月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~ 作:トライアヌス円柱
ルミネ、エスト、弓、春心、才華らはここに集結
残りのメンバーはおいおい参加
28話 裏タイトル 【とんかつの誓い(一名未食)】
どうぞう様、誤字報告ありがとうございました!
「そんなわけで、『新生ぱるぱるしるばー(仮)』の発足となりました」
「おおー、いつの間にそんなことになってたんだ」
「いや銀条さんにも散々話したでしょ」
「もちっと時間かけて進むもんだと思っとりましたよ。いやー大蔵さんは仕事が早いですなぁ~」
「善は急げって言うからね」
今日も今日とて一般食堂。僕、お嬢様、ルミねえ、弓さん、春心さんの5人は同じ食卓を囲んで新体制発足の打ち合わせを行っていた。
その場所が学院の食堂というところが、なんとも学生起業家らしさを感じる。いや、僕はそれを『らしい』と思える程の経験を積んでいないのだけど、なんだかエネルギッシュな雰囲気があるので。
まだ(仮)なのは、新人たる僕たち2人が、正式に加入していないからだ。言うなれば今はまだ試用期間。社長たる弓さんに、その腕前を認めてもらう必要がある。
ちなみにルミねえの加入は、弓さんとの話がついてもう決まっているらしい。大蔵ルミネ、実にやり手です。
「まあ、さしあたっては、ありがたくもサクリさんから紹介された映画の衣装20着なんだよ」
「もちろん、『ぱるぱるしるばー』のデザインを買われての依頼なんだから、デザインは銀条さんだよね」
「そすね。貴族のおふたりを差し置いて、ど庶民のあてくしごときがメインを務めさせていただかせてもらいます」
「いえ、私たちはまだ見習いですので」
「お嬢様の言うとおり、試用期間中ですので、社長の弓さんとメインデザイナー春心さんのお眼鏡に叶えば、是非正式な一員にさせてください」
「いやいや、助かってるのはこっちですから。ギャラッハさんたちの成績も知ってますし、試用期間なんて言わずに」
「ううん、このブランドを立ち上げたのは貴女で、この店の『顔』は銀条さんなんだから、やっぱりエストさんたちの腕前を一度は直に見たほうがいいと思う。馴れ合いではいけないから」
弓さんは僕たちにまだ遠慮があるようで、思いきった話をしづらいようだ。それに比べて我が姉は、言いたいことをズバズバと言う。これも大蔵次期総裁への教育の賜物か。
「ルミネさんの言うとおりです。ハルコさんのデザインを見ることは刺激になりますし、実際の売り物を作るのは、良い経験になります。キュウさんが遠慮する必要はありません」
「はい、私もお嬢様も、そしてルミネお嬢さまも、自分のやりたい事をやるというスタンスです。春心さんたちと一緒に作業出来れば、楽しみながら服飾の腕前を上げれると思えばこそと考えています」
「もちろん、貴女たちへの好意はあるよ。でもそれだけじゃない。私には形にしたい未来があって、その途中に貴女たちがいたから、それを手伝ってもらいたいと思ってる。要は持ちつ持たれつだね、まだこっちの細かい事情は話してないから一丸さんたちには実感薄いと思うけど、それもおいおい話そうと思うから」
僕たちは僕たちの、弓さんたちには弓さんたちのやりたいことがある、ルミねえの話では、それは並立するということだから、僕たちはその話に加わらせてもらった。だから、弓さんや春心さんたちが一方的に感謝するようなことじゃない。
「むしろハルコさんとキュウさんが、ずっと2人でやっていた場所に、押しかけたのは私たちですし」
「いっそバシバシと『ぱるぱるしるばー』の流儀を教えてやる、という心持ちでいてください」
「実際、私がかなり強引に介入して発展した話だからね、一丸さんが気負うことは何もないよ」
「な、なるほど。よし、分かりました。じゃあ遠慮なくて手伝って…… いや仕事してもらいますね。ギャラッハさん、メイドさん、大蔵さん」
「はい」
「もちろんです」
「まあ私は服の製作には参加しないけどね」
正確には『しない』、ではなく『出来ない』だよねルミねえ。これまで一度も針糸持ったことないんじゃないかな。でもルミねえならやろうとすれば出来ると思うよ、縫製なら。
「さて、じゃあお仕事の話になりますけど、実のところまだ正式に20着の仕事を受けたわけじゃありません。とりあえずデザインを10枚、実際の衣装を2着を見てもらって、その出来によって正式に20着の依頼を出すかを向こうで決めてもらうことになってます」
