月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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月に寄りそう乙女たちが、それぞれに向き合い方を模索中
今回のメインは、朔莉さんとルミネお嬢様のエピソード

24話 裏タイトル 【お母様の背中はときに180cmに見える】

どうぞう様、誤字報告ありがとうございました!


24話 八日堂朔莉は嘉し、大蔵ルミネは策す

 

 昼休み。

 

 ほとんどの学生はお昼ご飯を食べている頃だろう。特別編成クラスの人達やリッチな気分の人などは上階の食堂へ、それ以外の人たちは多くの席がある一般食堂へ足を運んでいるのだろう。

 

 エストさんも、今日は春心さんたちと合流して今頃は食事中のはず。場所は一般食堂、あそこは広いし、多くの科の生徒たちが集まる場所なので、情報交換の場所としても機能しているみたいだ。

 

 となると、上階の豪華食堂の方は、常に決まった顔ぶればかりになりそうで、新鮮味が足りない。パティシエ科ならともかく、常に刺激を得た方が良いデザイナー科としては、あまりよくないように思うんだけど、どうなんだろうか。それとも豪華な料理の刺激の方が上なのかな? 僕は食に対しての欲求が人より少ないので、そのあたりの感覚はイマイチ測れない。

 

 とはいえ、今の僕は学院の一角にある陽が当たらないサロンで休憩中。横になるような行儀の悪いことはできないけれど、置いてあるクッションに身を預けて楽な姿勢を取っている。

 

 非常に申し訳ない話ではあるけれど、エストさんは上階の豪華食堂を一度使用した切りで、ほとんど行っていない。その理由は

 

 「貴女が居づらそうだったから」

 

 とのこと。たしかに、豪華食堂にはビッフェ形式でたくさんの美味しそうと思えるだろう料理が並んでいたが、僕は逆にそうであるがゆえに元々ない食欲が無くなってしまった。『さあ好きに食べろ』というビッフェ形式は、僕にはまったく合わない食事形式だったのだ。

 

 そのため、その日の僕は紅茶だけ飲んで休憩時間を終えてしまった。健啖家のエストさんもそんな僕の様子を気にしてか、あまり食が進んでいなかったのが申し訳ない。

 

 なので、ほとんどの昼食は、朝に僕と九千代で作ったお弁当を、一般食堂またはこうしたサロンで摂っている。ルミねえや八日堂さん、弓さんたちと話す時なんかも主に一般食堂。

 

 けれど、今日僕は一人で人気がないサロンにいる。どうして主人を放ってこんなことをなっているかというと、単純に食欲が無いから。昔人間は一日2食だったというから、僕の行動はきっと間違ったものでない、はず。

 

 「食べ物を消化するっていうのは、人間が思ってるよりもエネルギーを使うものなんだよ。食欲が無いっていうのは、消化するエネルギーが無いという証拠だね」

 

 ルミねえ曰く、つまり不調ということ。エストさんからも「そういう日は無理をせずに休んでいて」と言われたので、その言葉に甘えさせてもらっている。

 

 その頻度は少なくない。3日に一度はこうしている。その時くらいはエストさんに上階の食堂に行くことを勧めたが、彼女は「考えてみるね」と言っただけだった。

 

 彼女は貴族で主人なのだから、従者に遠慮することなどないのだけど、その気遣いはやはり嬉しく感じてしまう。僕は従者としては正しくない。でも感情には正直でいよう。

 

 だけども気を使われすぎるのも辛いので、ちゃんと食べたい時は行ってくださいね。

 

 僕がそうしてサロンで休憩していると、滅多に人が来ないここにも人がやって来た。それも見知らぬ人ではなく、知った人が。

 

 

 「こんにちは姫、ご機嫌はいかが?」

 

 「八日堂さんこんにちは。ご機嫌の方は良いのですが、加減はよくありません」

 

 「あら失礼。それはそうよね。お加減がよかったらエストさんと一緒なのに、私ったらとんだ鈍感」

 

 八日堂さんは、とても感性が鋭い人だ。人の深いところまでよく見ている。

 

 この人は、もう僕の病気のことを知っているし、今僕がここでこうしている理由も分かった上でさっきのような挨拶をしてくれる。それは彼女が僕が『病人として過度に気を遣われることが心苦しい』ことを察してくれているからだろう。流石は天才大女優。

 

 

 「でも、私が今日ここにいることをよく存知でしたね? ここは人通りのある場所から離れた死角にある場所ですし、芸能棟から来るのも手間でしょうに」

 

 この場所は、お母様の時代はよく使われた場所だったようだけど、服飾以外の部門も増え、施設も建て増し&新築が作られていった結果、隠れスポットのような場所となっていた。

 

 ここも昔は日当たりがよかったものの今は新築された建物の影になり、日当たりは皆無となってしまった。これが都会の日照権問題というものか。僕にとっては好都合なんだけど。

 

 「それは簡単よ。貴女はご主人様と昼食を摂る際には、いつもお弁当を作るでしょう? 山吹さんと一緒にね。そして山吹さんから主人の桜小路さんへ、そこから親戚のルミネさんへと伝言ゲームが重なって、ゴール地点に私がいるわけ」

 

 「なるほど…… ですが、どうしてわざわざ私の行動のことなど?」

 

 「どうしても何も、貴女は私の信奉する姫君。優先順位の一番だもの」

 

 「ルミネお嬢様から、私の事情は聞かされたはずなのに、そう思ってくださるのですか? 私は貴女にも隠し事をしていた身ですが」

 

 以前聞いた話だと、彼女は(多分)お母様に出会った印象の大きさで、白い髪に強い憧れと好意を持っているはず。だから僕個人に対する関心は、付属的なものだと思っていた。

 

