月に寄りそう乙女達 ~Irish Fairy~   作:トライアヌス円柱

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今日は、少し遅れてやってきた決断の日。
金色の主人に助言するのは、誰よりも“白い姉”を見つめてきた“黒い妹”

33話 裏タイトル 【小倉朝日様(お母さん)小倉朝陽様(お嬢さん)を私にください】


33話 姉妹理論とその周辺

 

 『いいかげんにしろよ! こっちにそんな気は全くないの! もうかけて来ないで!』

 

 「お嬢様!?」

 

 「何があったのでしょう?」

 

 6月も中旬になったとある日、お嬢様が珍しく母国語で何かを話している、おそらく電話なのだろう。お嬢様は母国語だと語気が荒っぽくなるので、一緒にいるアトレがびっくりしてしまっていた。

 

 件の映画の衣装はめでたく残り1着のところまでこぎつけたので、春心さんや弓さんは羽を伸ばしに街へお出かけで、ルミねえは朔莉さんの撮影の見学に行っている。そのため、今65階の私たちの部屋には私とお嬢様と、遊びに来ていたアトレだけ。

 

 

 「お嬢様があんなに怒ったのを見るのは私も初めて。何があったんだろ」

 

 「一応確認されてみては? お姉様とエストさんは、もう他人というわけでもないのですし」

 

 「そうだね」

 

 お嬢さまは普段とても人当たりが良い人だし、怒る時も我を忘れるような事もなかったのに、そんな彼女をあそこまで怒らせるなんて、いったい相手はどんな人なんだろうか?

 

 

 「お嬢様、随分お怒りのご様子ですが、お電話の相手の方と何か?」

 

 「え? ああ、私の双子の姉なの、とーーーってもワガママな、ね。昔はあの無邪気さを可愛く思えたけど、今となってはあまりの無神経さにイラっと来ちゃう」

 

 「お姉様でしたか。しかしそれにしても、いったい何を話されていたのですか?」

 

 「貴女が作ってくれた衣装を、自分が着たいとか言いだしたの、それも本番でね。もうホント、冗抜きでグーで殴ってやると思っちゃうくらい腹が立ったよ」

 

 「それはたしかに殺されても文句は言えないレベルの暴言ですね。エストさんはよくアレだけの言葉で我慢されましたよ、わたしなら『死ね』と吐き捨ててると思いますから」

 

 アトレ? ちょっと前から思っていたけど、君って結構キツイというか苛烈なところあるよね。やはりお母様の血が流れていたんだね、私の前では遠慮してくれていただけで。でもいきなりだからお姉ちゃんビックリ。

 

 

 「うん、アトレさんの言う通り。昔は困った性格だけど、無邪気で可愛いお姉ちゃんだと思えていたの。けど、本当に無邪気で可愛い人に会っちゃうと、メッキの剥がれた顔が分かっちゃうものだね」

 

 もしかして私のことでしょうか。それはちょっと、いやかなり恥ずかしいです。

 

 「ちなみに、どんな性格の方なのですか?」

 

 「ううんとね……」

 

 お嬢様の話によると、双子のお姉さんのエステルさんは、自分は誰らかも愛される存在だと思っていて、素敵な服を着て、目立って、祝福されたい意欲がとても強い人なのだという。

 

 そこに悪意はなく、純粋にただ『自分はみんなに愛されるために生まれてきた』と思っているとのことだが…… それはむしろ悪意があるより悪いことではないだろうか?

 

 そして飽きっぽい人だとも言う。お嬢様がデザインを始めたきっかけはそのお姉さんだというが、本人は早くも飽きて、お嬢様だけが続けることになったとのこと。

 

 

 「だから、結構長い間その子供の頃の夢を引きずっていたの。でも、今の私にはお姉ちゃんよりずっと大事な人が出来たから」

 

 「お嬢様…… その、うれしいです」

 

 「…………」

 

 お嬢様の言葉に私が照れている横で、妹はなにか考え込むような表情をしていた。そしてうん、うん、と確認するように頷くと、お嬢様ではなく私に話しかけてきた。

 

 

 「お姉様、ちょっとエストさんと2人でお話したいのです。申し訳ありませんが、席を外していただいて宜しいでしょうか?」

 

