月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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さあ、彼女に喝采を、今日は楽しい誕生日!
エールを片手に皆で踊って、金色の美女を称えましょう!

26話 裏タイトル 【アイリッシュ・パブ】

「star of the county down(ダウン州の輝ける星)」は楽曲コード(1K198404)が使えたので、歌詞を載せることができました! 感謝感激雨あられ!
アイルランドらしい素晴らしい旋律ですので、曲名でググって聴いていただけたら、よりアイリッシュなパブの雰囲気を味わえます! 今回ばかりはノリノリで行くぜ!

ケイトYニアさま、単純思考さま、誤字報告ありがとうございました!


皐月 万緑の季節
26話 ~現~ 愛の国の唄 白い少女の踊り


 

 「お嬢様、3日後に何か予定は入っていますか?」

 

 「ううん、特にこれといって無いよ」

 

 今週、日本ではゴールデンウィークと呼ばれる大型連休に入っている。アメリカでもこういう大型連休ってあったんだろうか。僕は今まで学校に行っていないし外出もしていないという、カレンダーとは無縁の生活を送っていたから、よく知らない。

 

 「そうですか。その日、以前お会いした山県さんが主催となって開かれる、音楽部のリサイタルがあるようなのです。私は行ってみようかと思うのですが、よければご一緒にいかがでしょう」

 

 元々は、山県先輩と友人数名のリサイタルの予定だったけれど、入学わずか1ヶ月で『大蔵の女帝』(本人曰くただの七光り)と噂されつつある姉の手腕によって、音楽部の大勢を駆り出すことになってしまった。

 

 とはいえ、確かにピアノと弦楽器だけでは少しばかり物足りない。やはり管楽器と打楽器がないと、僕が求める雰囲気は完成しないだろうから。

 

 「へぇ、朝陽はそういう催しに興味あるの? それとも音楽が好きなのかな?」

 

 「人並み程度には。ですが折角知り合った方も参加されていますし、ルミネお嬢様も聞きに行かれるみたいですので」

 

 「ふぅん、ルミネさんが…… 意外だね、あの人そういうイベントには興味ないと思っていた」

 

 自称他称共に、『芸術的感性が死んでいる女』として、すでに友人知人に認識されてるからね、ルミねえ。たしかにそんな彼女が、音楽リサイタルに行くというのは、意外性があるかもしれないけれど。

 

 「ですがお嬢様、ルミネお嬢様も、趣味としてピアノを弾かれる方ですよ?」

 

 「うそ! え? あのルミネさんが?」

 

 今まであの姉に対して、どういう見方をしていたのですかエストさん。そこまで驚くことでもありませんよ、多分。

 

 「はい。ただ、曲が好きだとか、旋律の解釈を考えながら弾くことは苦手で、『どこまで正確に楽譜通りに弾けるか』を確認する作業のような感じで、楽しまれているようですが」

 

 僕は行ったことも見たこともないけれど、カラオケという娯楽があり、それには採点する機械があって、その基準は音が合っているか、歌詞を間違えていないか、ということであり、ルミねえはそういう観点でピアノをやっている。

 

 文字通りの『チューニング』というわけだろう。自分の思った通りに指が動き、思った通りの結果を出すことが、彼女にとってのルーティーンということ。

 

 「ああなるほど、それはたしかにルミネさんだね。うん、納得」

 

 だからどういう目で見ていたのですか。鉄の女みたいに思っていたのですか。

 

 でもまあ、本人も『私の基準で一番の結果を出せるのは、自動演奏の機械ピアノだよ』とのこと。エストさんの感想も無理からぬことかもしれない。ルミねえ、あんまり表情変わらないしなぁ。

 

 「他にもアトレお嬢様に山吹さんも行かれます。八日堂さまは残念ながら、撮影が入って予定を開けられないとのことでしたが」

 

 本人、すごく悔しがってた。分裂したいとすら言っていた。あんなに悔しがるなら、むしろイベントのこと自体を教えないほうが良かったかな。でも、後で知られた場合も悲しがられるだろうから、結果は同じかも知れない。

 

 「あれ、みんな行くんだ。だったら私も行こうかな。せっかくの連休だし、1日くらいはお出かけしてみたいしね」

 