「その是非に関わらず、すでに作った2着に関しては代金はもらえるんだよね」
「はい、大蔵さんのアドバイス通りに話を進めたので、カタログ代わりの2着に関しては間違いなく買ってもらえます。残りの18着は、その出来次第ということですね。そんでその〆切は5日後というタイトスケジュールっす」
「とりあえずの分担を話そう。営業と交渉は一丸さん、デザイナーは銀条さん。ここは動かないね。無事依頼を受けられた場合、今回の依頼はとにかく数が多いから、手作業でやる『ぱるぱるしるばー』では、いくら一着一着のデザインを凝ったものにしないとは言え、時間がかかる。その上で最初の2着に関しても〆切が厳しい日程」
「そこで、私と朝陽の出番です。いずれはデザインの面でも参加したかったですけど、今回は純粋な作業員として参加します」
「忙しい時の猫の手ほどにしかお役に立てないかと思いますが、一所懸命やらせていただきます」
「そんな訳で、昨日の内にパル子に描かせたデザインが10枚ありますので、まずはその内のこの2枚の製作を進めて行こうと思います」
「銀条、いつになく頑張りました。マジ頑張りました、褒めてください」
「おうよくやった。そんで、大蔵さんの言うとおり、お二人がどれくらいのスピードで作業できるのかを知りたいので、これから作業に入りましょう。その進み具合によって、本当にこれからもお二人とやっていくのかを決めたいと思うので」
こうして、僕とお嬢様の『ぱるぱるしるばー』での初仕事が始まった。ルミねえは出資者兼会計として参加する予定だから、その出番はまだ先だけど、普段から同じクラスにいる弓さんなら、ルミねえの能力は知っていることだろうから、心配はない。
というわけで、場所移動。
「すません、ここのギャザー縫いおなしゃす。生地硬くてギャザーぶくぶくに膨らんで縫いにくいですけどすません」
「お任せ下さい」
「すません、ここの肩のとこおなしゃす、すません、パフできるだけ自然にふくらむ感じですません」
「やっておきます」
「すません。ここの袖口のボタンホール、全部糸巻きにしたいので面倒ですがすません」
「大丈夫です」
「すません、こっちは波型のスカラッブに仕上げたいので、そこの裁断頼めますか」
「貸してください」
ここ春心さんのアパート。僕たち2人は春心さんのデザインと指示の元、衣装を一心不乱に製作している。春心さんのデザインは手の込んだ部分も多いけれど、コンクール用のデザイン衣装に比べれば作業量はずっと少ない。
春心さんは確かな才能がある人で、デザインは奇抜ながらも芯は抑えたものであり、そして20着という数を考えて統一感はありながらも、多彩なので飽きがこないデザインばかりだ。
「おお…… なんて速さだ、あたしが手伝うのとは全然違う、まったく話にならない」
「ほんと凄いね。今日が初めての共同作業なのに、あんなに息ぴったりに動けるものなんだ」
「特に、メイドさんとギャラッハさんの連携速度がすげぇ。あんなテキパキとよく出来るなぁ」
「まあ、そこは主従ならではの以心伝心もあると思うよ。私は逆に銀条さんが予想以上に的確で迅速な指示を出してることに驚いた」
「そこはまあ、あいつも一応金とってる本職なわけで」
「やっぱり経験は大事だね。百聞より一見で、百見より一経験。こうした現場からじゃないと学べないことも多そう」
「そっすね。でも、それとは別にちょっと言いたいことというか、疑問というかがあるんですけど」
「どうしたの? もう私たちの間に遠慮することなんて無いよ一丸さん」
「あ、じゃあ遠慮なく言わせてもらいますね」
「うん」
・・・
「いや狭めえぇぇ! なんで作業場をパル子の部屋にしたんですか! 絶対作業するならギャラッハさんのマンションの方が良かったでしょ、あんなに広いマンションなんだから!」
「初回くらいはメインデザイナーの作業場でやったほうがいいかなと」
「この6畳一間は、どう考えても5人で作業する空間じゃないっしょ!」
「実際に作業してるのは、一丸さん含めて4人だね」
「じゃあアンタが邪魔なんですよ! 手伝う気がないなら隣に行ってください! とにかく狭いんだから! 足の踏み場もないくらいに!」
「正論だね。わかった、私は隣の洗面場に移動する」
「おお? 思ったよりも素直…… というかなんだあの人、ほんとつかみどころねえな、え? 私今後あの人をパートナーに経営してかにゃならんの? マジ?」
なにやらルミねえたちの方も盛り上がってるみたいだけど、しばらくして弓さんがハイライトが消えた瞳で作業に参加してくれた。何があったの?