 珍しい、というか初めてかも。でも異論はないし、なんだか新鮮だから快諾した。いいな、こういう遠慮のない姉妹関係。

 

 そして、この場では私はお嬢様の従者で、アトレはお嬢様のお客様。ある種当然の構図とも言える。

 

 

 「いいよ、ただお嬢様に失礼のないようお願いね」

 

 「はい、わかってます」

 

 「それではお嬢様、私はアトリエで残りの一着の作業をしていますので、お話が終わりましたらお呼び下さい」

 

 「あ、うん、分かった。終わったら私も参加するよ」

 

 そうして私は移動した。それにしても、アトレはお嬢様になんの話があるんだろう?

 

 

 

 

 

 「エストさん、単刀直入にいいます。貴女の双子の姉は、ただ貴女に嫉妬してるだけです」

 

 「え?」

 

 「先ほど貴女のお話を聞くだけで十分に分かります。貴女の姉のエステルという人は、『皆に愛されたい』のではありません。ただ『貴女より目立ちたいだけ』です」

 

 桜小路アトレにはそれが良くわかった。境遇は違えど、才能の大きさが異なる姉妹を持っているゆえ、それを理解できる。

 

 「ですがそれも、まだわたしの直感に過ぎないので、詳しいお話をお願いできますか?」

 

 「う、うん」

 

 アトレの静かな迫力に押され、エストは語る。これまでの自分と双子の姉との関係と、起こった出来事を。

 

 それを黙って聴き、吟味するアトレは、やはり間違いないと確信を得た。エストの姉の関係、その姿がなんなのかを。

 

 エストの双子の姉、エステル。彼女が自分は愛されて当然の存在であると思っている少女……ではないことを、アトレは一目、いや一聴で看破した。なぜなら、エステルの根底にある感情は、自分も持っているものだったから。それを、そのエステルという少女は、発散させることなく肥大化させてしまったのだ。

 

 

 「やはり、貴女のお姉様は、誰からも愛されたいと思ってるのではありません。事実はその逆で、ただ誰からも愛されなくなることが分かっているから、怖がっているだけです」

 

 「どういうことですか?」

 

 「そのお姉さんの学校での成績は、いつもエストさんより下だったでしょう? 違いますか?」

 

 「うん…… たしかにそうだったけれど、でもそうした所も両親や友人に愛されていた子でしたよ……?」

 

 「なるほど、上手い逃げ道を見つけてしまったのですね」

 

 その真実とはすなわち、双子の妹に対する劣等感・嫉妬。エステルという少女の奔放さは、すべてそれら後ろ昏い感情の裏返しである。事実だけを列挙していくと、彼女は何も成せていない、なんの結果も残していない。学問もそうだが、エストのようにデザインで賞をもらったりしたことなど一度もない。

 

 

 「逃げ道? もしかして努力しない言い訳、ということ?」

 

 「ええ、なにしろ、馬鹿な子ほど可愛いと言いますから。馬鹿のままの方が可愛がられるのなら、そのほうがずっと楽でしょう」

 

 「アトレさん、良く分かりますね」

 

 「なにしろわたしにも姉がいますから。でも、その人はわたしのお姉様とは天と地ほども違う」

 

 両親が姉妹(当時はまだ兄妹だが)の『片方を重視』しているという経験はアトレもしているから、エステルの気持ちが分からないわけではない。

 

 だが、その根底が彼女の言う通り天と地ほども異なる。才華の場合はいくら彼女、当時の彼が努力しようとも、どうにも出来ないことだった。ゆえにアトレも歯がゆい思いをしていたのだ。

 

 そして何よりアンバランスだった。才能は才華が上、なのに肉体条件はアトレが上。どちらも自分が努力したわけでもない、先天的な要素が、お互いより上だという歪さを、かつての2人は抱えていた。

 

 

 「でも貴女のお姉さんは違います。そっくりな双子なのだから、きっと持って生まれた条件は同じだったはず」

 

 だというのに、一卵性双生児であるのに、優と劣が明らかになり過ぎているのだ。出来損ないの姉と、優秀な妹。ただ成果だけを見て評価するのならば、そうとしか評せない双子の姉妹である。その上、容姿は全く同じなのだ。つまり、エステルがエストに勝てる要素が何もない。

 

