方が、桜小路ルナ様の元従者で、教師としての優秀さはNY校以上だと、ルナ様から聞いておりました。その言葉に従い、私は日本校へ通おうと思ったのです。一般クラスでも良かったのですが、出来るならば腕のいい先生に教わりたいですし、残念ながらそれをルナ様から聞いたときには、もう願書提出の期限が終わってしまっていまして」

 

 「へぇ、私の教師になる方、桜小路ルナが大小判を押すくらい優秀なんだ。それは楽しみ。それにしても、色々な事情が重なって、貴女と私は出会えたんだね」

 

 紅葉が教師として優秀なのは本当だし、様々な事情が重なった結果、僕と彼女が出会えたことも本当だ。これが合縁奇縁というものだろうか。

 

 「はい…… それで、デザインのほうが如何でしょうか」

 

 「うん、良いと思う。たしかに桜小路ルナの影響は感じられるけど、絵のタッチも繊細で丁寧、色使いもいいし、十分に合格」

 

 その後、型紙の力量も及第点をもらえた。むしろ型紙の方が上手いと言われて、嬉しいけど複雑。僕はこの人に僕のデザインをまだ見せていないのだから。

 

 「朝陽さんの目的は、自分のデザインを見つけること、なのかな」

 

 ふとアーノッツさん、いやこれからは心の中ではエストさんと呼称しよう。エストさんはそんなことを訪ねてきた。何気ない質問というには真剣な雰囲気なので、もしかして彼女自身がNY校やパリ校ではなく日本校へ来たのも、そうした理由なのかもしれない。

 

 とはいえ、それを詮索できる立場ではないし、この場ですることでもないと思う。

 

 「それは、確かにそうなりますね。このままでは、私のデザインは公に認められる事はないでしょうから……」

 

 本当は桜小路ルナの亜流だから、ではなく『Diana』のデザインは正統なコンクールに出すようなジャンルではないということだ。

 

 ただそう改めて問われると、たしかに僕は『Diana』のデザインを、正統なデザインに変換出来るようにすることを、目指しているとも言える。改めてそのことをを自覚した。

 

 この亜流のデザインでは、両親のような栄光に輝くことができないのは確かだ。となると、僕本来の『Diana』のデザインを、如何にコンクールで発表できるようなものに昇華できるかが、この1年の僕の課題となる。

 

 それとも、『Diana』のデザインとは全く異なる、新たなデザインの形を見出すか。その可能性は今まで考えていなかったけれど、そういう考えもあるか、と思い浮かんだ。

 

 そうした意味では、エストさんが言った「自分のデザインを見つける」という理由は、間違いではない。

 

 

 「はい、改めて私はそれを目指しています。桜小路ルナ様のような栄光に輝く自分のデザインを、見つけたいと想っています」

 

 「そっか。私も、似たようなことを目指しているの。お互い頑張ろうね」

 

 「はい、どうぞよろしくお願いします」

 

 「それじゃあ、正式な主従の契をしましょう。これから3年間、私の掛け替えのない人になって」

 

 3年間…… なんという重い単語だろう。僕は、ここに1年しかいられない。それは伯父様との約束の期間であり、伯父様を含めた僕の周囲の人間が結論している、僕の身体が従者としての勤めをしながら学校に通いえる限界日数。

 

 けれど、叶うのなら、この人と3年学んでみたい、そうした想いが湧き上がる。だから誠心誠意を込めて、彼女の手を取ろう。

 

 「貴女のために、この身を捧げます。遠き祖母の故郷から来た、貴き人」

 

 こうして、僕とエストさんの主従の日々が始まった。

 

 これがいつまで続くのかは分からないけれど、両親の青春に負けないくらいに、輝かしいものにしたい、強くそう思う。

 

 どうぞよろしくお願いします。あの緑の国より参られた、エスト・ギャラッハ・アーノッツ様。

 




 その頃の桜小路家

 「面接といえば」

 「昨日の八十島さんの話でしょうか?」

 「ああ、君と初めて出会った時のことを思い出してな。あの時はあれが人生を変える出会いだったなんて、思いもよらなかった。人生はわからないものだ」

 「私としては、若気の至りにも程がある行為だったと思っております。女装して雇われ、学校に通うなど、自分ごとながら正気の沙汰とは思えません」

 「とはいえ、どだい君はまともな環境下にいなかったじゃないか。私に言わせれば、あの時の大蔵家における君の立場の方こそ、正気の沙汰じゃなかったと思う」

 「そう言ってくださり、ありがとうございます、お優しいルナ様。ですが、やっぱり人を騙すのはいけないことですので」

 「そうか…… だが朝日、そういう方向に話を持って行って、メイド服を脱ごうとしても私は認めないぞ」

 「無理でしたか。ですがルナ様、流石に私もこの格好をするには無理な年齢になっています」

 「鏡を見ろ。そして先日のデートを思い出せ。街行く人も、立ち寄った店のウェイターも、誰も君を男性だと思っていなかった」

 「あれはおそらく、ニューヨーカーとしての小粋なジョークだと思います、そう信じます。固く信じます」

 「ははは」

 「乾いた笑いだけで返すのはお止めください。心に刺さります」

 「ふふふ、私の朝日は本当に可愛いなぁ。長らく息子に取られていたのだから、しばらくその格好でいてくれてもいいじゃあないか」

 「ですが、今日だけとのお話だったのでは」

 「来月初めにミラノでコレクションがあるな」

 「はい」

 「そのためのデザインが、どうにも煮詰まっている。これは何かインスピレーションが必要だ。幸い私のミューズが帰ってきてくれた。まさか彼女は私のデザインを生み出す邪魔はしないだろう。そういう人だ。だから好きになった」

 「…………」

 「笑顔のままということは、快諾ということだな。流石は私の朝日、聞き分けがよくて結構だ」

 「子供達がいなくて、本当に良かったとしか、今は思えません」

 「さすがの君も、お腹を痛めて産んだ我が子の前でメイドの格好は恥ずかしいか」

 「ですから過去を捏造しないでください」

 「ああ、その困り顔だよ、その顔が何より私からアイデアを生み出させる」

 「それを嬉しいと思ってしまう私にも、問題があるのでしょうね」

 「ふふふ、大変に気分がいい」




 通りすがりの元滋賀県民「あ、朝日が復活してる……… よし、こっそり写真撮って瑞穂に送ってやろ」
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