月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~ 作:トライアヌス円柱
髪の手入れのこととなると、珍しく暴走しがちの白い子
13話 裏タイトル 【貴女の髪だけ好きです】
単純思考さま、誤字報告ありがとうございました!
エストさんと訪れた地下街。アトレや九千代、ルミねえや、時には衣遠伯父様とも歩いたこの場所は、数少ない僕の馴染みの場所になっている。
地下街は暖房が効いているし、今のメイド服は厚手の生地で作った、防寒性に優れたものなので、肌寒いと感じることはない、それでも長居はしないにこしたことはないけれども。
とはいえ、僕はともかくエストさんの格好は部屋着に近い。黒で縁どられたスクウェアネックのピンクの柄ワンピースを、黒の布ベルトで巻いたシンプルな服装、生地も厚いものではない。
寒くないのかと尋ねると、不思議そうに「大丈夫だよ?」と答えられた。アイルランドやロンドンではこのくらいの寒さは普通ということだろうか。でも彼女は最近まで僕と同じNYにいたはず。
ああ違う、同じじゃない。NYで彼女は外出も多かっただろうけど、僕はずっと屋敷の自室内にいた。これではとても同じ街にいた、などとは言えない。
これは単に、僕がまだ外出に慣れていないだけだ。だから寒さに応じた服装の塩梅を知らない、そうした経験をしてこなかったから。
「みんな、小倉さんを見ていくね」
「いいえ、お嬢様を見ていらっしゃるのです。私が珍しい外見をしていることは確かですが」
青山は外国人が多いとは言え、エストさんほどの整った容姿の人はそうは居ない。地下街なので風は吹かないけれど、これが外界ならば、たなびく金の髪の美しさに、皆が目を奪われることだろう。
「そう? ありがとうウフフ。でもやっぱり貴女のこともみんな注目してる。メイド服を着ている姿も珍しいというのもあるのかな」
確かに、日本に来てから、壱与と九千代以外に、メイド服を着ている人を見たことはない。それも当然といえば当然だけど。
「1世紀前ならばいざ知らず、黒いワンピースにエプロンという姿のハウスメイドは、姿を消して久しいです。現在は、欧州各国の旧貴族や名家などの方々が、半ば懐古趣味で使用人の制服として採用している程度だとか」
「そうなんだね。私も一応はロンドン出身だけど、あまり小倉さんのような服装の使用人は見たことがないの」
「皮肉と言いましょうか。未だに階級制度が存続し、貴族が現役であるイギリスにおいては、この格好のメイドは絶滅して久しいです。王室や貴族に仕えるメイドになるためのナニースクールは今でも存在しますが、そこの格好は明るい色の制服で、一見キャビンアテンダントのようなものになっています」
「あ、そういう人なら何度も見たことがある。でも面白いね、発祥の土地ではもうされていない格好が、遠い異国の地ではまだ続いてるなんて」
「これも異国情緒というものでしょうか。案外発祥の地ならばこそ、よりシステマチックに、機能的に改良していくのだと思います」
「なるほど、小倉さんは博識だね」
「いえ、これはすべて母からの受け売りです」
つまり、お父様からの受け売りです。あの人、一時真剣に「メイドとは」という題材を研究していたようだから。理由はもちろんお母様のため。より正確に言うとお母様のデザインのアイデアを生むため。
「一度会ってみたいなあ、小倉さんのお母さんに」
「機会がありましたら」
機会…… 来るだろうか。でもお父様が日本に来るということは、僕が倒れてアメリカに帰る時だ。エストさんにお父様を紹介したい思いはあるけれど、そうなってほしくもないジレンマ。
「それよりどこかでお茶しようか? 小倉さんにはここ、ちょっと寒いみたいだし」
ああ、さっきの「寒くないですか?」という質問は、裏を返せば「私は寒いです」と言っているようなものだったのか。しまった。
なんだろう。エストさんの使用人になって以来、主人のエストさんよりも、使用人の僕のほうが気を掛けられているように思えてしまう。もっとしっかり、頼りがいのあるメイドにならないと。
