月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~ 作:トライアヌス円柱
ルミねえが計画してきた構想が、いよいよ明確な形へと。
27話 裏タイトル 【おそルミネ】
どうぞう様、メスガキだいすきの会さま、誤字報告ありがとうございました!
「日程的に無理がない?」
「実際そうなんですよ。でも、折角のチャンスだし、これを逃すと次ない気もするし」
「大分厳しくなるだろうね。一度こういう機会を逃してしまえば、業界内でそういう情報って浸透するものだから」
「ですよねー、うーん、マジどうしよっかなー」
「根本的な問題は人手なわけでしょ? 増やすわけにいかないの?」
「いやー、人を雇えるほどの余裕は、ウチにはないっス」
「ふむ………、でも銀条さんだけだと体力的に厳しいのも確かなわけで……、本人にやる気はあるんだよね?」
「前向きな気持ちではいてくれてます。でも無理はして欲しくもないし」
「その気持ちは分かる。さて、どうしようか」
食堂でルミねえと弓さんが何やら真剣に話し合っている光景が見られた。あの2人は学科も同じだし、話が合うところもあるみたいで、こうして話している姿もたまに見かける。
「何の話をしているんだろうね」
「尋ねてみましょうか」
お嬢様も気になるようで、僕たち主従も会話に参加させてもらうことにした。
「こんにちは、ルミネさん、キュウさん。なにかお困りごとですか?」
「あ、どうもっすギャラッハさん、ええまあ、ウチの店についてちょっと」
「エストさんこんにちは、その可愛い従者もご機嫌よう。今ね、『ぱるぱるしるばー』の経営方針について協議中なの」
弓さんと春心さんのお嬢様への呼び方は、どうやら『ギャラッハさん』で統一されたようだ。ちなみにその際、春心さんがお嬢様の名前を文字って「ぎゃらっははっは」と笑っていたので、思わず鋭い視線を向けたところ、「ほんとすません」と、すぐに反省してくれた。
春心さん曰く、普段大人しい美人のキツイ目線って、思った以上に怖かった、とのこと。そんなに強く睨んだつもりはなかったんだけどなぁ。
でも、人の名前というのは、時と場合によっては馬鹿にしたら殺されても文句言えないこともあるので、注意してください。情報ソースは映画ですけど。
「ルミネさんは、キュウさんたちのお店の相談役になっていたのですか」
「うん、私も将来経営者になるわけだし、実際の経験というのをしっかり積んでおきたいからね」
「私らのショップ経営と、大蔵家みたいな大会社とは、根幹がまるで違うとは思うけどなぁ」
「まあ、色々と違いはあるよ。でも、こういうことって、やっぱり学生時代じゃないと出来ないじゃない? 今しかできない経験は逃したくないの」
「ルミネお嬢様の向上心は立派ですね」
「ありがとう朝陽さん。でも、こうでもしないと卒業後にスパルタ教育が待ってるからね。何らかの実績は上げてスパルタ回避の材料にしたい。そういうわけで一丸さん、交通事故にでも遭ったと思って諦めてね」
「いやこの大富豪さんの押しの強さは、この1ヶ月で痛いほど分かってるんで、もう文句ないっす」
「それで話を戻しますけれど、今はどういうことでお悩みなんでしょうか」
「あー、まぁギャラッハさんには言ってもいいか」
「実はね、大口の注文が来たみたいで」
弓さんとルミねえの話によると、どうやら『ぱるぱるしるばー』に、映画に使われる衣装の注文がきたらしい。『ぱるぱるしるばー』は今まで個人単位での注文しか扱ってこなかったので、初めての事態に悩んでいるようだ。
とはいえ、それ自体はとてもありがたい話だろうし、良いことだと思う。そうして評判が広まれば、もっと良い条件の注文も受けられるだろうから。
「それは凄いですね!」
「おめでとうございます、弓さん」
お嬢様共々、おめでたいことだと思い、お祝いの言葉を述べたが、しかし弓さんの反応は鈍いものだった。
「いや、まだ受けるかどうか決めてないんすよ」
「この子達のブランドって、製作担当が銀条さん一人でしょ? それで来月中頃までに20着っていう注文らしいから、スケジュール的に厳しいらしいよ」
「来月中頃ですか…… それは厳しいというより無理では?」
「撮影も順々に行っていくから、全部一気に20着納品という訳じゃなく、場合によっては来月末までには伸ばせるらしいけど、それでも厳しいよね」
「たしかに、春心さんだけでは無理がありますね」
以前の話では、2週間で1着を仕上ていたはず。とはいえ、あれは春心さんのデザインらしいフリルやアップリケをふんだんに盛り合わせた衣装だったからそこまでかかったのであり、映画撮影用に使う衣装ならば、そう奇抜なものばかりを20着ということはないだろう。
それでも一人で20着という条件はハードだ。少なくとも僕には出来るとは思えない。