 でも僕の事情を知った上で、変わらずに接してくれているということは、彼女の僕という人間に対する想いというのは、思っていたより、ずっと大きかったということだろうか。

 

 むろん、彼女自身がとても親切な人、というのも理由であるだろうけど。

 

 

 「それはお互い様。私も貴女に言ってないことがあったしね」

 

 「そうなのですか? ですが会ってそれほど時間も経っていないわけですし、それは仕方ないと思います。友人だからとなんでも話すというものでもないでしょうし」

 

 「でも貴女は、エストさんには自分から話すのでしょう?」

 

 「ええ」

 

 本人の意向もあり、まだ全ては伝えてはいませんが、彼女の心の準備が出来たら話したいと思ってます。

 

 「やっぱり嫉妬しちゃう。ああ、もっと貴女に早く出会いたかった。再会した時にはもうパートナーがいるなんて、私って肝心なところで運がないのよね」

 

 「再会…… ですか?」

 

 彼女とは、2月の時に会ったのが初顔合わせの筈だけど、どういうことだろうか。

 

 

 「それが私が言ってなかったこと。今日はね、それを言いに来たの。お時間よろしい?」

 

 「構いません。真剣なお話のようですし」

 

 「ありがとう、貴女のそういう素直なところがたまらなく好き。本当なら私の部屋で2人きりでお話したいけれど…… あいにく私の部屋はルミネさん曰く『あの子の好みじゃない』らしいから」

 

 いったいどんな部屋なのだろう。対人経験が乏しいので、他人の部屋の想像がつかない。

 

 「ちょっと遠回りになるけれど、私がこんな話をするきっかけはね、やっぱりフェアじゃないと思うからなの」

 

 「フェアじゃない、ですか? それはこちらの事情を知っているという意味で?」

 

 「そう、私はルミネさんから貴女の事情を許可なく知ったのに、私だけが隠したままなのはフェアじゃない。といっても、貴女のそれに比べたら大した秘密じゃないのだけど」 

 

 「それはどうでしょう。秘密というのは性質上、主観客観によって大きさが異なるものでしょうし、貴女にとって言いづらいものであったのなら、聞かせてくださるのは嬉しいです」

 

 「うん、やっぱり天使ね私の姫は。それで思い切って話すのだけれど、さっきも話したとおり、私、幼い日に貴女を見たことがあるのよ」

 

 「そうなのですか? ではもしかして、貴女が白い髪を好きだというのは」

 

 たしか彼女は幼少時に桜屋敷のパーティに招かれたと言っていた。てっきり彼女はそのときお母様の綺麗な白い髪に惚れ込んだと思っていたのだけど、その相手はこの流れだと…

 

 

 「ご明察。月明かりで照らされた、純白で覆われた貴女の妖精のような姿に心を奪われた結果、今も奪われっぱなしになってるわけ」

 

 「意外です」

 

 明確な他人に純粋な好意を向けられるのは、僕の人生で初めてではないだろうか。大人の人たちやルミねえは好意を示してくれても、どうしても『庇護』という方向性になるし、九千代のそれは尊敬の思いを強く感じる。

 

 エストさんは、血縁関係はないはずだけど、どうしても他人という気がしない。同郷の人、同族の人、という表現になるだろうか。

 

 なので、予想外のことすぎて、どう反応していいのか、どういう感情を示せばいいのかわからず、結果として反応が淡白なものになってしまった。

 

 

 「でもそうなの。私、八日堂朔莉は、あの日見た貴方、桜小路才華に見惚れて、全ての美意識が貴方が基準になってしまった女なのよ」

 

 八日堂さんは今の言葉だけは小声にしてくれていた。ここには僕たち以外誰もいないけれど、僕が『桜小路才華』だという事実を示す内容については、注意を払ってくれたのだろう。

 

 「それは今でも変わっていないわ。貴方の事情を知った今でも、私にとってもっとも美しい存在は、今も昔も白い月の妖精」

 

 僕自身には覚えはなくとも、彼女にとっては人生の根幹に関わる事件だったのだろうということは、伝わってくる。

 

 そして、僕の真実を知った今でも、僕を『美しいもの』として想ってくれている彼女に、とてもありがたい感謝の気持ちが沸き起こる。

 

 なんだろう、こうして僕を、ありのままの『病人』である桜小路才華を、純然に『美しい』と言ってくれたのは、この人が初めてではないだろうか。

 

 

 ―――お兄さまは、せかいで一番きれいなんです。お父さまよりも、お母さまよりも

 

 ………いや違う、以前にも一度あった。それはいつだったか、そうだ、あの子はあの時…… そうか、じゃああの子の望みは、もしかして…… 

 

 ……ううん、それは今考えることじゃない。今は目の前の八日堂さんに向き合わないと。

 

 

 「ありがとうございます。貴女の好意は嬉しく、そしてありがたいものですね」

 

 「うふふ、そう言って貰えてこちらも嬉しい。けど、そう、ありがたいと、そうも思ってくれるのね」

 

 「はい」

 

 彼女は鋭い。だから僕がそう思った理由も察してくれただろう。憐憫の情を介さない心は、僕にとってはとてもありがたいのだ。

 

 「はぁ…… やっぱり緊張するわね。秘密を打ち明けるというのは。それも自分の憧れの人になると特に」

 

 「八日堂さんでも、緊張されることがあるのですね」

 

 「今のセリフの発言者がルミネさんだったら嫌味だろうけど、貴女が言うのなら私を評価していたが故の発言だと素直に取れる。人徳ってとっても大事」

 

 「は、はぁ」

 