「いえ、まだあまり時間も経っていませんし、この服の生地もウール製ですので、十分に暖かいので、ご心配には及びません」
「そっか。でも辛くなったらいつでも言ってね」
初日の面接の時にも言っていたけれど、エストさんは僕を妹さんと重ねているのだろうか。だから世話をやきたくなるとか、そんな感じ? うーむ、これは由々しき問題。でも解決の糸口いまだ見えず。
「あれ? エストさんに、朝陽ちゃ……朝陽さん?」
エストさんとお喋りしながら歩いていると、ルミねえがとことこ歩いてきた。でもルミねえ、今僕のことなんて呼ぼうとした? 怒らないから言ってみて。
「あ、ルミネさん、こんばんわ」
「ルミネお嬢様、こんばんわ」
エストさんに合わせて、僕も頭を下げて挨拶を。
「はい、こんばんわエストさん。そのメイド服かわいいね朝陽さん。本当に可愛いから持って帰りたいけど、問題行動になるから自制する。でもかわいい」
拝啓、お父様。最近従姉妹が同じ単語を繰り返すBOTになってきて不安です。
「ルミネさんもお出かけだったのですか?」
そしてそれをあたり前の日常風景だと受け流す我が主。僕に必要なのは、この人のような順応力なのかもしれない。
「うん、そこの喫茶店で人と会っていた。お勧めはコーヒーゼリーだね」
「わぁ、それは楽しみ、小倉さん、私たちも行きましょう」
「はいお嬢様。しかしルミネお嬢様、お連れ様とはご一緒ではないのですか?」
ルミねえが誰と会っていたのか、ちょっと気になる。それに、喫茶店はすぐそこで、ルミねえが出てきたばかりなら、まだ店内にその人がいるかも、いたら一応挨拶くらいしたほうがいいかな。
「うん、彼のほうが先に帰ったから。私はしばらく紅茶とお菓子を楽しんでた」
「彼? 男の人だったのですか?」
おおう、エストさんが食いついた。やはり貴族といえども年頃の少女、恋愛に繋がりそうなことには興味津々ということだろうか。
「そうだけど。残念ながらエストさんの期待するような間柄じゃないよ。年が近いとはいえ伯父さんだもの。正確には従兄弟伯父だけど」
「あ、親戚の方だったんですね」
ルミねえの従兄弟伯父ならば、僕にとってもその間柄ということになるはずだけど、年が近いとなると駿我さんでもアンソニーさんでもない、僕が会ったことがないあの人ということになる。
「フィリアのピアノ科に通ってる人なんです。私もフィリアの近くに越してきたのだから、挨拶くらいしないと礼儀知らずな姪になっちゃうので」
正式には従兄弟姪だね。まあ、いちいち言うのも面倒だけど。
「しかし、フィリアに通われているということは、本当に年齢はそう変わらないんですね」
「一つしか違いませんよ」
「素敵な方ですか?」
おや、エストさんが再び食いついた。僕&ルミねえ&アトレの従兄弟伯父の山県大瑛さんに興味があるのかな。
「年が近いからといって、恋愛感情を持つようなことはありませんね」
「あら残念」
どうやら年齢が近いと聞いてルミねえとの恋愛関係への疑問が再燃しただけだったようだ。ルミねえ、よくわかったね、これも人を見るのが上手なりそな叔母さまの教育の賜物か。
「エストさんが私との立場だったら、会うたびに『久しぶりだね、叔母さん』って挨拶する人と恋愛に発展できます?」
「え? 叔母さん?」
あ、ルミねえそれ話すんだ。
「実は私って、大蔵りそなの養子なんです。実の父は、その大蔵りそなに祖父にあたる大蔵日懃」
「え? え? え?」
エストさんが混乱するのも無理はない。だって普通いきなり聞かされたら誰だって混乱するよこんな話。
「私は、実の父が90超えてから生まれた娘なんです。その後当たり前に父が老衰で亡くなって以降は、今の義母、大蔵りそなの娘になりました」
「はぁー」
そうなりますよね。人間あまり理解できない話をされると、生返事になるもの。