 連休が始まってまだ初日だけど、僕たち主従は特になんの予定も作っていなかった。そもそも僕は遠くへ外出する際には、衣遠伯父様の許可が必要だし、エストさんはその僕を気遣ってくれたのか、これといって予定のことは話していなかった。

 

 しかし3日後のことはすでに大勢の人に頼んでいることなので、急なキャンセルは申し訳ないでは済まないから、一応の確認はしておきたかった。これなら予定通りにいきそうだ。

 

 「というか、日本の人たちって、こういうお休みはどういう風に過ごしているのかな」

 

 「どうなのでしょう? 私はアメリカに住んでいましたし、日本の一般的というものは、まだよく分かりません」

 

 まあ、アメリカでもほとんどお屋敷から出てはいなかったので、向こうの休日の過ごし方もイマイチ知らないけど。アトレや九千代は、そういうことを僕に話さないようになったから。

 

 「ああ、朝陽もNYに居たんだよね」

 

 「はい、お嬢様はあの街での休日は、どのように過ごされていたのでしょうか?」

 

 僕とは違い彼女には身体的な制約は何もないから、どういうことをしていたのかは興味はある。彼女はあの街で、どのような暮らしをしていたのだろうか。

 

 「そうだね…… 実は今とあんまり変わらないかもしれない。あの街もやっぱり仮の住まいだったし、目標に向かって割とがむしゃらやってた時期だったから、街に出てショッピングを楽しむとか、クラブで踊るとか、そういうことは少なかったね。ああ、我ながらなんて暗い青春」

 

 そうか。あの街は僕にとって特に思い入れがある場所ではないけれど、彼女にとってもそうだったのか。

 

 エストさんにとっては、必要があったから居た場所であり、行きたかった場所ではなかったのだろう。

 

 そうなると、今の休日の過ごし方を見ても、彼女にとってこの街はまだNYと変わらない場所だということになる。

 

 地域差もあるし場所柄もあるけれど、東京よりはNYのほうが、彼女の故郷の雰囲気を感じさせるものが多かったと思うが、そういう場所とは残念ながら縁がなかったみたいだ。

 

 でもそれは、過去のエストさんには悪いけれど、僕にとって好都合かもしれない。少なくとも、NYよりこの街、僕と貴女が出会えたこの街の方が居心地が良いと、思ってもらえる可能性が高そうだから。

 

 「では、今度のリサイタルは楽しみましょうね」

 

 「そうだね。クラシック音楽を嗜むなんて、なんて貴族らしい私だろうウフフ」

 

 ごめんなさい。格式高いクラシック音楽の場ではないんです。

 

 でも、きっと気に入ってもらえます。きっと、貴女の心に届くはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日。

 

 開催の場所は音楽部の第1スタジオ。第1、第2は中程度の広さで、山県先輩たちがいつもするリサイタルは、大抵ここでやっていたらしい。今回はそこより一回り大きなスタジオを借りることも出来たらしいが、僕の考えではこのくらいがちょうどいい。

 

 3~4人で演奏するいつものリサイタルよりは、その倍の人数で演奏するから、広い方がいいのだろうけど、少し狭いくらいがいいんだ。うん、大きさ的にもなんだかしっくりくる感じ。僕は行ったことはないけれど『これくらいの広さ』だと、なんとなくの感覚として分かる。この体に流れる、祖母から受け継いだ、あの国の血のおかげだろうか。

 

 「エストさん、こんにちは。朝陽さんも、今日も可愛いね」

 

 スタジオにはルミねえがすでに着席していた。いつもと変わらない表情でいるけれど、この人がこのイベントの実質的な支配人だ。

 

 「へいハニー! ご主人ハニーも一緒だと華があっていいねぇ」

 

 Jrさんもすでに到着している。みんな準備がいいなぁ。ふと彼の隣を見てみると、アトレと九千代達も、もう座っていて、こちらへ会釈をしてくれている。あれ、もしかして関係者で僕が最後なのか。

 

 まあ、僕の場合は自分の都合で来られないから仕方ない。僕は従者、エストさんの都合に合わせないといけないのだ。

 

 とはいえ、今回のイベントは、その従者による主人へのサプライズになるのだけれど。

 

