月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~ 作:トライアヌス円柱
彼女こそ、今まで才華の周囲にいなかった、人生の在り方に道を示すラストピース
実家で庇護され、守られるだけではあり得なかったその出逢い
アトレのために、辛い太陽の照る外へと出る決断をした才華が掴んだ希望の糸
29話 裏タイトル 【パル子に病弱な姉ってイメージないよね】
どうぞう様、誤字報告ありがとうございました!
「4着目の仕上げ終わりました!」
「マジすか! じゃあギャラッハさんはこっちのブラウスに取り掛かってください」
「きゅうたろ、ここのアイロン頼む、できるだけ立体崩さずにな」
「そこは私が引き受けます。アイロンで生地の立体を作るのは得意ですので」
「任せたメイドさん。つかここのアイロンだから出来るけど、前のボロアイロンだったらそもそも私にはできねーし」
「追加の生地持ってきたよ、色糸と毛糸もね。20%OFFまでしか値切れなかったけど」
「むしろ毎回よく値切れますねルミネさん」
「お
「いや大蔵さんが入ってくれてほんと良かった、いつも最後のほうだと私もパル子もいっぱいいっぱいだから、どうしてもドンブリ勘定になっちゃってたし」
「言ったでしょ? 目指すは利益向上、黒字経営」
今日も今日とて『ぱるぱるしるばー』は鉄火場。特に製作担当の僕、お嬢様、春心さんはてんてこ舞いだし、製作と営業を反復横跳びしている弓さんはもっと大変。
そんな中、ひとり冷静に買付けや梱包、そして帳簿付けをしているルミねえは、疲労で頭が動かない他のメンバーの非効率性を指摘して改善させ、作業を円滑にしてくれている。
やはり、以前の2人という少人数では、ひとりひとりの負担が大きかったため、細かい所までは手が届いていなかったらしい。
ルミねえはそれを見越して自分は一切作業に加わらないと言っていたのだろうか、流石は大蔵家の次代を担う人だ。改めて姉代わりのこの人を尊敬。
現在、最初の2着の評価は上々だったため、正式に20着の依頼を受けたので残りの18着を製作中。6月末までに残り18着、映画に使う衣装なので、画面映えするデザインでありながらも奇抜すぎないよう抑えた服を縫うのは、なかなかに大変だ。
そして作業場は65階の僕たちのフロアに移している。さらにルミねえが春心さんたち用の道具も買い揃えたことにより、お嬢様のアトリエは、『ぱるぱるしるばー』の工房に早変わりを遂げた。
「しっかしミシン一つでもこんなに違うんだなぁ、自分が使ってたミシンとは雲泥っすな」
「むしろ経費はそういうところに使った方がいい。初期投資は大事」
「慣れた方が使いやすいと思ってたけど、すげーよこれ、生地の角度でミシンの速度変わるもん」
「あらゆる技術は日進月歩ですね。いずれは縫製もすべて機械任せになる日もくるかもれません」
「メイドさん何気に怖いこと言うなー、じゃあもしかしたら私らデザイナーもAIに仕事取られる日がくるんか」
「そのときは全ての機械を壊しましょう」
「エストさんの思考が割と過激。これが反骨心溢れるアイルランド人の本性なのかな。くたばれイギリス、レッツラッダイト」
「あの国ほど鬼畜外道な行いを世界中でやった国はありませんよウフフ」
「おいあの空間なんかこえーぞ」
「冗談なのかそうではないのか、私らでは判別つかん」
「あれはジョークですから大丈夫ですよ。本当に怒った時は既に手が出てるのがアイルランド人です」
「よし、ギャラッハさんを怒らすのは避けよう。怒らせちまった時は逃げよう」
「でえじょうぶだきゅうたろう。メイドさんを捧げればギャラッハ大明神はきっとお鎮まりになるさ」
「いえあの、お嬢様は荒御魂でもなければ、私もその巫女でもありません」
こんな雑談をしながらも、しっかりと手を動かしている。弓さんの技術も一般科の生徒の標準くらいの腕前はある、少なくとも特別科の生徒よりは遥かに上だ。