「まあ華麗なる一族なんて呼ばれていても、実際はこんなもんですよ。というか、この呼び名にしたって、新興成金で外面だけゴテゴテに飾っていた大蔵家を、欧州の名門さんたちが皮肉たっぷりにそう呼んでいたのが実情らしいですし」
「は、はぁ」
その『欧州の名門』の一人であるところのエストさんとしては、なんとも答えづらいパスを投げるねルミねえ。多分悪気はないんだろうなぁ。
「あの、ルミネさんは、実のお父様が嫌いだったりしたのでしょうか?」
確かに、今のルミねえの言い方だと、実の父に好意的とは思えない。
「いや、普通に引くでしょ。90過ぎて若い女を孕ませるとか。今時、フィクション小説の悪役だってしませんよそんなこと」
「あ、あはは」
「まあそういうわけで、そんなフィクション小説から飛び出してきたのが私、大蔵ルミネと言うわけです。なので、血縁上は件の親戚――山県大瑛さんって言うんですけど、その人にとっては叔母にあたるんですよね、私。なのであの野郎。失礼、あの人いつも私をそう呼びやがるんですよ」
わぁ、ルミねえが聞いたことのない言葉遣いになった。いったい誰譲りなのだろう。
「な、仲がよい間柄じゃないとそういう冗談は言えないものだと思うので、その人も悪気はないのではないでしょうか」
「そうですね。だから私もいつも『ええ、お久しぶりです伯父様。いえ、従兄弟伯父様。また一段と老けられましたね』って返すまでが一連の流れですね」
中々独特なやり取りしてますね、大蔵家。
「な、中々独特なやりとりですね」
エストさんが僕の内心と同じこと言ってくれた。主従として以心伝心のレベルが上がったようでちょっと嬉しい。
「でも、こんなのは序の口。りそなお
どんな会話してるんだろう、すごく気になる。
なお、あとで知ったところ、もちろん普段は礼儀正しい大人の挨拶をしているとのこと。ただしお酒が入ると
『そろそろ貴方もいい年ですし、盗聴や盗撮癖は直りましたか?』
『いやいや、三十路を過ぎても近親恋愛に、それも子持ちの既婚者に執着するよりはずっと健全さ』
『ははは、それを貴方がいいますか。私はまだ異性間恋愛ですよ』
『いや、だから俺はとっくに諦めているだろう。想いを捨てていないだけで』
みたいな会話をするらしい。お酒って怖いね。でも駿我さんに想い人がいたなんて驚き。お父様の話でもそんな関係の人の影はなかったように思う。
あ、でもなぜかお母様との会話では盛り上がっていたから、お母様のご友人とかだったりするのかな。
「あの、ルミネさん、なんだかとても立ち入ったことを聞いてしまいましたが、こんなところで、それも立ち話で聞いていい話だったのでしょうか」
エストさんの言い分も分かる。これ、普通相当重い話のような気がする。ルミねえは『コーヒーゼリーおいしかったよ』と同レベルの気軽さで話していたけど。
「むしろ、こういう話って隠すから邪推されるし、後ろ暗い思いすることになるんですよ。だからもう最初っから全開オープンのほうがやりやすい」
「なるほど…‥」
「うちの親は90過ぎて若い女に手を出した色ボケ爺、私の一族は変態率高し、それくらい開き直らないとね」
すごいな、ルミねえはもうこんなに自分の一族を客観視できていたんだ。ごめんねルミねえ。かわいいしか言わないBOT扱いして。
「なので、そんな困った一族に囲まれていると、癒しが必要なんです、そのかわいい子ください」
「ごめんなさい、この子はもう、うちの子なので……」
すごいと思った気持ちを返して。あと僕はいつアーノッツの子になったんだろう。
「それじゃ、私は先にマンションに帰るね」
「はい、お気をつけてお帰りください」
「そんな距離でもないけど。貴女たちもほどほどにね。エストさんはコートも着てないようだし」
「コーヒーゼリーを食べたら帰ります」
「そう、朝陽さんも体冷やさないようにね」
「ありがとうございます。ルミネお嬢様」
僕たちが立ち話を終え、ルミねえと別れて例の喫茶店入ろうとしていると。突然
「わきゃああああああああああぁぁぁあああぁあl」
という謎の大声が地下街に響いた。え? 何? なにごと?