 「いやね、そりゃね、私だってね、まだ乙女と呼ばれる年頃なわけだからね、大事な人相手の真剣な話だと、緊張の一つもするの。これでもまだ素の自分では語れないのよ、そう考えると恥ずかしさが込み上がってでもう耳まで真っ赤」

 

 「そうなのですか」

 

 ううむ、だめだ。僕と彼女では対人経験に差がありすぎてどこまで本気か分からない。耳まで真っ赤と言いながらも、表情はいつものニヒルな八日堂さんだ。

 

 でも、やっぱり彼女の心はありがたい。だから改めて居住まいを正して、言葉を紡ごう。

 

 

 「八日堂朔莉さん」

 

 「はい」

 

 僕の表情や雰囲気を察してくれたのか、彼女もまた真剣な姿勢で向き合ってくれた。彼女は本当に、相手の心を察せることが上手い人だ。

 

 「ありがとうございます。貴女が私を綺麗だと想い続けてくれたことは、何があっても忘れません」

 

 「うん、そうして」

 

 その時だけ、八日堂さんの雰囲気が常と違う柔らかいものになった。

 

 「でも私は、貴女の理想で居続けることは出来ないです。もしかしたらもう幻滅させてしまっているかもしれない」

 

 「ううん、そんなことない。君は私の想像よりずっと綺麗な子やった」

 

 彼女の口調も常とは違う。でも、特に気にならない。これが彼女の本心だと伝わるから、それはきっと些細なこと。

 

 「きっと貴女の理想の姫でいることは出来ない僕だけど、どうぞこれからもお友達になってください」

 

 「ええよ。よろしゅうなぁ」

 

 今までなんとなく人物像が掴めなかった八日堂さんだっけけど、この時から彼女と僕は、心の通った友人になれた。

 

 ああ、もしかしたら『桜小路才華』の初めての友人ではないだろうか。小倉朝陽としては春心さんや弓さん、Jrさんや山県さんなどとも知り合い、友人と呼べる関係はできたけど。

 

 肺病持ちの桜小路才華と、気のおけない友になってくれると言ってくれた、初めての人に、彼女はなってくれた。

 

 ありがとう八日堂さん、いや、朔莉さん。僕は、貴女に出会えてよかった。

 

 

 

 

 

 

エピソード:朔莉

 

 

 八日堂朔莉は、先ほどの白い少女、いや少年とのやりとりを思い出し、どこか胸が苦しくなるのを感じずにはいられなかった。

 

 彼女が大蔵ルミネによって小倉朝陽の正体が桜小路才華だということは知らされていたが、ルミネの言い方もあってか、その時点ではまだ彼の性別までは分かっていなかった。

 

 ルミネと詳しい話をしているうちに、その事実がわかったときは、驚きのような感情は無かった。

 

 しかし、男性でありながら、あまりにもか細い身体への哀れみや不憫に思う感情も無かった。

 

 

 彼女が抱いたのは、才華への神秘性の強さである。それは、まるで天使の体ではないか、と。

 

 天使には性別がない。男性とも女性とも見える容姿であり、肉体もどちらの特徴もないのが天使である。物語によっては男性的に、女性的に描かれる場合もあるが、より厳粛な原点の天使は、そうしたものだ。

 

 ならばこそ、八日堂朔莉にとって、桜小路才華とは神秘的な白い天使そのものだ。彼女の中での才華像がより強固になったとも言える。

 

 朔莉にとって才華とは、自分が手を伸ばして届くようなものではない。かつては『白馬の王子』への憧れだった想いであったが、それが実物に出会うことによって『白輝の天使』へのものへと昇華している。

 

 むろん彼女は狂信的なところなどは持っていない。だが、彼に対しての接し方として、『不可侵の尊きもの』とすることを選んだということだ。

 

 そのため、彼女が幼い頃から書いてきた『白銀の君』の台本の中に、『白銀の姫』も登場させる構想に変わっている。

 

 

 彼女は、あの月光に照らされた美しき姿に魅了された。そしてその存在は、今もその美しさを微塵も損なわせていない。なにより、彼の心は良くも悪くも、どこまでも『白い』のだから。

 

 その重病によって外界に出られなかったが故に俗なところは一切なく、幼少期の朔莉との少しの間だけの出会いでも無類の善人だと分かる親、とくに父の遊星によって育てられたことで、心がとても綺麗だ。

 

 だから、朔莉にとって懸念点はその綺麗さ。

 

 ある種の無菌室で育てられた、いや、そこでしか生きられなかったが故に、人間が当たり前に持つ卑賤さ、卑小さ、悪辣さ、そうしたものと出会ったとき、あの人がどう変質するか。

 

 何が起こるかは分からないが、才華の体に対して良くないことだろうことは予想できる。幸いにも、この学院にはそうした気風は感じられないが、卑しい人間はどこにでもいるもの。自覚無自覚問わずに。

 

 ルミネや九千代などは才華の肉体面、健康面を徹底して注意しているから、そこで自分が口を出す必要はないだろう。だから、彼女が動くのはそうした“精神的に善くないもの”に対して。

 

 

 「天使の噂なぁ、嫌な予感はしとった」

 

 現に、すでにこの学院で噂になっているのだ。才華がエストから離れてサロンで休んでいる姿を、偶然目撃した者がいた。いくら人通りがないといっても、まったくの無人というわけではないのだから。

 

 才華自身未だに無頓着だが、その容姿はとにかく人の目を惹きつける。見る者を圧倒する本物の『美』を持っているのだ。そんな姿が、噂にならないはずがない。

 

 『サロンの天使』の噂は、静かに、だが着実に学院に染み込んでいった。

 