「ちなみに、その話を持ってきたのは私経由。私のマネージャーとその映画の衣装スタッフの人がたまたま知り合いでね。話の中にフィリアの学生ブランドの話が出てきたから、紹介しといた」
わ、朔莉さんいつの間に。
この人、気配を殺すのが上手すぎる。それは女優として培われた技能なのか、それとも僕が鈍いだけか。なんか後者の気もしてきた。
「あ、サクリさんちわっす。いや、こんな大女優に縁をつくってもらってるんだから、実際ありがたい話ではあるんだけど」
弓さんと朔莉さんの関係も、いつのまにか気軽に話せるくらいにはなっていたみたいだ。その行動力と順応力のたくましさは羨ましいです。
「私は受けた方が良いと思うよ」
「私としても、せっかく紹介したんだから、そうしてくれると助かる」
「うーん、そうなんだよなぁ、絶対受けた方がイイんだけどなぁ」
弓さんが悩んでいる点は、やはりその大変さの弊害を受けるのが、春心さんだということだろう。今日は一般科は校外授業なのでこの場に彼女はいないが、居ても自分から意見はあまり言わないだろう、そういう、何よりも場の雰囲気を大事にする人だ。
「つまりネックなのは人手だよね。じゃあ増やそう、それで解決」
「いや、それも分かってるんだけど」
「銀条さんの事情は知ってるよ、本人から聞いた。その上で、手伝う人なら問題ないよね?」
「え゛、いつの間に。でもまあ、そうか、あいつから言ったのならいいか……」
ルミねえと弓さんの話を聞く限り、春心さん以外の作業員を増やすことをルミねえは提案しているが、何やら春心さんに事情が有って、弓さんはそれに消極的みたいだ。
しかしルミねえ、本当にいつの間にそんな話聞き出していたの。
「銀条さんにとって話しやすくて、それでいて服飾の腕前が確かな人なら良いんだよね?」
「うん、まあ、そうなりますね、でもそんな都合のいい人みつかるかな」
「あら、それじゃあうってつけの人たちがここに居るじゃない。なんて偶然、きっと神の与えた奇跡、天の配剤」
朔莉さんがわざとらしい目配せで、僕とお嬢様の方を向いた。
「え? 私、たち、ですか?」
「うん、エストさんも姫も、服飾の成績は良いのでしょう? それでいて人の良さは私やルミネさんが保証するし、それは一丸さんもご存知のはず」
「ギャラッハさんとメイドさんですか、う~ん、まあたしかに、お二人なら問題ないと思いますが」
「手が必要であるのならばお気兼ねなく。縫製の練習にもなりますし、ハルコさんの衣装製作にも興味があります。何よりアイルランドの貴族は友情に篤いのです」
ご立派ですお嬢様、そうです、我々の国は、一度食事をともにした人は皆友人であり、友人が困っている時には身分の隔たりなく手を貸すのです。どんな時でも身分意識が先攻するイングランドとは違うのです。
「ですが、この子は今別に衣装製作をしているので、私しか手は空いてませんが」
お嬢様? そこは僕も勘定に入れてくれて構わないところですよ。むしろ主人が別のことをやろうとしているのに、それに参加しないのは従者として失格です。
「それに関してはご心配なく。私の手であればいつでも申してください。私が今手がけている衣装は、まだまだ猶予がありますし、それにそもそも半ば趣味のようなものですので」
クワルツ賞に応募したデザインの衣装だけど、まだ賞を取れるかどうかは決まっていない。少なくても選考には残るだろうけど、結果はまだ出ていないので、僕のやってることはいわば見切り発車だ。
「そう? 朝陽がそう言うのなら、私もそれで構わないよ」
なんというか、お嬢様も僕に対してルミねえほどではないけど、大分過保護になっている気がする。いやまあ、それも今更なんだけど。
「そうなると、場所どうしようかな、私らのアパートには大人数詰めかけられるような広さはないし」
「そこはおいおい考えるとして、一度銀条さんにも話をした方が良いよね」
「あ、それもそうっすね。よし、じゃあパル子に連絡して」
そんなこんなで、僕とお嬢様は『ぱるぱるしるばー』の衣装製作に付き合うことになったのだった。
それにしても、数人での作業は初めてなので、僕としてもこれからの日々がどうなるか、興味を惹かれる。隣のお嬢様も、心なしか表情がうきうきしている感じに見られた。
「あ、そろそろ昼終わりですね」
弓さんはそう言いながら教室へ戻る支度をし、空になった容器を戻しに席を立った。そのタイミングで、お嬢様が僕も気になったことをルミねえに尋ねてくれた。
「それにしてもルミネさん、随分キュウさんやハルコさんと仲良くなったのですね」
「ん? いきなりどうしたの?」
「先ほどのお話では、ハルコさんになにやら事情がありそうな様子だったではありませんか」
「まあ、それは一丸さんの様子を見ればわかるよね」
「私たちはまだそこまでは踏み込めていません。なので純粋にすごいな、と思ったのです」
「そう、ありがとう。でも実は私も知らないんだよね。これから銀条さんに聞く予定」
『え』
僕たち主従の言葉は見事に重なった。え、え、どういうこと?