でも、僕たち3人の手は同年代の人たちに比べてもずっと早いので、このペースでいけば締切は十分に間に合うだろう。
「朝陽さん、自分で作っているコンクール衣装の方は大丈夫なの?」
「はい。もともと自分で作りたかったから作っているもので、〆切などはないので自由なペースで作れますので」
「でも、お仕事が終わって休憩したあとは、絶対に一度は針を入れてるよ。朝陽が私のために縫ってくれる服、その作業の時の朝陽の表情。あれがここ最近の私の一番の元気の素。それを見れるのは私だけの特権ウフフ」
「明日辺りアイルランド滅びないかな」
「大蔵さん!?」
「メイドさんは見た目も性格もホントTHE・王道美少女って感じですよねー。銀条、今時こんな人、漫画の中にもいないと思っとりましたよはい」
「実は私も、もしかしてこの子は妖精なんじゃないかって思ってました。アイルランドの伝承の妖精は、綺麗な子供の姿をするのもいるから」
「チェンジリング的な?」
「それもありますね」
「なあ、きゅうたろう、ちゃんじりんぐ、ってなんだ? 火の輪くぐりの限界を試すみたいなやつか」
「知らん、つか“ちぇんじりんぐ”な、お前の想像上のそれは多分“チャレンジリング”だ」
「チェンジリングというのは、ケルト神話の逸話の一つで、妖精の取り替え子のことです。妖精と人間の赤子が悪戯によって取り替えられる話は、アイルランド、イングランド、スコットランドなどのケルト神話圏だけでなく、北欧圏の伝承でも類似のものが見られますね。それと私はちゃんと人間です」
「自分でも知らないだけかもしれないよウフフ。その中でも朝陽はフェアリーの取り替え子ね、トロールじゃないよ」
「朝陽さん、暖炉の火には気をつけてね」
「暖炉の火がどうかしたんすか?」
「アイルランドの取り替え子は、暖炉の火に当たれば煙になって消えていくという伝承があるのです。しかしルミネお嬢様はよくご存知でしたね。それと私はちゃんとした人間です」
「別の伝承では直接火炙りにするパターンもあるよ。でもこの伝承はどうも異端裁判の頃から加わった感じらしいの」
「うへー、魔女狩りってやつですかー、欧州こええなー」
「人間の根本的な醜さや恐ろしさなんて、全世界共通だよ。ただ過激か陰湿かの違い程度。日本は後者だね」
「大蔵さんがなんか悟った目をしてる」
「おお、この若さでどんな地獄を見たというのじゃ…」
「別に、修行と称して真冬で庭の草むしりさせられたくらいかな」
「割とガチで地獄だなそれ!」
「金持ちの教育こえー!」
「え? それルミネお嬢様もされたのですか?」
「え? 朝陽、ルミネさん“も”ってなに? 他にも誰かがそんな苦行やったの? というか凄いですね大蔵家」
「あ、このショップ4日後の15:00からポイント10倍セールやってる。ここだな」
「そしてマイペースだ。私らが思っていたとは全く意味は違うけど、たしかにすげえぜ大蔵家」
いつものように雑談をしながらも作業を続けていたら、早くも夕方をすぎ、夜と呼ばれる時間帯になっていた。
「よし、夕飯どうすっかな」
「私がお作りしても良いのですが……」
「私としても朝陽のご飯は美味しいから好きなのだけど、流石に毎日5人分は大変だよね」
「6人分の間違いじゃない? いやこの子は0.5人前だから5.5人分か」
「ほんとそのモデルみてな身体のどこに入ってくんだ」
「お前の場合は胸だろ、って言えるけど、ギャラッハさんはお前のラクダのコブとは違って、スタイルいいからなぁ、神は不公平だ」
「実はヒトコブなんだぜ、これ」
「フタコブじゃない、だと……?」
「春心さんの胸はたしかにバランスが悪く、シルエットがつくりづらい上に、とても肩が凝りそうで縫製作業の邪魔にしかならないものだと思いますが、それでも大事な個性だと思いますよ」
「このメイドのお姫さん、時々抉るような言葉を吐くんだよな…… しかも悪意なく」