 だから、彼女は率先して動いた、才華がサロンで休む日は情報を抑え、周りに人が集らないように行動していた。

 

 こんな時になんといっても役に立つのが大蔵ルミネ。あの天使が『大蔵ルミネと八日堂朔莉のお気に入り』ということを、それとなく触れ込み、実際に自分が側にいる姿を示すことによってその印象を強め、信ぴょう性を持たせる。

 

 現に、『サロンの天使』を見にきた野次馬生徒たちは、朔莉の表情や雰囲気を察して退散していっている。朔莉にとって意外だったのは、特別編成クラスのお嬢様たちは自分を『同志』とみなして、一緒に見守る姿勢に徹していること。

 

 

 「あれもまぁ、棚からぼた餅なんかなぁ」

 

 世間知らずのお嬢様は好きではないが、こういう無邪気さは好ましい。朔莉の印象操作と彼女たちのネットワークによって、いつの間にか『サロンの天使』は「不可侵」「愛でるべき観察対象」「撮影禁止」という暗黙ルールが形成されている。

 

 八日堂朔莉は、こうやって今日も才華に寄りそい続ける。彼女なりの流儀で、彼女なりのやり方で。

 

 朔莉はこの年齢でありながら、世間というものをよく知っている。けれど才華のような重病人なのに足掻こうとする人間はみたことがない。それはとても危うく、だからこそ美しい。ずっと見守っていたい。

 

 ただ、一つ思うことは。

 

 

 「私よりずっと見てる人がおる」

 

 “彼女”はそれこそ自分よりずっと長いあいだ、才華の側で見つめ続けていたのだろう。そうして、才華の心に常に寄りそおうとしていたはずだ。

 

 思いの強さに優劣があるとは思わないが、積み重ねた年月には差は生じる。自分が演劇に打ち込んでいる間にも、“彼女”は才華の心を見つめ続けていた。よほど深い“縁”でもない限り、その差は大きいものとなるだろう。

 

 だから、きっと“彼女”の存在と行動は、才華を大きく変えさせるきっかけになるだろうと、朔莉は思う。

 

 自分では到底なれない領域に“彼女”はいる。

 

 それでも、朔莉個人の思いとしては。

 

 「エストさんに、頑張ってほしい」

 

 その未来が、好ましい。好ましいが、それとは異なる未来となっても、きっと自分が才華に向ける想いに変化はないと確信する。

 

 才華がこの先、柔らかな月の光を放とうとも、沈まぬ太陽の如き輝きに至ろうとも。

 

 そこに変わらぬ美しい姿があるのなら、彼女の憧憬もまた、変わることはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇエストさん、これって多くの人に流行ると思う?」

 

 「これはハルコさんのデザインですね。う~ん、どうでしょう、好きな人はとことん好きなデザインだと思いますけど」

 

 「やっぱりそうだよね。うん、あのショップ、安定性はあっても発展性は薄いかな」

 

 「ハルコさんたちの『ぱるぱるしるばー』についてですか?」

 

 「うん、このままだと多分『知る人ぞ知る』で終わっちゃうんだよね。本人たちがそれでいいのならいいんだろうけど、こう、経営者を志す者として、もっといい才能の活かし方があるんじゃないかなと思って」

 

 「はぁ、私は大蔵家のような大きな家の生まれじゃありませんし、どこまでも自分の感性を信じるデザイナーでしかありませんが、ルミネさんの考え方はやっぱり『上に立つ者』のそれなのですね」

 

 「貴女のような血筋による高貴さはないけれど、自分が就くべき立場の重さについては、重々養母(はは)から仕込まれてるから、そこは嫌でも身につくよ」

 

 「流石は『人材活用の神』と言われる大蔵家総裁のご息女」

 

 「褒めても何も出ないよ。でも今度お土産に虎屋の羊羹もってくるね」

 

 「わあ! ありがとうございます」

 

 「何も出ないのではなかったのですか?」

 

 エストさんとルミねえの会話に思わず横からツッコんでしまったが、最近ルミねえはよくエストさんと僕のいる65階のフロアに遊びに来る。

 

 しかもその方法は、エレベーターを使って登ってくるという、あたり前の方法は使われない。非常階段を使って登ってくるという、健康に良さそうな方法をとってくる。ルミねえ曰く、「1階にエレベーターがあった場合、それが登ってくるのを待つ時間と、階段使って登るの、どっちが早いと思う?」とのこと。ごもっともです。

 

 しかし、ルミねえとしては2階の僕の部屋の秘密通路、秘密階段のようなものを、エストさんとの部屋の間に作ろうと目論んでいるらしい。

 

 エストさんの許可があれば、まあ、いいと思うけど…… 我が姉ながら発想が常に大胆。衣遠伯父様の影響もあるのだろうか。

 

 

 「朝陽さんが今作ってる衣装、クワルツ賞に応募した衣装なんだっけ? ちょっとそのデザイン見せて」 

 

 「はい、これです」

 

 「ふ~ん。綺麗な服だね。こんな簡素な意見しか出せないでごめん」

 

 「いえ、謝られるようなことでは。むしろ簡潔な感想だから、本心からだと分かりますので」

 

 「でも、これも店で売るわけにはいかないものでしょ? パーティでもないと着ないドレスみたいなものだし」

 

 「そうですね、コレクション用の服は、あくまでその時用の一点ものですから」

 

 「服飾ブランドは、そうしたコレクション用の『特注服(オートクチュール)』のデザイン性を残しつつ『既製服(プレタポルテ)』を再デザインして、多くの消費者に製品を提供してるわけだよね」

 