 

 「連休中あまり見かけないけれど、やっぱりずっと衣装製作してたの?」

 

 「はい。まだ選考結果が分かるのは先ですが、結果の如何に関わらずに作っておきたいので」

 

 「私も手伝いたいのですが、この子がこの衣装だけは自分のみで作りたいと断られてます。おかげで私は手持ち無沙汰です」

 

 「へぇ、ハニーがそう拘るってことは、もしかしてご主人ハニーに贈る服だったりするのかい?」

 

 「………まだ秘密です」

 

 「OH! そりゃあCoolだね、秘密のある女は最高に魅力的に映るものさ。もっともハニーはもうこれ以上魅力的になりそうもないがなHAHAHA」

 

 「そういうJr君は、連休中なにしてたの」

 

 「いや少しはノってくれよルミネの姉御。俺は、結構あっち行ったりこっち行ったりだったぜ。大蔵本邸にも顔見せないといけなかったし、つか会っただろ」

 

 「まあね。その辺面倒くさいよね私たち アトレさんも顔出したりした?」

 

 「はい。やはりお世話になっているりそな叔母さまには、きちんとお礼をしなければなりませんので」

 

 「それでも、昨日はベイビーに指導する時間は取れたぜ? はぁ、姉御もベイビーくらいに大人しく控えめだったら、大和撫子の見本のように思われたんだろうがなぁ」

 

 「絶滅したらしいよ、それ」

 

 「る、ルミねえさま、流石にそれは言い過ぎだと」

 

 「そうだぞ、ベイビーは立派な大和撫子だろうが」

 

 「そう言われてしまうと照れますが」

 

 「NY帰りのクオーターしか大和撫子がいないのなら、この国原産はもうダメだね」

 

 「馬じゃねえんだから……」

 

 

 

 友人知人で固まって座り、とりとめのない雑談をしていると、ふいに山県先輩が入ってきたので、観客の多くから歓声が上がった。山県先輩は人気者だ。

 

 観客の様子や顔ぶれを見ていると、男女混合で、それぞれ飲み物を持参しながらリラックスした雰囲気でいる。

 

 うん、いい、悪くない。

 

 横に居るエストさんの表情を覗いてみても、自然な笑顔をしてくれている、居づらそうな感じはまったく感じられない。

 

 「ツっコんでよ。そのまま演奏を始めるところだった」

 

 山県先輩に視線を戻すと、彼の挨拶が始まったところだった。この会場の雰囲気を作っているのは彼であり、普段からの彼の人となりがよく出ている。

 

 素敵な人だ。だから多くの人がこうして彼のリサイタルに集まるのだろう。そこに便乗させて貰えて良かった。この雰囲気ならば申し分ない。

 

 「まあまずはショパンを聞こう。もっかい言うけど力抜いて。さ、弾くよ」

 

 そうして、彼の演奏が始まった。

 

 最初はクラシックの曲だったけれど、堅苦しいところは何もなく、落ち着いた曲だというのに楽しげな心地にさせてくれる。

 

 演奏者である彼も表情をころころと変え、それに合わせて曲調も変わる。聴いている人を飽きさせず、全力で楽しませようとしてくれている。

 

 「うん、私が弾くのと違うことは分かる」

 

 となりでルミねえもポツリと感想を言っていた。実に彼女らしいもので思わずクスリと笑ってしまう。

 

 「じゃあ、そろそろ仲間を呼ぼう! 前回も一緒にリサイタルをやった、弦楽科の永崎くーん!」

 

 チェロとヴァイオリンの奏者も加わり、演奏は一層楽しげなものへと変わる。

 

 奏者も、聴衆も皆が笑顔だ。エストさんも目を輝かせているし、Jrさんも手を叩いてノっている。アトレと九千代も可愛らしくお揃いで首を揺らしてリズムをとっていた。

 

 ルミねえは、なぜかウンウンと頷いていたが、そんな仕草でも楽しんでいるのが伝わる。

 

 配られたリーフレットの曲一覧が終わるころには、皆が満足して惜しみない拍手を送っていた。

 

 「さあ、今日来てくれたみんな、ありがとう。夏休みもやる予定だから、その時も是非…… と言いたいところだけど……」

 