 そして、エストは心優しく、ダメな姉を甘やかしてしまう性分だった。先ほど自分で言ったように、馬鹿な子ほど可愛いという奴は、身内にこそ最も発揮されるものだ。だからエステルは、エストより目立つことができた、今までは。

 

 だが、これまでは姉を気遣って隠していたその魅力と成果を、エストが表に出してしまえばどうなるか。

 

 「その人は分かっているんです。貴女がその気になってしまえば、誰も自分を見なくなると」

 

 だから彼女は狂ったように承認欲求を得ようともがいた。だが虚しいかな、彼女の容姿に惹かれる男に囲まれても、心の空虚さは晴れない。当然だ、だってそれは、その気になればエストにも出来ることなのだから。なにしろ彼女達は双子、容姿は同じ、瓜二つ。

 

 

 「エストさんは、知らない男性にちやほやされたいですか?」

 

 「え? うーん、まあ私も一応年頃だから、そういう思いはありますよ?」

 

 「百人の男性から賞賛されるのと、わたしのお姉様一人に褒められるのと、どっちを選びますか」

 

 「朝陽」

 

 「ええ、もちろんそうですよね」

 

 彼女が男にかしずかれていないのは、出来ない、のではなくやらないだけ。エストがその気にさえなれば、多くの者がエストに靡くだろう。本当の輝きは彼女が持っているのだから。

 

 今となっては、エストの中では白い少女の存在が大きすぎて、他など目に入らない状況であるので、姉のように不特定多数に愛される必要性を、エストは求めていない。

 

 エステルはエストが持っているものが欲しいが、その逆はありえない関係。

 

 

 「だから貴女のお姉さんの行動は、すべて貴女を輝かせないためのものです。だってその人、一度も貴女を守ったことがないのでしょう?」

 

 「………本当に、よく分かりますね」

 

 守るどころか、エステルの行動でエストが割を食ったことがほとんどだ。エストは常にエステルの尻拭いをさせられてきたと言っていい。

 

 傍目には光と影の双子だが、その真相はまったくの正反対。エストが光で、エステルが影なのだ。

 

 

 「だって、実際に輝いているのは貴女なのですから。それに貴女が気づいてしまえば、後は無能の双子の片割れ、という正体が露呈されるだけです。それが怖いから、いつも貴女に迷惑をかけ、貴女が輝くのを邪魔しようとする」

 

 これが証拠です、とアトレは携帯端末の画面を見せる。彼女が示したのは『エスト・ギャラッハ・アーノッツ』で検索した結果の表示だ。そこには彼女が、姉と離れたアメリカで獲得した、数々の賞の優秀賞受賞者としての成果が載っている。

 

 だが、姉の名前で検索しても、せいぜい出てくるのは姓名占いの結果だけだった。

 

 

 「なので、その人と付き合うだけ貴女の損です」

 

 「………凄いね、アトレさん、私は今まで全然気づくことが出来なかった」

 

 「才能の差がある姉妹がいるという点は同じなので、分かることもあるんです。まあ、その人と一緒にされたくはないですけど」

 

 アトレは冷淡にエステルを評する。たしかに自分は姉より才能はなく、そして長いあいだ関係をこじらせてきたが、それでも何とか良い未来を目指そうと頑張ってきた自負がある。才華のために出来ることを、アトレなりに全身全霊を尽くしてやってきた。

 

 だから、彼女には才華の精神の機微が良くわかる。ほんの些細な変化も見逃さないようになることができ、すかさずフォローできるように自分を鍛えた。今この時もまた、話の内容が姉の心の負担になるかと考え、席を外させたのだから。

 

 しかし、エステルはアトレの逆だ。自分が誰からも見られなくなることが嫌で、妹の足を引くだけ。

 

 下らない、卑しい、浅ましい。

 

 そんな人間が、少しでもあの綺麗な姉に近づく可能性を、桜小路アトレは許さない。だからこうしてエストと踏み込んだ話をしたのだ。

 

 これまでは才華を『兄』として立ててきたアトレだったが、『姉』と見なすようになってからは、その血に宿る母譲りの攻撃性が浮き上がってきている。

 

 姉を純粋に慕う心は(遊星)に似て、姉を害する可能性を持つ者を許さない苛烈さは(ルナ)に似て。

 