「下がって、小倉さん」
庇うように僕を下がらせる主人。いやエストさん、逆です。従者が主を守るものです。
「お嬢様――」
「いいから私の後ろに。これは主人としての命令」
そう言われては、反論できない。主人を守れるような従者になりたいが、現状は夢のまた夢のようだ。
と、僕らが警戒していると、件の大声の発生源は、猛スピードで回れ右して立ち去ろうとしていた。見るところ、小柄な女性のようだ。僕よりも小さい。
「変質者…… ではなさそうかな」
エストさんの警戒心が薄れる。僕よりも小さな女性に敵意を向けるようなことはできないこの人は、やはり優しい人だ。
「おぅら!!」
「でゅうっふ!」
こちらから走り去ろうとするその小さな人影は、まさに彼女が走り去ろうとする方向から入れ違うように現れた人のラリアットによって、地下街の床に沈むことになった。
「わぁ。綺麗なラリアット」
エストさん、それ、感心する所だったでしょうか。
でもあれ? あの人の髪と顔、あれはいつぞやの渋谷で出会った……
「お前どこ行ってた」
「きゅ、きゅうたろう、それどころじゃないんだよ。妖怪クズが!が近くにいる、多分いる!」
「は? なんだそれ?」
「ほらあれだよ。わたしがいねっがーで綺麗な子みつけて屑がって」
「さっぱりわからん」
2人は知り合い、というより友人のようだ。よし、話しかけよう。
「な、なんだろうねあの人たちは」
「お嬢様、大声を上げた方には見覚えはありませんが、もう一人の方は知り合いです。お話をきいても良いでしょうか」
とはいえ、僕の立場はエストさんの従者。勝手に行動するわけにもいかないので、許可を頂こう。お願いします。
「え? そうだったの? 友達?」
「友達というほどには交流はありませんが、個人的に彼女には聞きたいこともあるので」
「ん、それならいいよ。危ない人たちというわけでもなさそうだし」
ありがとうございますエストさん。では早速。
「あの、お取り込み中のところ失礼しますが……」
「あ、はい。もしかしてこいつがご迷惑を……ってあれ?」
「お久しぶりです。あの時渋谷でお会いした方ですよね」
「あ、はい、多分そうです。あの、アレですよね、すごい高級なトリートメントくれた人」
「如何でした? 随分変わるものでしょう?」
「自分の髪じゃないと思えるくらいサラサラでしたよ。あの、今更なんですけど、なんであの時自分にくれたんですか?」
「え? 貴女の髪が少し荒れていたからですけど。ああ、でも本当に少しです。むしろだから気になったというか」
「は、はぁ。もしかして美容関係の人ですか。でもメイド服だし…… あ! フィリアの美容科? いやでもあそこ使用人同伴のクラスなかったよな」
なんだか混乱させてしまった。悪いことをしただろうか。それにしても、彼女の髪はまた手入れしがいがある感じになっている。うずうずするなぁ。
「なぁきゅうたろう。この綺麗な人としりあいなんか?」
「逃げようとしてた奴が急に生き返るなよ。あの渋谷で逃げたお前の行き先を教えてくれた子」
「で、あの近くにいた怖い大人のお兄さんいない感じ?」
「いない感じ。てか話聞く限りお前が悪いからな、あの時も」
「マジかー」
「マジだ」
話の脈絡から考えて、どうやらこの小柄な人は、衣遠伯父様を恐れているようだ。となると、もしかしてあの時のきぐるみの中身がこの人なのだろうか。そう言えばあの時は、伯父様に『屑が!』と一喝されて逃げて行ったんだっけ。
「なんか、あの時も今もこいつがご迷惑かけたようで、すいません」
「すいません」
「ああ、いえ、あの時はあの方も、もう少しソフトな対応があったのでは、と思わないでもないですし」
おかしな着ぐるみ姿とは言え、衣遠伯父様も容赦がない。でも本来あの方の性格は峻厳苛烈だからなぁ。僕やアトレには甘い面も見せてくれるけれど。あの伯父様に一喝されたら、誰でも恐ろしいよね。
「彼女たちと出会った時、何かあったの?」
これまで黙って僕たちの会話を聞いていたエストさんが加わってきた。たしかに、彼女にも過去のいきさつを話すべきだろう。
「お嬢様とお会いする前の話なのですが、ルミネお嬢様にその伯父にあたる大蔵衣遠様と、渋谷の街を歩いている時に、こちらの…… そういえば、まだ自己紹介も済ませていませんでしたね、申し訳ありません。私は、こちらのお嬢様に仕えるメイドの小倉と申します」
「え、仕える? それに小倉って、日本人なの?」
「初めまして、私はエスト・ギャラッハ・アーノッツ。アイルランドの貴族です」