「いやー、今までこうやって大勢で服作ったことなかったけど、思ったよりずっと楽しいもんですなー」
「私も朝陽と一緒にデザインの勉強はしてきましたが、製作はまだしていなかったので、いい経験になりました」
「春心さんと同感です、一人で製作するのと、こんなに違うものなのですね。一体感…… というのでしょうか、そんなものを感じました」
これまで僕もお嬢様も、自分の目的のために、自分だけで服を作ってきた。けれど、今日の作業は一つの目的のためにみんなが一丸となって行ったもの。
この(失礼ながら)狭い部屋で、雑多に散らばった小物に、時には転びそうになりながらも過ごした時間は、これまでの人生の中で、一番「楽しい」と思いながら服を縫えた時間かも知れない。いや、きっとそうだ。
ああ、幼い日に思い描いた光景がよぎる。お父様の温かい腕に抱かれながら、お話してもらった“小倉朝日”の物語。それは人生経験のなかった僕には朧気な夢でしかなかったけれど。
きっとお父様も、今の僕のように「楽しい」と思いながら、若き日のお母様のデザインした服を縫っていたんだ。ユルシュールさんやメリルさん、りそな叔母様やそのご友人のリリアーヌ様、多くの方々とも一緒に。
「春心さん、弓さん」
「ん、なんですかメイドさん」
「どしました。あ、疲れました? でも横になれるスペースないうさぎ小屋でほんとすません」
「いえ、今日は本当に良い経験をさせてもらいました」
「き、急にどうしたんですかメイドさん」
「私は今まで誰かと一緒に作業するということが少なかった人間です。お嬢様といっしょにデザインの勉強をするのもとても楽しいですが、春心さんと弓さんといっしょにこうして作業が出来て、お仕事だというのにとても楽しかった」
「私も朝陽と同じ気持ちです。今日はとても良い経験というだけではなく、楽しい時間を過ごさせてもらえました」
「ですから、お二人とはこれからも一緒に作業をさせてもらいたいと思います」
「まだまだ私たちとハルコさんたちは友人になって日も浅いですが、もっともっとお互いを知って、喜びと楽しさを、深く分かり合う関係になりたいです」
僕たち主従の気持ちは一つだった。これからもこうして、こんな雰囲気のもとで衣装を作っていけたらと、そう思う。
お嬢様のための衣装を作る時は、とても穏やかな気持ちになれる。でも今日感じられた気持ちは、それとはまた違ったもの。
衣装を作ることを純粋に楽しいと感じた。そんな時間をくれたことに、素直に感謝したい。
これからも、お嬢様の隣で、そして彼女たちと一緒に衣装を作っていけたらと、そんな未来を夢見られた。この僕が、明るい未来を想像することが出来た。
だからありがとう春心さん、弓さん。
「なぁパル子、もう私なんて言ったらいいかわかんねぇよ。こんなまっすぐな気持ちぶつけられて、なんて返せばいいんだよ」
「素直になれよ。ここで逃げたら女がすたるぜ」
「よし! 正式採用! 二人の気持ちと腕前はよーく分かりました、どうぞこれからよろしくお願いします!」
「します!」
こうして『新生ぱるぱるしるばー』は(仮)が取れ、正式な稼働を始めた。
「あ、終わった? ご苦労様」
僕たちが割と情熱的なやり取りをしていると、ルミねえがいつものポーカーフェイスでやってきた。
「大蔵さんの顔見てたら、熱血状態の気持ちもクールダウンしますね。熱中症に良さそう」
「あれ、もしかして私冷血人間だと思われてる? これでも平均体温高いほうだよ36.7℃」
「いや体温の問題じゃ、ってほんと高けえな! 私低いほうだからそれ風邪一歩手前の体温だよ!」
「人体の個体差って不思議だよね」
やはり弓さんルミねえは、朔莉さんとは違った感じだけど相性が良いようだ。
朔莉さんの場合は、同じペースでちょっと怖くなるような会話を、表情をほとんど変えずに続けるけど、弓さんの場合は打てば響くというか、そんな凹凸が嵌る感じの関係に見える。
「さて、どうやら社長とデザイナーのお二人のお眼鏡に叶ったと見ていいのかな」
「はい、私もパル子も異論ないっす」
「いやーギャラッハさんもメイドさんも、お仕事丁寧でほんと助かります」