 「はい、その際に重要になってくるのが、モデリストと言われるパタンナーです。お客様の多様な体型に対応できるマスターパターンを引くことが出来る人材は、ブランドになくてはならない存在ですね」

 

 「桜小路さんのお母様のブランドでは、たしかすごく綺麗なブルネットの女性がモデリストを務めていらしたはずですよ。先月のミラノコレクションのときのの写真が雑誌に載っていました」

 

 エストさん、それ僕のお父様です。男性です。

 

 また、そのお父様の憧れのスタンレー氏のブランドのモデリストは、長らく現学院長のラフォーレ氏が務めていたとか。これは衣遠伯父様情報。

 

 

 「それに、オートクチュールのデザイナーと、それに合わせたプレタポルテでは、手がけるデザイナーが異なるブランドもありますね。それぞれがメインとサブの師匠と弟子の関係のブランドもありますし、並列した同格デザイナーのところもあります」

 

 エストさんの言う例の中では、たいてい前者のパターンが多い。とくにパリのブランドの多くはそれだけど、僕の従姉妹叔母のメリルさんのブランドは、メリルさんと同格のデザイナーとの2人3脚体制で行われている。

 

 というのも、メリルさんはデザイナーというよりは仕立て職人気質なので、服を作ってあげたい『お客さん』が目の前にいないと、服を作ることができない人なのだ。『この人にとっての最高の衣装』を作ることに対して右に出る者はいないが、その服はその人以外は似合わないので、ブランドの製品としては成り立たない。

 

 

 それを成り立たせるのが、もうひとりのデザイナーであるユルシュール・フルール・ジャンメールさん。この方はお母様とも親友関係でありライヴァルでもあった方だけど、どうしても才能の面でお母様に及ばなかった人でもある。お母様が天才なら、ユルシュールさんは大秀才というべき人だった。お父様いわく、努力の塊のような人らしい。

 

 そんな天才を追い続けてきた人だからか、天才の作品を理解し解釈することが誰よりも上手な人。そうであるがゆえに、同じく天才でありながらも広がらない性質のメリルさんの作品を、大衆向けのプレタポルテに再デザインが出来るのだ。

 

 メリルさんだけなら、街の仕立て屋で終わっただろう。

 

 ユルシュールさんだけなら、スイス国内のデザイナーで終わっただろう。

 

 だが、2人が揃ったことによって、お母様のブランドと比肩しうる世界的なブランドとなっている。

 

 ちなみに、プライベートにおいてもこの2人は出身地がごく近いこともあり親しいようだ。

 

 その2人で一つのブランドというアイデアを閃いたのは、メリルさんの幼馴染の…… たしかジャスティーヌさんのラグランジェ家と並ぶプランケット家の方だとか。

 

 この方とはユルシュールさんとも古い付き合いだったようで、彼女なくては実現出来なかっただろう。だから2人3脚というよりは、三位一体という方が適切かもしれない。

 

 

 

 

 「うん、結局はそこなんだよね。『ぱるぱるしるばー』は、どこまで行っても『特注服』の店にしかならないんだ」

 

 「ですが、先ほどルミネさん本人も仰っていた通り、本人たちが良いのなら、それで良いのではないのですか?」

 

 「私にとって良くないの」

 

 わぁすごい、断言した。

 

 

 「ル、ルミネさんにとって、ですか?」

 

 「私はね、あのブランドに可能性を感じてる。ただ私自身服飾関連の勉強が不足しているからまだ構想中だけど、形にしたい理想像があるの」

 

 意外だ。ルミねえが春心さんと弓さんのお店に対して、そんなに強い思い入れがあったなんて。

 

 「ルミネお嬢さまは、春心さんの服のデザインが気に入られたのですか?」

 

 「いや? むしろ私はこの服の良さがよくわかんないくらいだし」

 

 「そういえばヤマガタ先輩と話している時も言っていましたね。感性についての云々は……」

 

 言葉を濁してくれてありがとうございますエストさん。この姉の感性については、人物眼なら日本有数のりそな叔母さまのお墨付きです。

 

 「では、キュウさんの手腕について評価しているでしょうか」

 

 「まあ、よくやってると思うよ。学生であれだけやれれば大したものだと素直に思う。でも、私が思い描く形は、まあ彼女たちとはあんまり関係ないんだ。むしろギブ&テイクの関係を築いていくつもり。彼女たちのためとか、感銘をうけたとか、そういう話じゃなく、私のやりたいことと合致してる、って感じだと思って」

 

 「なるほど」

 

 あまり考えたことなかったけど、ルミねえなりに目標みたいのものはやはりあるのだろうか。僕にもエストさんにも服飾での目標はあるし、朔莉さんにもあるみたいだ。九千代も僕のために病人食を学ぶために調理科に行っているし、アトレも同じく僕のために美容科でJr氏に弟子入りしている。

 

 でもそうか、この姉がなんの展望もなく時間を過ごすはずがなかったんだ。

 

 「ルミネさんは、どのような形を目指されているのですか?」

 

 「まあ簡単に言えば、もっと間口を広げた店に出来たらと思ってる。そのための人材確保も重要だしね。でもまだ言ったように構想段階。細部は五里霧中だよ」

 

 ルミねえの『ぱるぱるしるばー改造計画』についての話は、ひとまずそれで終わった。

 

 ただ、彼女は自分の野望とか目標といったもののために、それを考えているとは思えない。大蔵ルミネという人は、傍目には意外に思えるけど、とても利他的なひとだから。

 

 自分自身のためには積極的になる事はなくとも、大事な誰かの為なら苛烈なことも辞さない、そんな人。

 

 もしかしてルミねえ、貴女は僕のために、なにか計画を立てているの?