「あれはこの場で一丸さんを納得させるためのブラフ。だからこれから銀条さん本人に言葉巧みに聞き出すつもりだよ。一丸さんのことを前面に出せば、話してくれる確率は九割八分だと思ってるから安心して」
「ワオ、流石はあの大蔵家のルミネさん。中々にやり手ね。そういう抜け目のないところ、嫌いじゃない」
「どうも。でも資本主義の本場のアメリカの駆け引きは、こんなものじゃないでしょ?」
「ま、向こうはマネーイズパワーで、義理人情なんてものはティッシュと同じみたいな感覚の人、多かったわね」
「騙されるほうが悪い?」
「そうそう、隙を見せたほうが悪い」
大女優は素直にルミねえの手腕を褒めているけれど、僕たち主従はそんな2人の会話に圧倒されています。
「朝陽、私、絶対にルミネさんには逆らわないようにするね」
「朔莉お嬢さまの機嫌も損ねない方がよさそうですね」
僕たちは、2人のやりとりを聞きながら、身を寄せ合って震えていた。
「私決めた。一丸さんを全面的に応援する」
学院から帰って夕食の時間もすぎ、いつものように65階の僕たちの部屋で衣装を作っている最中、ルミねえが急に訪ねてきたと同時に、常にない熱意で決意表明をした。
「ええと、いきなりどうしたのですかルミネさん」
「ようこそルミネお嬢様。紅茶がよいですか? それとも日本茶がよいですか?」
僕が訪ねたいことはお嬢様が聞いてくれたので、僕は従者としての行動に徹することにした。
「紅茶でお願い。それでね、私は『ぱるぱるしるばー』を全面的に応援することにしたの。もっと具体的に言えば出資者になるつもりだし、経営にも参加する」
「それは、随分と思い切った決断をされましたね」
「うん、私自身ちょっと興奮してる。一丸さんのことは全く性格も生まれも違うのに、どこかで共感を覚えていたのが、自分のことながら不思議だったのだけど、今日銀条さんから話を聞いて、その疑問が氷解した」
ルミねえがいつになく饒舌だ。表情もあまり変わりはしないものの、顔色は上気して、彼女の中で燃えるものがあるのが伝わってくる。
こんな様子の彼女を見るのは、もしかして初めてかも知れない。
「ええと、それは、私たちも聞いて良いことなのでしょうか」
「それは大丈夫。銀条さんも、貴女たち2人が映画用の衣装製作を手伝ってくれると知ったら、話すことを許してくれたよ」
どういう話の流れに持っていったかは分からないけれど、ルミねえは銀条さんの話を聞き出すことに成功したようだ。
流石は大蔵家総裁、大蔵りそなの娘。その面目躍如というべき、対人能力だと思う、普段はポーカーフェイスで何を考えているかわかりづらい人だけど、やるときはしっかりとやる人だ。
「その後もう一度一丸さんとも話して、それでこんな時間になっちゃった。遅い時間にごめんなさいね」
「いえ、それは別に。ルミネさんがこの時間までこの部屋にいることは、珍しいことではないので。たしかに遅い時間になってから訪ねてこられたのは初めてですが」
「どうぞ、紅茶です」
「ん、ありがとう。じゃあ朝陽さんも座って、『ぱるぱるしるばー』の2人について、より詳しい話をするから」
そして、ルミねえが話すところによると、弓さんが以前の僕たちが製作の手伝いを打診した時に反応が鈍かったのは、春心さんの身体に事情があったかららしい。
彼女は幼い頃の事故で内臓を痛めており、今でも完治していない。そのため、日常生活においてもいろいろと制限があるらしい。特にストレスは彼女の天敵で、そのため弓さんは彼女の精神状態を気遣い、春心さんにとって良い環境を維持しようとしていたようだ。
その細かい病状までは、ルミねえは話さなかった。ただ、春心さんには様々な枷があることだけを話してくれた。もしさらに知りたいのならば、本人や弓さんに聞くべきだということだろう。
そうした春心さんの身体事情があったために、弓さんはいつも慎重に考えていた。