「そう、それ。今銀条さんは『助かります』って言ってたけど、こっちも100%の善意で手伝ってるわけじゃないんだ。まあ、そこの2人は割とそうだと思うけど。私は善意7割打算3割」
「思ったより善意多かったなこの人」
「んだな、なんつーか大蔵さんビジネスウーマン感バリバリだから、もっとシビアな関係で行こうと言われるかと思った」
「騙して悪いが…… 的な?」
「そうそ、お前は知りすぎたのだ……的な?」
「誤解されがちな不幸な私。そんなに面の皮厚そうに見える? 私の
「親子揃って面の皮厚いじゃないですか」
「いやー大蔵さん美人で身長も高いから、どうしても近寄りがたいオーラがあるというか、綺麗すぎる人は冷たく見えちゃうというか」
「この子だって綺麗でしょ。むしろこの中で一番美人なのはこの子だと確信してるよ」
「え? 私ですか?」
「うーん、メイドさんは綺麗なのは確かなんだけど、同時になんかこう別の、可愛げというか、そういう感じが強いというか」
「これはあれだよ、溢れんばかりの薄幸の美少女オーラだぜきゅうたろう。あたしらじゃ一生かかっても会得できない代物だよ」
「いや薄幸とか失礼だろお前。否定せんけど」
「それは私も否定できない」
「ルミネお嬢様には否定して頂きたかったです」
「あれあれ? さっきからアイルランドが誇る宝石のことが触れられてないよ?」
「ちょっと前から思ってたけど、もしかしてギャラッハさんて結構面白い人?」
「お嬢様は楽しいことが好きな方です。音楽動画で好きなジャンルの音が気を聴いているときは、思わず首を激しく動かすアクティブさも持っていますよ」
「うわ、お嬢様でもヘドバンとかすんだ」
「でも流石にエアギター構えてシャウトとかはせんべ」
「ウフフフフ」
「あれ? もしかしてやったことある感じかこれ」
「おセレブ様でもはっちゃけるときははっちゃけるんだな、意外と身近だ」
「多分この中で一番根っこの部分から『お嬢様』なの、この子だよ」
「メイドさんが一番お嬢様って、やっぱしセレブ様の世界は謎だ」
「この子が特別なだけです。こんなに可愛い子は他にいません、そしてそんな子が私の従者なのウフフ」
「今度は惚気が始まった!」
「よっしゃきゅうたろう、こっちも負けてらんねーぜ! お前も私のことなんか褒めろ!」
「え? お前の? うーん、顔は、まあ普通? 身体は胴長短足なのに胸だけアホみてえにでかいから、モデル映えしないって雑誌の取材の時、撮影の人によくいわれるんだよなぁ」
「なんだ照れてるのかよぅ、いいんだぜ? 相棒のことちゃんと褒めても」
「うーん、納期はいつもぎりぎりだし、この前私の杏仁豆腐食いやがったし」
「プリンじゃなくて杏仁豆腐なんだ、変化球だね」
「おいしいですよね、杏仁豆腐。でもコーヒーゼリーはもっと美味しいです」
「食べたいのですねお嬢様、では帰りにいつものお店に寄りましょう」
「なぁ、お前の褒めるべき点ってなんだ?」
「すません、銀条、修行の旅に出ます……」
話題が尽きない僕らだった。
「なんかどんどん脱線していったけど、放っておいたらいつまでも続きそうだから雑談はここまでにしよう」
ルミねえがパンパンと手を叩き、一旦場を収めさせた。そして、表情を真剣な物に変え、静かだが厳格な意思を漂わせて語りだす。
「晴れて構成員が増えた『ぱるぱるしるばー』について、しっかりと自己紹介をしたほうが良いと思う。役割分担の意味合いもあるけれど、それぞれの抱えた事情なんかも含めてね」
ルミねえのその言葉に、弓さんは春心さんの方を見たが、その春心さんは笑顔で頷いただけだった。彼女たちの方の決心も、もう出来ているようだ。もちろん、僕のほうも出来ている。
「というわけで、言いだしっぺの私から。大蔵ルミネ、姓の通りに資産だけは無駄に持ってるおかしな一族の人間です。担当は主に経理、仕入れ関係の金銭に関わる裏方担当を務めさせて欲しいです。その理由は、私の名字を前面に出すと、面倒が増えそうだから」
たしかに『大蔵』の名前を持ち出せば、いろいろと便利になることもあるだろうけど、それと同じくらいに不便も起こるのかもしれない。