 

 「うん…… 今の貴女の話、まだ全部は飲み込めないけど、薄々と、もしかしたらそうなんじゃないかな、って思ったことはあるの。でも、実の姉に対してそんな風に考えるなんて、って」

 

 エストはやや気落ちした様子だったが、それでも納得する。いや、せざるを得ない状況になっていた。

 

 なにしろ、これまでも彼女は日本での日々のことを家族に話してきたのだ。当然双子の姉には何度も、『朝陽』という少女が、自分にとってどれほど大事かを十分に話していたはず。

 

 そんな朝陽が妹のために何ヶ月もかけて作った衣装を、平気で「着させて』などと、まともな神経で言えることではない。そこには当然、明確な『悪意』が存在する。そうでなければただのサイコパス、精神異常者として白い壁で囲われた病院に行くべきだ。エストも流石に双子の姉をそう思いたくはない。

 

 なんてことだろうか、悪意があったほうがマシだ、なんて思う日が来るとは、とエストは衝撃を受けていた。

 

 だが、それが分かれば、自分にもしなければならないことがある、とエストは心を強くする。浮かぶのは無論、あの白い少女の笑顔。それが穢されるようなことは許さない。

 

 あれはあの子が私を思って作ってくれた晴れ舞台の衣装。そんなつまらない嫉妬に邪魔されてなるものか。

 

 

 「エストさん、まだそのお姉さんは貴女に、わたしのお姉様が作った衣装を着させろとせがむと思いますか?」

 

 「まだ来ると思います。アトレさんの言う通りなら、間違いなく」

 

 「わたしとしては、今すぐに縁を切って欲しいレベルですが、先ほどのように強く言ってもダメそうなのですね」

 

 「いや、アトレさんの話を聞いたら、何があの子、エステルにとって一番効くのかが分かりました」

 

 「…………ああ、現実を知らせるのですね」

 

 「はい、あの子が見たくない現実を、見つめさせます」

 

 その後、エストはエステルに一通のメールを送った。その内容は

 

 

 

 ―――お姉ちゃんが、何でもいいから私に並ぶ成果を出せたらいいよ

 

 

 

 というものだ。

 

 要旨はつまるところ、【自分以上の成果を上げてからものを言え】。それは奇しくも、朝陽が観た夢において、白夜の少年が主人だった少女らへの拒絶の言葉として使ったものと酷似していたことを知る者は、誰もいない。

 

 それ以降、エステルからの連絡は途絶えた。妹が『知ってしまった』ことを理解すれば、もう今までのようにはいかないことが分かってしまう。

 

 エステルという少女に不幸があるとすれば、それを理解する力はあったことだだろう。いや、理解できなければ、エストが思った通りに精神異常者ということになるが。

 

 この先、再び妹の前に顔を出せるようになるのかは、彼女の努力次第。だが、このまま虚から腐っていくような状態が続くよりは、何はともあれ区切りをつけ終わらせたほうがいい。

 

 ある意味では、エステルはこの時を最も恐れながらも、いつか妹に知られる不安に怯える日々に倦み疲れていたかもしれない。そこで自分からは動けず、ワガママを言いながら妹が動くのを待つしかできなかったのは、彼女の弱さと言えるだろうが。

 

 エストにとっては辛いことだが、いつかは成さねばならないことだった。そのままにしておけば、いつかあの姉は白い少女に干渉する、それは絶対に許せない、だから突き放す決意が出来た。

 

 エストは決めたのだ、あの少女を何があっても守っていくと。今の彼女は双子の姉をも跳ね除ける強さを持っている。

 

 そしてアトレにとっては、卑小な人間が才華に近づかねばそれでいい。これを機に才華の大切な人であるエストの姉が立派な人物に変われたならさらにいい。やはり彼女はルナの娘だ。

 

 こうして、エストの悩みの種であった存在の解決も終わった。

 

 

 「あ、お話は終わりましたか? では一度お茶を淹れなおしましょう」

 

 2人にそうした行動を取らせた原因の、月の化身の少女が、全く関与せぬ内に。

 

 「うん、とびきり美味しいのをお願いね」

 

 エストとアトレは、これからも手を取り合い、この美しく儚い、月の少女を守っていくだろう。2人は、月に寄りそう乙女達なのだから。

 