「いやあモデルみたいだなんてそんな、私なんて全然身長足りてませんから」
「え? 完全に答えるタイミング逸したのに、何事もなかったようにその話題ぶり返すの? でもその言葉を裏返せば、身長足りたらモデルになれるという自信が垣間見えるね。でも残念、モデルになるには表情が豊かすぎるよエストさんは」
「まあ、この中で一番モデルが似合いそうなのは大蔵さんっすね」
「学院で人気投票とかしたらどっちが勝つべ」
「その場合はこの子が一位ですね」
「まあ人の好みはそれぞれだし、そういう投票は好きじゃないかな、それでも一位はこの子だろうけど」
「2人のメイドさんの好きっぷりが天元突破してる」
「かわいいは正義ってやつだ、ウチらとは無縁の言葉だ」
「あの、夕食のお話だったのでは……」
放っておけば無限に脱線できるのが、この面子の凄いところだと思う。
「あ、そうだった。どうしよっかルミネさん、たまには一階のレストラン使う?」
「そうだね。私たち2人は60階以上の住人だから無料で使える。そしてテイクアウトもできるから、一丸さんたちの2人分も持って帰れる」
「やっぱ発想が金持ちじゃないんだよこの人」
「でも高級マンションのレストランの料理とか食いたいなー。あ、でもメイドさんの分は」
「実は食欲がないので、夕食はゼリーだけにしようかと思っていました」
ルミねえとお嬢様は僕の体調が優れないことを分かっての提案だったと思う。以前はこうした気遣いも申し訳なく思っていたけれど、今はもうただ純粋な感謝の気持ちだけで受け取れるようになった。
「そうなんすか。じゃあウチらはのんびり待ってますね」
「ぐたーと休憩してるんで、ごゆっくり~」
「エストさんは食べるの早いから、戻ってくる時間は私次第かな」
「いえ私は2倍食べるので、一緒の時間になりますよウフフ」
「さっきの言葉、まだ覚えてたんだ。でも事実でしょ?」
「はい」
「素直に肯定した!」
「だが嫌いじゃない開き直りだぜぃ」
「お二人共、いってらっしゃませ」
エピソード:春心
お嬢様とルミねえを見送った後、残った僕たち3人はそれぞれの好みの体勢で寛いでいた。
弓さんはソファに寝転がりながら携帯端末を眺めはじめ、春心さんはルミねえが見ていたパソコンでなにやら動画を見始めている。
僕はいつもならこういう空いた時間は自分の衣装を縫うのだけど、今日は流石に疲れているので、僕用にお嬢様が買ってくれた座椅子に座って身体を休める。完全に横になるより、斜めの状態くらいが一番楽だ。
しばらくそうしていると、春心さんが僕の隣に来て話しかけてきた。
「メイドさん、体調、大丈夫ですか」
「ああ、春心さん、大丈夫ですよ」
春心さんも、身体に爆弾を抱えている。こうして作業の合間の時間になると、彼女は僕に話しかけてくることが多い。
やはり、彼女にとっても僕は『同類』なのだろう。自分の体が不自由なこと、その重たい事情故にあまり他人と深く交われないことなどの『共感』の念をよく彼女から感じる。
その上で、僕の事情は彼女よりももっと面倒くさい。「入学式の日に血を吐いて倒れました」と話した時は、さすがの春心さんも弓さんも目を剥いていた。
とはいえ、春心さんの症状もやっかいなものだ。なにせ傍目には分からない、だから中々理解されない。けれど僕の方は一目瞭然で『病弱』というの分かるらしい(ルミねえ談)、だから理解はされやすい。
それでも、根源的な生命としての力は、春心さんの方がずっと上だ。一番の違いは、彼女は精神に害がない場所でなら生きることに苦はないが、同じ条件では僕は生きられないということ。
最新の医療設備とそれを維持する環境が無いと、存続しえない命なのだ、桜小路才華という人間は。
春心さんにとっては、僕というのは新鮮な相手かも知れない。なにしろ、自分以上に手のかかる弱い存在なのだから。
持ち前の彼女の人懐っこさと、そうした心情の重なりで、彼女は僕に積極的に接してくれている。