「具体的に言えば、『大蔵』に取り入ろうとするだけが目的の人たちが群がる可能性が高い。服飾のことなんか興味ない人たちに来られても迷惑でしょ?」
僕たちは皆無言で頷いた。もともとからして『ぱるぱるしるばー』は、春心さんの『ワクワクしながら楽しんで着る服』を作りたいという一念で始まったブランド。そこに大蔵という巨大な利権に関わろうとする目的の人たちは、関わって欲しくない。
「というわけで、私は徹底して裏方に回ります。モットーは経費削減。黒字経営を目指して頑張りましょう。最後に、私がここに加わりたいと思った理由は、朝陽さん紹介の時に一緒に話すね」
ルミねえの自己紹介は終わった。たしかに、ルミねえは基本的に僕を第一に考えて行動してくれている。けれど彼女はそれを献身というものでは終わらせず。自分の成長にも繋げていくのが凄まじいと思う。この人は、一つの事柄を一つのためにはしない。僕のためであり、自分のためにも行うのだ。
今なら分かります。きっとその姿勢は、衣遠伯父様の背中を見て学ばれたものなのですね。
「では、次は私でよいでしょうか」
次に立ち上がったのはお嬢様。やはり畏まった時の彼女は、高貴な人の立ち振る舞いそのもの。立派です。
「アイルランドからの留学生、エスト・ギャラッハ・アーノッツです。担当は型紙と縫製になりますが、デザインにも参加したいと思っています。実はパンクファッションを好んでいるので、それはショップの雰囲気に合いながらも、ハルコさんのデザインとも差別化できると思うで、今回の件が終わったら検討して欲しいです」
「分かりました。映画の衣装が終わったら、ギャラッハさんのデザインも見せてください」
「エゲレスのパンクかー、割と本場のやつだなー。てかどんどんギャラッハさんの意外な一面が出てくるなー」
「でも私は嫌いじゃない。やんちゃな面もあるけど、根っこのところはやっぱり品があるしね」
「ルミネさんに褒められちゃったウフフ。ただ、私はいつかは自分でデザイナーになる目的もありますので、学院の年末のショーの衣装製作などの予定とかぶった場合は、そちらを優先させて欲しいのですが、良いでしょうか」
お嬢様の目的というか、将来に関わることを聞くのは珍しい。でも、あのダンスの時以来、少しずつ話してくれるようになった。欧州に帰ってデザイナーになるつもりだから、貴女も付いてきてね、と言われたのはつい先日。もちろん笑顔で了承した。僕は、もうそう決めている。
「それは構わないです。そこまで束縛はできないし、将来の夢よりもこっちを優先しろなんて言えませんよ」
「ありがとう、キュウさん」
「とはいえ、やる気が出ない、とかく気分が乗らない、とかの理由で製作が遅れているときは、一匹の鬼となって無理やり仕事させますから、そのつもりで。なんかギャラッハさんにはパル子と同じ雰囲気がうっすらとする」
「おぉい、人を怠けの権化みたいに言うなよぅ、めーよきそんだめーよきそん」
「3回連続で納期ギリギリどころか、手遅れ半歩手前をしている奴がなんだって?」
「すません、どうしようもない女ですません」
弓さんは笑顔でいるけど、春心さんはその笑顔の前に萎縮している。こういう時は、むしろ笑顔の方が深い怒りを感じるから不思議だ。
「まあ、エストさんが怠けようとした場合は、この子がいるから大丈夫だよ。というか、エストさんの作業が遅れた場合は、従者の朝陽さんが一丸さんに謝罪することになるだろうね。それはそれは申し訳なさそうに」
「綿密に計画を立てて、絶対にスケジュールと納期を守るようにします」
お嬢様は真顔で即答してくれた。愛されてるなぁ僕。でもそこまで過保護じゃなくてもいいんですよ? 主人のスケジュール管理も従者の務めです。
あ、でも僕の存在がスケジュールを守る要因になってるのなら、務めを果たしてることになるのかな? あれ? どうなんだろ。
「おお、本気の目だ…… メイドさん効果すげぇ。そして人の弱点を把握してる大蔵さんも怖ぇ」
「なあきゅうたろう、ああいう手もあるんだぜ、あえて甘やかして、罪悪感に訴えるという。叱るだけが教育じゃないってのが、今明らかになったろ?」