―――同じだ。
その話を聞いた時に僕が思った感想はそれだった。僕と春心さんは、むろん細部は大きく違うだろうけれど、根本的なところで同類だと思った。
僕は生まれついてで、彼女は健康に生まれたが後天的な事故のため、という違いはあれど、その肉体条件によって『一人では生きられない』という面では同じ、そこに違いはない。
僕も彼女も、誰かの庇護下の中でしか生きられない。自分だけで立つ力がない。人の助けがないと、生きていけない弱い存在。
その上で、そんな自分を許容している。
自分の弱さを認めた上で、他人の力を借りることを『是し』としている。
僕は、つい先日までその“許容”という境地までは達せていなかった。どうしても弱い自分を許せない気持ちがあり、この身体であっても輝く道はないかと考えていた。この学院に来たのも、自分の行く道を決めるためだったから。
でも、先日お嬢様とアイルランドの音楽をいっしょに歌い踊った時に、僕の答えは決まったものとなった。この先、僕は彼女が許してくれる限り、いや、そうでなくてもこの人の側で生きていこうと、そう思えたから。
僕は、自分の弱さを肯定できた。今までの僕は他のことはともかく、この自分の脆弱な体だけは肯定することは出来なかった。
それが故に、血を分けたあの子を羨む自分が嫌だった。
でも、それももう終わった。僕の主は、この僕の弱さも受け入れてくれる人だ。そう信じられたから、僕も僕を許容した。
その時から、『
春心さんもまた、どうやらその自分の弱さを受け入れているようだ。そこまで至るのに、どれほどの苦労があったのだろう。どれほど自分の至らなさ、自分の身体の不甲斐なさを嘆いたことだろう。
何度、意のままにならない体を恨んだことだろう。
家族に、どれだけ苦労をかけたか、自分さえいなければと、何度思ったことだろうか。僕もそうだったから、例え又聞きであったとしても、彼女の気持ちが痛いほど分かる。
次に彼女に会うときは、きっとこれまでよりずっと親近感を持って話せると思う。
だから、彼女だけに20着もの衣装を製作させる訳にはいかない。細かい病状はまだ知らないけれど、少なくとも僕には出来そうもないのだから。
「そういう訳で、私は一丸さんに協力したいと思った。彼女にとても近しい感情を持ったから」
そして、その春心さんを幼い頃から支えてきた弓さんに、ルミねえもまた親近感を抱いている。
まさに弓さんとルミねえは同じだ。弓さんは春心さんが怪我した時に何もできずに、気づくことも出来なかったことに。ルミねえは、僕の病状を知らずに連れ出そうとして発作をおこさせたことに。
互いに、幼い日に見た光景が忘れられず、その相手に献身的になり、そして守ろうとしてくれている。そう、ルミねえにとっての僕が、弓さんにとっての春心さんなのだ。
「まさか、自分と同じ気持ちと決意を抱いている人がこんなに近くにいるなんて、思ってなかった。ギブ&テイクの関係を築こうと思っていたけど、方針が変わったよ。私も一緒になって『ぱるぱるしるばー』を盛り上げる。5人でね」
『僕を守る』という意味での仲間なら、ルミねえには多くの人がいた。衣遠伯父様を筆頭に、壱与、九千代、アトレ、もしかしたら朔莉さんもそうかもしれない。
けれど、対象は違えど、弓さんの抱いている感情は、ルミねえとまったく同じものだ。ある意味、もっとも気持ちが分かる相手と、ルミねえは出会えたのかもしれない。
だから、春心さんと弓さんの2人の店に、僕たち主従とルミねえが加わり、新しく始めるということをしようとしている。彼女としてはとても珍しく、情熱的にそう語っている。
「ハルコさんを守ろうとするキュウさんのその気持ち、ルミネさんほどではないかも知れないけれど、私にも分かります」
そして、この人もまたそれに賛同してくれる。この人もまた、僕のことを大事に思い、守ろうとしてくれている人だから。