「大蔵さんやギャラッハさんがいるから、あてくしごときが出る幕はないと思いますが、なんかあったら言ってくださいね」
「はい、少々疲れただけです。これくらいは大したことはありません」
実際、この疲れは心地いいものだ。僕が経験したことがある疲れというのは、病の発作で体力が奪われた結果、体が動かせないというものばかりだったので、こういう疲れは新鮮で、そして心が軽くなる。
常にある倦怠感とは違った気だるさ。疲労が心地よいと感じられたのは、本当に驚きだった。
「そすか、そんならよかったです」
「お気遣いありがとうございます。春心さんの方もお疲れではないですか?」
「いや~、私はメンタルくそ雑魚なだけで、体力自体はあるんすよ。かけっこも幅跳びなんかも全然平気で、まあ体育の成績は『3』でしたけど」
「それについてはソイツがどんくさい&胸がでかいからってだけですよ。走ったらもうばるんばるん、私に分けろ」
弓さんもソファに横になったまま会話に参加してくる。でもたしかに、彼女の胸だと運動する際はよほどきっちりしたサポーターを付けていないと、胸が暴れて大変だろう。
「でも弓さんは今のスタイルが良いですので、これ以上の脂肪は付けない方が良いかと」
「お、おう、どうもっす」
「ふ、オトコの目を奪う魅惑のカップは、この超絶美少女にかかればただの脂肪なのさ」
「あ、ごめんなさい、そんなつもりは」
「いやわかってますよ~ でも事実は時に人の心を刺します、ぐすん」
「でもま、私が男だったらメイドさんじゃなくてお前を選ぶよ」
「ほら、弓さんもこう言っています」
「きゅたろう~~ 持つべきものは親友だ~~」
「だってメイドさんの隣に立ったら、絶対釣り合わねえって目で見られるもん。その点お前ならお手頃価格だし」
「あれ、もしかして自分百均の品物扱いされたんか」
「スーパーの特売品くらいの価値はあるから、自信持てよ」
「タイムセールじゃないのは果たして優しさか。まあウチのパパンとママンの間に生まれたのが、高級品なはずもねえな、弟たちも頭は良いけど見た目は似たり寄ったりだし」
そうか、春心さんには弟さんがいるのか。それは少し気になる。よし、思い切って聞いてみよう。
「春心さんは、弟さんがいらっしゃるのですか」
以前も似たようなやり取りがあったときに、家族のことを少し話してもらったけど、そのときは主に両親についてで、兄弟に関しては触れていなかった。
「あはい、います、2人。そういえばメイドさんの家族のことって聞いてませんでしたね、聞いちゃってもいいですか」
以前お嬢様にも聞かれた家族構成。あの時は両親を逆転させて理想の夫婦を誕生させてしまったけど、今回はどうしようか。
うん、もう特に隠し事をするつもりはないし、正直にそのまま話そう。
一応僕としては、春心さんたちにも自分の素性を洗いざらい話す気はあるのだけど、まだお嬢様に話していないので、その順番は守りたい。なのでごめんなさい春心さん、弓さん、お嬢様の決意が出来るまで待っていてください。
「両親と、妹がいます」
「はあ~妹さん、やっぱりメイドさんみたいにお綺麗なんですか」
「でもこれだけ綺麗なお姉さんがいたら、妹さんも大変だろな。いやむしろ開き直って誰よりも自慢したりするんかな」
一応兄です。
アトレは可愛らしい子だと思うし、お父様に似ているので将来美人になると思うけど、お母様似の僕とは顔立ちが違う。
でもそうか、本当に『姉妹』だったらそういう感情もあったのかもしれない。僕が彼女の『姉』だったら…… そう考えたことはなかったな。
「私の外見は母方の血が強く、妹は逆に父方の方の血が強いので、あまり私には似ていませんね。それに、妹の肌も髪も普通のものですし」
「あ、そ、そっかぁ~。いやー、やっぱメイドさんみたいなお綺麗な人は希少なんですね~」
しまった、今の言い方は良くなかった。僕の体は普通じゃないけど、ことさらそれを強調するような言い方は避けるべきだった。