 

 ……ただ、今日ここにいたのがアトレで本当に良かったのかもしれない。もしいたのがルミネだったら、エステルは社会的な死を迎えていた可能性すらある。

 

 頑張れエステル、今日は君の不運の日のようで、幸運な日でもあったんだ。なあにドンマイ、健康な身体を持つ君なら、底からでも努力次第でいくらでも這い上がれるさ。

 

 ちなみに、今後エステル・グリアン・アーノッツにとって桜小路アトレは“双子の妹の結婚相手(女性)の妹”という存在になるため、他人事にはなれないのであった。あらゆる意味でドンマイ(黙祷)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お嬢様とアトレとの会話が終わったあと、私にも2人に話すことがあったので、それを切り出すことにした。

 

 「お嬢様、まだ少し先になりますが、夏期休暇の際にちょっとまとまったお休みを頂きたいのです」

 

 「うん、もちろんそれはいいよ」

 

 休みを即答で了承してくれたことはとてもありがたいけれど、一応内容を吟味してからの方がいいと思いますよお嬢様。まあ、それだけ私の身体を心配してくれているということだと分かっているけれど。

 

 「ありがとうございます。あの、それでその理由なのですが」

 

 「そうだね、一応理由も聞いておくね。アトレさんもいる場で話すということは、やっぱり貴女の身体事情に関わることだと思うけれど」

 

 「はい、そうです。以前お嬢様に打ち明けた私の身体事情についてですが、決めた以上は早いほうが良いので、夏期休暇のうちに一度入院し、ある程度の処置を終えておけとの、私の伯父様からのお達しです」

 

 「衣遠伯父様の指示なのですね、お姉様。わたしもその意見に賛成です。お姉さまのお体に関しましては、早いに越したことはありませんから」

 

 「朝陽とアトレさんの伯父様というと、ああ、あの大蔵衣遠さんかぁ…… ルミネさんと友人になっておきながら今更だけど、やっぱりその名前聞くと改めて淒い一族と繋がりができたんだなぁと思うの」

 

 「そうですね…… 私と妹にとっては優しい伯父様ですが、多くの人にとっては『天下の大蔵衣遠』ですものね」

 

 「ですがエストさん、お姉様の伴侶となられるおつもりならば、これからは衣遠伯父様とも親類になっていくということですので、今から心の準備はされた方が良いですよ?」

 

 「ア、アトレ、急になにを言い出すの」

 

 改めて妹の口からそういう風に言われると照れる。お嬢様とこれからの人生を共にしていくことはもう2人とも心に決めているけれど、こう、身内の口から言われると、なんだかムズ痒くなる。

 

 

 「照れてる朝陽が可愛いウフフ。でも、そうだよね、アトレさんの言うとおり、朝陽の生涯のパートナーになるんだから、大蔵衣遠さんの一人や二人くらい、堂々と対面出来ないとダメだよね」

 

 いえお嬢様、衣遠伯父様のような方は、2人も3人もいないと思います。

 

 ………と思ったけど、少なくともりそな叔母さまや駿我さんは、伯父様と同程度の力量を持つ方たちだった。2人はいるね、うん。

 

 「確かに、りそな叔母さまや駿我さんも、衣遠伯父様と同等の力量と影響力を持つ方々ですし、伯父様と同等の方が少なくとも2名いますね」

 

 私と同じ感想を妹も持っていた。でも、皆さん反対されることはないと思うけどなぁ。

 

 

 「うう…… そうだった…… 大蔵りそなと言えば、大蔵家の総裁で、それもあのルミネさんのお母様だもんね…… つまりはあのルミネさんのバージョンアップ版ということに」

 

 お嬢様? “あの”ルミネさんって、ルミねえのことをどんな風に思っていらっしゃるんでしょう。いやでも、確かにあの姉が淒いことは私も実感していますが。

 

 「その上、私たちのお母様も、そのお三方に引けをとりません。エストさん、頑張ってくださいね」

 

 アトレ? そんなプレッシャーかける言い方しないで? 私のご主人兼パートナーなんだから、もう少し手心を加えてあげて? お姉ちゃんからのお願い。

 

 「あああ、そうだよ、私、桜小路ルナさんに『娘さんを私にください』って言わなきゃならないんだ! うう、朝陽との未来のためとは言え、壁が高すぎる」

 