「お前は甘やかした瞬間、マジで甘えるからダメ」
「信用ねぇ、でも実際そうだから仕方ねぇ、どうしようもねぇ」
「私の紹介については、以上になります。大蔵さんのような一族に関わる事柄は特にないので、そこは気軽に使ってください」
お嬢様の紹介が終わったあとで、次に立ち上がったのは弓さん。やはり僕や春心さんは後になるか。
「じゃあ次に私が。一応この『ぱるぱるしるばー』のリーダー役を務めさせて頂く、一丸弓です。主な担当は営業と製作管理。今までは生地の仕入れと経理もやっていたけど、今後はそれを大蔵さんに任せて、対外的な方に集中していきます」
純粋に経営者としての手腕で言えば、ルミねえの方が高いのかもしれない。でも、このブランドは弓さんと春心さんが初めたもので、既にその『色』は出来上がっている。ならばトップは彼女以外に適任はいない。
「実を言うと、最初は戸惑いました、この店を大きくすることに。パル子が楽しく服を作れて、それが売れたら、それでいいんじゃないかって」
たしかに、春心さんの性格ならば、自分のデザイナーとしての評判を高めようとか、存在を広めようとか、そうした方向には動かないだろう。
「でも、評判になれば注文は増えるし、色々なところからも声はかかってくる。そんでその中にはあたしらを利用しようという人もいるかも知れないし、商売である以上そういうことは少なからず避けられないと思う。実際、大蔵さんにそう言われた」
大蔵ルミネは、その姓が示すとおりに大蔵という巨大企業グループの一族の人で、それに相応しい教育を受けている。だからこそ、商業というのが綺麗事ばかりではなく、中には相手を出し抜き利用することを是とする人間もいることを知っているのだろう。まさに生き馬の目を抜くがごとく。
「だから、今回大蔵さんの勧めに乗った。私の目的は、パル子が今みたいに服を作れる環境を守っていくこと。もし私らを利用するような人が現れても、それに負けない強い店にする。パル子はそういうの苦手だろうけど、それに備えておくことも大事だから、私はやっておきたい」
「すまんなぁきゅうたろう、でもありがとなぁ」
「何言ってんだい今更だろ」
弓さんと春心さんの関係は本当に素晴らしいものだ。弓さんが一方的に春心さんを守る関係に見えるけどそうじゃない。春心さんを守ることが、他の何よりも弓さんを成長させている、まさに二人三脚の関係だ。
以前の僕なら羨ましいと思ったかもしれない。でも、僕にも二人三脚の関係でいる人が居る。だからもうそう思わない。
「なんだ、貴女たちもしっかり惚気けてるじゃない」
「そうですね、お二人の信頼関係は、見ている方が熱くなります」
「おいどうするよ、あんなこと言われてるぜ、いっそ結婚するかい」
「お前に彼氏が出来なかったら、もらってやるよ」
「だはは、今は仕事が彼氏だなぁ」
「じゃあもっと彼氏を大事にしてやれよ、つまりはスケジュール守れよ」
「今は冷却期間なもので」
本当に会話が弾むなぁ、この顔ぶれ。
さて、いよいよ残りは僕と春心さん、つまりは抱えている事情が大きい2人。
「んじゃま、次はあてくしですな。不肖銀条、メインデザイナーを務めさせて頂きます」
このブランドの名前のとおり『ぱるぱるしるばー』は彼女のデザインが全ての根幹。買い手は彼女のデザインに惚れて、それを買いに来ているのだから。
「そんで、まあ面倒な女でありまして、ちょっと体質的に問題を抱えております。皆さんにはきちんとお話しますが、まず自分、一人で眠ることができなくて」
そして、彼女は人には話しづらいことを、隠さずに話してくれた。
幼い頃に事故で内臓を損傷したこと、その後遺症は未だに続いていること。精神的なストレスを引き金に、弱った内臓の故障が再発すること。
そのため、彼女は極力ストレスを避けて生きていかなければないないこと。
「とまあ、そんなわけでございまして、なにかとご迷惑をお掛けするとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