「すいません、こいつに悪気はないんで」
「いえ、むしろ私の言い方の方に問題がありましたので。妹とは仲が良いので、ご安心ください」
「空気が読めない女です、どうしようもないです」
「落ち込まないでください。春心さんの方は、弟さんがいらっしゃるのですね?」
沈んでいる春心さんの気持ちを変えるためにも話題を振ろう。僕としても聞きたい内容だし。
「はい~ 2人います~ 上の弟くんはほんと頭良くて、私立行ける成績あるのに、私がフィリア行く方を優先してくれて」
春心さんのご両親については話してもらっている。共働きで、父親は残業が多い職場でありながらも娘のために帰宅を早めることが出来る人で、母親は看護師で、こちらも夜勤から日勤に変えてもらったそうだ。
彼女の医療費がかかるので、出来れば収入は多いに越したことはないが、それ以上に春心さんのストレスを減らし、生命の危機から遠ざける方を選んだという、立派な人たちだ。
だけど、この事を聞いて僕が思ったことは『気の毒』や『可哀想』などいうものではない。当然だ、僕が誰かにそんな感情を持てるはずもない。
僕が思ったことは、僕が一般家庭に生まれていた仮定の光景。その答えは、当然のごとくお墓の中だった。もし春心さんの家庭環境で生まれていたら、僕は死んでいる。僕という存在は、一般家庭が抱えるには重すぎるのだ。
と、いけない思考が逸れた。
「優しい弟さんなのですね」
「はい! とってもいい子というか、頼りになるんです。私がちびすけなもんだから、とっくに背は追い越されてて」
ああ、姉と弟なら、当然そういうことになるか。姉が身体に障害を抱えているのなら、尚更に。
「その上、俺がいい大学入って金持ちになってやるから、姉貴は安心してくれよ、なんて、もう弟じゃなかったら惚れてましたよわたしゃ」
姉を守る弟……か。
もし、もし僕とアトレが、兄と妹、ではなく、姉と弟、だったらどうなっていただろう。
病弱で、今にも死んでしまいそうな姉と、健康でしっかり者な弟。僕たちも、春心さんのような姉弟関係に成れていただろうか。
きっと成れていただろう。優しいお父様に教育され、誇り高いお母様の姿を見ている『弟』ならば、きっと弱い姉を守ろうとするはず。
その場合、守られる姉はどういう気持ちなのだろう、それが知りたくなった。
「春心さんは、弟さんにお世話になるつもりはあるのですか?」
なので率直に、彼女ならば僕の言葉の意図を察してくれるだろう。
「う~ん、大変申しわけない気がするし、出来れば自立して生きていきたいですが、きっと頼るときは頼っちゃうと思います」
「弟さんに悪いと思っていても?」
「はい、やっぱり意地張っても仕方ないですから。無理して余計周りに迷惑かけるよりは、やっぱり家族に助けてもらうのが一番かなーって」
「そうですか…… ごめんなさい、不躾なことを聞いてしまって」
「いえいえ、メイドさんにも色々あるんだと、そう思ってますので」
春心さんはなんでもないと、笑ってくれた。彼女のこうした朗らかさは、ありがたい。
だから、僕も自分の気持ちをきちんと明かそう。
「私は、妹に対してずっと複雑な気持ちを抱えてきました」
「………」
春心さんは黙って聞いてくれた。でも過度な心労はかけたくないので、できるだけフラットに話そう。
「私の家庭は、実は使用人という立場にいながら、裕福です」
「あ、それは知ってます。貴族の侍女になれるのは、実は結構な家柄だったりするって、こちらの一丸弓さんが調べて教えてくれました」
「お前、シリアスな雰囲気に耐え切れなかったからって私を持ち出すなよ。でもま、メイドさんの雰囲気っつーか、立ちい振る舞い? つーかが絶対庶民のそれじゃないって思ってたので、気になって調べたら腑に落ちました」
「そ、そんな風に見えましたか」
しばらく口を挟まずに僕たちの会話を見守ってくれた弓さんが、春心さんの振りに合わせて会話に入ってくれた。まあ、一応桜小路家は旧名家だから、貴族の執事や侍女になる資格はあるかな。