 

 

 

 

 

 

エピソード:ルミネ

 

 

 大蔵ルミネは、『ぱるぱるしるばー』という場所が、桜小路才華にとっての良い居場所になるのではないかと期待している。

 

 まず、ネット店舗という点がいい。ある程度の自由と匿名性が効く場所だ。製作に使用する時間なども、彼向けに調整することも出来るだろう。

 

 まだ日は浅いが、一丸弓と銀条春心の2人は、才華と相性は悪くない。一丸弓に関してはなぜか才華が彼女を気に入っているし、銀条春心はその性格上才華とぶつかることもない。また、ルミネが調べた情報によると、もしかしたら才華と気が合うかも知れない。

 

 才華は両親に並ぶことを当面の目標にしているが、ルミネが見通すのはその先だ。才華がその目標を達成した後に、彼が服飾に関わりながら、居られる場所をみつけようとしている。

 

 あまり規模が大きすぎては、過密な製作スケジュールが才華の体の負担になる。大きすぎず、かといってやりがいがない程小さくてもいけない。

 

 だから、一定の方向性以外には好まれない銀条春心のデザインは、それに適したものだ。その服を好む者の絶対値が限られているのなら、作業の上限値も測りやすい。

 

 ルミネの構想として、先ほどの才華たちとの会話にあった、メリル・リンチの役割を春心に、ユルシュール・フルール・ジャンメールの役割を才華に担わせるつもりだ。そして、そのどちらにも補佐できる遊撃要因としてのエスト。

 

 その他に縫製担当なども揃えば最適だが、まだそこまでの人材確保にいたるまで、ルミネの審査眼が鍛えられていない。

 

 

 「でも、そこでなら、きっとあの子は生きられる」

 

 大蔵ルミネが考えるのは、結局はそこに行き着く。彼女は、才華が生きやすい、いや生きられる場所を作ろうとしているのだ。『ぱるぱるしるばー』は、それに中々合致していると思っている。

 

 デザイナー兼パタンナーとしてそれぞれ才華、春心。サブデザイナーとしてエスト。

 

 営業と販売に弓、そして経理と総務に自分という体制ならば、そこそこの店に出来るのではないだろうか。

 

 

 「大丈夫、私が守ってあげるから」

 

 ルミネが思うのは常にそれ。彼女の優先順位は揺らがない。

 

 あの可愛い子を守るために、自分の全能力、立場のすべてを使うと、彼女は決めている。

 

 あの今にも消え入りそうな姿を、血を吐き苦しむ姿を見るたびに、ルミネの決意は深まり強固なものとなる。

 

 

 「これは、私のエゴ。それでも貫く」

 

 あの子は『普通』ではない部分が多い、多すぎる。故に『普通』の環境では生きられない。これは偏見的なものではない、厳然とした事実だ。だから彼が生きられる環境を作ってあげなければ…… いや、単に自分が作りたいのだ。

 

 自分の行動はお節介かもしれない。才華が望んだこととは異なるものかもしれない。

 

 けれど、自分には八日堂朔莉のような、人の心情を見通す能力は備わっていない。そのあたりの感性は残念ながらご臨終だ。

 

 だから、自分が見るのは数値としてはっきりしたもの。才華の体調の数字も、店の経営の状態も、数字として管理できるものは、徹底してやってみせる。

 

 自分に足りない部分は、盟友として引き込んだ朔莉に任せ、自分は自分にできることに邁進する。

 

 自分はあの大蔵家総裁、大蔵りそなの娘だ。やってやれないことなどないのだから。

 

 それを誇りに彼女は、今日も強い決意で歩を進める。

 

 大蔵家の人々をよく知る人がその後ろ姿を見れば感じるだろう。静かな中にも芯を持つ里想奈よりも、衣遠の力強さに似ていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けばまた終業時間になっていたが、さてどうしよう。

 

 65階に泊まるか、2階にもどるか。

 

 

 

エピソード:エスト

 

 うん、このまま65階で泊まらせてもらおう。エストさんに聞きたいこともあったし。

 

 「お嬢様、少々お聞きしたいことがあるのですが」

 

 「なぁに、改まって」

 

 僕は衣装を作る手を止め、お風呂上がりのエストさんの髪を乾かし整えている。むぅ、相変わらず手入れの必要のないほどのきれいな髪だ。ちょっとやりがいがなくて不満です。

 

 「お嬢様の寸法表、間違っていませんか?」

 

 「え?」

 

 寸法表のエストさんの身長は156cm、ルミねえと8cm差。いや、僕の目見当でももう4cm、つまり160cmは身長があるはず、2人が並んでいてもほとんど身長差は感じないのだから。

 

 

 「そんなはず…… 今私の寸法表ある?」

 

 「はい、これです」

 

 「………あれ? これ去年の春に採寸したものだ。あれ?」

 

 「やはりですか」

 

 「ご、ごめん、まちがって去年測ったものを渡しちゃった。あれ? 学校に提出した分はどうしてたっけ」

 

 「採寸は樅山先生がしてくれたはずですが」

 

 本来は僕が採寸するはずだった初日の授業の際に、入院中の僕では何があっても採寸できるはずもないから、教師の紅葉に頼んだんですよね。

 

 ちなみに従者は採寸する必要がないので大丈夫だったけど、多分僕が脱いでもバレない自信はある。胸は絶壁です、で通せばいけると思うし。全体的に体に肉が足りてないし、くそう。

 

 

 「お嬢様さまの身長は去年に比べて伸びていますね。羨ましいです」

 

 「いやーそれでも平均身長に届いてないんだよ。私としてはもう少し背が欲しいかな」

 