「私も、アイルランドと日本のクォーターになります」
「はぁー」
あ、小柄な人のほうが、さっきのルミねえから暴露話をされた時のエストさんみたいな表情になってる。もう一人の方も、なんと口にすればいいのか戸惑っている表情だけど。
「貴女のお名前は?」
「いちまるきゅう…… 一丸弓です」
「あ、あてくしは銀条春心です! お二人共、日本語お上手ですね!」
2人とも? 僕はクォーターだと言ったはずだけど……あ、もしかして3/4アイルランド人で、1/4日本人だと思われてるのか。
でもまあ、それでいいか。
「海外の人で、本物の貴族とかで、本物のメイド同伴で、なんかもう混乱してきたあ……」
「欧州には王族、貴族が現存する国があります。お嬢様の祖国アイルランドやイギリスは今も階級制度が存在していますし、フランスやイタリアなどでも、公的な制度としてはなくなっているものの、社会勢力としては確固たる地盤を築いています。でもたしかに日本では珍しいですので、混乱させてしまいますね」
「おー、きゅうたろう、いま私イギリスですか? って聞こうとしたら、当たってた!」
「いやアイルランドって言ってるだろ」
「私の住まいはロンドンにありますよ」
「な、な?」
「いや外れてるから。気を使ってくれてるだけだから、わかれ」
「すませんでした」
しゅんとしてしまった。
「お嬢様、このまま立ち話を続けるのも如何と思うので、改めて喫茶店で話するのはどうでしょう」
「うん、そうしましょう。二人の都合はどうですか?」
「おいきゅうたろう、貴族の人のお誘いだぞ、どうしよ」
「ここで断るのは失礼だよ。つか、お前なんでそもそも地下に来たん?」
「いやここのコーヒーゼリーが美味しいと聞いて、自分ときゅうたろうに食べさせようとかと」
「あら、では目的は一緒ですね。入りましょう」
「う、うす、よろしくお願いします」
僕たちは4人でテーブルを囲み、コーヒーゼリーを食べながら、渋谷で出会った時の出来事や、お互いに近くフィリア学園服飾科に通うことになった新入生であるなどを話し合った。
「でも残念ですね。特編クラスと一般クラスで分かれてしまって」
「いやぁ、ジブン小心者なもんで、貴族の方々と授業受けるとか無理っす」
「お嬢様のような、実家が爵位を持つという意味での貴族は、おそらく少ないと思いますよ。日本には貴族制はありませんので」
「それでも、そちらのエスト・ギャラッハさんみたいなお嬢様ばかりのクラスなんでしょ? こいつには荷が重いっすわ」
エストさんのお名前を呼ぶならファーストネームだけでよいのだけど、呼び方に関しては本人から言うだろうから、僕の口から指摘するのは差し出がましいかな。うん、別に失礼なことを言われたわけでもないし、ここは黙っておこう。
「うちセレブの会話なんてわかんねよ。紅茶なんて午後のやつしか飲んだことねぇもん」
「それほど気負うものではありませんよ。同じ人間ですから、似ているところはたくさんあります」
「ほらもう貴族オーラ全開だ、お嬢様しか出せない気を発してらっしゃる…」
「ウフフ」
これまでエストさんが接してきた人は、ルミねえにアトレと、共にお嬢様育ちをしてきた人たちだったので、改めてお嬢様扱いされているのが嬉しいのか、エストさんがいつもの2倍増しで上品に振舞っている気がする。
「先ほどの話だと、以前ハルコさんは、小倉さんを見て綺麗だと思って近づこうとしたんですよね」
おや、話題が僕のことになった。
「あ、はい、メイドさん、綺麗ですよねぇ。こんな人がこの世に居るなんて思いもよらなかったですよわたしゃ。……あんな怖い人が居るとも思いませんでしたけど……」
「元気出せよ」
伯父様のことも思い出して気落ちしたのか、銀条さんが急激に萎れていく、感情表現が豊かで面白い。
「あ、でもエスト・ギャラッハさんもお綺麗ですよ!」
「いえいえ、この子の綺麗さと可愛さには負けるのは自覚してますので。それと、私のことはエストでいいです。そう呼んでください」
いえ負けないでください。あなたの方が十分に綺麗ですよ。
「あ、じゃあ私のことはパル子って呼んでください! みんなそう呼ぶんで!」
「私も、マルキューでいいです。この子以外はそう呼ぶんで」
確かに、さきほどから銀条さんは一丸さんのことを『きゅうたろう』と呼んでいる。女性のあだ名とては少し変わっているけど、親友ならではの呼び名というものだろうか。僕にそういう相手は…… 一応ルミねえがそうなるかな?