「ええと、話を戻しますが、私の家庭は、私にかかるとても大きな医療費を払えるくらいに裕福です。そして、妹もそうした意味では“お嬢様”です」
実際、アトレは良家のお嬢様の見本とも言える振る舞いをしているし、それが嫌味にならない器量を持っている。
「対して私は部屋の外に出れない存在。私は、心の底でいつも妹を羨んでいました」
「………」
「ですが、それは妹も同じだったと思います。両親はいつも私を優先し、彼女はいつも、言ってしまえば『後回し』にされてきましたから」
あの子は、間違いなくそれを不満に思ったことがあるはずだ。僕が不公平を感じていたように、彼女もまたきっと。
「そっかぁ。なんだか裕福なご家庭にはそれなりのお事情があるんですね」
「春心さんは、弟さんがご自分のことをどう思っているかを考えたことはありますよね?」
考えないはずがない。病人とはそういうものだ。
「ありますね~。でも、まあ私は家族のお荷物もいいところですので、一丸となって守ってもらってます。そうしないとダメな、どうしようもない姉なんで、はい」
「いや、でもこの子も自分なりに頑張ってはいるんですよ。極力お金で迷惑かけないようにしてますし……」
「大丈夫です、それはわかっていますよ」
思わず春心さんを弁護した弓さんだが、彼女が家族のために頑張っていることは、当然僕にも分かる。
でもそうか、春心さんの弟さんには『姉のために出来る』明確な目標があり、その目標が達成出来た時は、彼女を今より良い環境に置くことが出来るのか。それはとてもいいことだ。
でも、アトレは違う。僕を生かすための最良の環境は、すでに両親と衣遠伯父様によって用意されている。彼女に出来ることは、残念ながら何もない。
皮肉な話だけど、一般家庭に生まれたゆえに経済的に大変な銀条家、その代わりに家族が一丸となって春心さんを守るという目標が生まれている。それが後に生まれた弟さんであっても。
いや、弟、という男性に生まれたことが却って良かったのかもしれない。やはり根源的な部分で、男性は女性を守るものだから。
春心さんと弟さんたちは、きちんと凹凸が嵌っている。姉を助けようとする弟と、ありがたくそれを受ける姉。
対し、僕とアトレはそれが嵌らない。僕は兄に生まれ、彼女は妹。その上で、アトレにできることは特にない。
長所と短所は表裏一体、とはよく言ったものだ。
でもそうか、さっき弓さんが言った言葉。
姉と妹だったら。
僕は、お嬢様の、エスト・ギャラッハ・アーノッツの隣で生きていきたいと思っている。そしてそれは『小倉朝陽』として、だ。そして『小倉朝陽』は女性という立場を得ている。
ああだったら、アトレともそんな気持ちの切り替えで臨めばいいのかもしれない。
今更、『男性』『兄』であることに拘る必要性を、感じられない。半年前までは強く拘っていたことも、エストお嬢さまと出会い、そしてこうして春心さんの話を聞いた今だと、以前ほどには。
「弓さんの言うとおり、春心さんはご立派です。ご自分の弱い部分を見つめ、それをさらけ出す勇気をもっていらっしゃる」
「それはお互い様ですよ~ メイドさんだって言いづらかったでしょ?」
「他人には言えることでも、家族だからこそ言えない、ということもあります。私はずっと妹に対してそうでしたから、春心さんの関係がとても眩しい」
「い、いやーはっはっは。そんなに褒められたら参ってしまいますな。でもアレですよ? あてくしはただ虚勢を張るのが無理というか、張る虚勢がないだけというか」
「それが何より立派なのです。私も、春心さんを見習って妹に接して見ようと思います」
「あ、自分を見習うかはともかくそれはいいですね、姉妹が仲良くなることは大事です。銀条、姉妹喧嘩の役に立ててよかったです」
「いやメイドさんの姉妹関係自体は悪くないって言ってただろ、勝手に姉妹仲悪くすんな」
「あ、そでしたね、すません」