 「お嬢様、大丈夫です。親戚の皆様は理解のある方ですし、私のお母様はちょっと変わったところがあるので、どのような形だろうと私たちの愛情が確かなものと分かってくれれば一つ返事のはずです。ダメだよアトレ、あんまりお嬢様を脅かさないで」

 

 「ごめんなさいお姉様、ちょっとエストさんをいじめたくなっちゃいました。でも、お姉様を独占するエストさんが悪いので、わたしは悪くありません」

 

 「もしかして私の最大の敵は、この小姑なのかもしれない……」

 

 「もう、アトレ?」

 

 「フフフ、まあ冗談は置いておいて、お姉様の言うとおり、心配ありませんよエストさん。貴女の想いが真剣なものだと分かってくれれば、お母様も親戚の皆様も、ちゃんと認めてくださるはずです」

 

 うん、そうだよね、皆さん分かってくれるはず。特にお母様に関しては、元々お父様を同性だと思っていた段階で、すでに結婚しようと考えていた方だから。

 

 「もちろん、朝陽への想いは真剣なもの。これは私の誇りにかけて誓える」

 

 やはり真剣な表情のお嬢様は凛々しく美しい。この姿を見てくれれば、反対する人は居ないだろう。

 

 

 「……でもその上で、なにか攻略のヒントとかないかな?」

 

 お嬢様? もう少し凛々しいお姿を見せてくださっていいのですよ?

 

 「あります」

 

 え? 即答だったけど、そんなのあるのアトレ。

 

 「え、あるんですか?」

 

 ほら、お嬢様も驚いてる。 

 

 「はい、最初にわたしたちのお父様に認めてもらえば、あとの人たちは勝ったも同然です」

 

 勝ち負けの問題ではないと思うよアトレ。言動がわんぱくな妹に、お姉ちゃんちょっと心配。

 

 「そ、そうなんですか? でも、朝陽とアトレさんのお父様って、とても優しい方なんじゃ」

 

 はい、お父様はとても優しく包容力があって、愛が深い人です。私が世界で一番大好きな人ですが、貴女と出会うことによって同率1位になりました。でもやっぱり愛情に優劣を付けるのはよくないので、こういう表現は控えます。 

 

 

 「お父様は優しい方です。でもお姉様への想いは誰よりも強い方ですので、そのお父様が認めてくれれば、文句を言う方はいないでしょう」

 

 「むむむ、やはり娘を貰う最大の障壁が父親というのは、昔から変わらないんですね。ですが、頑張って朝陽への想いをぶつけていきたいと思います。私だって、誰よりも朝陽を想っている自負がありますから」

 

 そこまで意気込まないでも、お父様は認めてくれると思います。でも、私への愛情を示してくださるのは嬉しいので、ちょっと黙っています。

 

 「お父様に認めて貰えさえすれば、他の方は大丈夫です。言うなれば、わたしや貴女にルミねえさま、それに八日堂さんにとってのお姉様が、他の親戚の方にとってのお父様ですから」

 

 「なるほど…… 外見はお母さんのルナさんそっくりだけど、そういうところはお父さんに似たんだね、朝陽は」

 

 「ええと、それは、どう答えたらいいのでしょう?」

 

 自分でも分からない。でも、お父様が親戚の皆さん全員から好かれているのは間違いない。

 

 私の人格形成の大半はお父様由来だから、やっぱりそういうところも似たりするんだろうか。うーむ。

 

 「朝陽、私は頑張るよ。必ず貴女との仲を認めてもらうから、安心してね」

 

 決意を込めて宣言してくれるお嬢様は凛々しく頼もしいけど、やはりそこまで意気込むこともなく、皆さん認めてくれると思います。

 

 でも、やっぱり貴女から向けられる愛情が嬉しいので、黙っておきます。ちょっと現金な私をお許し下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アトレが65階の私たちの部屋から帰るタイミングで、私も一緒に部屋を出てエレベーターを降りる。そのため今回はアトレも例の隠し階段を使わずにおいた。

 

 向かうは1階のコンシェルジュの部屋。そこに2人が待っていてくれるから。

 