 主催者の山県先輩が、観客に向けて締めの挨拶をしている途中で、思わせぶりに言葉を溜めた。

 

 「実はね、そのリーフレットに書かれてる以外に、続きの演奏、あるんだ。この後の予定を入れていた人は申し訳ないけれど、是非付き合って欲しい。損はさせないよ」

 

 彼の言葉に、やはりというか、観客の多くは好反応を返した、楽しい時間が続くことを嫌がる人は極少ない。この場所、この瞬間をまだ楽しめるなんて最高だ、と言わんばかりの表情の人もいる。

 

 ごめんなさい、この先の主役は彼じゃなくなるんです。でも、きっと貴方たちも楽しめます。

 

 私たちの国の音楽は、聴いていると踊りたくなるほど素敵なものだから。

 

 「じゃあ、お待たせしてすまなかった! 管楽科の三越くん! 松坂くん! 出番だよ」

 

 「よっしゃあ! 今一瞬、出番のないまま終わるかと思っちゃったぜ山県ぁ!」

 

 「ははごめんごめん、いいじゃない、サプライズはみんなを驚かせるもんでしょ」

 

 「俺たちも忘れんなよ!」

 

 今まで観客に扮していた管楽器の奏者と、我慢できないとばかりに飛び出した打楽器を抱えた男性生徒も、山県先輩たちと一緒になって、演奏の態勢に入る。

 

 「ははは、ごめんねみんな。さあ。リサイタルはまだ終わらない。実は先生の提出していた使用時間は、まだ30分以上残ってる、どうかまだまだ僕たちと盛り上がって欲しい」

 

 それを断る者はこの場にいない。そんな雰囲気が会場を満たしている。エストさんも、これから何が起こるかワクワクしている様子だ。

 

 「ここからは、特別な曲をやるよ。ちょっとしたリクエストがあってね。僕もやったことがない曲だったし、みんなにも相談したところ、面白そうだからやりたいって意見が多かったからね」

 

 山県先輩の言葉に、聴衆の期待も膨れ上がる。いったになにを見せてくれるのかと、目を輝かせている。

 

 「じゃあさっそくやっていこう! まずは『The Blarney Pilgrim』!」

 

 この曲は、僕が生まれる前に作られた、有名な沈没船を題材にした映画の中で使われていた曲らしい。

 

 聞いているだけで、踊りたくなるような、体の奥から疼いているような、そんな曲。

 

 「まだまだ行こう! 『John Ryan's Polka』!」

 

 曲が変わった時、もう周囲は我慢できない状態にあった。そしてその中でJrさんが立ちあがり、側にいたアトレの手をとって、スタジオの中央で踊り始めた。

 

 「ハッハー! こんなの聴かされて踊らない方が嘘だぜ!」

 

 「わ、わ、ふふ、ふふふ、あははは!」

 

 普段はおとなしいアトレも、雰囲気に染まり、最初は戸惑いながらも、やがてJrさんにリードされ、楽しく踊り出す。

 

 「みんな踊れー!」

 

 山県先輩の号令一下、観客はみなそれぞれ、男同士だろうが女同士だろうが、かまわずにパートナーを見つけて、手を取り合って踊りだす。ステップは適当、リズムが合ってなくても構わない、楽しければなんでもいい。

 

 「お嬢さま!」

 

 「え、あ、朝陽?」

 

 主従の契を果たした僕らだけど、まだ足りないことがある。

 

 そう、アイルランド人なら、貴族だろうと荷運びだろうと、パブに入れば歌って踊らなければ。

 

 もうこの場所は日本の学校のスタジオじゃない。パイプの煙がくゆっていなくても、タバコの煙で壁が燻っていなくても、エールのアルコールの臭気がなくても、

 

 ケルトの曲が流れ、踊りだす人がいるのなら、そこはもうパブなんだ。

 

 アイルランドのどこにでもある、狭い店で大勢が踊り騒ぐ、あの場所だ。

 

 「あははは!」

 

 例え僕の身体が弱くても、ここで騒がないのはありえない。そう、僕はアイルランド人なのだから。

 

 どんな環境に、境遇にあおうとも、パブに入ったら楽しく話し、踊るのがアイルランドの民。

 