ここで、そんな彼女に服の製作をさせて良いのか、とか家族は心配しないのか、という疑問は起こらなかった。
当然だ、ルミねえもお嬢様も、僕の病気を知っている。そして僕がこうしてここにいる以上、彼女の家庭や周囲環境もまたそうしたことは折込済みであり、今更言うことは何もないことも分かっているからだ。
ただ、少し思う事がある。ここにもまた『平等』はあったのだな、と。
不謹慎な話だけれど、春心さんは生まれは健康な人だった。そして事故という後天的な出来事によって不自由な体となった。先天的に不自由な僕とは事情は違えど、結果は変わらない。
そう、結果は変わらない。僕も春心さんも、不自由な身体を抱えている。
僕は生まれついてそうだったけど、誰にも『そうなる』可能性はあるんだ。そう思うと、また一つ『
どうして僕だけが、そんなことを思う必要なんてない。僕だけじゃない、時に悲しくなるほど平等に、誰だって身体が壊れる時がやってくる。遅いか早いか、ただそれだけ。
こうして、外の世界に出てきて、良かった。
では、僕の番だ、ここは間髪入れずに言ったほうが良いだろう。
「そんな申し訳ないお顔をしないでください春心さん、貴女よりも私のほうがずっと面倒くさいですから」
そうだ、彼女は少なくとも人と同じように動くことは出来る。同じように食事できる。太陽の外にも平気で出れる。
「エストお嬢様に仕える従者、小倉朝陽です。担当は縫製と型紙をさせていただきたいと思います」
「メイドさんは、デザインはしなくていいんですか?」
「はい。私は今後、ケルト民族衣装よりのデザインをしていきたいと思っています。それはこのブランドの色には合わないでしょうから、ここでは製作の腕前を鍛えさせていただきたいと思っています」
これは本当だ。そして、『Diana』のデザインもこの店の色には合わない。お嬢様のファッションパンクなデザインとは異なり、『Diana』のそれは、よく言ってワイルド、飾らずに言えば退廃的でダークなものだ、ポップでドリーミーな春心さんのデザインと、対極にある。
甘い洋菓子の店に、激辛中華のメニューを載せるようなものだ。
それに、多分、もう僕には以前のような『Diana』のデザインは描けそうにない。『
「そして、私は見た目通りに体が弱いです。まず肌が弱く、陽の光の下には行けません。行動の制限は多いです」
これはひと目で分かる僕の肉体的特徴。これは春心さんも弓さんも知っている既存の事実。
「さらに、肺を病んでおります。強い発作が起きれば長期の入院も考えられますので、そうした場合は皆様に大変迷惑をかけることになるでしょう」
僕が何らかの持病を抱えていることは察していただろう2人も、流石に驚きの表情になっている。
でも、それは大丈夫か、とは言わない。重度は違えど、そこはやはりお互い様だから。なので、ここはきちんと自分から言おう。
「私の病は、正直に申しますと命に関わるものです。生まれた時から抱えているものですから、自分の体調に関しては概ね把握しておりますので、無茶は致しません、いえ、出来ない身です。極力皆様のご迷惑にならないようにしますが、それでも助けて頂くことも多くなると思います。こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします」
春心さんも弓さんも、神妙な面持ちで僕の言葉を聞いてくれていた。その上で、僕の参加を反対しようという意見が出ることもなかった。
ああ、嬉しい。こんな僕を受け入れてくれた。
病の身であることを知った上で認めてもらえることの、なんて嬉しいことだろう。お嬢様に知った上で受け入れてもらえた、あの日の病院の時と同じくらいの感動を、今覚えている。
「この子の存在が、私がこのブランドに入ろうと思った一番の理由だよ。一丸さん、貴女にとっての銀条さんが、私にとってのこの子なの。だから共感を覚えて、損得感情なしで付き合いたいと思った。ここを、この子が生きられる場所にしてあげたいし、それに協力して欲しい。そのために私もまた貴女たちのために全力を尽くす」
ルミねえが、まだ言っていなかった彼女の心の根っこの部分を語ってくれた。