 「おまたせ。仕事中なのに来てくれてありがとう壱与。九千代も、調理科の課題があるでしょう? そんな中来てくれて嬉しい」

 

 「いいえ、私のことはお気にせずに。九千代さんもそうでしょう?」

 

 「そうです、若のためならどんな時でも参りますので」

 

 「うん。あ、それと九千代、私はもう”若”じゃないよ、でもすぐには慣れないよね、徐々にでいいから、頑張って」

 

 「あ! も、申し訳ありません才華さま! 不出来な使用人で不甲斐ない限りです!」

 

 「ううん、私にとって九千代はアトレと同じく妹だと思っているから、そんなに畏まらないで」

 

 「うう、そう言われると嬉しいのですが、やはりこうしたところはきちんとしないと」

 

 「そうだ、試しに私のことをアトレみたいに『お姉様』って呼んでみて? そうしたら意識がぐっと変わるかも」

 

 「む、無理です! 流石にごかんべんください!」

 

 「むう、残念」

 

 ちなみに、壱与は私のことを『お嬢様』と呼び方を変えてくれている。ただそれだとアトレと一緒になるので『才華お嬢様』『アトレお嬢様』と呼び分けている。一方の九千代は、すぐに私を『お嬢様』と呼ぶのに慣れないのか、まずは『才華さま』と呼ぶことで徐々に意識を変えていこうとしているようだ。

 

 面倒なことさせてごめんね。

 

 「それで、2人を呼んだのは実は頼みたいことがあったからでね」

 

 「はい」

 

 私は2人に、夏期休暇中に一度長期入院をし、身体のリスクを軽減させる処置をしにいくことを話し、その間のエストお嬢様のお世話をお願いした。

 

 エストお嬢様のお世話に負担を割けば、九千代がアトレに関わる時間が減ることになるが、これはアトレにも了承してもらっているので大丈夫。壱与もコンシェルジュとしての仕事と兼用になっちゃうけど、そこまでの負担にはならないはず。

 

 「分かりました才華お嬢様。エストお嬢様のことは私と九千代さんにお任せ下さい」

 

 

 「わ… 才華さまの顔に泥を塗らないよう、頑張ります!」

 

 「うん、ありがとう。2人なら大丈夫だと、私も大船に乗った気持ちになれるよ」

 

 それに、64階にはルミねえもいるので、なんだかんだで世話焼きなあの人も、お嬢様に気を向けてくれるはず。

 

 

 ……なお、これは後の話になるけれど、私が入院中のお嬢様の生活態度について、ルミねえは「確かにだらしなかったね」と言ってた。おかしいな、私と暮らしているときは、全然そんなことなかったのに。

 

 

 そうして懸念事項を解消し、久しぶりに壱与たちとゆっくりお茶をしていると、壱与が今後についての話をしてきた。

 

 「才華お嬢様、退院された後の生活については、衣遠さまからなにかお達しはあるのでしょうか?」

 

 壱与は、私がこれから生きる道を、歩みたい未来のことを話したとき、感極まって泣いて喜んでくれた。私を抱きしめながら、それでも細い私の身体をいたわる様な力加減で。さすが、私にとっての2人目の母。

 

 「ええとね、まだ先の話になるけれど、入院中の処置が終わって、その経過が良ければ、伯父様もこれからの学院生活、つまり今のような生活を許可できる、って言われていたよ」

 

 「そうですか。それは何よりですね。じゃあ、私たちもこれからの3年間、しっかりと才華お嬢様をお支えしないといけないわね、九千代さん」

 

 「はい! もちろんです」

 

 伯父様の診たてでは、私が従者をしながら学院に通える限界は1年だった。でもそれは、正体を隠しながら、健常者のふりをして無理をしながらでのことで、こうして私のお嬢様にすべてを打ち明け、身体の事情を理解してもらったとなれば、それも変わってくる。

 

 お嬢様は私が病院に行くことをむしろ促してくれるし、ルミねえや朔莉さんの手厚いフォローもある。なので、学院での授業は結構休むことが多い。ごめんね紅葉。

 

 それでもこうして、私が3年間お嬢様と一緒に学院に通い、『ぱるぱるしるばー』の構成員としてやっていくことを、伯父様や叔母さま、それに両親にも認めてもらえた。

 