 そうでしょう? 僕のエメラルドのご主人さま。

 

 「ふふ、ふふふ!」

 

 僕とエストさんは踊る。周囲の人たちに比べればとても控えめだけど、ステップを踏み、手を叩いて、お互いに笑顔ではしゃぐ。

 

 騒ごう、楽しもう、それがアイルランドの夜。

 

 ここは日本で、今は昼? そんなの関係ない。野暮はいいっこなしだ。

 

 どんなに辛く苦しいことがあっても、楽しい音楽とダンスがあれば、明日も陽気に生きていける。

 

 そんな想いが詰まった曲が終わったあと。本来ならヘトヘトになっててもおかしくない僕は、今日はまだ平気だ。そのためのこの1週間準備してきたのだから。

 

 それに、今日は随分体が軽い。それも当然かもしれない。今ここは、とても僕が生きやすい場所になっているのだから。

 

 ここに薫るは緑の国の陽気な風。僕の体もそれに揺られて抱かれている。

 

 今日この時、この瞬間まで、僕は自分の、この弱い身体で生まれた桜小路才華の人生を、心の底から『楽しい』と思ったことはなかった。

 

 お父様の愛情の箱庭で生きていた時も、嬉しい、有難いと思ったことはたくさんあったけど、『楽しい』と思える瞬間はなかった。そんな気持ちが生まれていれば、その鬱屈をぶつけたデザインを描くこともなかっただろうから。

 

 僕の身体では未来は望めない。いつか擦り切れて消えていく命。出来るだけ迷惑にならずに消えていければマシだと、心のどこかでいつも思っていた。

 

 それが初めて濯がれたのが、あの青山霊園での一幕。あの時もまた、今のようにはしゃいでも疲れなかったし、『楽しい』と思えた時だった。けどあの時はどこか夢心地で、現実感が希薄でもあった。

 

 だから今僕が感じている楽しさは、あの時以上。こんな気分をまた味わいたい、『次』はいつこんな気分になれるだろう。『今度』こういう機会があるのはいつだろうか、と『未来』を期待し、思いを馳せられる様になれたんだ。

 

 僕が生きられる場所は、貴女と共に生きる緑の国だと、そう感じます。

 

 

 

 

 

 

 「よーし、みんな、盛り上がってるね! でもこれ以上騒いだら先生が来そうだから止めにしよう!」

 

 再び山県先輩の号令一下、踊っていた皆は止まって、彼の言葉に笑いながら呼吸を整えている。僕もそうしていると、すかさずルミねえからドリンクが差し出された。流石だ、この中にあってもそつがない。というか、一人だけ踊ってなかったよねルミねえ。

 

 「じゃあ、出番だよJr君! 最後の締めはお任せした!」

 

 「任された!」

 

 一旦曲が止んだこともあり、踊っていたみんなはいい汗かいたという爽やかな表情で、もと居た席に戻っていく、中にはまだ余韻が冷めやらぬ様で、立ったままの人もいた。

 

 「さあ、今日のリサイタルの本当のラストを飾るのは『Star of the County Down』。豪華ボーカル付きでどうぞ!」

 

 そして、最後の曲が始まる。

 

 その前に、僕はエストさんに言っておくことがある。この曲に込められた意味を、しっかりと分かってもらうために。

 

 「お嬢様、以前私が貴女のことを『金髪のロージィ・マッカン』だと表したことを覚えておられますか?」

 

 「あ…… うん、覚えてるよ」

 

 返答したエストさんは心なしか頬を紅潮させている。踊ったために血色が良くなっているのか、それとも僕の言葉に照れていらっしゃるのか。

 

 ああ、彼女は素敵だった。金の髪を煌めかせ、頬は6月の薔薇のように紅く染め、緑の瞳を輝かせるアイルランドの乙女。

 

 「それは、今でも変わっていません。私にとってのロージィ・マッカンは、金の髪と緑の瞳をした乙女なのです」

 

 そうして、僕は驚くように目を見開かせた彼女の元から離れ、Jrさんの元へと歩んでいく。

 

 山県先輩たちが変わらぬ笑顔で前奏を奏でると、Jrさんがその前に立って、お腹から響くような、けれど耳に心地よい声で歌いだす。

 