 「アイルランドの女性の平均は…… 163cmですか、日本人と比べて5cm以上も高いのですね」

 

 「欧州圏はだいたい世界平均より高い国が多いしね。オランダなんかはその代表例」

 

 「私は…… アイルランド人としても日本人としても、平均以下ですね」

 

 なにせ153cm(四捨五入)だ。どちらであっても足りるはずがない。

 

 

 「まあでも、日本人としてなら5cmほどだし、そこまでの差はないよ」

 

 「アイルランド人としては、10cm以上も離れていますけど……」

 

 「個性だから大丈夫、朝陽は可愛いから問題ないよ」

 

 それはあくまで「女性」としての話。一応僕が生まれ持った性別は「男性」

 

 男性の平均は日本で171cm、アイルランドに至っては177cm、僕と25cmも差がある。お父様も平均より高い方ではないが、まあお父様の体型はすごく女性ホルモン多そうだから、仕方ないのだろう。それでもお父様は健康体だ。

 

 けれど、お父様と比べても僕は10cm以上低い。アイルランドのお祖母様の血が強く出ているにもかかわらず、僕はそこまで成長することが出来なかった。

 

 

 「暗い顔しないで、貴女の価値は身長なんかじゃ決まらない」

 

 「お嬢さま……」

 

 「むしろ今の貴女が黄金比だと思うの。容姿、雰囲気、そういったものが綺麗に纏まっている。私はそんな貴女が好きだよ」

 

 胸が詰まる。同様のことは八日堂さんにも言われたことだけれど、この人に言ってもらえると、心の振れ幅が大きい。

 

 

 「私のかわいい従者。貴女はもっと自分のことを誇っていいの」

 

 「………なんだか、初めて自分が好きになれそうな気がします」

 

 貴女が好きだと言ってくれたこの姿を、恥じるようなことはしてはいけないと、そう思えるように。

 

 今はまだなれそうにないけれど、貴女と一緒にいるうちに、いつかは。

 

 

 ………話が身長のことになったから、改めて測ってみたところ、152.3cmだった。誤差だよね?

 

 

 

 

 

 

 そして、その次の夜。

 

 最近なんだか65階で泊まることが増えてきたように思う、そう感じたので、今日はちゃんと2階に戻ろう。そんなに体調が悪いわけではないのだから。

 

 

 

エピソード:アトレ

 

 

 「お兄様の髪の毛は、綺麗ですね」

 

 「お母様ゆずりだから」

 

 帰ってきて、お風呂(九千代の介助付き)に入り、アトレに髪を乾かし、整えてもらっている。

 

 僕の髪は、自分の体で唯一好きな部分。お母様譲りの自慢の髪で、なにより好きなのは、努力すれば綺麗に保てるところ。

 

 それ以外の身体は、そうはいかない、肌は日を当てればすぐに真っ赤になるし、目も強い光が当たればすぐに傷んでしまう。そして、少しでも激しく動けば僕の肺は機能しなくなる。

 

 それでも、大元の命が弱々しいためか、僕の髪も細心の手入れが必要なのは確か。今まではお父様がやってくれていたけれど、自分でやるのは少々難敵なのが僕の髪。

 

 

 「銀の絹糸のようです。わたしは、お母様より綺麗だと思っていますよ」

 

 「そう? うん、ありがとう。銀の絹糸を吐く蚕も、どこかにいるかもね」

 

 「いえ、若の御髪はこの世の誰よりもお美しいです! 例え奥様が相手であっても!」

 

 「九千代、別にお母様と争ってるわけじゃないんだから」

 

 今は妹のアトレにやってもらっている。九千代もいるおかげか、会話も楽しげに柔らかな雰囲気で進む。

 

 けれど、それは髪の手入れが終わって、僕が立ち上がった時に硬いものへと変わった。

 

 僕が、気づいてしまったからだ。

 

 

 「アトレ……?」

 

 「なんでしょうか?」

 

 「背が、伸びた?」

 

 「……! そんな、はずは」

 

 昨日エストさんと身長の話をしていたからか、意識がそうした方に向いていたのかもしれない。だから、気づかなくても良い事に、気づいてしまった。

 

 身長が伸びるのは、喜ばしいことのはず、なのにこの妹は、それが罪であるかのよな表情になった。

 

 でも、少し目線が変わっている。きっと彼女の身長は、半年前より2、3cmほど伸びたのだ。

 

 

 「仕方がないよ。アトレはまだ伸び代があるんだから」

 

 「………そう、ですね」

 

 この子は、自分と僕の体を比較し、肉体的な部分で自分のほうが上だとわかる事柄に対し、非常に敏感だ。

 

 体力測定などは僕はしたことがないから正確な数値は分からないが、きっとすべてアトレが上だろう。体重も、もしかしたら僕のほうが軽いかも知れない。

 

 そんな中で、唯一アトレより僕が優っていたのが身長だ。彼女は、日本人の平均に比べても12cmも背が低い。

 

 けど、それはきっと精神的な影響が大きいのだろう。そういう事例を間先生から聞いたことがあるし、きっと彼女はそう思っている。

 

 兄より身長が大きくなりたくない、と。彼女は自分の成長に、抱える必要のない罪悪感を感じている。

 

 僕の身長は153…いや、昨晩エストさんと測定したところ、実際は152.3cmだった。日本人女性の平均より下なので、つまりはまだアトレが追い抜く可能性は十分にある。そして、僕はこれ以上成長しない、できない。

 

 アイルランドの血が強く形質に出ていて、一応生まれた時の性別は男だった僕よりも、日本の血が強く形質に出ている女の子のアトレのほうが高くなる。その意味は一つだけ。

 

 

 「わたしは……」

 

 「え?」

 