「いいえ、やはり本音で語ることがなかった故の仲の良さでした。お互いを気遣い合いつつもすれ違う、そんな複雑な関係」
「それは…… まあ改善したほうがいい、のかな」
「はい、ですからありがとうございます春心さん、大変ためになるお話を聞かせてもらいました。私も……ええ、大切なあの子のために、勇気を出して向き合ってみようと思います」
「のわはー、そう言われるとほんとこそばゆいですなー 相手が今世紀最高の美少女が相手なだけに」
いえあの、まだ21世紀2/3ほど残っていますよ? それにお嬢様の方が美人です。ルミねえが何と言おうとも、少なくとも僕の中では。
「まあ、こいつの話がメイドさんの背中を押せたなら、なによりです」
「弓さんもありがとうございます。我ながら面倒な姉ですので、本当に」
「いやでもやっぱり、私としては妹さんはひたすらお姉さんに憧れてると思いますよ。だって私が実際メイドさんの妹だったら、ひたすら崇め奉って毎日拝みますもん」
「多分私もそうするな、つか自分と同じ血が流れてることを信じないかもしれん」
思いがけず、本当に良いことを聞くことができた。
僕は、お嬢様と出会い、自分の生きる道を見つけられた。そのために、もう『Diana』であることを辞める決意は固まっている。
心の底で響いていた『違うだろう』『それでいいのか』という声も、もう聞こえない。『
でも残った心残り、あの子のことをどうするのか。僕という存在に、最も人生を振り回されたであろう妹と、これからどう接していくのか。
そのきっかけを、今日の会話で掴めた気がする。
ありがとう春心さん、僕と似た境遇の貴女とこうして出会えたことは、何よりの幸運でした。
例え強く立派でなくとも、兄は兄で、姉は姉
例え賢く可愛らしくなれずとも、弟は弟で、妹は妹
傍に居てくれれば、それでいい
それだけで、わたしたちは幸せになれたはずなのだから
おまけ
「お礼と言ってはなんですが、春心さんの髪を整えさせてもらってよいですか?」
「ええ? あーまー、それはいいですけど」
「やってもらえやってもらえ、というかですね、なんで普段は私ばっかにしてくるんですかメイドさんは」
「弓さんの髪は、なんというか私にとってのある種の理想というか」
「どんなとこが?」
「決して髪質は悪くなく、それでいて染色してるから手入れは常にしたほうがいい…… そんな絶妙なバランスです。整えがいがあるのです」
「そうだったんすか…… いやこの部屋来てから、なぜか毎回帰る前に髪をイジられる理由がようやく分かった、ような分からんような」
「いや気になったんなら最初に聞けよ。なんで今までされるがままだったんだよ」
「断る理由もないし、実際髪の状態いいし、あとメイドさんの笑顔の前では断れないし」
「実際、お前の髪いじってる時のメイドさん、見たことのない笑顔してるぜ」
「マジか、いや私からはみえねんだよ、動画で撮れ」
「あの、動画に撮るほど大層なものではないような」
「いや、ほんと満面の笑みだから、え、この人こんな風に笑うんだ、ってくらいの」
「マジか、でも私後ろに目が付いてるタイプの妖怪じゃねんだわ。動画撮れ」
「いやこれからこの不肖銀条が髪やってもらうから、おまさんはそこで見ておればいいんじゃ」
「お、そうか、私もようやく満面の笑顔のメイドさんが見れるのか」
「春心さんの髪は、弓さんより楽ですね。染料が合ってるからでしょうか」
「ダメだ、お前じゃ役者不足だ。やっぱ今度動画撮れ」
「すまぬ… すまぬ… あいや、つかもう大蔵さんが動画撮ってるわ、それ見せてもらえ」
「マジか、何やってんだあの人 ほんとメイドさん絡むと行動が早いな」
※次回は三日後の2/28に投稿予定ですが、26話とは逆の順番になります。
2/27の日の入り時刻に30話を、2/28の日の出時刻に31話を投稿する形に。
この2話で夢と現が繋がり、物語はクライマックスへと向かいます。