そして、しばらく沈黙がその場を支配したが、しばらくして弓さんが決意を秘めた表情で春心さんに話しかけた。
「なあパル子、今からどっか出前頼めるとか分かるか」
「おお? ああーっと、この時間で頼めるとこ、どっかあったかな」
「なら近くに大蔵家行きつけのとんかつ屋があるよ、そこなら遅くまで出前頼める」
もしかして、そこの常連は衣遠伯父様だったりする? ルミねえ。
あとそういえば、入学の挨拶の時にラフォーレ学院長も話してたような。
「なんかどんどん庶民的になりますね大蔵家。 よし! じゃあそこに注文だ! 5人分! それで今日からこの5人は同じ釜のメシを食う仲間になろう」
「我ら生まれる時は違えど、死ぬときは、という奴ですか」
中華の故事をよく知ってますねお嬢様。
「おなじ『と』から始まっても、随分脂っこい誓いなるね。でも気に入った」
「よし、じゃあ『新生ぱるぱるしるばー』の誕生を祝い、とんかつの誓いといきますぞー」
その後、到着した出前のとんかつを、狭い6畳で掲げながら、僕らはこれからの自分たちへの景気づけを行った。ちなみに僕は重たいとんかつは食べれないので、ご飯とお味噌汁だけ頂き、とんかつはお嬢様に食べてもらった。
さあ、これからワクワクする日々が始まる。
そんな高揚感に浸っていると、トンカツを食べ終えたルミねえが、今後僕らがすべき最初のことを提案した。
「それじゃ、新たに生まれ変わったこのブランドが、すべきことは一つだね」
「それはなんですか、ルミネさん」
「作業場所を変えよう、ここ、狭すぎる」
「だから最初に言ったでしょうがー!」
それは、狭い部屋の小さな夢の欠片
荘厳にして華やかなりしブロードウェイの絢爛さはなくとも
負けることなんてありはしない、乙女の笑顔はそこにある
その次の日の桜小路家
「うーん」
「どうした夫、キッチンで唸ったりして」
「いや、油分が少なく、軽く食べられるとんかつは、どうしたら作れるかなと思って」
「おいおい、なんだそのカロリー少なめのケーキが欲しい、みたいな無理難題は。かぐや姫か」
「しっかりと肉を叩いて……脂身と赤身の間にある筋を切って…… 揚げる時の油は少なくして……」
「それくらいなら、きちんとした店でならどこもやっているだろう。それでも、食欲がない時のあの子に、揚げ物は無理だと思うぞ」
「やっぱり無理かなぁ。というかルナ、よく僕が才華でも食べられるとんかつを考案中だって分かったね」
「分からんはずないだろ…… あの子は肉料理自体が苦手で、君はいつもレシピを考えていたからな」
「一番食べてくれたのが、大豆ハンバーグというのは、果たして成功かな、失敗かな」
「栄養素で考えれば成功だと思うぞ。肉料理というカテゴリーに人格があれば抗議しているだろうが」
「それ以外では、ロールキャベツが好きだったね。とくにスープが」
「そして本体は食べない」
「栄養素はスープに染み込んでいるから大丈夫」
「これもロールキャベツに人格があれば、暴動を起こしていることだろう」
「そもそものあの子の好物が、梅おかゆだし」
「うむ、我が祖国の誇る日本食は胃に優しいことで有名だ。あ、そういえばあの子、甘酒とかホットワイン、ホットレモネードなんかは好きだぞ。私が疲れた時に八千代に作ってもらった時に、よく一緒に飲んでいた」
「え、なんでその場に呼んでくれなかったの?」
「いつもは君がべったりだったんだから、たまには母子水入らずな時間もいいだろ」
「でも、八千代さんも一緒だったんだよね、ぐぬぬ」
「おお、懐かしい言葉が聞けたな、まるで若い頃のりそなだ、やはり兄妹か。というか、相変わらず八千代へだけは嫉妬するんだな君」
「でもそうか、才華はホットアルコール類が好きだったんだ、よし」
「君が知らずに私だけが知ってるあの子の一面が、とうとう知られてしまったか。でも、あまり度数の高いものはやめておけよ」
「もちろん、分かってるよ。今度は家族4人で飲もうね」
「八千代も忘れず呼んでやれ」
「うん…… いや、じゃあ九千代も交えて6人だね」
「本当に変なところで八千代に対抗するな、君は……」