 「お兄様の、側にいたいのです」

 

 「アトレ…」

 

 彼女は危惧している。自分が兄から遠ざかっていくことを。

 

 いや、正確には僕が彼女を置いていってしまうことを、だ。肉体の性能差は、それを如実に示してしまうから。

 

 

 「貴方は、わたしのお兄様です」

 

 「君は、僕の妹だね」

 

 兄と妹。そういう関係だというのに、肉体的な面では妹が優っている。だけど。

 

 「お父様の才能も、お母様の才能も、貴方が持っている」

 

 「うん」

 

 生まれ持った才能、肉体以外の面では兄が上回っている。そのなんという歪なバランス。

 

 「それが、その事実が、だからわたしは……」

 

 彼女は何を言おうとしているのか。妬ましい? 誇らしい? きっと違う。彼女が抱いているのは別の感情。

 

 「………いえ、なんでもありません」

 

 でも、それを口に出すことは出来ない。僕も聞くことは出来ない。お互いにその覚悟が出来ていない。

 

 でもアトレ、僕はいつまでも君にその顔をしてもらいたくないし、君にこんな感情を抱いていたくない。

 

 向き合う時が、近く来ているのかもしれない。それが、僕を守ってくれる人達が望まぬ道になろうとしたとしても。あるいは、君が望まぬ形であったとしても。

 

 

 アトレ。

 

 僕は、君の身体が、羨ましい。

 

 君は、僕の身体が、呪わしい。 

 




大蔵ルミネは、才華の内に潜むもう一つの秘密を察し、だからこそより積極的に動く
八日堂朔莉も、その協力者として学院での才華の周辺に目を光らせる
そして桜小路アトレ、この子だけはある意味で裏ヒロイン



その頃の桜小路家

 『はぁ』

 「国際電話までしてため息を吐くなユーシェ。とはいえ、君が愚痴とは珍しいな。面白そうだから聞こう」

 『流石のわたくしでも、今回のメリルさんのデザインはどうしようもなさそうですわ』

 「ほう、ですわ、が出るとは相当だな。いや、私としては懐かしくて気分がいいぞ。瑞穂は変わってしまったし、友人の変わらない面が見れるのは、嬉しい」

 『あら、言うほど瑞穂は変わってませんわよ? ただ人に合わせての会話の幅が増えただけではなくて? つまりは、相手が悪いということです』

 「あ? そうか、ならそんな性根が悪い人間と長電話させるのも悪いな、切るぞ」

 『ああ、今のは言葉の綾ですわ! 短気は損気ですわよ!」

 「ふむ、また”ですわ”が出たな。そんなに今回のデザインは難物なのか。君が私に愚痴をいうほどに。というか君、日本の熟語のバリエーション増えたな」

 『今回の彼女のデザインの相手が、80過ぎた御婆さまなんですもの…… これをどうアレンジすれば、若者向けファッションに出来るのかしら……』

 「……うん、そうだな。まあなんだ、メリルさんは、お客を選ばない人だからな、それは、あの人の美点だ、うん」

 『美点も結構ですが、それでブランド経営は成り立ちませんわ』

 「うむうむ、君も私も今や多くの従業員を抱える立派なデザイナーだ、その苦労はよく分かるぞ」

 『いいえ、ルナには分かりませんわ。貴女のパートナーはなにしろ遊星さんなのですから』

 「君の仲間たちだって、才能溢れる人じゃないか」

 『まあ、経営の方はエッテと二人三脚でやっていますけどね。メリルさんは未だに4桁(ユーロ)を越える金銭を取り扱うことが出来ませんし』

 「性癖はともあれ、サーシャだって有能だ。君にも頼りになる人は大勢いる」

 『サーシャも、貴女にだけは性癖云々言われたくないでしょうけど。聞きましたよ? 未だにメイド服を着させているとか』

 「もちろんだ」

 『……わたくしが貴女に勝てなかったのは、多分こういう所のためだったのね、としみじみと感じていますわ……』

 「お互い、大人になったものだ。話を戻すが、先ほどのメリルさんのデザインもブランドの骨子に則っているのなら、いくらでも応用は利くだろうさ」

 『わたくし達のブランドの骨子……【あなたの為の一着】ね。うん、それは十分盛り込まれてると思う』

 「それならば、いくらでもやりようはあるさ。君ならな」

 『はぁ、本当にお互い大人になった、というより歳を取りましたね。貴女の助言を素直に受け入れるようになるなんて、学生時代の自分からは信じられないもの』

 「ライバルといっても、形は様々だ。私達は一つ屋根の下で何年も暮らした仲、こういう形もいいいだろう」

 『そうですね、愚痴を言った手前、ここも素直に受け取っておきます。ああ、そういえばブランドの骨子といえば』

 「む、なんだ?」

 『いえ、貴女のブランドの骨子は【愛と信頼】でしょう? 貴女の、桜小路ルナのデザインは、どんな時でも対となる男性の服もデザインもする』

 「ああ、そうだが」

 『この前のミラノコレクション以来、不思議がられてますのよ。あの時久しぶりに遊星さんも来ていたから』

 「夫が来ているのなら、不思議がられる理由が…… あ、いや、そうなるか。そういえば、似たようなことを、りそなも言っていたな」

 『そうなのです? ともあれ、貴女、完全に同性愛者だと見られたみたい。それなのにどうしてデザインでは伴侶の服が男性服なんだ? と関係者一同が混乱しているらしいわ』

 「それは全面的に夫が悪い。あの美しさと健気さは、もはや罪だ」

 『それはまあ、否定できませんわね』


朗報:最近は母性と人妻属性にも磨きがかかっているとか
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