「ごめんなさい。折角だけど、出会った最初のうちはその人の本来の名前を覚えておきたいから、ハルコさん、キュウさんと呼ばせてもらいますね」
エストさんが貴族に相応しい物言いで対応した。こういうことが自然に出てこその貴族だと思う。
「おお、やっぱりお貴族様だ… 輝いて見えるぜ」
「隣にいるメイドさんの破壊力も相まって、破壊力が並じゃねえ……」
お二人に深く賛同します。なので、僕も負けじと。
「はい、お嬢様は地元では、『金髪のロージィ・マッカン』と名高い方ですので」
「あ、朝陽!?」
「おー、なんかすげぇあだ名が付いてるなぁ。どうするきゅうたろう、あたしら『パル子』と『きゅうたろう』だぜ」
「ふ、庶民は庶民らしくいくのがいいのさ」
僕の言葉にエストさんはこの場では初めて感情を荒げた。今も顔が赤い。でも、僕の偽らざる本心です。
でもジト目で睨んでくるのがちょっと居心地悪いので、話題を逸らそう。
「一丸さん、少しよろしいですか?」
「え、改めてなんですかメイドさん」
「あなたの髪ですが、おそらく髪質と染髪料が合っていません。染髪料か美容院を変えることをお勧めします」
「そ、そうですか。でもあんまお金ないしなぁ」
「では、キューティクルを保つブラッシングだけでもしておいたほうがいいですよ」
「ううん、あんまり髪にかけていられる時間もないし」
「では、今私がやって差し上げても?」
「あ、それなら…… っていいですよわざわざ!」
「そうですか…… 残念です。あ、でもやっぱりこれだけでもお持ちください」
僕は太ももに括りつけてあるポーチから以前と同じヘアクリームを渡す。
「え? いまこれどこから?」
「メイドの秘密です」
その後も談笑しながらコーヒーゼリーを食べていた僕たちだったが、エストさんが3個目をお代わりしたあたりから、彼女たちの僕たちへの気安さがアップしたように思える。やはり食べ物を共有することは偉大なんだな、と実感。
彼女たちと別れて、僕たちも帰路に着く。とはいえ、先ほどルミねえが言ったように大した距離じゃないけど。
「楽しい人たちだったね」
「はい、一般科ということもあり、同じ教室ではないのが残念ですが」
「キュウさんの方は、ルミネさんと同じ教室だよね」
「アパレル経営科ですね。一丸さんとルミネお嬢様ならば、性格の反りが合わない、ということもないので、仲良くなれるのでないかと思います」
「朝陽、随分キュウさんの髪に入れ込んでたね」
「お、お恥ずかしい限りです。あの、私は昔から母(お父様)の髪を手入れすることが趣味だったので、そのせいもあり、手入れしがいのある髪を見ると自制が効かなくなるようです」
「ふむ、じゃあ私の髪は手入れしがいが無いということ?」
「以前から申し上げておりますが、お嬢様の御髪は常にお綺麗ですので」
「嬉しいけど複雑。私の可愛い従者が、キュウさんに取られてしまう」
「い、いえ。けっしてそういうことでは」
「フフフ、冗談だよ。あ、でも、さっきのあれはどういうこと?」
「あれ、とは?」
「『金髪の~』のくだり。すっごく恥ずかしかったよ私」
「『ベルファストの美人』、よりはお嬢様に似合うと思ったのですが」
「そ、そういうことじゃなくって」
「確かに私がお嬢様の地元を知っているような口ぶりをしてしまいましたが、あれは私の本心です。貴女に相応しい形容だと思っています」
「……………」
「あの、気に障りましたか。そうだとしたら、その、申し訳ありません」
「いや、いいの。うん、気持ちはとてもありがたいの。でもね、このむず痒い気持ちは、多分あなたには絶対わからないと思う」