 当初の目的とは随分違ったことになったけど、私がアメリカの家を離れ、この学院に来た成果は、しっかり出せたと、胸を張って言える。私の胸は絶壁で張れるようなものはないけど。

 

 「才華お嬢様」

 

 「なあに、壱与」

 

 「よく頑張りましたね、ご立派です」

 

 「うん、本当にありがとう、壱与」

 

 私の2人目の母も、2人目の妹も、“僕”が”“私”に変わったことを、喜んでくれた。妹の方は、若干惑いは残っているけど、それでも私がこの先も頑張って生きる道を見つけえたことを、本当に嬉しがってくれた。

 

 その喜びに感謝をし、私はこの先を生きていこう。みんなに支えられながら、弱いままの私だけれど。

 

 そんな自分を許せるように、なれたのだから。壱与の、九千代の、多くのみんなのおかげで。

 





金色の主人の決断

徒花の絢爛という従者の夢が終わるとき
双子のデザイナーという主人の夢もまた終わる

彼女は白い少女の主人であることを決めました
二つを取れないならば、どちらを取るかを決めたのです



開花せしもう一人の乙女

才華が“朝陽”としての道を選んだ今、その邪魔になりうる存在は許さない。
攻撃性と独占欲と誇りを融合させた強さこそ、桜屋敷の主人の持つもの。

桜小路アトレは紛れもなく、桜小路ルナの娘である。
桜小路才華もまた、桜小路遊星の娘。こちらはこちらで父に似た。

桜屋敷の今の主人は、白と黒のご令嬢。誰もが羨む仲良し姉妹。
そして常に、主人に忠実に仕える従者たちがいてこその桜屋敷。

この日本の桜小路という血筋とて、才華という少女を形作る縁なれば。
アトレという妹と桜屋敷の従者たちもまた、厳然として在り続ける才華のルーツ。




その頃の桜小路家

 「あの子たちの夏期休暇の頃には、桜屋敷に戻るのだろう?」

 「もちろんそのつもりだよ、ルナのスケジュールもそう調整してもらってるけど、構わないよね」

 「ああ、流石の私でも、今回は家庭を優先するさ」

 「元々は、クリスマスまでは僕たちに来て欲しくはなかったみたいだけど」

 「だが、もうあの子、いやあの子達の中で答えは見つかったので、我々も晴れて招待されたというわけだ」

 「今から会えるのが楽しみ」

 「やれやれ、毎日連絡しているだろうに」

 「それでも、成長した才華と直に会うのは、初めてになるわけだからね」

 「ふむ…… それもあるが、娘になった才華に会うのも、初めてになるわけだ」

 「どんな形になろうとも、あの子が大事な僕たちの子供であることは変わりないよ」

 「それは当然だ。いやしかしだな、君はそれでいいかもしれないが、私としては少し複雑なんだ」

 「? いったい何が?」

 「あの子、私に外見がそっくりだろう。その上で同性になったとなると、まるで若い頃の自分を見てるような気持ちになりそうでな……」

 「でも、ルナと才華では、やっぱり中身は違うよ。それが雰囲気にも顕れるから、そこまでそっくり、とはならないんじゃないかな。僕はどっちも好きだけど」

 「まあ誰がどう見ても親子なのは間違いないな」

 「どちらかというと、姉妹に見られると思う」

 「いやそれを言ったら君こそ、よくアトレと姉妹に見られるだろう」

 「そこを突かれると弱いなぁ」

 「言っていて気づいたが、我が家4人が並んで歩いていたら、姉妹2組に見られるということか」

 「あ…… 確かに」

 「面白いな、いっそ君と才華はメイド服を着て、その上でペアを交換するというのはどうだ?」

 「え、え、どういうこと?」

 「君がアトレのメイドになって、才華が私のメイドになるということだ」

 「なんだかもう、訳が分からないよ」

 「いいじゃないか、普通と違ってこそデザイナー一家に相応しい。これが私たちの桜小路家の形なんだと、胸張って堂々とすればいいのさ」

 「本当、君はいつも自信満々だね」

 「ああ、私を誰だと思っている」

 「誰よりも月と桜が似合い、誰よりも綺麗な、日本が誇る夜桜のデザイナー、かな」

 「ふふん、分かっているじゃないか、流石我が夫だ」
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