「昼にも言いましたが、現場の作業を知ることはとても良い経験になると思いますので、もちろん私も参加します。この子と一緒に」
「はい、今のルミネお嬢様の話を聞いて、春子さんと次に会うのが楽しみになりました」
思いもしない展開だけど、なんだかとても楽しい日々が待っているような気がする。
僕にとっては、この1年は辛く厳しいものになると、そう決意していたものだし、実際4月までは中々に厳しかったけれど。
自分の弱さを受け入れて、心に落ち着きが出た今になっては、そんな余裕も出来ている。こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
本当に、明日からの日々が楽しみだ。
ありがとうルミねえ。貴女は僕に、先の見えない展開に高揚する。という心持ちを教えてくれました。
「なんだかワクワクするね、朝陽」
「はい、お嬢様」
そう言って、彼女はそっと手を握ってくれた。暖かい。この人と、そして僕の周りの人達といれば、僕はこの身体を抱えながらも、穏やかな心で生きていけるのだと。そう思うことができる。
隣にいる人、人たちと一緒に、期待の明日へ向かおう。そんな前向きになれた、初めの日のことだった。
現は現へ、夢は夢に
荘厳な悲しみは夢に、夢はなくとも穏やかな日々を現に
月に寄りそう乙女たち、その流儀はまちまちに
その頃の桜小路家
「最近」
「ふむ」
「才華の様子が楽しそうなんだ」
「そう言う君は嬉しそうだな」
「4月初めに入院したって聞いたときは、心臓止まるかと思ったけど」
「割とシャレにならないレベルで、顔真っ青になっていたからな、君」
「ここ1週間くらい、あの子の声も、メールの文章からも、楽しそうな様子がにじみ出てる」
「まあそれは何よりなんだが…… 私としては、電話にメールに、その上通信会話と、どんだけ息子と話をしているんだ君は、とツッコませてくれ」
「え? 親として当然でしょ?」
「そろそろアトレが謀反を起こしてもおかしくない気がするよ」
「いやちゃんとアトレとも話してるよ。というかそれならルナも、子供たちに連絡してあげなよ」
「前にも言ったが、便りがないのがいい便りだ」
「もう」
「というかだな、少しおかしくはないか?」
「何が?」
「才華に良い変化があるのは喜ばしいことだが、あの子の周辺環境で、そんなに変化することがあるだろうか」
「………多分、お兄様は何か考えがあるんだと思う」
「ふむ、あの義兄が何かしている可能性は、大いにありそうだ」
「でもお兄様の才華を大事に想う気持ちは、僕たちにも負けないくらい強いよ。だから、お兄様がいてくれるなら大丈夫だと信じてる」
「そうだな。元よりあの義兄が全ての責任を負う、と太鼓判を押したからこそ、私達はあの子を日本に送ったのだし」
「あの人が、才華のためにと思ってやっていることが、きっとあるんだ。そして、それを僕たちに話していないということは、才華が望んだからじゃないかな、その上でお兄様は、今は僕たちに知らせるべきではないと思っているのかも」
「実の親である私たちが蚊帳の外に置かれるのは癪だが…… まあかくいう自分たちも、若い頃は親のことなどガン無視で色々やったからなあ、これもまた遺伝というものか」
「正直、このままで良いんだろうか、と思っていたところもあるからね」
「確かに、君の庇護の中でならあの子は生きられた。ただ、それをあの子の人生だ、と言えるかどうか」
「もしかしたら、才華は今日本で、自分の生き方を見つけようとしてるのかもしれないね」
「かつての君のように、か?」
「うん、あの子が僕を参考にしてくれているのなら、親として誇らしいかな」
「それにおそらくアトレもだ。才華が何かをしているのなら、アトレもまた関わっているのだろう」
「僕たちの子供が、良い成長をしてくれてるといいね」
「うむ。2人とも自慢の子供たちだ、果報は寝て待つとしよう」