 僕もその隣にそっと立つと、周囲の人々は驚いたような気配が上がったが、それも一瞬で、山県先輩たちの奏でる伴奏に乗って、手拍子を叩いてくれていた。

 

 さあ、今日のクライマックス。精一杯の心を込めて。

 

※「」はJrさんのパート

 『』は才華のパート

 【】はデュエット

 

 

 「Near Banbridge town in the County Down One morning in July」

 (ダウン州のバンブリッジのそば、去年の7月のある朝さ)

 

 「Down the boreen came a sweet coleen And she smiled as she passed me by.」

 (緑の野原を愛らしいアイルランド娘が降りてきて、そして通りがかった俺に微笑みかけたんだ)

 

 本当は、僕がすべて歌いたかったけれど、この曲を通して歌うのは、ちょっと僕には似合わない。だから、この曲が似合うJrさんとのデュエットにしてもらった。

 

 それに、激しくないとはいえ、ダンスを踊った後に一曲まるまる歌うのは、ルミねえに反対されたし。

 

 

 

 

 『She looked so sweet from her two bare feet To the crown of her nut brown hair』

 (ああ、彼女は素敵だった。2本の真っ白い足から栗色の髪の先のきらめきまで)

 

 『Such a winsome elf,I pinched myself To be sure I was really there.』

 (こんなにも魅惑的な妖精に、僕は衝撃を受けた。今見たものは現実か、と)

 

 僕が捧げる人と歌詞の女性とは髪の色は違うけれど、これは彼女に向けた曲。僕の中では金色の髪の乙女へ向けた歌なのです。

 

 

 

 

 【And from Bantry Bay up to Derry Quay And from Galway to Dublin town】

 (バントリー湾からデリー波止場にあがり、ゴールウェイからダブリンまで行っても)

 

 【No maid I've seen like the sweet coleen That I met in the County Down.】

 (この美少女ほどの乙女はいやしない。ダウン州で逢ったあの子みたいな娘は)

 

 彼女の生家はダブリンだけど、細かいことはいいっこなしでお願いします。パブで正論は野暮なので。

 

 

 

 「As she onward sped I shook my head And I looked with a feeling rare」

 (彼女は走り去り、俺は頭をかきむしり、心を高ぶらせて見つめていた)

 

 「And I said says I to a passer-by "Who's the maid with the nut-brown hair?"」

 (俺は聞いた、道行く人に尋ねたのさ ”あの栗毛の娘は誰なんだい?”)

 

 この曲を聞いた瞬間、僕は髪も瞳も違うのに、これにふさわしいのは彼女だと、強く確信した、だから胸を張って心から歌おう。

 

 

 『He smiled at me and and he syas, says he "That's the gem of all Ireland's crown.』

 (ああ、その人は微笑んで語ってくれた。”彼女こそアイルランドが誇る至高の宝石)

 

 『Young Roise McCann from the banks of the Bann She's the star of the County Down."』

 (バンの土手から来たロージィ・マッカン。彼女こそダウン州の輝ける星さ)

 

 ダウン州なんて狭いことを言わずに、いっそアイルランドの輝ける星、と原曲で歌ってくれればよかったのに。

 

 

 【And from Bantry Bay up to Derry Quay And from Galway to Dublin town】

 (バントリー湾からデリー波止場にあがり、ゴールウェイからダブリンまで行っても)

 

 【No maid I've seen like the sweet coleen That I met in the County Down.】

 (この美少女ほどの乙女はいやしない。ダウン州で逢ったあの子みたいな娘は)

 

 ふと見れば、彼女は顔を覆って涙を流している。僕も、涙を流しながら笑って歌っている。

 

 

 『She had soft green eyes with a look so shy and a smile like a rose in June.』

 (はにかみを含んだやさしい緑色の瞳、六月の薔薇のようなほほえみ)

 

 『And she sang so sweet what a lovely treat,as she lulled to an Irish tune.』

 (なんて愛らしい節回しで歌うのか、貴女がアイルランドの歌を口ずさむ時は)

 

 本当に、彼女が歌ってくれたアイルランドの子守唄は、夢の中で聞いた祖母のものと同じで、懐かしく、愛しいものだった。 

 