「は、はあ」
エストさんはしばらく顔を赤くしていたが、しばらくすると気を取り直して「じゃあ帰ってデザインもしようか」と言ってくれた。
メイド服を着ての初日。僕とエストさんに日本での新しい出会いがある、いい日になってくれて良かった。
その頃の桜小路家
「おい京都人」
「なんどす?」
「ち、学生時代の君なら、もっと可愛げのある反応をしてくれたのに、すっかり腹黒はんなり京都人になってしまって」
「失礼ねルナ。腹黒はんなり京都美人と呼んで」
「せめて腹黒を否定しろ」
「自覚してますので」
「例えばどんなときに?」
「男性の来客に笑顔でぶぶ漬け差し出すときに」
「想像以上にひどかった」
「冗談よ」
「強かになったことは間違いなさそうだが」
「京都人は頭を下げたら負けですから」
「大和撫子はどこに行った」
「ここ」
「ん?」
「だから、ここ。最後にして最高の大和撫子、ここにいるじゃない」
「あ、ま、まあな。相変わらず朝日に関わる時の君の気迫は凄まじい。そこだけは学生時代の頃のままだ」
「変わらないものがあるのは、いいことよ」
「変わったほうがいいこともあるが、そういえば今日北斗は一緒じゃないのか」
「北斗なら族長への挨拶へ行ってるから、明日まで別行動。なんでも代替わりしたみたいで、新族長に顔を見せに行くんだって」
「ほうなるほど。今日は全身にペイントでもして焚き火を囲むのだろうか」
「そうみたい」
「まさか当たるとは…… おうそうだ瑞穂、先ほどの大和撫子でふと思い出したのだが」
「なぁに?」
「いやな、普段夫、この場合は朝日のほうがいいか、朝日がな、何気ない会話の中で君のことを大和撫子と呼んでいるんだが、果たしてそう呼ばれるとどんな気分だ?」
「朝日が、私を大和撫子って?」
「ああ、朝日的にはそういう認識らしいからな。私的には腹黒はんなり京都人だが」
「そうね、蹲りたくなるほど恥ずかしくて、身悶えするほど嬉しい、という2つの感情で爆発しそうな感じ」
「おおう、ここで爆発しないでくれよ」
「うん大丈夫よ。朝日の使ってるマグカップをくれれば爆発しないわ」
「京都人め……」
「お茶をお持ちしました。瑞穂さまは、抹茶よりも煎茶をお好みでしたよね?」
「ああ朝日! 長いあいだ離れていたのに私の好みを覚えてるなんて、やっぱり私達は特別な絆で繋がった親友ね」
「いえそんな、大げさですよ」
「朝日は大抵の知己の好みを覚えているぞ」
「ねえ、今はお子様が日本に来てるのよね? なら貴方たちも日本に顔を出すでしょう?」
「はい、夏季休業みの時には一度向かおうと思います」
「特に上の子に対しては、朝日は過保護だ。本人が嫌がっても行くさ」
「そのとき、京都まで足を伸ばしてみない? 久しぶりに友達と親友を歓待したいから」
「さらりと私と朝日に格差を付けるな」
「いえ、大変申し訳ありませんが、可能な限り子供達と一緒にいたいので…… 上の子は、あまり遠出を出来ない体ですので」
「そう…… 朝日の綺麗さは今でも変わらないけど、立派なお母さんになったのね。どんなときでもルナ優先だった貴女が。そうなるなんて」
「女は子を産むと変わる、というのは本当だったわけだ」
「ですから、過去を捏造するのはおやめください。ルナ様」
おまけ
才華(朝陽)の心境 「父様が日本に来るということは、僕が倒れてアメリカに帰る時だ」
遊星(朝日)の心境 「万一、才華が倒れたら直ぐに駆けつける。国際便があの子の負担になるなら、いっそ日本に引っ越しを」