 

 「At the patterns dance i was in the trance As she whirled with the lads of the town.」

 (パトリック祭のダンスで俺は呆然となった 彼女が町中の若い連中とくるくる踊っていたから)

 

 「And it broke my heart just to be apart,From the star of the County Down.」

 (俺の心が砕かれたのはまさにそのとき、あの輝ける星と離ればなれになってから)

 

 

 【And from Bantry Bay up to Derry Quay And from Galway to Dublin town】

 (バントリー湾からデリー波止場にあがり、ゴールウェイからダブリンまで行っても)

 

 【No maid I've seen like the sweet coleen That I met in the County Down.】

 (この美少女ほどの乙女はいやしない。ダウン州で逢ったあの子みたいな娘は)

 

 この曲の男性ほど情熱的にはなれない僕だけど、貴女がこの曲の女性に見劣らない人だと、誰よりも思っています、エスト様。

 

 

 

 『At the Harvest Fair she'll be surely there And I'll dress in my Sunday clothes,』

 (収穫祭にもあの人はきっとくるだろう。僕は日曜日用のきれいな服を着よう)

 

 『With my shoes shone bright and my hat cocked Right for a smile from my nut golden rose.』

 (靴を磨いてピカピカにし、帽子を斜めに被ろう、栗色の薔薇に微笑んでもらうために)

 

 「No pipe I'll smoke, no horse I'll yoke Till my plough turns rust coloured brown.」

 (パイプもふかさない、馬を遊ばせるのもやめだ。くわが赤錆で茶色になるまで働くぜ)

 

 「Till a smiling bride, by my own fireside Sits the star of the County Down.

 (俺の家の炉辺の花嫁の椅子に、ダウン州の輝ける星が笑って座ってくれるまでは)

 

 花嫁、花婿。そういう関係とは遠い僕ですけれど。どうか、これからも側に居させてください。僕の輝ける星よ。

 

 

 【And from Bantry Bay up to Derry Quay And from Galway to Dublin town】

 (バントリー湾からデリー波止場にあがり、ゴールウェイからダブリンまで行っても)

 

 【No maid I've seen like the sweet coleen That I met in the County Down.】

 (この美少女ほどの乙女はいやしない。ダウン州で逢ったあの子みたいな娘は)

 

 

 僕の母も、僕自身も月に例えられることが多いけれど、貴女は僕にとって、月ではなく星です。月よりも輝く一等星。

 

 僕は、夜空に輝く星が好きなのです。星は、例え無くなっても遠く離れた人にその輝きを与えてくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスト・ギャラッハ・アーノッツの中で、もうはっきりと一つの答えが出た。

 

 だってあんな顔で、あんな声で歌われたら、もうそれしかないじゃないか。

 

 ―――この子と一緒に生きていこう

 

 もう双子のデザイナーという拘りは捨てる。それはこの子と一緒に生きる上で必要なものじゃなから。

 

 誇り高い自分でいよう。隣にいるこの子に相応しいように。

 

 この想いはもう揺らぐことはない。いつもは控えめで、月に例えるならば三日月の繊細な美しさを湛えていたあの白い美しい人が、満月のような明るい煌々とした美しさを放っている。

 

 歌で唄われた対象は、むしろあなたこそが相応しい、とばかりに、“朝陽”が唄うアイルランドの歌は可憐で愛らしかった。

 

 この白い月に寄りそおう。

 

 それが自分の生きる道だと信じ、過去の思いを振りさって、エストは己の従者に抱きついていった。

 




現は厳しいことが多く、夢のように順風満帆とは到底いきません。
(やまい)』は常に隣り合わせで、番となった二人の旅路が幸福なものかは未だ分からないけれど。
それでもどうか、白い従者の心を込めた唄と、誇り高き主人の決断に喝采を。

金髪の乙女に寄りそう銀糸の繭が、いつか相応しい姿へと羽化する日を夢見て

to be continued episodes 27


※参加できなかった朔莉さんがGWの怨霊と化しそうなほど呪詛を紡いでいたため、皆で絶対にまた集まって騒ごうと決まり、『丑の刻マイラー朔莉』の爆誕は免れました。
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